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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界

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2-54:仲直り

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ばふっと隣にラングの体が倒れた。二人で並んで大の字。草原の夜と違いやや灰色の空と、冷たい雪の感触。零す息の白さだけが似ていた。殴り合った手が痛くて、ツカサは雪に沈めたり持ち上げたりしてそれを冷やした。ボコボコに殴られて全身が痛かった。鼻血と口からの流血で胸板まで赤く染まり、手入れが面倒そうだ。まだ止まらない鼻血を手で拭いながら、ツカサは尋ねた。


『ラングはさ、俺の名前呼ばないよね』


 口の中が切れて、頬が腫れて痛くて、喋りにくいが不思議と治す気にはならなかった。もごもご言いながら問えば、ラングはすんと鼻を鳴らしてから言った。


『癪だった』

『補足ちょうだい』

『お前が私の名を呼ぶたびに、その影に「未来の兄」という音が聞こえるようで、嫌だった』

『つまり、腹いせだったと』


 ふん、とラングから息が聞こえた。


『俺が頬に紋様出て、真っ暗で何も見えなくなった時だけだもんね、ラングが俺の名前呼んだの』

『覚えているのが気持ち悪い』

『失礼じゃない?』

『事実だ』


 仕方ないだろう、意外と気にしていたのだ。なんだかおかしくなってツカサは声を上げて笑い、ラングは小さく笑った。


『あぁ、そっかぁ、あの時の白い光、力の片鱗だったのかなぁ』


 真っ暗闇の中で白い光が踊っているように見えたのは、ラングの姿だったのだ。まったく、最初からいろいろ教えておいてくれればもっと早く気づけただろうに、神様というものの面倒くささに溜息が零れた。今日は目のない空を見る。


『ラング、ごめんね』


 何に対して、と言うことができなくて、ただ謝りたいだけの卑怯な言い方になった。背負う必要のないものを背負わせた。もしかしたら、これからのラングの人生は変わるかもしれないというのに、ツカサは自分が守りたいもののためにラングを巻き込んだ気がしていた。いや、ラングの子のこともあればこそ、ツカサ一人の我儘ではないとは思いたい。


『構わない。私もすまなかった。本当に世話をかけたな』

『いいよ。俺なんて、将来もっと世話をかけちゃってるから、前払いってことで』

『ならば気にしない』

『うん、いいよ』


 あはは。ふっ。

 笑った顔が痛くて呻くツカサ、その声に少し居心地の悪そうなラング。ほぼすべてを受け流し、ガードできていたラングと違い、ツカサはボコボコだ。互いに横目で状態を見遣り、ツカサは文句を言った。


『というか、本当に対人戦、バカみたいに強いよね』

『師匠が人だ』

『それ本当に人? でも今回は初めてマウント取った! ちょっと自信つくよ』

『手加減してやった』

『よく言うよ! それなら俺だってそうだよ! 魔法使わないであげたんだから!』

『魔法を使われても勝った』


 ツカサはイラっとし、どうやって!? と体を起こして叫び、痛みに腕を抱き込む。いい加減治そうかと簡単に意思が揺れる。


『眠っている時でも魔法障壁とやらを張れるらしいが、扱うのが人間であれば精神的に追い詰めればいつか隙ができる』


 雪に寝転がったまま、黒いシールドがゆっくりとツカサを向いて、薄い唇が続きを紡いだ。


『お前は根が優しそうだからな』

『え、こわ、だからなに? 何するつもりなのそれ』


 シールドが再び空に対して戻っていく。答えがないのが怖い。そもそも短期決戦ではなく長期的にでも殺そうとするのはもはや喧嘩ではないだろう。ラングは詳細を言うつもりはないらしく、ツカサは雪で体も冷えてきて、だらだら血を零す怪我が変に熱を持ってきたので治癒魔法を使うことにした。ツカサとラングを包みふわっと光が弾ける。ラングは自分の手を眺めた後、体を起こした。


『ありがとう。そうだったな、治癒魔法だったか』

『どういたしまして。有用だけど万能じゃない』


 モリフリアには意味のない力だった。ラングは息を吐いて目を瞑った。見えないが、そうしているような気がした。それからゆっくりと目を開き、ツカサへ向き直った。


『情けないところを見せたが、お前の情けないところも見た。正直に言おう。お前の信頼に応えるのが怖かった』


 思ってもみなかったことだった。あれだけ真摯に対応していたラングに、ツカサはすっかり信頼してくれているものと思っていたのだ。その実、ツカサが一方的に慕い、懐き、信頼を寄せていただけだと知って恥ずかしさに頬を掻いた。泳いだ視線を呼ぶようにラングが言った。


『お前は私を救ってくれた』

『いや、結局は神獣が霊薬を』

『お前が救ったんだ。だから、私はその信頼に心から応えたい』


 ラングは強く、真摯に言った後、ごそりと腰のポーチから本を取り出して開いた。契約の本だ。出会ってすぐ、ならば契約を結べと言われ、股関節を痛めつけられて書いたもの。ラングはおもむろに自身の指を傷つけ、契約のページに指をつけた。赤い血が滲み、そこからページがチリチリと静かに端までオレンジと黒の色を伴いながら燃え、小さく、ボッと音を立てて消えた。契約を果たすのではなく、破棄、いや、解除するとこうなるのか、とツカサは興味深く覗き込んだ。


『お前の心臓を懸ける必要は、もう、ない』


 それはラングからの最大限の誠意だった。裏切れば死ぬだけだと告げられたこの契約、ラングにとってはある意味心の安定だったはずだ。それを手放すことは相当の覚悟が要るだろう。ツカサは消えたページへ敬意を払い、一度手を置いた。そうして、はたと気づく。


『……傷つけず、痛めつけないって書いたような』


 散々殴られて、それどころか噛みつかれてあわやの状態だったのだが、ラングは心臓に痛みなど感じていなさそうだった。ジト目で契約の本の効力に疑いを持てば、ラングはそれをポーチにしまいながら呆れた声で言った。


『本人がそれを「傷つけた、痛めつけた」と感じなければ、契約には反していない。無意識とはいえ殺そうとしたことは悪いとは思う』


 ツカサは言葉の意味を考えるために腕を組んで首を傾げた。ラングは一つ溜息を零してから言葉を足した。


『だが、【私はお前を殺さない】と、お前が信頼してくれていたからこそ、契約は効力を発揮しなかった』


 なるほど、とツカサは満足げに頷いた。その前でラングは憐憫を含んだ眼差しでツカサを見ていた。


『そういう性癖でもあるのか?』

『ないよ! いい雰囲気で収める気、本当持ってないよね!?』

 

 モニカへのプロポーズの時もそうだし、【赤壁のダンジョン】でもそうだし、とツカサがぶつぶつ文句を言い、そっぽを向いている間、ラングは口元を緩ませて微笑んでいた。まだ文句を続けようとしたツカサに声が掛かった。


『感謝している。ツカサ』


 名を呼ばれ振り返り、その先で差し出されていた右手。ツカサはぽかんとした後、顔が綻ぶのを感じながらその手を握り返し、ヒールを使った。


『どういたしまして。仲直りだね』

『仲違いはしていなかったと思うが』

『いいんだよ! 喧嘩したら仲直りでいいの! 本当細かいな!』


 笑い、文句を言い、ツカサは再び雪に倒れ、起き上がった。体の熱で溶けた雪がじっとりと服に染み込んでいて、その状態で倒れたので背中が凍るように冷たかった。このままでは普通に風邪をひく。あぁ、そういえばラングは病み上がりだった。手加減どころではなかった。ツカサは休ませると言いながら真逆のことをしたことを反省し、お詫びの気持ちも込めて提案をした。


『お風呂創ろうか、キスクの練習もさせないとだし』

『あぁ、頼む。その後、ドルワフロをどう収めるか、段取りを決めたい』


 二人で立ち上がり、武器とマントを回収し滝の方を振り返る。最初から最後までじっとこちらを窺っている二人と一匹は視線を受けておずおずと近づいてきた。


「だ、大丈夫か?」

「大丈夫。これからお風呂創るから、キスク、魔法の練習しよう? 早く覚えないと俺が風邪ひくからね」


 ラングのは先に創っちゃう、頼む、と二人がいつものように接しているのを見て、キスクは胸を撫で下ろした。ラングがツカサの上に乗り上げ胸倉を掴んだあたりで、噛み殺そうとしたあの時のシーンを思い出し、キスクはハラハラしていた。やがてラングが泣いていて、ツカサが泣いていることに気づいて、幼い兄弟がお互いに殴り合って罵り合って、最終的に感情が高ぶって泣いたのと同じことだと思い至り、小さく息を吐いた。羨ましかった。友達と喧嘩するのと、兄弟で喧嘩するのとでは違う。


「俺もちったァあいつと殴り合いでもすりゃァ違ってたかもしんねェなァ」


 トルクィーロの呟きにキスクがそちらを見上げれば、おっと、と髭面の男は笑った。


「おら、クィースク。ダチがよォ、先生ェが呼んでるぜェ」


 背を叩いて促され、キスクは少しだけ後ろ髪を引かれながらツカサのところへ駆けていった。

 ツカサは先に雪の中に土魔法で小屋を建て、いつものようにその中へ大きめの風呂を創った。タオルを差し出せばラングは礼を言い、その中に入っていく。ラングは早速体を温めるために濡れた服を脱ぐだろう。入り口として造られたアーチ部分は毎回配慮しているのでこちらを向いてはいない。そこにユキヒョウが顔を突っ込み、すごいのである、湯である、あったかそうなのである、とはしゃいでおり、恐らく、ラングに髭を掴まれたか押しやられた。酷いのである! と言いながら、後ろに飛び跳ね、けれど湯けむりが気になるらしく再び顔を突っ込み、尻尾を揺らしている。


「こっちで少し大きめにお風呂創って、ユキヒョウも呼んだ方がいいかな」


 ツカサは苦笑を浮かべ、さて、とキスクに魔力の指導を始めた。元々鉱山と雪山で暮らすキスクなので硬い土、水、氷、火はイメージが上手い。魔力を形に変えることに慣れさえすれば、こうした風呂くらいはすぐに創れるようになりそうだ。とはいえ寒くて堪らなかったのでツカサが今回もさっと創る。見せることもまた教えだ。

 小屋の中、足元に毛皮を敷いて濡れた服を脱ぎ、器用に創ってあるハンガーラックのようなものにかけていく。ブーツを脱いで湯を被る。肌がじんじん痛くてぶるりと震える。熱すぎるわけではなく、体が冷え切っているせいだ。よく見たら手足は真っ赤、霜焼けになりかけていた。治癒魔法を使っておいてよかった。手桶でしっかりと体を湯に慣らし、石鹸で洗っていればのっしりとでかい体が入ってきた。トルクィーロだ。


「おぉ! これァすげェ! クィースクから聞いちゃァいたがァ、見事なもんだァ!」


 わっさわっさと大きな動きで全裸になったトルクィーロにツカサが渡した手桶は、コップくらいの大きさに見えて笑ってしまった。土魔法で大きめの桶をなんとなくで創って渡せば、ざっばざっばと湯を減らしていくので、これはキスクに水魔法を使わせ、火魔法で沸かす練習をさせた。水はざっぱん、炎はちょろちょろ。鍛冶の国の青年にしては火に対しての恐怖心が強そうだ。シェイが魔法障壁について指導した際ツカサの過去の体験について尋ねたように、これもまた聞いた方がいいだろう。

 湯船に浸かる。足先から温かい湯に体を沈め、顎までちゃぷり。この瞬間がたまらない。ツカサ、トルクィーロ、キスクの順で並び、はぁーと深い息が零れた。


「しっかし、お前さんたち随分強ェんだなァ。イーイ拳だったぜェ!」


 体の大きなトルクィーロがジャブを入れるように動くと、湯がざっぱんざっぱん波打つ。その波に体を揺らされながら、ツカサは自慢げに笑った。


「まぁね、ラングはとにかく強いんだ。俺もちゃんと鍛えてるしさ」

「二人でェガキみてェに泣き始めた時ァ、びびったがなァ」

「そういうことは言わないのが男の礼儀じゃない?」

「ガッハッハ! 俺ァ気にしねェ!」

「悪いな、親父はいつもこんなだ。あぁ、いや、生前もこんなだ……?」


 身内の無礼に何といえばいいのかわからない気持ちはわかる。それに、死者と風呂に入るという初めての状況にも関わらず、案外落ち着いて受け入れていることにもツカサは驚いていた。


「そういえば、キスクのお父さん、トルクィーロさんはどうやって人の形を保ってるんだ?」

「神獣様がァ、ちびっと力を分けてくだすってるんでェ。詳しいこたァ、俺にもわからねェ」


 そっか、とツカサは土魔法で創った天井を眺めた。ドルワフロの玉座の間に比べると殺風景、指先を伸ばして、柄をつけようとするが、芸術的なセンスがなかった。そういえば図画工作は苦手だった。向こう側でキスクが手を伸ばし、むむ、と唸りながら天井をゴリゴリし始める。魔法障壁で落ちてくる土塊を防いでいれば、綺麗な組子細工が浮かび上がる。


「上手いね」

「ドルワフロの民だからな。ああいうのはいつも見て育った」


 嬉しそうに笑い、キスクは胸を張った。そうか、魔力の調整と制御をそれで練習させようと思い、早速提案。キスクは目を輝かせて頷いた。


「俺は筋肉がつかなくて、槌が振れなかったから、嬉しいな」

「魔法が使える人のことを俺は【神子】じゃなくて【魔導士】って呼ぶんだけど、【魔導士】は元々筋肉がつきにくくて、体を鍛えられない人が多いんだってさ」

「先生は? ちゃんと筋肉ついてるよな……」

「俺は特殊なので」


 ふふん、とツカサもまた胸を張り、笑われる。他愛もない雑談を続けていれば、トルクィーロが突然湯を上がり、まるで戦地に向かう英雄のような笑顔で振り返った。


「よっし、向こうも寂しいだろうからよォ、ちィっと行ってくるぜェ」

「いやいやいや待って、だめだめ、やめて!?」

「親父それはだめだってェ! 先生の言うことォ聞けェ!?」


 二人慌てて湯を上がり、のっしのっしと小屋を出ていくでかい図体を追ったものの、雪の冷たさに小屋に引き返し、湯船に逆戻りした。

 ツカサとキスクはじっと処刑を待つ囚人の気持ちで手を組み合わせて息を殺した。間を置かず、おっさんの悲鳴と苦鳴と鈍い音がいくつか響き、しんと静かになった。ずる、ずる、と何かが引きずられる音。そこにあるものの状態が怖くて顔を上げられずにいれば、入り口を通れる程度の大きさに変わったユキヒョウがトルクィーロの首を器用に咥えてこちらに来ていた。


「こいつ、拾った時から思っていたのであるが、馬鹿である」


 トルクィーロを咥えたまま湯船にざぶりと入ってきたユキヒョウはちゃぷちゃぷと前足を掻いていいところまできて、湯の中に水の椅子のようなものを置いたらしい。ちょこんと座り、湯に毛皮をしっとりさせてご満悦だ。ぷかりと浮いているトルクィーロが軽く流されていく。


「トルクィーロさんとはここでずっと一緒だったんでしょ?」

「そうである。命を抱えるだけ、大事なのはわかっておるが、寂しいとも思うのだ。だから、トルクィーロを拾ったのだ。たくさん話して、我はニンゲンのことを学び、遊んで、一緒に泣いたのだ」


 ユキヒョウは毛皮をぺっしょりさせながら前足を揺らした。ぷかりと浮いたトルクィーロをつつき、呟く。


「馬鹿である。でも、いい奴なのである。別れは寂しいのである」


 ドルワフロのことを収めた後、ツカサはトルクィーロは(いざな)うつもりだ。ユキヒョウもそれが(ことわり)として正しい姿だとわかっているらしい。けれど、もう一度だけぽそりと呟いた。


「寂しいのである」




いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

きりしまのよもやま話。

2巻発売から5日、旅人諸君、いかがお過ごしでしょうか。

さて、突然ですが


【次にくるライトノベル大賞2025】


にノミネートいただきました!

ノミネートされるに至ったのはもちろん、旅人諸君、読者様方のエントリーがあってこそのことです。

本当にありがとうございます!


そして最終投票が開始されております!

12/1までです。

どうか最終投票にご参加いただけますと幸いです。

処刑人のルビが【パニッシャー】なので、本作は「は行」にあります!

ツカサ、ラング、アル、皆の旅路へ応援をよろしくお願いいたします!

<以下投票サイト 次にくるライトノベル大賞2025>

https://tsugirano.jp/nominate2025/


挿絵(By みてみん)


あなたのお時間に感謝を。

きりしま

面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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