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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界

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2巻発売記念SS その5 ラングの赤ワインシチュー

いつもご覧いただきありがとうございます。

11/10 2巻発売記念SS その5


「ラングの赤ワインシチューが食べたい」


 ジュマの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)からの帰還後、確認のため十二日間の待機をしていたある日、マーシが子供のように唸った。

 ラングの赤ワインシチュー。それはジュマでの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)中、原因の解明を目的として潜ったダンジョンで振る舞われた料理の一つだ。筋のあるフォウウルフの肉がトロトロになっていて、酸味をまとったニンジンの甘さ、スープに溶けるとさらりと口に入ってくる贅沢な芋、シャキトロの玉ねぎにふわっと香る赤ワインが大人の味だった。思い出してしまい、【真夜中の梟】の四人は往来で足を止め、ごくり、と喉を鳴らした。


「ばか、やめろ、思い出しちまうだろ」


 手遅れではあるのだが一応文句は言うエルド。


「お、美味しかったですよねぇ……」


 じゅる、と溢れる唾液に耐えるロナ。


「一応、ラングの旦那からレシピは聞いてあるぞ。美味かったからな、あれ」


 皆の助け舟のカダルはおっさんと青年と少年に詰め寄られてその背が仰け反る。


「カダルー! ほんっと最高にいい斥候だな!」

「今夜はラングの赤ワインシチューで決まりだな!? いいな!?」

「ぼ、ぼく、僕も覚えたいです! 美味しかった……!」

「買い物は何をすればいい!?」

「赤ワインなら任せろ! 上等なもん買ってくるぞ!」

「ええい、やかましい! 往来で騒ぐな! ロナもだぞ、落ち着け!」


 エルドとマーシは容赦なくカダルに蹴られ、ロナは肩を叩いて済まされた。依怙贔屓、俺らも大事にして、と乙女のように騒ぐのもいつものこと、前衛と癒し手の防御力の差を考えろ、と当然の言葉が返ってきて押し黙る。

 ジュマの往来で騒げばいつも以上の衆目を集めてしまい、一行は一先ず酒場に入った。何か相談事をする際には一杯飲みながらさっと会話し、それで出る方が早い。早速エールを頼むエルドとマーシを放っておいて、カダルはロナと二人でミルクだ。軽くコップを当て合ってぐびり。エルドが切り出した。


「で、何を買えばいい?」

「芋、ニンジン、玉ねぎ、あれば赤いトマト、それに肉、オークじゃないやつだな。あとは赤ワイン」

「はい! 俺、肉買ってくる!」

「じゃあ、僕はお野菜を」

「おし、それじゃ俺が赤ワインだな!」

「それなら俺はハーブと他に必要なものを揃えるか」


 さくさくと担当が決まりあっという間にコップを空にする。滞在五分、酒場も驚きの最高速度ではないだろうか。酒場を出る前にカダルはエルドに釘を刺した。


「エルド、赤ワインは安酒でいいらしいからな、いいもん買ってくるなよ」

「ぇえ!? いいだろ!?」

「あとで酒屋に聞けばわかるからな」

「ケチ!」


 カダルが睨みつければエルドは分からず屋、と叫びながら酒屋へ向かう。


「ロナは俺と行こうぜ、芋とかニンジン、重いもんな」

「はい! マーシさん!」


 いってきます、とこちらは二人に手を振って見送り、カダルはポーチの一つからメモを取り出す。


「果たしてこれで作れるかどうか……」


 ぼやき、カダルはハーブなどが売っている店を目指した。


 【異邦の旅人】の二人は、今日は揃って出掛けているらしい。本人がいれば教わるのが一番早いのだが、兄弟水入らずの時間に邪魔をするのも気が引ける。宿の厨房を借りて各々買い物してきたものを広げ、いざ挑戦。

 パーティ内で料理当番は入れ替わりでやるので野菜を剥けない奴はいない。とはいえ、皮を剥くのは実が小さくなるのでよく洗い、宿の女将が野菜用の、枝をぎゅっと縛って作ったブラシのようなものを貸してくれた。芋の芽は毒だと知っているのでそれだけナイフでほじり、切り落とした。玉ねぎが目に染みる、とエルドが泣き、その手で目を擦り地獄の様相に陥り、ロナと目を洗いに行く一幕もあった。井戸の前ででかい体を丸めて顔を洗うおっさんの背中を優しく撫でてくれる少年、その絵面の情けないことといったらなかった。さて、いろいろあったがテーブルの上には材料が無事並んだ。カダルはメモを読んだ。


「ラードで野菜を炒める。その後、肉を炒める」

「どんくらい?」

「知らない」

「その辺聞いとけよな!?」


 野菜ってそもそも煮ておけば勝手に火が通るもので、炒めるものなのか? とマーシはぶつぶつ言いながら肘を上げてゴリゴリと鍋の中で野菜を炒める。火の通り加減がわからず、もうよくねぇ? となって肉を投入し、こちらは色が変わるのでわかりやすかった。


「次に、赤ワインを注ぐ」

「どんくらい?」

「知らない」

「だからさぁ! なんでそこ聞かないんだよ!」

「ラングに聞いたところでわからないって言うんだ、仕方ないだろ!」


 確かに、ラングはいつも目分量で料理を作っていた。役立たず、と呟けば思いきり尻を蹴られた。


「あぶねぇ! 何すんだ!」

「文句を言うなら自分で聞いておいたらいいだろうが! ぶつくさとうるさいぞマーシ!」

「お鍋がひっくり返っちゃうので二人ともやめてください」


 ロナの静かな怒気を含んだ声にカダルとマーシが小さく謝る。エルドは大笑いして赤ワインの瓶を鍋へ傾けた。


「まぁまぁとりあえず、だめだったらその時は旦那に直してもらうってことでよ」


 とっぽとっぽ瓶から注ぎ、なみなみになった鍋。赤黒い液体で満たされた鍋にこれで正しいのか不安が過ぎるが、まぁ、それもそうか、とそれが煮立つまで休戦にすることにした。厨房に赤ワインのいい香りが漂う。エルドが余分に買ってきた赤ワインとつまみで一杯やりながらそれを待つのもまた休暇としては素晴らしい姿かもしれない。宿の女将と旦那も巻き込んでのんびりやっていればくつくつと音がした。


「お、煮えた? この後どうするんだ?」

「塩とハチミツ、好みのハーブで味を調える」

「目分量?」

「そうだ」


 塩の壺、ハチミツの壺、なんとなくラングがこれを買っていた、で買ってきたハーブ。塩梅がわからず皆で少しずつ入れ、味見をし、を繰り返して段々とドツボにハマりはじめる。塩を入れると甘みが薄くなるような気がして、ハチミツを入れれば塩味が薄くなるような気がして、なんだか入れすぎたような気もする。繰り返せば繰り返すだけ塩分濃度が上がっていき、なんだか頭も痛くなってきた。


「えぇ、ラング、これ、味どうやって決めてんだよ」

「ハーブってこれでいいんでしょうか。なんだか酸っぱい気がします」

「女将、悪いがもう一つ鍋を借りていいか?」

「赤ワインならたっぷりあるぞ、ちょっと薄めておこう」


 喧々諤々、結局鍋二つに分かれて増えたそれを前に、皆が皆、もうこれでいいか、となった。苦笑いする宿の夫婦も巻き込んで、すっかり紫になったニンジンや掻き混ぜすぎて皮を残しどこかに行った芋など、いろいろあったが見ないふりをして一口。皆で顔を見合わせる。


「おぉ!? 成功したんじゃね!? うっま!」

「うわぁ! 美味しいです!」

「あぁ、いけるな」

「頑張ったな!」


 わぁ! とまるでダンジョンの攻略が成功した時のように盛り上がる。祝い酒だと再び酒が進み、女将がエールをご馳走してくれた。


「あれ、なんか美味しそうなにおい」


 ひょっこりと顔を出したのはツカサだ。その後ろにラングもいる。


「おぉ! いいところに戻ってきたな、よかったら食べないか? ラングの赤ワインシチューだ」

「ラングの? いつ作ってたんだ?」


 ツカサがラングを振り返り首を傾げ、その先で兄は肩を竦めていた。


「俺たちが作ったんだよ! 【真夜中の梟】特製、ラングの赤ワインシチュー!」

「え!? すごいね!? 夕飯食べてきちゃったから、ちょっとだけ貰おうかな」


 夕飯、と言われ外を見れば、すっかり暗かった。料理を始めたのは午後三時くらいだったはずだ。まぁいいか、楽しかった。【真夜中の梟】は顔を見合わせて笑い、【異邦の旅人】から首を傾げられた。

 いそいそと席に着くツカサにマーシが意気揚々とシチューをよそい、渡す。カダルがあんたも、とラングを呼び、小さな息は吐かれたものの、ラングの同席も叶った。ラングの料理を食べ慣れている弟と、本家本元の料理人に差し出したシチュー。【真夜中の梟】も宿の夫婦もじっと見守ってしまった。


「いただきます!」

「いただきます」


 ふぅふぅ、ぱくり。ツカサはわかりやすく驚いて、まじまじと器の中身を見て、にこりと笑った。それだけでほっと皆が胸を撫で下ろす。


「えぇ、美味しいね!? 頑張ったなぁ」

「そうだろ、そうだろ!」


 マーシが腕を組んで胸を張り、ロナは嬉しそうに笑う。エルドは誇らしげに笑い、カダルはじっとラングを見ていた。


「ラング、どうだ?」


 ザッと全員から視線が注がれ、ラングはふむ、と一つ、言葉を選んでから言った。


「美味い。よくできている」


 わぁっと歓声が上がる。そこからは食べても食べても減らない赤ワインシチューとの戦いであったが、泊り客へのお裾分けと【真夜中の梟】に頼まれた宿の女将がご近所にも配り、翌日の昼には消えた。

 ワイワイ騒いだ後、それぞれが厨房から出ていくとき、マーシがツカサを捕まえた。


「なぁなぁ、どっちが美味かった? 【真夜中の梟】特製と、ラングのお手製」

「ラング」

「迷う素振りくらいみせろよ!」


 首をがっしりと腕で掴まれて、ぐぇ、とツカサが呻く。


「だってラングが元々のレシピじゃん! そりゃラングの方が美味しいよ、肉の下拵えだっていつもしてるから柔らかいし……!」

「お前ときたら! 先輩を立てるってことを知らないのかよ!」


 笑いながらマーシに絡まれ、ツカサは首を押さえる腕を叩いてギブを示す。深い溜息を伴いながらカダルが声を掛けた。


「マーシ、そろそろ怒られるぞ」


 え? というマーシの声がツカサの耳元でヒュッと息を吸う音に変わる。そろりと離されてツカサはふざけながら、もう、とマーシの腕を振りほどいて笑った。固まり続けるマーシの視線の先を追って、こちらに体の正面を向け、剣の柄を握るラングを見てツカサの喉もヒュッと鳴る。


「ふざけてただけ、遊んでただけ! 剣から手を離して!?」


 いきなり斬りかからないだけラングも手加減と配慮はしてくれているが、あぁ、あの夜のことを思い出すなぁ、とカダルは天井を仰いだ。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

これで皆さんも赤ワインシチューが作れますね!


ついに本日2巻発売日です! 早い方は電子書籍で読まれていらっしゃるのかな。

配達の時間指定が夕方以降になっているらしく、事前に予約をされている方が受け取るのは夜らしいという噂をキャッチ。

というわけで昼のお供に記念SS置いておきます。


すでに入手されている方は楽しんでいただけておりますでしょうか?

こちらの書き下ろし、2巻を読んだあとにもう一度読んでいただけるとさらに楽しく読めると思います。

【真夜中の梟】のワイワイしているのは書いていて、とても楽しいです。

web版では大変なことになっていますが書籍の中では元気です。


ツカサとラングが守った【真夜中の梟】、あの戦いが、ついに書籍で発売です。

ぜひ、新しい景色を求めて、お手に取ってやってください。

どんな感想が飛び交うのか、怖くもあり、楽しみでもあり。

あぁ、どうか旅人諸君の旅路のよい彩りとなりますように……!

そして本編の更新はきりしまも書店巡って置いてあることに感動したり、1~2巻通しで読破したりしたいので、少しの間だけお休みいただきます!

楽しみましょう!

書籍ご購入のほど、なにとぞよろしくお願いいたします!


1巻書影

挿絵(By みてみん)


2巻書影

挿絵(By みてみん)

面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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