2-50:お粥
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武器がなければどうすればいい? 確実に殺せる方法ってなんだろう。
そう尋ねた時、師匠はきょとんと眼を瞬いた。
――簡単だろ、なんか武器になりそうなもん拾え。
それがなければ? 何もない想定で考えて、教えて。
――なんで俺がお前の状況に合わせないといけねぇんだよ。
想定について聞いてる。
――ったく。簡単だろ、骨使え、骨。
意味がわからず首を傾げれば、師匠は呆れた様子で、いー、と歯を見せた。
――歯だよ。いつも飯食ってるだろ。顎の力ってのはものを噛み砕く、噛み千切ることに関して右にでるもののない人体の武器だ。まぁ、噛み方は気をつけねぇとこっちも歯は持っていかれるけどよ。噛んじまえば、こっちのもんだ。だから、歯は大事にしろっつってんだよ。一度、お前にも、死刑囚の首でも噛ませて噛み千切る感覚を覚えさせないとな。案外コツさえ知ってりゃ簡単に……おい、何だよその目は。おい! どこ行く、逃げんなコラ! ベネデットに言いつけてみろ! 殺すぞクソガキが!
『お前が、悪い……、クソが……』
ぽつ、と自分の唇が紡いだ音で目を覚ました。こほ、こほ、と乾いた咳をして目を何度か瞬かせる。美しい宝石の天井があった。装備を確認するために動かした手が、胸当てを撫でようとして掛け布団を撫でた。双剣、ない。短剣、ナイフ、ない。ツカサに預けたことは覚えている。
じっとりと汗をかいた感覚はあったものの、浄化の宝珠のおかげで汚れてはいない。むくりと体を起こせば近くで警戒するいくつかの気配があった。そちらを見遣れば、両手をこちらに出して構えているツカサと、その後ろに隠れるようにキスク、そのさらに後ろには大男、でかい獣と並んでいる。
声を掛ける前に周囲を確認した。白く輝く宝石の壁は繊細な細工すら持ち、ここが聖域であることを示してるのだろうと思った。天井には宝石が氷柱となって下りている場所もあり、力を感じる。そう思ったことが不思議だったが、ラングは何よりも自身を取り巻いているこの魔法障壁に首を傾げた。これは先日、貯蔵庫でツカサが諜報員を捕まえたものだろう。
「これはなんだ」
「ラング、今、正気?」
「何の話だ」
こてりと首を傾げれば、ほーっとツカサが息を吐いた。ふわっと魔法障壁が消え、お互いに壁がなくなる。近寄り、コップに水を入れて差し出してくれたので礼を言い、飲む。体の疲れが取れるような気がした。また例のロストアイテムのようなものを平然と差し出してきたのだろう。ラングはシールドの奥で苦い顔をした。これは何か、と問えばよかった。少し気を抜き過ぎている。
『体調はどう?』
『悪くない。熱もなく、頭痛もしない。体のだるさも消えているようだ。……世話を掛けた』
『あぁ、ううん、いいんだ。それに、俺の薬じゃなくて、この場所で採れる百年に一度の霊薬ってやつが、ラングを救ったんだよ』
詳細を求めればツカサはここに至るまでの時間を話してくれた。薬を求めて森に入ったこと。手に入れて戻る途中、黒い命に襲われたこと。そのことで、あとで少し話したいことがある、と一度切り上げ、戻ったらラングが神獣に拉致されていなくなっていたこと。
『運ばれている感覚はあった』
『そこまでは正気だったんだね……、えっと、それから、神獣の住処にいるだろうって推測して、ここに来たんだ』
当たってよかった、とツカサは微笑む。心からの安堵を浮かべた表情にラングはそこまでの心配をかけたのかと少しだけ申し訳ない気持ちになった。ラングの感情が言語化される前にツカサは続けた。
『ちょっと、いろいろあったけど、百年に一度の霊薬が間に合って、今、って感じ』
『そうか』
結局、薬は役に立たなかった、と手に出したギザギザの葉と白い何かの実を眺め苦笑を浮かべるツカサに、ラングは首を振った。
『ありがとう、お前の行動を私は忘れない』
ツカサの色の違う両眼がじわりと滲み、ぱっと俯いた。誤魔化すように葉や木の実をしまい、うん、と声が聞こえた。前から思ってはいたが随分と涙もろい青年だ。ラングはその肩をとん、と叩いてから他の面々を見遣った。
「キスク。そいつはなんだ」
「あぁ、いや、ええと、神獣様と、死んだ俺の親父……」
立ち上がり、どこからか取り出したナイフを構えたラングの足にツカサが慌てて抱き着いた。ラングは気持ち悪い、と思った。
『待って待って! それも話すから! まだゆっくりしてないとだめだよ、ここでラングの静養をしてから動こうって決めたんだ!』
『誰が決めた』
『俺! 俺も休みたいし、霊薬を飲んだからってすぐに全快するわけじゃないんだから、あんな状態だったし……』
足に縋りついたままのツカサを、足を振って振り払い、ラングは寝かされていた布の上に座り直した。あんな状態、というのが気に掛かり、どういうことかと問えば、ツカサは自分の首を指差した。
『ラング、意識混濁してて、俺の首に噛みついてきたんだよ。たぶん、双剣とか、短剣を俺が預かってたから……』
クソが、と内心で悪態を吐いた。ラングはシールドの中に手を入れ、心底呆れた様子で息を吐き、眉間を揉んだ。ツカサは聞いていいかどうかわからない様子で、けれど好奇心が抑えられずに尋ねてきた。
『どういう鍛錬でああなったの?』
『……武器がない時には、骨を使えと習った』
骨、と復唱し、ツカサは苦笑を浮かべ、考えるのを諦めたらしい。そっか、とそれだけ返され、ラングは確認を入れた。
『すまない、怪我はないか』
『大丈夫、魔法障壁があったから。でも、俺が辿り着く前に、神獣には噛みついたみたい』
それであの状態、とツカサが振り返り白い獣を指差す。尻尾を咥えてぷるぷる震えている毛玉が怯えた表情でこちらを見ている。ラングはあまり心に響かずツカサに視線を戻した。
『状況を知りたい』
『うん、ここからはキスクも交えて話そうか。ラングも少し食べないといけないしね』
待ってて、とツカサは少し離れた位置に熾してある焚火で、すでに仕込んでいたスープを持ってきてくれた。至れり尽くせりだ、有難いが、相変わらず申し訳ない。食材があればこちらも腕を振るってやれるのだが、人の食材を利用してそうするのは意味がない。
未だ状況はわからないながら、ツカサの作ったスープを白い獣まで平たい器に貰い、円になって並んだ。
「いただきます」
ツカサの号令に合わせ、旅を共にしていない一人と一匹は言い慣れない様子で同じ言葉を返し、スプーンを動かす。
ラングは器の中身を掬い、眺めた。白濁したスープ、白くふやけた穀物。すん、と嗅げばどことなく甘い、嗅ぎ慣れない匂いだった。息を吹きかけて一口。穀物は柔らかくて舌で押せば潰れていく。少しの塩味ととろみのついたスープが、優しく胃に落ちていく。ほっと、息が零れた。
「美味い」
「よかった、俺、パン粥はともかく、お米のお粥なんて作るの初めてだからさ。とにかく水が多ければそうなるかな、で入れすぎちゃって」
ラングの感想に笑ったツカサもようやくそれを口にする。何もこちらに合わせずとも好きなものを食べればいいと思うのだが、同じものを食べる、という行動をツカサは自然とやる。それは配慮だ。ラングは心地よく、有難くそれを受けることにした。
器を一杯空にすればおかわりを尋ねられ、案外満腹だったので礼を言い、断った。キスクと白い獣が残りをぺろりと平らげ、食休みに移行する。そのまま会話は始まった。聞き取れないところ、意味のわからない単語は適宜ツカサの通訳を頼んだ。
ドルワフロの破綻。食糧難。過疎化。ラングの知らない間に殺されそうだったこと。魔法障壁と声を掛けてくれたのだと言われたが、記憶になかった。そう返せばツカサは無意識にでも自分が頼られたことが嬉しい、と笑った。口端に指を掛け、頬を捻り上げてやれば怒った。
ラングを拉致した神獣への糾弾もあった。少なくとも隠れ家で待っていてくれれば、話ができれば、変に遠回りせずに皆でここに来られたであろうし、ラングは暴れなかった、と言われ、どういうことかと問うた。神獣が震えながら話したところによると、ツカサの言うとおり、無意識のうちにその獣の喉に噛みつき、噛み千切ろうとしたらしい。
「怯えさせぬように体を縮めていたのが、いけなかったである」
今、神獣は大虎のように大きな姿で伏せをしている。ラングに話し掛けた時は通常の獣と同じくらいの大きさだったらしい。大男が何かを持ち上げる動作をしながら言った。
「引き剥がしたらァ、神獣様の首からァ、こう、真っ黒い血がなァ。怖かったぜェ」
重そうな毛皮のマントを羽織った男は髭面で、ぼさぼさの髪をきつく縛り、豪快な身振り手振りをする。その目元だけはキスクに似て見えた。
「お前はなぜ、いる」
「キスクのお父さん。今頭代理をしている弟に殺されそうになって、ここにある霊薬を求めて逃げてきたんだって」
「ガッハッハ! 間に合わなかったァ、それで死んじまったァ! 辿り着いたところで霊薬はなかったけどなァ!」
「そこで、そこで、我が拾い上げたのだ」
ユキヒョウがふんぞり返って顎を上げ、ラングの視線を感じるとすぐに下げた。
「おかげで息子に会えたァ。俺ァ神獣様の傍じゃねェと黒いいきものになっちまうからなァ、ずっと一緒にいたんだァ」
「我は、我の身の内にある命をどうにか誘いたかった。そこに、お主らが来た。だが、刃が死にかけているではないか! 我は、我は言ったのだぞ、まずは話すのだと! だのに、このニンゲンがいいから連れて行けと言ったのだ!」
「霊薬が落ちたら間に合わねェって、怖ェこと言って焦らせたのはテメェだろうがァ! ニンゲン様は焦るんだァ! 息子まで弾き飛ばしやがってェ!」
「わざとでは、わざとではない! 我はこの自慢の尻尾で少し、軽く、押しやっただけである!」
「うるさい」
ツカサの苛立った声に一人と一匹はきゅっと口を閉じた。キスクは苦笑を浮かべ、もはや慣れたというかのようにハーブティーを啜っていた。存外、柔軟性の高い青年だ。
「とにかく、そういうわけでラングを拉致されて、今ここで合流してる。……霊薬が間に合った、結果的にはよかったけど、気が気じゃなかったよ。ついでに、キスクの身の潔白を証明するために、死に証人もいたから、ドルワフロの問題は一つ解消すると思う」
「そうか。【精霊の道】は?」
「知っている、知っているのである!」
ユキヒョウが再び顎を上げふんぞり返った。ツカサとラングから視線を受けて顎が素早く下がる。二人が首をこてりと傾げ、どこだ、と言外に問われ、ユキヒョウは髭を下げた。
「告げられぬ」
大虎と同じ回答にツカサは肩を落とし、ラングは肩を竦めた。うぅ、と声自体子供っぽいユキヒョウは制約に引っ掛からない範囲でぼやいた。
「我もまだ、命を集めるという役目があるのである。ゆえに制約が課されるのは困るのである! しかし、しかし、恩人なのである……。面倒ではあろうが、すべての祝福を得るのである」
「時間が掛かり過ぎるよ、今回はキスクが居たから、歌の内容と不思議な声でここだとわかったけど、西と南なんて、何の情報もないんだよ」
東に水の美しい滝つぼがある。西に燃えたぎる炎の川がある。北に大地の輝きを知れる洞窟がある。南に風が吹きすさび人の通れない谷がある。
キスクが改めて歌ってくれた歌詞を考えている間に、ユキヒョウはぽつりと言った。
「揃えばいいのである」
「どういうこと?」
ユキヒョウはこれ以上は言えぬと言わんばかりに地面に置いた前足の間に顎を収めた。これ以上は無理だろうと振り向いたツカサに、ラングは頷く。
「ともかく、この東に、答え、ない」
「そうだね。一応、霊薬のお礼はあるから、キスクの身の潔白だけは、証明していこうと思ってる。このままじゃ、キスクのお父さんをいつまでも誘えないしね」
「どうするつもりだ? その男の証明……証言、解決しない」
それは食料問題や諸々の事象について、ということだ。ラングはそのつもりで問いかけ、ツカサはその意図をしっかりと汲み取った。ラングには少し通じにくいだろうという認識もあり、一度言ってから、故郷の言葉でも同じ見解を述べた。
『ドルワフロの食糧庫、たぶん、俺がいっぱいにできる。今の手持ちを譲り渡すんじゃなくて、手に入れる術があるんだ。一応確認したけど、食糧庫がいっぱいだったら、五年は持つんだって言うからさ。十分なお礼になるでしょ?』
言い、ツカサは黄金の美しい短剣を取り出した。豊穣を示すのかツタ模様と葡萄、小麦などの美しい柄が細工されたそれを抜き、手のひらをなぞる。おい、と皆が身を乗り出して案ずる中、平然と手のひらを見せてきた。ツカサの手には切り傷はなかった。
「これ、豊穣の剣って言うんだけど、人のことは傷つけられない、武器としては意味のない短剣。でも、すごい短剣でさ」
ツカサが片手に豊穣の剣を、片手に新しい器を持ち、恐らく魔力とやらを込めたのだろう。突然、短剣からザラザラと何かの粒が降り注ぎ、器がいっぱいになった。
小麦、大麦、米、黄色い豆、赤い豆、黒い豆、黄色い粒や三角のような形の粒はなんだ。キスクとその父トルクィーロはぎょっとした顔でそれを覗き込み、手を伸ばして器の中身が本物かを確かめている。
「こうやって、穀物が出せるんだよ。結構魔力使うから、キスクじゃこの器もいっぱいにならないと思うけど、俺にとってはほんの少しなんだ」
ツカサの色の違う両眼が、悪戯を思いついた子供のように三日月を描いていた。
「せっかくだから、何かあった時のために、絶対的な味方を作っておくのはどう?」
言葉の端々から意味を理解し、ラングは腕を組んだ。
『お前が時折見せる性格の悪さや、悪知恵は、誰の影響なんだ』
『確実に兄譲りだね』
簡単に口端を掴み頬を捻り上げられるような隙だらけの弟を持った覚えはないと、行動で示してやった。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
きりしまのよもやま話。
最近、お猫様に髪をしゃぶられる。恐らく毛繕い。恐らく愛。
ドリルのような回転をつけた頭突きできりしまの頭が「ゴッッ!」と痛い音を立てる。
それ大丈夫? と振り返ると「動くな」と言わんばかりに両腕でハグ。
ちゃむちゃむ、ざりざり、まぁ、噛み切って呑んだりしていないのならいいか、とカメラでお猫様の口元と喉の動きをチェックしつつ好きにさせる冬。
可愛いは正義。
さて! もう2巻がすぐそこ!
そろそろ売り文句も枯渇してきました!
お手に取ってやってください!
よろしくお願いいたします!
1巻書影
2巻書影
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