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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界

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2-49:生への執着 無意識

いつもご覧いただきありがとうございます。


 死臭がする、とラングは思った。


 何か大きな物音がして、意識はあったものの体が動かず、何かに咥えられるようにして体を持ち上げられ、運ばれたのはわかった。離せ、ツカサが戻るはずだ。あいつが約束を果たすのならば、薬とやらを持ってくるはずだ。それが果たされた時、ラングは心の底からあの青年を信じられると思った。

 信頼というものは、約束が果たされることで積み重なっていく。だからこそ、嘘一つ、裏切り一つ、不履行一つで簡単に失われていく。口にした軽い言葉すら、相手にとってそれが約束になってしまえば知らぬところで信頼を失っていく。だから、ラングは言葉を選ぶ。沈黙を選ぶ。簡単に、できる、できない、とは言わない。

 やる、やらない。しようか、しておこうか。やっておく、あとでやる。

 相手に期待を持たせる言葉はラングにとって不誠実な言葉だった。そうした言葉に騙されたことも、裏切られたこともある。師匠、リーマスはその感情に対し、バッサリと斬って捨てた。


 ――そりゃぁ、お前が相手に、勝手に期待しているからだろ。期待しなきゃ裏切られねぇよ。


 そんなつもりはなかった。けれど、指摘され、振り返れば思い当たることは多かった。社交辞令で言われたことを「相手がしてくれる」と思うから、実際にそれが果たされなかった時に腹が立ったり、裏切られた気持ちになるのだ。なるほど、でも、寂しいなと呟いたラングに、リーマスは片眉を上げて一瞥し、混ぜ続けている鍋に視線を戻して続けた。


 ――まぁ、仕方ねぇんだよ、それが人間だ。期待はしないに限る。流れで出てくる言葉ってのもある。お前はもう少し気楽に考えていいと思うぜ。守らなくちゃならねぇ約束なんざ、背負うもんじゃねぇよ。


 まだガキなんだからよ、ちび助。撫でてくる手が気持ちいいと思ってしまい、悔しくて振り払ったことまで思い出した。


 揺れが止まり、どさりとどこかに落とされる。体が重い、指先一つ動かせない。誰かがいる気配がする。大きな塊と、小さな塊。


『……れだ』


 想像以上に自分の声が掠れていて、少しだけ息を吐く。苦しい。ラングの問いかけに答えることはなく、その二つの塊は何かを話し合っている。片方の声の訛りが鍛冶師に似ていることに気づいた。ということは、ここはドルワフロなのだろうか。

 あぁ、くそ、考えがまとまらない、だめだ、考えることをやめるな、続けろ、意識を保て。せめてツカサに知らせるまでは。

 努力も空しく、ずるりと意識が地下深く大地の中に吞み込まれていく感覚を得ながら、ラングは気を失った。


 ――不可思議な現象を味わいながらツカサはキスクの案内を受け、滝の裏側に回り込んだ。これもまた何かの力なのか、なぜか置いてある飛び石には水滴もなく、苔もない。足を滑らせる心配が減ったことは有難い。滝の裏側、洞窟。ちょっとした冒険心をくすぐられる。ゲームだったならここから入って攻略を始めるだろう。ツカサは握り締めている感ずるもの(フュレン)を前に出した。淡い光を放つそれに、この奥だと思う。刀身で確認をすれば紋様は今も現われている。


「行こう、奥にいる気がする」


 ムズムズとした感覚を頼りに、トーチを置いてツカサは足を進めた。土壁の洞窟に滝の音が注がれ、鈍く響いている。キスクと扉を出た時ほどの神聖さを感じず、大虎との差に違和感があった。本当に神獣なのだろうか。

 足早に進んだこともあり、洞窟に入ってそう時間は掛からなかった。空間がぐわりと歪む感覚があり、大虎の聖域と似たような場所に入ったと思った。しかし、空気は淀んでいる気がした。

 さらに足を進めて行けば壁に壁画のようなものが現れ、本来ならば美しいだろう組子細工のようなものが描かれ始めた。全体が石のようになり、くすんでいる。そこに水滴のようなものが混ざっていてトーチを反射する。キスクは細工に興味を惹かれていたが、ツカサは脇目も振らずに進み続けた。

 また暫くして、灰色と化した、恐らくクリスタルガラスでできていたのだろう壁が出迎えた。その床に緑の衣服を身に纏った誰かが倒れている。


「ラング!」


 駆けだした。息を確認し、薬を飲ませなくてはならない。無事でいてくれ、どうか、どうか。ツカサが辿り着く前に、目の前に何かが落ちてきた。太くて強靭な脚、逆立った毛、シャアアと低く鳴きながらでかくて黒い猫のような生きものが黒い水滴を垂らしながらそこにいた。


「邪魔するなよ……!」


 素早く感ずるもの(フュレン)で斬りつける。黒い毛皮を散らし、灰ではなく黒い血が飛び散る。悲鳴を上げて飛び退いてから怒りを露わにし、ツカサを敵と判断したそれがゆっくりと間合いを取る。さっと【鑑定眼】で確認した。


 【ギリギリのシャムロテス】

 水と氷の神獣

 レベル:表記不可

 いのち ぱっつんぱっつん、もう無理、助けて、こわい


 なるほど、堕ちかけているわけか。気の抜けるような自己紹介どうも、とツカサは感ずるもの(フュレン)を腰へ戻し、空間収納から双剣を取り出した。ずっと憧れていた武器だ。軽く振って馴染ませる。短剣に比べると少し重く、剣先が振り回されるように思う。


「刺し続けられたら一番楽なんだけど、な!」


 大きな猫、シャムロテスが黒いものをまき散らしながら爪を振ってくる。動きは豹やそちらの系統に似ている。飛び掛かるようにして両手前足を爪を出して襲い掛かり、それをくぐって避けると向こう側で着地、ぎゅっと体を回転させて再び、という単調だが素早い動きをする。

 本調子ではないのだろう、十分についていける。飛び掛かる動作が単調でツカサは避けるついで、ラングの戦い方を真似、カウンターを狙い双剣で大きな黒い猫の腕を裂いた。ざらっと灰が現れたのでやはり、この力はラングの方なのだと確信を得る。ラングの意識があれば、ツカサにもバフがかかる、そういうイメージを持った。ツカサはそうして大きな黒い猫を何度も斬りつけながら、叫んだ。


「旅人よ、今ひと時の安息の眠り、揺れる舟の揺り籠でその身を癒すがよい! 水の流れは時の流れ、喉を潤し、渇きを癒し、焼けた骨の熱を冷ますだろう! その眼が、再び世界を見るその時まで、静かな水辺で旅人に微睡を与えん! おやすみ!」


 ふわっと灰を落としてキラキラ輝くものになった命がツカサへ集まっていく。時間にして十分、言葉にして十回繰り返し、突然大きな猫が倒れた。チャンスだ。ツカサは駆け寄り、その手にラングの双剣をぐさりと刺し貫いた。ギャーオと悲鳴が上がったが、剣を刺した先からぶわりと黒い粘性を持ったものが噴き出した。ツカサはその激流に体を叩かれながら言葉を繰り返す。


「旅人よ、今ひと時の安息の眠り、揺れる舟の揺り籠でその身を癒すがよい! 水の流れは時の流れ、喉を潤し、渇きを癒し、焼けた骨の熱を冷ますだろう! その眼が、再び世界を見るその時まで、静かな水辺で旅人に微睡を与えん! おやすみ!」


 黒いものが剥がれ光の流れに変わったそれがツカサの中に誘われていく。剣を刺し、言葉を伝え、命を預かる。双剣が引きずり込まれる。一人でやるにはきつすぎる。


「先生!」


 キスクが勇気を振り絞ってツカサの体に飛びついた。


 旅人よ 今 ひと時の 安息の眠り 揺れる舟の 揺り籠で その身を 癒すがよい

 水の流れは 時の流れ 喉を潤し 渇きを癒し 焼けた骨の 熱を 冷ますだろう

 その眼が 再び 世界を 見る その時まで 静かな水辺で 旅人に 微睡を与えん

 おやすみ おやすみ

 旅人よ おやすみ


 引きずり込まれるツカサを支えるようにしながら、吟遊詩人が繰り返し歌った。柔らかい音の高低をつけて、優しい音を選んで、キスクが歌っていた。誘う者がそこにいて、触れていれば、歌があればいいのだろう。ツカサは剣を刺し続けることと、命を受け入れることに集中できるようになった。それがまた二十分ほど続き、ようやく命はツカサの内へ収められた。

 その場所の空気が軽くなり、癒しの泉エリアのような柔らかなものに包まれ、聖域となっていく。濁っていた石は白く淡く輝き始め、雪を纏うような白い風が洞窟を吹き抜けていった。キラキラと全体が光を放ち、明るい。

 ツカサは刺していたラングの双剣を抜き、癒しの泉エリアの水を倒れ伏している白い毛皮に黒い斑点のユキヒョウのような神獣にばしゃりと飲ませた。

 ツカサはついにラングへ辿り着いた。双剣は空間収納に入れ、駆け寄り、手当てを、と腕を伸ばしたところで首根っこを何かに掴まれた。


「ラング!」

「ならぬ、ならぬ、危ないのである……!」

「ちょっ、なに!?」


 つい先ほど黒い命を誘ったユキヒョウがツカサの首根っこを咥えてずるずるとラングから離していく。ツカサは自分を咥えて離さないユキヒョウの髭が密集した口元、ウィスカーパッドを掴んでぐぃっと上に持ち上げ、横に引っ張り、離させた。


「お前! 一方的に拉致して! 危ないから俺だって薬を!」

「違うのである! 我は治してやろうと思ってここに連れてきたのである! ここには霊薬があるのである!」

「はぁ!? じゃあもう治ってるってこと!?」

「まだである、まだである……! 治そうとしたのだ、したのだ!」


 埒が明かない、ツカサは再びラングに近寄ろうとして、ぞわりと全身を駆け抜けたものに一気に汗が噴き出した。これは、あれだ、エフェールム邸で、死ぬなよ、と言われた時の。


「殺気……!?」

「ひぃぃ! またである! またである! あのせいで我は首を噛み切られそうになって、あぁ! 意識を手放してしまったのである!」


 ユキヒョウはツカサの背後に潜り込み、つま先立ちで背中を丸め、ぶわりと毛を逆立てていた。後ろを振り返る余裕はない、ツカサは床に転がったままの緑色の塊から目が逸らせなかった。

 一度だけ見たことがある。あれは最盛期の【ラング】ではあるが、意識が朦朧としている時のラングは特に危険なのだ。【寝ぼけ暗殺者事件】などの話も聞いた。不味い。

 腕が地面に突かれ、ぐぐぅっと体を持ち上げる。口元に黒い液体が滴り、歯を剥き出しにして、はぁぁ、深い息が零れている。


『ラング、落ち着いて、しっかりして、俺だよ、ツカサだよ』


 何枚もの鋭い刃のような殺気が全身を斬り刻むような感覚があった。魔法障壁が張ってあってもこれだ、なければ立てなかったかもしれない。ツカサは慎重に足を進めた。


『ラング、聞こえる? 薬を持ってきた、すぐに煎じるから、いい子だから、座って』


 両足で立ち上がったそれは、腕をぶらりと落としたまま動きがない。立ったまま気を失っているのならいい、だが、呼吸音が聞こえる。来る。

 ツカサが身構えた瞬間、ラングが消え、黒いシールドがツカサの顔面を打つ。魔法障壁があるのでガツンと音がして顔に怪我も無ければ痛みもない、ただ、驚きと衝撃はあった。


『ラング!』

『殺されて、た、まるか……! 死ぬ、わけに、は!』


 ぐらりと倒れる自分の体とラングの体を支えようと伸ばしたツカサの腕を、袖を使って絡めて封じ、ラングは黒いシールドでツカサの顔面を何度か頭突きした後、口を開いた。話すためではない。殺すためだ。ツカサが頭突きに顔を背けた。横に向け、その衝撃から目を逸らした一瞬、歯列を剥き出しにしたラングがツカサの露わになった首筋に噛みついたのだ。

 結果、魔法障壁があるので歯がめり込むことはなかったが、噛み切るという強い意思を持って向けられた凶器に血の気が引く。唸るような声が、高温の熱が混じった息が、いつも整然と立っている、身だしなみもしっかりとしている人が唾液を拭うこともせず、ただ殺すために顎に力を入れ続けている。

 押し退けようにも力がすごい。力の入れにくい角度で腕を捕まえられ、押さえ込まれ、蹴り上げようにも腰を押さえられている。足を振り上げたところで首筋に噛みついている相手の背中に届かない。

 叫ぶしかなかった。


『ラング! しっかりして! 敵じゃないよ!』

「せ、先生! ツカサ! ラング!」


 キスクの叫び声にラングがぴくりと動いた。まるで別の獲物を見つけたかのように顔が上がる。


『いけない! だめだって! ラング!』


 ツカサの両腕を捕らえていた袖が一瞬で解かれ、しゅるりと顔を撫でるようにして翻った裾を慌てて掴もうとした。抜けた。しまった。


『キスク!』

 

 魔法障壁があっても、あの時ほど意図的ではないからか薄いけれど、戦いを得意としないキスクは真っ直ぐに向けられた殺気で死ぬ可能性がある。ツカサは一度死んだ。いかずちの魔法障壁でラングを捕らえ、気を失わせようと手を伸ばした動きがスローモーションで見える。

 キスクがラングの殺気で死ぬ前に、間に合え――


「俺の息子にィ! 何すんだァ! 小僧ォ!」


 どっ、と重い音がした。どこからか現れた大男がラングを弾き飛ばし、その軌跡を追ってツカサはラングを捕らえた。


「ラング、ごめん!」


 バチリッ、といかずちを走らせれば体を一度大きく跳ねさせ、ラングはその中でずるりと沈み込んだ。【鑑定眼】で状態を確認する。気絶。今しかない。


「神獣! 治せる霊薬は!?」

「はひぃ、はひぃ、怖いのである! 怖いのである! れい、霊薬はそこの氷柱より滴るものである! 百年に一度、それを逃せばもうないのである! あぁ! もう滴るのである!」

「採取してないの!? 馬鹿なの!? どれ!?」

「酷いのである! それである! もう少し右、行き過ぎである、やや左!」


 右に、左に、前に、後ろに、ツカサは示されたクリスタルの氷柱の下へ走った。とにかく何か受け止めるもの、あぁ、待って、ここであってる? ゆっくりと集まった蜜が滴るように、ちょうど目の前でぽつ、と水滴が落ちてきた。


「うわあぁぁ!」


 あわや、地面に落ちる寸前、ツカサはそれを球体の魔法障壁で捕まえることができた。体勢は地面にへばりつき、本当にあと数センチでおしまいだった。

 気絶させたラングに近寄りそちらの魔法障壁を解き、黒い液体で汚れた口元を拭ってやり、あの時とは逆だな、と思いながらその顎を鷲掴み、口の中に霊薬をぽたりと落とした。

 パッと何か悪いものがラングの体から弾け飛んだように見えたのは錯覚だろうか。すぅぅ、ふぅぅ、と無意識ながら深い呼吸をし、ラングの体はゆっくりと脱力していった。このところ大活躍の【鑑定眼】で覗けば、

 ――状態:異常なし。

 とあった。とはいえ、高熱で体が疲弊しているだろう。あの状態であの動き、命を縮めていてもおかしくはない。暫くは要観察、安静にして、養生が必要だ。本人が嫌がっても絶対にそうする。

 ラングの状態が落ち着いたところでツカサは振り返った。


「で、どちら様?」


 ポーツィリフよりも身長の高い、大柄な男性。毛皮のマントは雄々しく、ドルワフロの鍛冶師のように腕が太い。先ほどのタックルは見事だったが、雄叫びは気になっていた。


「俺ァ、ドルワフロの頭をやってたトルクィーロってもんだァ! 息子が世話ンなったようだなァ!」

「お、親父……! 生きてたのか!」

「ガッハッハ! んなわけねェだろうが! 死んでらァ!」


 嬉しそうに駆け寄ったキスクが、続いた言葉にすぅっと白目を剥いて倒れた。ラングの殺気の余波とショックといろいろだろうな、と思いながら、ツカサはゆらりとユキヒョウに近寄った。


「いろいろ言いたいこと多いんだけどさ、とりあえず、一発殴っていい?」

「いやである! いやである! 言い出しっぺはこの男である!」

「やったのはお前ェさんだろうがァ!」


 ツカサはお互いに罪を擦り付け合う二人に対し、ユキヒョウには毛皮をあとで堪能させてもらうことを約束させ、大男、トルクィーロの腹には魔法障壁で守った拳、ラング直伝の腹パンを入れておいた。大男の体をくの字に曲げて少しだけ溜飲が下がった。

 ツカサは、動物は愛でるものであって責任は()()()に取らせるものだろう、と言い訳を胸で呟いた。




いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


きりしまのよもやま話。

舞茸が安かったのでいまだに舞茸を消費しています。

キノコは冷凍保存ができるので、消費できなくなりそうならそうしています。

案外炒めるとぎゅっと縮むので、わさわさして量がありそうな舞茸もあっという間になくなります。

キノコは旨味もあるしいろいろ使えるしで本当にいい食材です。

ただのバター炒めもいい。

シャキシャキ、じゅわ、独特の香りを含んだ水分。

うーん、おなかすきました(このよもやま話を書いたのが21:30頃)。

明日は短い記念書き下ろしです。気が向いたら本編も追加します。

本日も一日、生き延びましょう。


書籍発売まであと少しです! よろしくお願いいたします!


1巻書影

挿絵(By みてみん)


2巻書影

挿絵(By みてみん)

面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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― 新着の感想 ―
いのち ぱっつんぱっつん、もう無理、助けて、こわい おっきいねこがぱっつんぱっつん…ちょっと和みました
キスクはとばっちり! おっきいねこ不憫かわいい(そもそもの元凶だけど) おやじ元気な死人だなおいw ラングおおあばれ ともあれ、病は吹き飛んでよかった……?
よかったよラング〜!!
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