2-47:白い鏡を越えて
いつもご覧いただきありがとうございます。
暗闇の中で到着したドルワフロは、その真の姿を隠していたのだと思った。くろがねの門を抜け、改めて外に出て、ツカサは雪足の弱まった灰色の空を見上げるついで、ドルワフロを見上げた。
雪に埋もれた街、ドルワフロ。まずツカサを出迎えたのはくろがねの門に守られた都市の入り口だ。切り出した岩を重ね隙間を殺し、両側に積み上げて造られた家々。屋根は雪が積もれば裏側に落ちるよう、やや傾斜ができている。伸びた煙突からは煙が見えない。人が居ないのか、それともこの寒さに煙すら声を上げられないのか、どちらだろう。
大きな通りはかつての交易の活発さを知らしめてくるが、馬車の轍もなく雪は積もり放題。二重になった木の窓はその奥でかたりと動くものを感じさせる。突然現れた誰かに、期待と絶望の混ざった悲しげな視線が注がれるような気がした。
灰色の中で岩の家は風を避ける目的もあったのかもしれない。その中で火を使えば、少しだけ通りが暖かったのではないか、と想像してしまう。それだけ密に積み上げられているのだ。
大通りを真っ直ぐに進むと円形の広場があった。ここで活発に蚤市が開かれ、物品のやり取りがされていただろうと窺えた。今はただ、雪と風がここで死を招く踊りを披露しているだけだ。
「ここは商人や観光客向けの入り口なんだ」
隣に立ったキスクが懐かしそうに街を見渡し、ちらちらと降る雪の中で語りだした。
「各々持ち寄った最高の作品が商人に熱弁され、売り買いがあって、ドルワフロの酒が振る舞われた。外から入る食材を、ドルワフロの火で焼くと格別に香ばしくて美味いって評判で、持ち込んだものを宿で焼いてもらう、なんて旅人もいたくらいだ」
吟遊詩人のキスクの声に、ツカサは広場に多くの人々が見える気がした。でも、と寂しげな声が続いた。
「たった三年離れてるだけでこんなことになってるとは、思わなかった」
ツカサには掛けられる言葉が無かった。逆恨みや理不尽な目に遭ったことはあれど、さすがに親殺しの罪を被せられて知らないところで命を狙われたりした経験はない。わかるよ、とか、大変だったね、という言葉の軽さも、今なら誠実ではないと知っている。だからツカサは沈黙を返した。少しの間、キスクに立ち止まる時間をあげた。故郷の変貌と衰退を目の当たりにして俯いたその顔が、長くそのままならば背中を押してやるつもりで、風と雪を魔法障壁で遮り、包み続けた。
「……ありがとう、先生。もう大丈夫だ。ロトリリィーノ叔父とは、ちゃんと話す」
どういう意図があってキスクが親殺しであると広めたのか。排熱の道を坑道、それも人が歩く道に変えたのか。嫌な予感と悲しい結末は既に胸にあるだろうが、キスクはそれに向き合うつもりらしい。再び歩き出したキスクの背に、ツカサの手は必要なかった。
キスクは歩きながら話した。雪山で生きるからこそ、ドルワフロは得るために捨てねばならないものをたくさん経験したのだという。その最もたるものが、命だ。
「俺の母さんは、チュチュリアネを産んだ時に死んだんだ。今でこそ医者が居たりするけど、それでもやっぱり、他の国を見ているとドルワフロは遅れてる」
他国に出たからこそのキスクの発言に偉いなと思うと同時、出産で命を落とすと聞いて怖くなった。モニカ、エレナ、大丈夫だろうか。イーグリスの医療はイーグリステリアの知識も入っているため、スカイ自体の技術を上げているらしい。守るべき人の顔を思い出し、ツカサはキスクと並んで足を進めた。
じわり、じわりと眼前に巨大な山が現れた。山を削り、掘り、門を造り、テラスを造り。山に埋め込まれる形で王城のようなものがあった。それも本当にごく一部だけしか見えていない。ということは、本体のほとんどは山の中なのだ。昨日通ってきた城郭と同じようなくろがねの門を有した城郭がもう一枚。ここからがドルワフロということだ。
「本当に、ここまでの街は余所行きなんだね」
「あぁ、そういうことだ。ポーツィリフ、あんたが先に声を掛けてくれるか」
「ヘェ、もちろんでさァ」
こちらも通用門があった。キスクが出れば親殺し、と飛び掛かられることを懸念し、ポーツィリフがその門を叩く。奥からガチャ、と鍵の開く音がしてげっそりとした男が現れた。身につけている門兵らしい装備が非常に重そうだ。ポーツィリフの顔を見ると、鍛冶頭、あんた、と涙ぐむ。
「お前ェ、無事だったかァ! 他の奴らと違う道でェ戻ってきてたんだなァ……!」
「おゥ、神子様がァ助けてくだすってェ」
【神子様】で指されるのも居心地が悪いのだが、ツカサはとりあえずマントの中で胸に手を当てておく。
「おはよう、っていう時間でいいのかな。少しドルワフロの王城? に用があって」
「神子様たァ、罰当たりじゃねェか。もうどうだっていいけどよォ」
くだをまかれるのは面倒なので老人に見せたようにトーチを出し、魔法障壁で男を包んでやった。自身を通り抜けてふわりと暖気に包まれ、面食らった様子で男は周囲を見渡した。ポーツィリフがなぜか自信満々に言った。
「神子様だっつったろォ」
キスクの顔を見せたことでひと悶着あったものの、ここでも同じようにツカサがその罪について無罪である、と言い、とにかく通った。ラングと離れて既に半日と少し、急ぎたかった。神獣の住処に居ないという可能性ももちろんあったものの、今確率が高いのはそこなので、行くしかない。
「いつもなら門兵もいるんだけど、みんなあの状態じゃ無理だろうな。もし動ける奴が居たら、怪我しないように押さえてもらいたいんだけど、先生、いいか?」
「いいよ。だから早く秘密の道に案内して」
「お、おぅ」
こっちだ、とキスクが正門を通り過ぎて裏側へ回る。切り立った崖が上の方まで続いているが、先の見えない崖とは違い、終わりは見える。雪化粧をされた崖からぽろぽろ、どしゃりと塊が落ちてくるのは危ない。キスクに呼ばれ駆けよれば、これもまたホビットの居そうな丸い扉があった。
「使用人の入り口なんだけど、あぁ、大丈夫だ、たぶん」
その先に待ち構えるものを心配した目線にキスクが笑い、ポーツィリフが扉を開ける。ゴドン、と大きな音を立てて開いた。
数段の階段を降りる形でそこに入った。穴蔵、洞窟、けれど誰かがここで生活をする、そんなゲームで見る光景だった。調理場なのか、休憩所なのか、長机に長椅子、今は火が入っていないが壁にランタンが引っ掛けられていて、水回りは大理石でできている。棚すら壁を掘って造られていてそこにいくつもの木製のコップが重ねておいてあった。ツカサはトーチの光を強めて中を確認し、人が居ないことに首を傾げた。
「誰もいないね」
「あぁ、うん、そうだろうなと……。ここはさ、この城の女連中が菓子を持ち寄って、お茶をする場所なんだ」
なるほど、大丈夫と言った理由はそれだったわけだ。女連中のほとんどは連れて行かれている。キスク自身もトーチをむむ、と筋肉に力を入れてから手のひらに出し、先導を始めた。
休憩所を出れば岩で造られたアーチ状の通路が続く。落ちてこないのかと心配をしたが、アーチ形というのは上から掛かる力が強ければ強いほど収まりがいいらしい。もちろん、それを成している石材は特殊なものだという。トーチの明かりでオレンジに光るその岩壁を撫でれば、少しざらざらしていた。これもまた摩擦力を高めるのだろう。
暫く行けば少し薄い、いい扉があった。輪っか状の取っ手を引いて、ギィ、とそれが開く。
「急がなきゃならないから、じっくり見せられないのが残念だ」
キスクは苦笑を浮かべ、ツカサを促した。まぁ、何か居たら対処はやらなくちゃいけないし、と先に出たツカサは言葉を失った。
そこは玉座の間への扉だった。白銀に輝く床、柱、壁。磨かれたそれはまるで鏡のようにトーチの光を反射して、ぱあっと一気に明るくなった。そうして見えたのは美しい金細工の数々だ。柱をうねり走り、花咲くように金の枝葉が広がり、蝋燭を灯されたかのように先端がキラキラと輝いている。それを見上げるようにして視界に入ってきた天井画が見事だった。ツカサは思わずトーチを上に持っていき、それを眺めてしまった。
金に深い青、鮮やかな緑、鮮血のような赤、オパールの七色の煌めき、透明なダイアモンド。それら美しい宝石がたっぷりと使われて天井画が描かれていた。
「これから会いに行く神獣様が、あれには描かれている、って言われてる」
あれだ、とキスクのトーチがふらふらしながら一部へ辿り着いた。こういう時、スマホの拡大機能、いわゆるピンチアウトをやりたくなる。ツカサはどうにか目を凝らした。そこには七色のオパールと透明なダイアモンド、そして体の模様は何か黒い石で表されているらしい。猫のような気がする。
「神獣様が本当にいるかどうかはわからないけど、俺たちはずっと、聖域を守ってきた。だからな、この雪山を捨てるっていう選択肢はなかったんだ」
「鍛冶師たちが山を離れたのは、苦渋の決断だったんだね」
天井画から視線を移せば、ポーツィリフはぐぅっと体を震わせながら頷いた。捨てればいいじゃん、と言うのは簡単だ。それでも捨てられない理由と何かを負っているからこそ残るのだ。捨てることもできる、というのと、捨てればよい、というのは、違う。
遠くでバタバタと足音が聞こえた気がした。
「不味い、気づいたかもな。急ごう」
「そうだね」
こっちだ、とキスクは玉座へ向かって左奥の扉を目指した。ここから、王族、いわゆる頭一族の居住区に入れるのだ。先ほどの広間と同じような石材と金細工が続く。少し気になって走りながら尋ねた。
「さっきの部屋、すごく明るかったね」
「あぁ、えっと、少ない蝋燭の明かりで明るくできるように、工夫されてるんだ」
壁の金細工ですら光を淡く灯すような角度で造られていると言われ、感嘆の声が零れた。本当に技術の街なのだ。
「あのさ、いろいろ片付いてから、よかったらお願いを聞いてほしいんだけど」
「もちろん、なんだ?」
「ドルワフロのお土産が欲しくて、素材を渡すから作れたりしない?」
キスクとポーツィリフがツカサを見遣ってから笑った。なんだよ、と拗ねたように言えば、キスクは、あぁ、いや、とまた笑った。
「こんな状況だっていうのに、先生、前向きだから」
「楽しいことを考えるのも力になるって、教わったからね」
晴れた草原のような笑顔の槍使いを思い出す。そんなことを考えていれば、さすがに人が居た。老婆だ。
「あれェ!? クィースク様ァ……! 亡霊……!」
「生きてる生きてる! 親父殺してないからな!」
一本道の廊下で出会ったしまったので慌てて止まり、キスクは身の潔白を叫んだ。
「いろいろ説明してる時間が、惜しいんだ、急いでるから! 噓つきのロトリリィーノ叔父は!?」
「嘘……? 腕に火傷をされてェ寝込んでますわァ……、クィースク様、どちらへ……?」
「秘密だ!」
また後で、とキスクは老婆の肩を優しく撫でて駆けだした。ツカサはその横を抜け、背後で人殺しがいるぅ、と叫ぶ声を聞いた。前を走るキスクが違うってェ、と鈍りを伴って叫び返すのを聞いて、ツカサは苦笑を浮かべた。
「これ、身の潔白を証明するの面倒そうだね」
「そうだなァ!」
キスクは廊下を曲がり、扉を開け、石階段を駆け下りて地下の貯蔵庫へ下りていった。置いてある木箱の中は空っぽ、酒が入っていたのだろう樽も底を確認するためか鉄材が外されていて、分解された状態で転がっていた。
「ポーツィリフはここまでだ。鍛冶師連中と合流して、話、しておいてくれ」
「へェ、わかりましたァ。お二人ともォお気をつけてェ」
「ありがとう。ポーツィリフの魔法障壁、一度解いていいかな?」
「もちろんでェ。あっしもわかりやしたァ! あれァ、寒い時にばばっとみせた方がァ、あったけェ!」
あはは、そうだね、とツカサは笑い、申し訳ないが魔法障壁を解いた。途端、ぶるりと震えあがっていたがどさりと薪を出せばそちらに目が行った。
「キスクの無罪の噂は広めておいてね。これ、上手に使って」
ヘェ、とポーツィリフが頷き、薪の一部を持って駆け上がるのを見てからキスクがツカサを呼んだ。
「俺はいつも春から夏にしか行かない。この先、結構大変だ。先生悪いけど、魔法、頼む」
「いいよ、道案内は任せる」
お互いに頷き合う。キスクは火の灯っていない松明の受け皿を掴むと、ぐいっと引いた。ガゴン、ズズズ。一度奥へ引っ込んだ壁の一部が、スライドして呑み込まれていく。なるほど、隠し通路だ。少し少年心がうずく。
「待ってて、ラング」
神獣の顔を絶対に一発ぶん殴る。ツカサはその決意も固めた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
きりしまのよもやま話。
舞茸が安かったので買いました。
たっぷりの舞茸をオイルで炒め、ベーコンを投入。
パスタを茹でて、茹で湯とともにざっと絡めてよくある市販のお吸い物、ないしは粒状出汁でさっと味付け、和風きのこパスタにするぞ、とウキウキ作る夜。
冷蔵庫からベーコンを取り出した時に目に入る牛乳。賞味期限が近い。
まだそれなりに重い、ということはそれなりに入っている。買った時は飲めると思う人間の不思議。
牛さんに悪いな、これを先にいただこう。
ということで、追加で玉ねぎをたっぷりのバターで炒め、舞茸とベーコンに投入。
塩コショウで軽く味付け、牛乳を注ぎ、粉チーズをお好みで入れる。
少し煮立たせるとそれだけでキノコとベーコンのチャウダーの出来上がりです。
仕上げにブラックペッパーなどかけてしまえばもう、最高。
こうしてきりしまの食事メニューは突発的に変わることが多々あります。
先日作ったラングの赤ワインシチューで余ったジャガイモはどう食べようか。
クルドのジャガイモパンケーキでも作るか……。
そんな食べ物話を今回の書籍でも書いています。
書き下ろしSSは食べ物の話が入っています。
ぜひ食べ物をお楽しみください!
1巻は発売中!
2巻は2025/11/10 発売です!
どの作品様、どの書籍様も恐らくそうだと思いますが、紙書籍は数量限定なので確実に入手できる方法(予約とか……)をお勧めいたします。
1巻書影
2巻書影
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。




