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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界

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2-46:大麦だけのスープ

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ぱち、と目が覚めた。ガバリと起き上がって時計を確認、七時。外の明るさを見たくて部屋を飛び出した。途端、びゅうっと吹いた廊下の冷たさに震えあがり、扉を閉めて戻った。そうだった、眠る前に魔力消費を抑えるため、冷気の遮断はこの部屋に限定し、自身につけていたのは物理に対してのものだけだった。そのおかげか魔力は随分と戻っている。体が軽い。


 改めて部屋を振り返れば仮眠用のベッドでキスクもポーツィリフも未だぐっすりだった。あれだけの雪中移動、慣れているとはいえきついものはあるのだろう。あの老人の所在だけは気になるが、一先ず食事を作っておくか、とじりじり小さく燃えている暖炉の薪を増やし、こちらも目を覚まさせた。薪の位置を直して調理できる場所を整えて鍋を探す。昨日そのままにしてしまった鍋は洗ってテーブルに置いておいてくれたらしい。それに水を入れて吊り下げ、今朝は何を作ろうかと悩む。


『あんまり食材を持っているってバラしたくないから、結構悩むな』


 昨日と同じ、大麦と塩だけのスープにするか、と空間収納から大麦の袋を取り出してパラパラ入れる。その大麦を手にふと考えたことがあった。


『豊穣の剣……』


 取り出し、手に持つ。黄金にぼんやりと輝く美しい剣。


「うぅ、部屋があったかい……」


 このところツカサの思考を邪魔するのはだいたいキスクだ。考えていたことを探すように振り返り、体を起こしたキスクと目が合った。おはよう、と言われ、小さく溜息をついておはようと返した。洞窟と違いすぐに形を取り戻しはしたが、一旦置いておこう、と豊穣の剣をしまった。


「昨日と似たようなスープだけど、朝食を作るよ。おじいさんがいないんだけど」

「あぁ、ええと、夜番をしている奴は朝になって交代するから、たぶん、今、話してるんじゃないか? 昼番の奴と」

「少し多めに作っておこうか」


 そうだな、とキスクが苦笑を浮かべたところで廊下の方からバタバタ足音がした。やめろ、神子様がお休みなんだぞ、裏切り者のクィースクが連れてきた奴なんて紛い物だ、と叫ぶ声が聞こえる。ツカサは暖炉の前に座ったまま動向を見守り、恐らく老人がドアを叩き、それに答えた。


「どうぞ」

「神子様、おはようごぜぇやす。すみません、昼番の野郎が来まして……」

「あんたが……! クィースク! テメェ! どの面下げて……」


 ずんずんと足を進めてきた壮年の男は入った先が暖かくて困惑したらしい。足を緩め、止めて、周囲を見渡して口を開いた。老人が男の腕を掴んだ。


「神子様が、このお部屋をあっためてくださってるんで、【不思議な力】で」

「キスク、じゃなくて、クィースクに声を掛けられてここに来てる。とりあえず朝ごはん、一緒にどう?」


 わかる、あの廊下は本当に寒かった。外の吹雪とはまた違う、体の底からしんと冷えていくものだ。この城郭のような建物自体が凍っている証拠だ。そうした寒さの中から来た者は、この暖かさにじわりと氷が溶けていくように思うだろう。壮年の男の体についていた雪が水に変わり、ぽたぽたと石の床を濡らすくらいの温度差なのだ。ツカサは敢えてドライヤーのような魔法を使い、男の体を乾かしてやった。


「座ってて」

「え、あ、はぁ……」


 自分の体を撫でまわし、先ほどまで冷たかった衣服が乾いていることに、壮年の男はついに黙った。だが、キスクのことは睨みつけている。ちなみにポーツィリフは今もまだ寝ている。

 ツカサは大麦を湯の中で躍らせながら、老人に話したのと同じことを言って聞かせた。キスクが無実であること、頭の遺体を誰も見ていないのだろうという疑惑、自分が【不思議な力】を扱えて、その結果この部屋は暖かいこと。


「俺は全面的にキスクの味方だから、もし敵対するなら覚悟しておいてね」


 コン、とお玉で鍋を叩く。お玉一つで人を殺せそうなほどの威圧はないが、今作っているスープはあげないぞという意図を込めてやれば、正しく通じたらしく壮年の男はキスクから目を逸らした。

 部屋の中に湿気が籠り、暖かさにしっとり感が増す。その頃になってようやくポーツィリフも目を覚まし、一人増えた朝食を済ませた。温かいスープに泣きそうになりながら壮年の男はそれを啜った。あまりにも辛そうに食べるので思わずどうしたのかと問えば、ついには泣き始めた。


「食料がねぇんです。こんな穀物、久しぶりに食ったぁ……」

「なんでェ、鍛冶師がいなくなってェ食い扶持がァ増えたんじゃァねェのかァ?」


 ポーツィリフが驚いた顔で問えば、壮年の男は首を振った。

 少し訛りの強いドルワフロの言葉は【変換】をもってしても少し聞き取りづらい。これはもうツカサの耳の問題だ。三年近く外にいたキスクに聞き取れなかったところを補足してもらったところ、ドルワフロは限界を迎えたどころか破綻していた。

 三年前にキスクの父、トルクィーロの訃報が流れ、それがまた実の息子による殺人とあって、誠実と真摯を愛するドルワフロは怒りを滾らせた。そうして山狩りに繋がった。

 ドルワフロに満ちる怒りと失望は機微に聡い商人の足を遠ざけ、近年の不穏な状況に観光客も離れ、まず外貨が入らなくなった。彼らは自らの足で交易都市に物を売りに行くことになった。それを生業にしているドルワフロの民が頼られ、品物を預けられ、皆に見送られて交易都市へ。そして戻って来なくなった。


「何か問題があったんじゃねェかってェ、心配したんで。だけど、全然違ってたァ」


 壮年の男はがっくりと肩を落とした。交易都市へ出たドルワフロの商人は気づいたのだろう。閉鎖された雪の国、凍える山は誰かが掘らねば何も与えてはくれない。食料を育てるのも短い季節でやらねばならず、とにかく生きるために必死な場所。少し離れれば、この精巧な鉄細工と宝石細工を売った金さえあれば、家族だけは守ることができる。そうして、外の国とのやり取りが減っていき、ついに、教会に救いを求め、女を。その結果、鍛冶師が離れた。

 ポーツィリフの口ぶりからすると、守ってくれなかったドルワフロだけが理由ではなく、ここから動けない者たちのためにも故郷を離れたのだろう。体が大きい割りに手先の器用な彼らは、あの交易都市でも鍛冶仕事や生活用品の修理など、仕事を見つけられていたそうだ。中には別の街に移った者もいたらしいが、とにかく、そうして身につけた技術で生きていたのだ。


 ただ、鍛冶師がいなくなったことは、春から夏にかけて畑を耕す男手が減ったということでもある。収穫量自体がぐっと減ったことはツカサにも想像ができた。そうして、長年備蓄されていたものは既に空。竈の前に落ちている麦の粒を求めて溝を掘るような生活だったらしい。

 ツカサはひやりとした汗を背中に感じた。贅沢な食事など出していたら危なかった。身包みを剥ぐような勢いで詰め寄られただろうし、そんな体調の者に肉など食べさせでもしたら、胃を壊していただろう。いろいろと手を抜いただけのスープではあったが、最良の結果だった。そして、ツカサは強い交渉力を持っていることに確信を得た。


「食べることに飢えている人が多いんだね。食べられなくて憔悴している人が、多いんだね」

「ヘェ、そうでございます」

「キスクの身の潔白を晴らし、俺は神獣の住処に行きたい」


 ツカサが全員を見渡して言った。


「邪魔をするなら、許さない」


 色の違う両眼に見据えられ、壮年の男が息を呑む。老人は床に膝をついて金づちを抱えるように腕を胸に置き、頭を垂れた。反論がないことを確認してキスクを振り返る。


「神獣の住処ってどこから行けるの?」

「あ、あぁ、ドルワフロの首長の家、洞窟の奥だ。そこにちょっとした仕掛けと道があって、直系の一族だけが知ってる。今は俺だけだ」

「頭代理は知らないんだ?」

「親父は教えてないはずだ。チュチュリアネも知らないんだ」


 チュチュリアネ? とツカサが眉を顰めれば、キスクは、あぁ、と笑った。


「俺の妹だ。俺が旅に出る前は三つだったから、今六つかな」

「……あのさ、それ、もっと早く言わない? ドルワフロから結婚している奥さんも、娘さんも連れ去られたんでしょ? 最悪の事態を考えないもん?」

「え!? で、でも、いや、六つだぞ!?」

「チュチュリアネお嬢は無事でさぁ、頭代理がお城に置いてまさァ」


 老人の声に若者たちがほっと息を吐く。しかし、坑道への排熱と炎でこちらを焼き殺そうとした頭代理がなんの理由もなく前頭の娘を確保するわけがないだろう。なんとなく政治利用か何かだろうと思えた。


「通り道にいるなら頭代理からキスクのお父さんの話聞きたいよね、怪我をしてるなら俺が取り引きできそうだし」

「先生、まさか、ラングみたいにころ……」

「ちょっと、ラングは考えて殺すから、失礼なこと言わないで」


 いや、でも、俺、普通に殺されそうになったんだけどな、先生寝てたから、とキスクは不満そうにぼやき、空になっている器へ視線を落とした。


「さくりとそのお城に行って、神獣の住処に行こう。邪魔をする人は俺が押し退ける。キスクは手を出さなくていいよ、故郷の人と遺恨が残るからね」


 ―― あーまぁ、ツカサは目を逸らしてていいよ。兄貴も手を出すなよ、いざとなれば俺がやるから。


 渡り人の街(ブリガーディ)の際、アルがそうして苦笑を浮かべていたことを思い出す。ラングが消え、未来が変わって、アルはどうなったのだろう。ジュマの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)で【真夜中の梟】が死んだなら、アルの手当ては誰がやってあげられたのだろう。また心が冷たくなっていく。失ったものに気づいてしまう。折れるな、堪えろ、受け止めろ。もう意味を、意図を間違えはしない言葉を繰り返す。ゆらりと立ち上がったツカサに異質なものを感じたのだろう、皆が少しだけ身を引いた。


「おじいさんとあなたは、キスクが無実であったこと、【神子】として戻ったことを広めてほしい」

「【神子】として戻った? あぁ、いや、それは先生じゃ……」

「いいから。できる? できない?」

「で、できまさァ!」


 よろしくね、とツカサは柔らかく笑った。老人と壮年の男は何度か頭を下げて暖かい部屋を出て行き、ツカサは自分を落ち着けるように鍋を片付け、灰色のマントを羽織った。キスクとポーツィリフに軽く触れて魔法障壁をつけると、よし、と一つ頷く。


「キスク、案内して。俺、故郷を離れてから友達の家に行くの、実は初めてなんだよ」


 きょとん、としたキスクは己が友と呼ばれたことに思い至ると喜色満面、胸を張って頷いた。


「あぁ! 任せろ、ちょっと賑やかかもしれないけどな!」


 壮年の男の疲弊具合から、いっそ賑やかであってほしいとツカサは願った。


 


いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

きりしまのよもやま話。

お猫様に布団の2/3を奪われる冬の生活。

寝返りを打つとばしりと布団を叩かれ、気づいたら腹の上に居てぐるぐるぐるぐる鳴きながら布団もみもみ。

可愛いなぁ、と思っている、つまり目が覚めているというわけでして、冬の睡眠の質、お猫様で爆上がりです。

きっとこれもまたお猫様の愛なのだ……。

錯乱し始めているのでこのくらいにしておきましょう。

それはそうともうすぐです。ご予約済んでおりますか?

入荷書店のチェックお忘れなく。


1巻書影

挿絵(By みてみん)


2巻書影

挿絵(By みてみん)

面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。


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