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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界

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2-44:雪にかき消されて

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ラングを助けなければ。その強い思いだけでツカサはひたすらに雪の中を進んだ。

 坑道を抜ける前は三センチ程度だった雪が、山を越えたこちら側では膝くらいまでしっかりと積もっている。童話の兄妹のようにトーチを目印に置いて、魔法障壁で雪を押し退けながら白い木を探す。【鑑定眼】も開きっぱなし、トルネッリという名前で視界に検索を掛ける。このやり方、実はかなり久々、ジェキアぶりだ。本を探すために活用が許された、ラングとエレナと探した時間。楽しかった。ラングと旅に出てからは楽が許されず、一緒に薬草を集めた時のことが思い出された。

 少しずつ、ツカサのできることを把握して、生き延びられるように、危険を掻い潜れるように、不条理に抗えるように、ラングはその術を教えてくれた。それが今、ラングを救うための力になっていることにツカサは強く顔を上げた。ぶわっと魔力を放って雪を追いやり、遠くまで見渡す。一つの方向でウインドウが出ていることに気づき、そちらへ駆けていく。黒い木々の隙間を走り、寒さを感じさせないようにした魔法障壁の中で嫌な汗をかきながら、目的地にたどり着く。雪の中では霞んでしまう白い木、その横に薄っすらと緑が雪の中から生えていた。


「あった!」


 ――【トルネッリ】。葉はモリフリアの特効薬になる。白い実は滋養強壮薬になる。食用。


 ツカサは膝丈よりも下にあるギザギザの葉と白いブルーベリーのような実を持つそれの前にしゃがみ込んだ。木の傍だからこそ先端が見えていたが、いずれ雪に埋まっていただろう。【鑑定眼】があってよかった。傷ませて効果を落としては不味い、雪を触りかじかむ指先を何度も突っ込み、雪を、地面を掘り、根からそっと持ち上げ、空間収納へ入れた。


「よし、あとはこれをラングに煎じて飲ませれば」


 くるりと振り返った背後にはあっという間に雪が積もっていた。一度魔力で散らしたはずの雪が歩いてきた道を覆い隠し、白く染める。トーチの明かりの下がただオレンジに照るだけで、どこにも足跡がない。

 これは今のツカサの置かれた状況そのものだった。必死に前に進み、目的のために足掻き、やっと掴んだと思えば振り返った後ろに轍はない。ここに辿り着いたものが消えてしまう。ツカサは自身の頬を叩き、深呼吸をした。あまりにも視界が白くて、灰色で、暗いからそう思うだけだ。この薬をラングに飲ませればまた一つ、守ることができる。今まで自分が歩んできた道を考えてもみろ、着実に一歩一歩だったじゃないか。とにかく前に進むしかなくて、歩んで、生きた先で手に入れたものがあるだろう。


 ――忘れるな。生きてこそ、得られるものがある。


 与えられた道標が一つ一つツカサの視野を広げるランタンとなって、背中を押し、腹を押し、顎を上げさせて、凛然とした姿勢を与えてくれた。深呼吸をした。

 一度、魔法障壁を解いてぶわりと全身を叩く風に身を任せる。灰色のマントを剥ぎ取ろうとするかのように風が縋りついては転がり去っていく。頬を凍らせる冷気はヒシヒシと貼りつき、雪は(つぶて)となって苦痛を与える。足は雪に埋まり、肩からずるりと雪の塊が落ちる。すぅ。


「うわああぁぁ!」


 ツカサの雄叫びが魔法障壁となって広がり、体に触れる命を奪うものを追い払う。


「これだけの力を、今はもう、持ってるんだ」


 できる。やれる。やるべきことしろ。置いたトーチを辿って隠れ家へ戻るツカサには余裕がなく、その頬に紋様が浮かんでいることを教えてくれる人はいなかった。


 走って雪の中を戻る。必死に探していたせいで案外遠くまで来ていたらしい。トーチの数、距離、時間の狂う白い闇の中、ツカサは走り続けた。移動に必死で懐中時計も見ておらず、自分が何時に隠れ家を出たのかもわからない。早く戻らなくては。そんなツカサを焦らせるように、ラングにつけていた迷子札(マーカー)が消えた。


「えっ」


 しゅわりと消えたような、ぷつりと消えたようなおかしな感覚だった。まさか、いや、そんなはずはない。キスクやポーツィリフにも、あの隠れ家にも魔法障壁を張った。そう簡単に誰かが入れるはずがない。キスクたちが仲間を入れたとしても、ツカサは今現在のメンバー以外を許容していない。弾かれるはずだ。

 それらすべてが消えている。扉の前に置いたトーチも、何かが通って消えたように思えた。焦りが募る。そうしたツカサをさらに足止めする事態が舞い込んだ。黒い何かが呻き声を上げながらその手をツカサに伸ばして、何体も現れた。白く灰色の景色の中、浮かび上がる黒いものの忌避感といったらなかった。水のショートソードを抜く。魔力を込めて一線を描く。


「邪魔だ!」


 ズバッと斬り裂かれたそれらはいつものように灰にはならず、どろりとした液体になって雪に沈み、再び人のような形を取った。


「なんで、まさかシュンの……!?」


 【鑑定眼】を開く。溶けた命。既に名前は失っている。動きはゆっくりだがそれに周囲を囲まれれば恐怖心は抱く。魔法障壁を突破されることはない。一定の範囲で張っている魔法障壁にべたりと体を押し付ける黒いものはそれを叩き、自ら砕けて落ち、また形を取り戻して魔法障壁を叩いた。それを内側から水のショートソード、感ずるもの(フュレン)で斬る。変わらず、灰になることはない。


「どうして!」


 なぜだ、何がいけない? 何が違う?

 ふっと、弾けて消えたシャボン玉がその虹色の表面とふわふわと揺れる形を取り戻し、ツカサの下に届いた。


 東に水の美しい滝つぼがある。西に燃えたぎる炎の川がある。北に大地の輝きを知れる洞窟がある。南に風が吹きすさび人の通れない谷がある。

 滝つぼは辿り着いた者に癒しを。炎の川は折れぬ心を。大地はその身を守る術を。風は世界を知る知恵を授けてくれるだろう。

 けれどそれは禁足地。人の立ち入りは許されぬ。

 力を求める者よ立ち去れ。救いを求める者よ目を瞑り平伏せ。

 死を恐れぬ者だけが轍を残して進むがよい。

 死を越えた者だけが、輝きを手にするだろう。


 地図上、ツカサたちは北から南東へ移動をしている。もし、もしも、セルクスに連れられたあの場所が【北に大地の輝きを知れる洞窟】だったとしたら、【大地はその身を守る術を】与えてくれるはずだ。

 ラングにはツカサを。ツカサにはラングを。


 死を恐れぬ者だけが轍を残して進むがよい。

 死を越えた者だけが、輝きを手にするだろう。


 死を【与える】処刑人のラング。死を【隣人】とするツカサ。

 【過去(人生)を死して】新たな生と強さを得たラング。今までの【旅路(人生)の死】を経験し、尚も立ち上がったツカサ。


「なんで気づかなかった!」


 そうじゃないか。歌がどう伝わったものかはわからないが、もしそれを伝えたのが神であるならば、この時のために小さく楔を打ち込んで、手掛かりを残しておきそうなものではないか。制約に触れぬよう、助けになれるよう。あの神様は特に人間くさくて、厳しくて、優しいのだから。

 もしかしたら己の死すら知っていてのことだったのかもしれない。ツカサに渡した【時の死神(トゥーンサーガ)の紋様】、そして、ツカサを導いたと思っていたあの光は、時の死神(トゥーンサーガ)のもう一つの目印だったのだ。


「【大鎌】だ。そして、それはラングの手に渡った」


 思い返してみればそうだ。黒いものを灰に変え、(いざな)うことができたのは、いつもラングがいたからだ。大虎がラングの剣で刺せと言ったのも、ラングが命を刈り取る大鎌、刃の役目を負っていたからだろう。

 ラングが居ればツカサの剣や魔法にも刈り取る力が乗る。ツカサが居ればラングの双剣は刺し続けるだけで命を(いざな)える。どういう相乗効果があるのかはわからないが、お互いがいなくては、この黒いものは(いざな)えないのだ。見えない文字の意味が分かった気がした。

 魔法障壁に纏わりつく黒いものをそのままに、ツカサは自身に対して【鑑定眼】を開いた。

 読めなかった文字が読めるものに変わっていた。


  【ツカサ・アルブランドー(21)】

 職業:()()()()()()()() 冒険者 駆け出しの新米処刑人(パニッシャー) 人間をやめかけた男 イーグリス学園教員

 レベル:--

 HP:--

 MP:とてもたくさん

 【スキル】

 空間収納

 鑑定眼

 変換

 全属性魔法

 治癒魔法

 オールラウンダー

 鑑定妨害

 時の死神の(トゥーンサーガ・)(チェイン)

 全ての理の神の(クリアヴァクス・)許し(フォグナ)

 時の死神の(トゥーンサーガ・)権能(エクァ)


 気がつけば読めるようになる文字。意地の悪い神の仕様。力を理解して扱う者と、あるから使う者の差を表しているように思えた。ツカサは魔法障壁にへばりつく黒いものを弾きながら自身のトーチを追いかけて走り出した。想像するに、ラングには【大鎌】とその【権能】が与えられているはずだ。せめてそのラングの傍に行けば、ツカサ一人でも灰に戻し、誘えるはずだ。

 そのラングの安否がわからなくなっていることを思い出し、くそ、と悪態をついてしまう。世界が終わること以上に最悪の事態はここに存在した。

 時間にして三十分、トーチという目印は追っても距離感が狂い、遠く、なかなか戻れなかった。扉は閉まっているがそこに魔法障壁はない。背後に黒いものの姿はない。途中で別の生きものでも見つけたのかツカサから興味を失い、違う方向へ歩いていった。


「キスク! ポーツィリフ!」


 重い扉を必死に開けて中に入る。なぎ倒された家具、倒れるキスクとポーツィリフ。姿のないラング。まさか乱心して二人を昏倒させ、この雪の中へ飛び出したのか。いや、それは迷子札(マーカー)が消える理由にはならない。さっとヒールを投げ、魔法障壁を再度展開、隠れ家の中を温めて二人の名を呼び肩を揺らせば、呻きながら目を開く。生きていた、よかった、という安堵に一瞬息を緩め、それから肩を掴んだ。


「ラングは!?」

「ラング……そうだ、ラング!」

「面目ねェ……」


 空っぽのベッドに二人は項垂れ、そんな暇はないとツカサはキスクの顎を掴んで顔を上げさせた。


「説明して、時間が惜しいのはわかってるだろ」

「あぁ、っ、ついさっきのことだ、と思うんだが、ドアが叩かれたんだ。隠れ家の暖炉に火が入ったのを見て、鍛冶師の誰かが来たのかと思った。覗き穴から確認をしたが誰も居なかった」

「結論は?」

「突然扉をでかい獣が体当たりで開いた。ポーツィリフはそれで倒れて、俺は、戦おうとしたんだけど」


 そのまま弾き飛ばされ、同じように昏倒した。ハッとして周囲を見渡し、リュートが、と真っ二つになったそれをキスクが悲しそうに見た。けれどすぐにツカサへ視線を戻し、そっと目が伏せられる。


「悪い、連れて行かれた……!」

「その獣は、どんな獣!? どこに住んでる!?」

「わからない! とにかくでかくてもふもふしてて、耳が少し短いというか横に丸いというか、白くて、黒い斑点があって、でかい猫みたいなやつ!」

「神獣?」

「……そうだと思う。借り受ける、って言ってた」


 ツカサは天を仰いだ。せめてあと少し待っていてくれれば薬を飲ませられたというのに。ラングの手で、ラングの剣でちくりとやって、ツカサがそれを(いざな)うことができるというのに。ラングの武器すら、今はツカサの手元にあるのだ。


「なんで止めなかった!」

「それは悪いと思ってる! ただ、俺だって抗った!」


 ツカサが咄嗟に治したのでわかりにくかったが、キスクはキスクで神獣の尻尾に弾かれた際、あばらが折れていたのか、その痛みに身動きが取れなかったらしい。ツカサはもう一度二人に治癒魔法をかけ、次はこちらが項垂れた。


迷子札(マーカー)がない、絆の腕輪もないからどこにいるかもわからない! ラング、薬はここにあるんだよ! どこにいるの!?」

「先生、ツカサ、落ち着け……! 神獣様だ、噛んで殺したりなんてしない!」

「だとしても! 神獣が人の病を治す術なんて知らないだろ!」

「それは……!」


 キスクはぎゅっと唇を結んだ。しんと緊張感を持った空間に、ポーツィリフがそっと声を差し込んだ。


「坊ちゃん、若、ドルワフロにィ行きやしょう」


 こちらを向いた青年二人にどんと胸を叩き、ポーツィリフが笑う。


「雪山じゃァ、まず、拠点を得るべきでさァ。坊ちゃんのお力でェ、さっとドルワフロに入り込んでェ、状況を確認しやしょう」

「できるかな、むしろ、それはそっちに任せたい。俺はラングを探しに行く」

「先生ダメだ! 雪山は一人で行動しちゃ、本当にダメなんだ! 白い世界は自分しかいないと錯覚させて追い詰められる。気づかずに体力を失って、動けなくなる。先生は魔法があるけど、それだってこの雪山じゃ十分じゃない!」


 キスクがあまりに必死に言うので、ツカサはそれでようやく冷静になれた。


「神獣の住処とかは?」

「ありまさァ、人が立ち入れる場所じゃァねぇが、坊ちゃんなら大丈夫でさァ」

「俺が連れて行こうとしてた先は、そこなんだ。里を治める一族だけが知る抜け道があって、俺はそこを通って釣りに……いや、今はいいな。ポーツィリフも今の忘れてくれ」


 へェ、とポーツィリフは素直に頷き、二人はツカサの答えを待った。ツカサは何度か唇を濡らしてから顔を上げた。


「……わかった、一度、踏みとどまる。ラングを取り返してゆっくりさせられる場所を奪還する、それでいいね?」

「おう!」


 今すぐにでも雪の中を追いかけ、魔力を放出して探したかった、追いたかった。けれど、大虎のように独自の扉を持っていて移動ができるのだとするならば、今すぐに見つけることはできないだろう。ツカサはラングを守るために、やるべきことの優先順位を変えた。


「ドルワフロの調査、奪還だ。どこから入る?」


 キスクとポーツィリフに視線をやれば、ポーツィリフの方がまた胸を叩いた。


「真正面から行きやしょう、坊ちゃんのお力なら、簡単に通れまさァ。【本物の神子様】なんでェ」


 それはたぶんキスクであって俺じゃない、とツカサは思ったが、今はそう思わせておいた方がいい気がした。武力行使はやりにくいなと思いながら、ツカサは考える時間が惜しいと言わんばかりに立ち上がった。




いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

きりしまのよもやま話。


本編がなかなか大変なことになっておりますが、大変です、もう、2巻の発売日がすぐそこです。

2025/11/10 2巻発売です!

ついに11月に入ってしまいました。

ドキドキしますね……!


改めて2巻の特典についてお知らせです。


・全書籍 書き下ろしSS 【輪舞を踊れ】

ラングとカダルの話です(食べ物の話書いてあります)


・TOブックスオンラインストア様限定特典 書き下ろしSS 【酒の肴】

ツカサとラングが某所で見かけられた話です(食べ物の話書いてあります)


・電子書籍の特典 書き下ろしSS 【梟の試練】

1巻の続編、【真夜中の梟】の話です(食べ物の話書いてあります)


2巻も加筆しましたよ!

ツカサがラングの背中を見て覚えた片鱗が散りばめられていたり、ラングの持論の一端に触れ、少し大人になるシーンや、ジュマでの大きな見せ所をガッツリと加筆しています。

そして何より、美しいエレナさんが皆様に微笑みかけてくれることでしょう。

本当に……美しいんだ……。

もちろん、他の挿絵も素晴らしいです、最高です。

あのシーンのあの表情、んんっ、と顔がにやけるようなシーンから、「お前そんな顔しとったんかワレ」もあったりするでしょう。

最高です。ぜひ見ていただきたい。この週末、web版を読み返して流れを再度確認いただいてもいいかもしれません。

絶対驚かせてみせる。楽しみになさってください。

ネタバレしてしまいそうなので本日はここらで切り上げましょう。

よい三連休をお過ごしください。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

1巻書影

挿絵(By みてみん)


2巻書影

挿絵(By みてみん)


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