表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

473/568

夢幻:オバケとあそべるまち

いつもご覧いただきありがとうございます。


 毎年、その時期の夜がきらいだった。

 暗闇の中でオバケが可笑しな笑い声を上げて、お互いにおどかし合い、まるでさらうように甘いもので釣ってくる。ふらりと手を伸ばしたら最後、わぁっとおそわれて逃げ出すのがオチだ。


「にいちゃん、ことしもオバケがくるの?」


 朝食の席に向かいながら、迎えに来てくれた兄の手をぎゅうっと掴んだ。灰色の眼差しを優しく細めて、兄はしゃがみ込み、目線を合わせてくれた。


「怖いのか?」

「こわくなんてないよ! でも、びっくりするんだもん」


 ふふ、そうか、と兄は優しく自分を抱き寄せて、よっと軽い声を零し、腕に抱いて、額を合わせて笑った。


「そうだな、怖くはないよな。けれどびっくりする、そうか」

「にいちゃんはこわくないの? びっくりしないの?」

「ううん、そうだなぁ、怖くならない方法を知っているからな」


 換気するために開かれたどこかの窓から、肌寒い風がするりと首筋を撫でていく。ぶるっと震えれば兄の斜め後ろにいたもう一人の兄が、そっとブランケットを掛けてくれた。


「ありがと、カイにぃ」

「よいのですよ、お風邪を召されては、楽しめませんからね」

「カイにぃはこわくないの? びっくりしないの?」


 にま、と笑い、カイにぃは兄の腕にいる自分の髪を、風で遊ばれたそこをさらりと直して、そうですね、と答えた。


「私も怖くならない方法をよぅく存じておりますので」

「どうやるの?」


 ぎゅうっと真剣な顔で問えば、二人の兄は目を細め、小さく笑った。


「朝ごはんを食べたら教えてあげよう。好き嫌い言わずに、全部食べたらな」

「うめぼしとニンジン、ちょうりちょうがないないするなら、ぜんぶたべられる!」

「本日の朝食には梅干しとニンジンのお漬物がございます」


 しょぼ、と悲しみに歪んだ顔に、兄たちはまた笑った。


 ――梅干しは一欠けらであったし、ニンジンの漬物は今や好物ではある。というより、ニンジンが好きだ。いつまでも泣きながら食べていたので、見かねた料理長が魔導士の力を借りてアイスにしたり、ケーキにしたりと様々な工夫を凝らしてくれて、苦手なにおいを隠し、その美味しさに気づかせ、少しずつ食べられるようにしてくれた。その努力に今は感謝している。


 時間をかけて朝食をやっつけ、おいで、と再び手を引く兄たちとともにサロンへ移動。食後をここで過ごし、その日の活動を始めるのだ。兄の隣を強請り、昨日の続きの本を読んでもらう。


 ――小さな話がいくつも書かれているこの本は、祖母の故郷で書かれていた多くの物語を、イーグリスの子へ継ぐためにつくられたものだ。遺したい。当時は理解できなかった想いが、こうして形になったのは愛情と執念だ。今ならそこに郷愁もあったことがわかる。


「さて、今日は……あぁ、おあつらえ向きだな、ハロウィンだ」

「うっ、こわい……?」


 ぎゅうっと兄の腕に隠れてそろりと本を覗き込む。そこには口がギザギザでにやりと笑う目の、大きなカボチャが描かれていた。きゃっ、と腕に隠れれば兄が腕を回して肩を抱き、トントン、と叩く。


「カボチャは好きだろう」

「オバケはきらい!」

「ははは、そうか。でも、オバケを知っておくことで、オバケにおどかされなくなるんだぞ」

「ほんと?」


 あぁ、と兄は笑い、優しい声で絵本を読んでくれた。


 きょうは オバケのおまつりだ。

 あっちこっち あのよから。 そっちこっち このよから。

 わらう カボチャの ランタンを みんながつくって かざります。

 きょうは オバケが しゅやくの ひ。

 ひとはみんな おうちの なかで おふとんに。

 たのしそうな わらいごえ。 ぼうやは しーつをかぶって そとにでた。

 オバケは ぼうやに 「いいよるだな」 とわらいました。

 ぼうやは それに わらいました。

 オバケは よろこび ぼうやのてに おかしを のせました。

 それをみていた ひとびとは おなじように しーつをかぶって そとにでた。

 オバケたちは わらって いいました。

 「よい はろうぃん を!」

 それから ひとびとは まいとし しーつをかぶるのです。

 らゆる はろうぃん。

 らゆる はろうぃん。


「ほぅら、怖くなかった」

「うん! みんなやさしいのかな、こわくなかった! ねぇ、にいちゃん、シーツをかぶったら、オバケはこわくない?」

「やってみようか?」


 うん! と大きく頷いて長椅子を飛び降り、勢いよく走っていく。その背中に走るんじゃないぞ、怒られるぞ、と楽しそうな声が掛かった。

 部屋に飛び込み、ベッドメイクをするメイドを驚かせ、シーツをうんしょと引っ張る。


「まぁ、どうされたのです?」

「すまない、モリーン。絵本のハロウィンを読み聞かせたところなんだ」

「まぁ、まぁ、ついに克服なさるのかしら。シグレ様、ご準備はできておりますよ」

「ありがとう。では、今日はお昼寝かな」


 一生懸命シーツを引っ張る横で穏やかな会話をする兄を、ムッとした顔で弟は見上げた。


「にいちゃん、手伝って! オバケにこわくないようにするの!」

「ははは、そうだった。実は兄ちゃん、もっといい方法を知っているんだけどなぁ」

「え? そうなの?」


 パッと手放せばカイにぃが笑いを堪えきれずに吹いた。なぁに、と覗けば、いいえぇ、と返ってくる。


「そのいい方法というのが、夕方にならないとできなくてね。今日は特別に、歯磨きをして、お昼寝がたくさんできるぞ」

「んん! ほうほう! 知りたい!」

「シッ! そんな大声で言っては、オバケに聞かれてしまう!」


 ハッと両手で口を押さえ、ちらっとカイにぃやモリーンを見れば、そちらでも口元を押さえ、きょろ、きょろ、と周囲を窺っていた。ほぅっと安堵の息を吐いて、兄が肩を掴んできた。


「慎重にな。さぁ、歯磨きをして、フォルテに遊んでもらって、お昼寝だ」

「うん、わかった!」


 ――真剣な表情で頷き、しっかりと口を結んだ姿に、皆が目を細めていたのを覚えている。


 遊んで、食べて、歯磨きをして、昼寝する。いつもなら一時間程度なのに、その日はたっぷり眠り、夜に眠れないのではないか、と自分で心配になった。すっかりオレンジの夕焼け空が怖い。これから深い青に変わって、ついに恐ろしい夜が来てしまう。窓枠に手をかけて従僕に抱っこされながら、ごくりと緊張を示してしまった。名を呼ばれ下ろしてもらった。


「おいで、準備しよう」


 まるで戦いに出るような様相で兄に呼ばれ、右手と右足を同時に出しながらそちらへ向かった。


 ――子ども相手に本気すぎるんだよな。思い出してみても、兄や周囲の対応にこちらが赤面してしまう。ある程度物心ついてしまっていたのでこうしてしっかりと覚えているのだから、その後成長してからの毎年の揶揄いが本当に恥ずかしかったのがわかってもらえるはずだ。いいんだ、今楽しめているのだから感謝しておいてやる、と尊大に腕を組めば笑って肩を組んでくる兄を振り払い、それにも二人から頭を撫でられ、もぉ! と怒るところまでがいつもの流れだった。


 兄に呼ばれた先でメイドにてきぱきと白い布を着せられていく。ぽかんとしていれば、あっという間に自分サイズのシーツがいい感じの服になっていた。兄が最後にぽすりとオレンジ色の柔らかい帽子を被せてきて、にこりと笑う。兄もまた同じように白い布の服だった。自分とは違い、もう少しだけお洒落な感じのデザインだ。


「さぁ、これでいい。オバケの仲間入りだ」

「いえいえ、最後にこちらを」


 ピシリとした執事服のままのカイにぃが、空のカゴを手渡してきた。完成です、と微笑まれ、なぜか自信満々に笑い返した。


「では、オバケに混ざりに行こうか」

「うん!」


 兄と手を繋ぎ、正面玄関を出る背中に、ラユル・ハロウィン、と声が掛かった。絵本と同じ言葉に興奮し、大きな声でそれを返せばみんなが微笑んでいた。


 ――正面玄関を出て、正門を目指す石畳にランタンが点在していて、それだけでいつもと空気が違った。とはいえ、当時、その時間帯に外に出ることも少なく、日頃見ない景色がさらに知らない景色になっていたこともあって、まさに別世界に足を踏み入れた心地だった。いつも見ているはずの植木にすら何かがいそうで怖くて、兄の手をぎゅうっと握り締めれば、大丈夫だ、怖くない、だって私たちもオバケなんだぞ、と上から掛けてもらえる声が優しくて、ただ頷いた。

 ラユル・ハロウィン。正門を出たところで騎士がそう声を掛けてきて、同じ言葉を返す。オレンジの街灯で照らされた騎士の口元に牙が見えた気がして、少しだけ足早に先を急いだ。

 少しだけ行けばイーグリスの街だ。ここもまた、見たことのない世界になっていた。

 いつもは白い街灯の明かり、足元すらしっかりと見えるその光量は少なく、くすんだオレンジ色のランタンとあちこちにボロボロの布が掛かっていて綺麗な街並みが墓場のような姿で出迎えた。賑やかな商店街では黒い服に撫でつけたオールバックの紳士が、口元に牙を見せてにやりと笑っていたり、頭の上に耳があり、尻尾がある男や女が酒を酌み交わして食事を楽しんでいたり、店員もどこか様子がおかしく、どこにも人間がいなかった。どこかから香ばしい甘い匂いがする。道端、店先、あちこちに黄色やオレンジ、緑に赤にとカラーバリエーション豊かなカボチャが置いてあり、そこに意地悪そうな顔が彫られ、蝋燭が入れられていた。そこから零れる滲むような甘い揺らめきが、人ならざるものを浮かび上がらせる。

 人間だとバレたらだめだ、と幼心に思ったことを、白状する。


「あらぁ! かわいいオバケさん! ラユル・ハロウィン!」

「ら、らゆる! はろうぃん!」

「いい子ねぇ、さぁ、お菓子をあげるわ」


 顔中に煤のついた女が手元のカゴから一枚のクッキーを取り出し、空のカゴにことりと入れられた。呆然としていれば兄にそっと声を掛けられた。


「お礼は?」

「あ、あぅ、ありがと……!」

「んふふ、いいのよ。では、失礼いたしますわ」


 最後は優雅なお辞儀をして、その女はまた小さなオバケに声を掛け、クッキーを配っていた。


「バレなかったな、アル」


 兄の声に顔を上げ、ぱちりとウインクを見て、パァッと笑った。周囲を見渡し、オバケやバケモノたちが思い思いにこの不思議な夜を楽しんでいることを知り、その仲間に混ざり込めるのだと知った夜。


 ――俺はオバケが怖くなくなったんだ。




いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


ハッピーハロウィン!

ラユル・ハロウィン!

危ない夜をお楽しみください。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

2巻書影(帯付き)

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ラユル・ハロウィン!! 「可愛い」以外の言葉がないです。 かわいい…ちまいアル、かわいいですね… そしてエフェールム邸の皆さんが溺愛すぎる…私もご一緒させて欲しいです() ら行が難しいの、わかるぅ~と…
2025/10/31 22:52 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ