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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界

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2-42:坑道の海

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ぱち、と目を覚ました。トーチの明かりがぽわぽわと浮いていて古びた木の支えと囲いを照らし出す。きょろりと見渡して空がないことを思い出し、懐中時計を取り出した。時間は十一時。それが午前か午後かわからずに一先ず目を擦った。


「午前だ」


 もそ、とマントの中で体勢を直し、ラングが息を吐きながら言った。不寝番を引き受けてくれていたラングにおはよう、ありがとう、と言いながら、欠伸をしてしまう。毛皮を敷き、布を敷いて眠ったとはいえ固い地面の上での睡眠だ、質がいいとはお世辞にも言えない。魔法障壁があったからこそ眠れたが、なければ寒さに凍え、待っていたのは永眠だ。ぐぅっと体を伸ばしてからツカサは三脚コンロを取り出してクズ魔石に火を点けて、水を入れたポットを置いた。癒しの泉エリアの水だ、少し疲れも魔力も気をつけたい。

 湯が沸くまでの間改めて見渡せば、キスクのトーチは姿かたちもなかった。ポーツィリフは壁に寄り掛かっていびきをかいていて、キスクは体力的にも不安視され一人長椅子に毛皮を敷いての睡眠だ。どの程度で起こすかが問題だ。


『死体をどうするつもりだ』


 悩んでいるところに声を掛けられ、問いかけられた内容が一度では理解ができなかった。ラングは居住まいを正して繰り返した。


『お前が空間収納とやらに入れた死体を、どうするつもりだ?』

『あぁ、どこかで埋めてあげようと思ってるよ。それか、火葬か。キスクにここでの葬送について聞いておかないとね』

『そうか』


 しゅんしゅんと沸いた湯にシールドが向き、ツカサは乾燥ハーブを入れた瓶を取り出して揺らした。


『飲む? ハーブティー』

『あぁ、もらいたい。寒さというのは乾燥を呼び込む。水分は気をつけて取らなくてはならない』

『お肌カサカサになるっていうもんね』


 少しずれたことを返してしまったらしい。ラングは怪訝そうにシールドを揺らし、差し出されたコップには素直に礼を言った。魔法障壁の外でびゅうと風が通り過ぎて行くのがわかる。自己主張の激しい音は家の中で窓の外を見るような感じだ。ここは横穴としてくりぬかれているスペースなので元々あまり風は入らないらしい。それでもこの強風ならば、この場所をぐるりと撫でて出ていく風があってもおかしくはない。魔法障壁様様である。

 しかし、これから向かうドルワフロの方からかなり強めに風が吹いているのは少し不安だった。


『吹雪いてるのかな、かなり風が強いよね』

『山から下りてくる風もあれば、谷を抜けてくる風もある。下から吹いてくる風も厄介だ』

『精霊が味方だったらいいのにね』

『あの神獣どもか?』


 んん、ちょっと違う、とツカサはハーブティーで鼻先を温めながら苦笑を浮かべた。

 少しだけリガーヴァルの話をした。リガーヴァルにいる(ことわり)の精霊たちはヒトの形を持っており、【ラング】やアルを友と呼んでいたこと。空を飛ぶための力を貸してくれたり、【ラング】曰く、空中に水を留めるために風に力を借りたり、水の中で息をするために力を借りたりと使いこなし、交友を育んでいた。身の回りにあるものだからこそ精霊の声を聞けることは世界を人よりも知れることであり、世界に近く、そして、自由だった。


『空を飛んだことがあるんだ。大虎さんの背中に乗ったみたいな感じじゃなくて、体一つで、何か大きなものに支えられながら、腕を広げて、風に身を任せて』


 ツカサは目を瞑り、あの時のことを語った。頬を撫でて通る柔らかな風も、体が落ちないように下から支えてくれる風も、何より、顔を上げ、眼を開いた時の世界の広さと美しさに胸の奥が痛くなって、鼻の奥がつんとして、じわりと溢れたものを思い出した。色の違う両眼を開く。


『世界は広い。俺はそれを教えてもらった』


 話している間に少しだけ冷めたハーブティーを飲む。ラングは同じようにそれを飲み、小さく唸った。


『私には想像もつかない。だが、お前の話を聞いていると、視野が広がる気持ちではある』

『俺も、そうやって教えてもらってる』


 ツカサが返せばラングはふっと口元を微笑ませた。あの息だけの笑い方はいつごろからするようになったのだろうか。


『お前は精霊とはどんな交流をしたんだ』

『それがね、俺は魔導士、魔法を扱うから精霊とは水と油だったんだ。別に敵対したり喧嘩したりはしないけど、向こうは俺に全然絡んでこない感じでさ。俺も見えないし、わからなくて』


 見えないものを知ることはできない。そこにいるとわかってはいても、薄いガラスを一枚挟んだ立ち位置は互いを見ることはできず、だからこそ理解が及ばない。声を掛けられることもなければ目を合わせることもない。ツカサにとってリガーヴァルの精霊たちは透明人間なのだ。話してみたい、かかわってみたいという好奇心すら抱かなかった。シェイの言った【魔導士は理のはみ出し者】というのが、ツカサの中で精霊に対してはしっくりときているのだ。


『だから、大虎さんみたいに理の属性にいるものとの触れ合いは、少し不思議。牡鹿みたいに協力を求めてくるのも変な感じ。初めてだった』


 これもまた、セルクスから渡された時の死神(トゥーンサーガ)の片鱗がなければ存在しない邂逅だったのだろう。


『俺の触れられる本来の世界は、すごく狭くて小さいんだと思う。でも、そこに誰かが窓を作って覗かせてくれて、指をさして気づかせてくれたり、扉を作って手を引いて連れ出してくれたり。そこに行くことはできなくても、本を開いて読み聞かせるように経験を話してくれてさ』


 ふっとホットワインの香りを感じた気がした。少年の頃、匂いや味、音は忘れにくいと言われたあの暖かなテントの中でのやり取り。ほんの一瞬、ツカサの人生を振り返ってみても短い数時間のことを、まるで暗闇に照るランタンの明かりのような眩しさで思い出し、目を細めた。

 取り留めもなく話してしまい、言葉が続かない。何を話そうとしていたのだったか。過去に想いを馳せるツカサの意識を呼び戻すように、ラングが空気を変えた。


『十二時になったらキスクたちを起こそう。温かいものを食べて体力をつけたいが、食材は頼れるか?』

『うん、大丈夫』

『すまないな。私は少し周囲を見てくる』

『気をつけてよね?』


 あぁ、と短い返事をし、ラングは魔法障壁の外へ出ていく。ラング自身に魔法障壁(迷子札)を張ったので凍えたりはしないだろう。ツカサは根菜とネギモドキのスープに生姜を入れて体を温める食事を作りその帰りを待った。スープが出来上がる頃、キスクは鼻をひくつかせて目を覚まし、ポーツィリフも同じように体を伸ばした。暫くしてラングが戻り、昼食という名の朝食を済ませて再び移動を開始した。


 坑道は暗く、長かった。これが春や夏の時季ならば壁に引っ掛かっている、等間隔のランタンに火が灯され道を照らしてくれるらしい。冬が近づくと人の足が遠のくため、節約のためにそれもなくなる。いまは誰かが持っていったのか金具だけが飛び出していてランタンの姿すらない。

 ポーツィリフ曰く、キスクが旅に出た年に頭であるキスクの父、首長が殺され、不穏な世の中の動きと相まってさらに人の足が、商人が遠のいたらしい。だから、今この坑道はドルワフロから出る者たち以外使わないという。鍛冶師が居なくなれば売るものもなくなる。もはやドルワフロは財と貯蔵されたものを食っている状態だろうとポーツィリフは嘆いた。鍛冶師が出て行ったのは一年前、もっともよく食べる男衆が離れたのだから、もってはいるはず、らしい。狩人が残っていれば鹿やトナカイを狩り、山猫を狩って毛皮を羽織れるそうだ。


「頭代理が教会に救いを求めてェ、女房、娘が連れて行かれて、俺らも出てからァ、誰かが出てなきゃ通ってねェ。通ったとしても去る場所を確認してく奴なんてェ、いねェよ」


 ポーツィリフたち鍛冶師はこの坑道のメンテナンスも担っていたらしいが、妻や娘を奪われ、守ってくれなかった、尚且つ教会に救いを求めたにもかかわらず黒いものが跋扈し続ける故郷に見切りをつけて、ごっそりと出ていった。坑道は管理者を失ったのだ。では今誰が残っているのかといえば、ドルワフロ以外でどう生きればいいのかわからない年老いた者たちと、その子供らだろうという。荒れていそうだ、とラングが言えば、かもしれねェ、とポーツィリフは悔しそうに言った。

 鍛冶師の離反はドルワフロの生産力や生活力を落とす。頭代理は憎む先、敵を作って己を守るしかなかったのだろうとラングが言った。その矛先が旅に出ているキスクに向いたのだろう。


「旅に出る、居ない者に罪を背負わせる。もっとも楽で、勝手に死ぬ」

「旅してて死ぬのもそうだし、交易都市であったみたいに殺されそうになったりだね。結局死んだら、死人に口なしだもんね」


 顔を青くするキスクと気まずそうに背中を丸めるポーツィリフ。キスクが【不思議な力】を見せ、ツカサが【奇跡】を見せ、鍛冶師たちから【神子】と呼ばれたからこそ払拭された冤罪だ。何か確証を得たわけではなく、ただ【不思議な力で奇跡をおこせる神子だから】という思い込みで罪が洗い流されたことにツカサは驚いていた。罪を犯していないのは当然なのだが、なんというか、文明が進んでいないと感じたのだ。

 思い込みと先入観で犯人を決めつけ、調査が入ることもない。犯人を突き出して身の潔白を証明してもいないのにたった一つの奇跡だけで手のひらをひっくり返される。ツカサは法もまた文明の一部なのだと思った。

 しょんぼりと重い空気にツカサは、それはそうとメンテナンスって何をするの? と尋ねた。


「そらァ、こうした坑道の道の手入れでさァ。俺らの先祖が掘ってきた道をずぅっと利用してるんでェ、崩れてねェか、ランタンの蝋燭は切れてねェか、塞がってねェかってところでェ」

「なるほどなぁ、そうだよね、風が吹くだけで結構パラパラ落ちてきてるもんね」

「そうなんでさァ、観光地でもォあったんですぜェ」


 いったいどこが? と顔に出てしまった。ポーツィリフはガッハッハと大きな声で笑い、キスクもまたニヤニヤと笑った。そうだな、見せてやるから進もう、と言われ、ツカサはラングと顔を見合わせてから改めて進んだ。

 何度か横穴で足を休め、水分を取り、ドルワフロのことを聞いて時間を潰し、また歩く。時折、ラングが鳴らせとキスクに言ってリュートが一音響かせられた。ラングはこの反響音で坑道の道と構造を確かめているのだ。その耳の訓練、本当にどうやってリーマスに仕込まれたのだろう。尋ねてはみたが返事はなかった。【ラング】なら教えてくれたかもしれない。


 また不寝番を置いて眠り、翌日も歩き続けた。定期的に鳴らされるようになったキスクのリュートの音が随分とたわんで聞こえたような気がした。ふわん、ふわん、と音が水に滲むといえばいいのか、あちらこちらに当たって繰り返し投げ返されるような感じだ。この先に広い場所があるのだと思った。


「ちょっと、ちょっと待っててくれ、いや、すぐだから」


 キスクはポーツィリフとともにそそくさと先にその空間へ向かっていった。つい数日前、その大男に殺されかけたというのに現金なものだ。自分にも当てはまると気づいてそれ以上呆れるのはやめた。トーチも置きっぱなしで転ばないのか不安ではあったが、何やら見せたいものがあるのだというのは理解した。


「なんだろうね」


 ラングは肩を竦めるだけだ。


「待たせた! トーチ小さくして来てくれ! 小さくな!」

「はいはい、今行くよ」


 ラングはランタンをしまい、ツカサは転ばない程度の明かりを残した。先に進めばやはり広い空間があった。通路を歩いている時の壁からの圧迫感がなく、急にふわっと空気が軽くなったような気がした。周囲は真っ暗で何も見えず、真ん中あたりで待つキスクに近寄れば、手にしたトーチの明かりでポーツィリフと顔を見合わせ、にんまりと笑ったのが見えた。


「さぁ、見てくれ! これがドルワフロの鉱山だ!」


 ぱっと放り上げられたトーチ。それに魔力をむむっとキスクが込めれば光が強くなった。そして、ツカサはそこに鉱山の深海を見た。

 トーチの明かりを受けて壁に残った小さな宝石がキラキラと瞬く。黒い壁は夜空を演出し、波打った岩肌がトーチの移動に合わせて赤いガーネットの、青いサファイアや緑のエメラルドのさざなみを打った。まるでオーロラのような波だった。吹き込む風の音がざぁざぁと海のように鳴って、まるで深海から夜空を見上げているような感動があった。輝き続ける宝石の欠片がトーチの揺らめきに合わせて流れるようだった。


「すごい……!」

「いつもはな、棒の先にランタンを吊るしてやるんだ。でも、ほら、トーチを教わったから」


 ゆら、ゆら、と左右に移動するキスクのトーチ。キラキラ、ちかちか、宝石が白く、赤く、青く、緑に輝く。まるで天の川を近くで見ている気持ちだった。


「ねぇ、ラング! すごいね!」

「あぁ、すごい」


 黒い海を見上げてラングは薄く唇を開き、本当に言葉を失っているようだった。


「うわぁ、本当に綺麗。これを写真にしてモニカたちにも見せてあげたいよ」


 そうだ、こんな世界ではあるが、何かお土産になるものを持って帰りたい。この世界の証明にもなるし、思い出話にもなるだろう。ドルワフロでは鍛冶師たちが戻り始めている。素材なら有り余るほど持っているのだ、何か特別なものを強請ってもいいかもしれない。そうした思い出の品を、できれば一緒に持たないか、と提案しようとした先で、鈍い音が響いた。


「え?」


 くすんだ緑色のマントが広がり、腕を、足を投げ出して、ラングが倒れていた。




ツカサと同じ反応をした人がきっといる。

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