2-41:おもい
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随分と情報収集も上手くなったなと思う反面、情報を得れば得るほど追い詰められていく感覚もあった。
キスクの言う【囁きを聞く人】が守護騎士の中にもいて、それがいち早く神獣の特性、その必死の使命に気づき、どうにか手を取り合って民を守ろうとしているのだとわかった。
狼が現れた三年前というタイミングもキスクが声を聞いたのと同じ頃だ。ルシリュなる人物が声を聞いたタイミングもその頃なのではないだろうか。無作為に選ばれた者たちかもしれないが、同じ声を聞いたのかもしれないと思うとツカサにはそれが重要なことのように思えた。ラングに伝えれば、お前の直感を信じていい、何かあれば付き合ってやる、と相変わらず心強い言葉が返ってきた。
そして、だからこその秘匿文書、密命。あれは世界を救う気のない神子から離反し、神子に隠れて、神子の派閥にバレないように足掻いている形跡だったのだろう。もはや、神子はこの世界をどうする気もないのだと聡い者は気づく。ツカサはじっと考え込みながら足を進めていた。
民族的に似通った人相。神子がシュンである確信が得られていく。限界を迎え始めているこの世界でシュンは遊び倒すつもりなのだろう。女、酒、娯楽、【不思議な力】に物を言わせ、人を従える。その在り方がかつて王都マジェタで邂逅した青年と何一つ変わらず奥歯に力が入った。
いや、逆に悪化したのだろう。
――俺も反省しただけだ。素直にアドバイスを聞いて、与えられた小さな慈悲と、恵まれたチャンスと、ここを使っただけだ。
悪知恵を得た男が何をしでかそうとしているのか、最悪の事態を想像すればするだけ現実になりそうで怖かった。世界が終わること以上に最悪の事態などとあるはずもないのに。シュンはこの世界が終わる時、どうするつもりなのだろう。
「坊ちゃん、あぶねェ!」
ぐいっと腕を引かれぶらりと体が浮く。足元の白い雪がざぁっと流れ、それが崖下に向かって飛んでいくのを見て目を瞬かせた。ことりと地面に下ろされて、ツカサは後ろを振り返った。神子呼びが嫌だといったら、じゃあ坊ちゃんで、と歯茎を見せて笑った大男に礼を言う。
「ごめん、ありがとう、ポーツィリフ」
「とんでもねェ。大丈夫でェ?」
うん、ありがとう、とツカサはもう一度礼を言い、深呼吸をした。びゅうと吹雪いた風にマントを手繰り寄せ、雪を孕んだ曇天を見上げた。
「ドルワフロ、洞窟前からこんなに雪が降ってるとは思わなかったね」
曇天から視線を下げ、ツカサはこれから抜ける予定の険しい山々の連なりを眺めた。薄っすらと三センチほど積もった雪は案外歩きにくい。
守護騎士・グルディオの尋問の後、ツカサたちは食事処の店主に金を支払い、芋と豆を譲ってもらい、即座に出立した。確実に神子派閥である情報収集員二人をラングが殺したこともあり、警吏から逃れるためでもある。ツカサは神子派閥の者をどう収めたものかと考えていたが、ラングは一も二もなく殺すの判断を下していた。ただでさえキスクが親殺しの冤罪を背負わされている中、これ以上余計な不穏分子は残さない方がいいとはっきりと言われた。
ふと思い返してみれば、【ラング】がツカサの前で行った人殺しは【黒のダンジョン】で行われた戦いと、ヴァーレクスとの決闘だけだった。容赦のない人だと思っていたが、今思えば配慮をしてくれていたのかもしれない。
遺体は命を誘ったあと、初めて空間収納へ入れた。あまり持ち歩きたくもないのでどこかで大地に弔ってやりたい。何百、何千もの命を抱えている体を重いと思ったことは多いが、遺体を二つ空間収納に抱えているだけでずっしりと背中が、足が重い気がした。ラングは自業自得だ、ナイフを向けた時点で自分にそれが返ることを奴らもわかっているはずだと言った。それはツカサに対し、遠回しに気に病む必要はないと言いたかったのだろう。手に掛けたのはラングであり、そうすると決めたのもラングだ。まさか死体をツカサが運ぶとは想像もしていなかったらしく、交易都市を出るまでラングは一言も喋らなかった。選択の果て、背負うのが自身だけならばいいが、共にいるツカサが違う選択をして背負うことを、少し考え込んでいたようだった。
ツカサは見えない左頬の紋様を撫でた。生きていても、死んでいても、ここは地獄だと思った。
守護騎士・グルディオが神子と敵対しているのならば、今、こちらに捜索人員を割くようなことはしないだろう。神子派閥の者だけを殺したことは、お前の味方だと示したも同然だ。それに、神獣について聞いた話をルシリュなるリーダーに共有するだろう。
この世界のことは、この世界の人々が対処すべきだ。ツカサはラングとその認識を共有している。目的を違えたりはしない。ラングを守る。そのためにツカサはこの世界を切り捨てる覚悟を決めている。
とはいえ、それでも思考はぐるぐると巡るし、気もそぞろになってしまう。すっぱりと決めて気持ちを切り替えられないのは、そこに命があることを正しく理解していて、自身が命を誘うことができ、かつ、この事変に拍車をかけているのが知っている人物だからだ。その点、ラングはシュンを知らず、ツカサがそこまで思い悩むことに理解ができない様子だった。それを口に出して言わないでいてくれるだけマシだ。
いろいろと思うところはありながら交易都市を出てドルワフロの山を目指した一行は、山を越えるための洞窟を目指して足を進めていた。交易都市で休まずに出てきたので寒さと相まって眠気にやられ、ツカサは雪道にも慣れておらず足元がおぼつかない。そう、今、一行は暗闇の中を進んでいるのだ。
山が近づけば近づくだけ突然視界が闇に包まれ、時に白を感じ、交易都市ではまだだった雪が既に積もっていることにも驚いた。ツカサはぼんやり進んでいたためにポーツィリフに腕を引かれる事態になったのだ。ラングは風にマントを叩かれながらキスクに問いかけた。
「洞窟、どのくらいだ」
「あぁ、いや、洞窟までなら歩いて半日程度なんだけどな、夜だし、暗いし、進みが遅いから、もう少し掛かるだろうな」
キスクはマントをしっかりと前で手繰り寄せて答えた。ふむ、と白い息を零し、ラングはツカサを振り返った。
『出し惜しみしない方がよさそうだ』
言い、ラングは呪い品のランタンを取り出してオレンジの明かりを点けた。ツカサはその意図を理解し、魔法障壁を張った。体を叩いていた吹雪が魔法障壁に当たって滑り落ちる。風は止んで白い息が見えなくなった。ツカサはトーチを置いて暖を取れるようにし、速度を出せるように環境を整えた。
「へェ! これが【魔法】で……、本当にすげェです」
ポーツィリフは感動して言葉を失い、暫くそれを眺めていた。円形範囲に魔法障壁が張られているので置いていかれてから慌てて駆け寄ってきた。
崖を区切るための柵など無い。本来、こんな暗闇で洞窟を目指す人がいないのだからそれもそうだ。
「あんまり崖の近くには行ったことないなぁ」
ツカサは今までの旅路のほぼ全てが平地で、山に登ったことがないことに気づいた。イファ草原は緩やかに標高が上がっていたので山登りという感覚もなかった。岩肌を壁にして歩ける位置に立つとキスクがラングの横から先を指差した。
「あれだ、あの黒いぽっかりと空いた穴見えるか? あれがドルワフロの洞窟だ」
ツカサには目を凝らしてもそれは見えない。ラングの黒いシールドから見えるのかと窺えば、わかった、と返事があったので見えたのだろう。幅三メートル程度の道、片側は崖という滑るのも怖い道を行き、見えないそこにある目的地へひたすら歩き続けた。
風向きが変わり雪が少し弱まり空が灰色の鈍い明かりを灯す頃、ようやく洞窟に辿り着いた。大きく抉り取られた入り口から入れば真っ黒い岩肌が道を成していた。ペリペリと剥けるような岩が多く、吹雪が吹き込んでくればその振動だけでパラパラと黒い破片を落としてくる。キスクが先頭に躍り出て道案内を買って出た。
「坑道は抜けるのに三日掛かる。定期的に休憩する場所があるから、火は小さく使って休むからな。入り口と出口があって風は抜けるけど、念のためな」
「崩れたりはしない?」
「坑道が通ったのはかなり昔だけど、今のところ、崩れたって報告はないさ」
ラングのランタンを借りて先頭を行こうとしたキスクに黒いシールドが揺れる。ランタンを貸す気はないらしい。
「キスク、トーチの練習しながら行こう。魔法障壁は張っておくから」
「あぁ、いや、わかった、先生」
キスクは冗談ではなく敬意を持ってそう呼んでくれるようになった。ぶわっと脳裏に生徒の顔が蘇り、夏休み前の態度を悔やむ。行方不明の生徒たちのためにも、取り戻さなくては、と何度目かの決意を抱く。そんなツカサの背中にどすりと重い拳が当てられた。いつの間にかラングが背後に回っていて、背中を押してくれていた。
「歩け」
立ち止まるな。折れるな、堪えろ、受け止めろ。今はただ前に進め。頽れ、項垂れ、折れるのは今ではない。
キスクにしてみれば無理矢理歩かせるような光景だったが、ツカサにとっては違う。うん、とツカサが一歩を強く踏み出せば殿を守るようにラングが続いた。キスクは何も言わず、トーチの安定に気をつけながら坑道の案内をし始めた。
トーチの明かりで照らされた坑道は思ったよりも天井が高い。黒い壁は濡れているわけでもないのに黒曜石のように輝き、時折その奥に透明な宝石を見せる。不純物の混ざっているらしいそれは加工しても輝かず、光を当てられると反射するガラスの粒のようなものらしい。幅はこちらも三メートルほど、荷馬車を通りやすくするために徐々に広げられてこの広さになっているそうだ。奥の方からごぅごぅと風の通る音がして、魔法障壁がなければ頬がヒリヒリして痛かっただろう。内部はかなり入り組んでいるらしいが、通れない道、危ない道には立て看板がされており、道は一本に絞られていた。壁に松明なども当然ないので、入り口から奥に進んでいけば暗闇しか残らない。ごぅごぅ、コツン、カツン、パラパラ。風に削られて落ちる壁の欠片、足元をざらざらと転がっていくそれが音を反響させて不安になってくる。自身の足音が剥離の振動を加えているのではないかと怖くなった。息を吸っているはずなのに、なぜか酸欠のような気がした。まさか風の通り道が塞がったのかとヒュッと息を吸ったところで後ろから肩を掴まれてびくりと跳ねてしまい、息が止まった。
「落ち着け、暗闇、怖い。人の本能。トーチ、お前も使う」
静かで、聞き慣れた声よりも若く少し力強い音。振り返り、そこにいるのがラングであると確認し、浅く短い呼吸を繰り返してツカサは最後に深呼吸をした。背後からラングもランタンを使ってくれていたのに、ツカサの眼には暗闇しか映っていなかった。人はこうして恐慌状態に陥るのだと気づき、トーチを使った。ぱぁっと辺り一面が明るくなってキスクとポーツィリフが驚いてツカサを見遣った。
「暗かったか? 悪いな、まだよく、慣れなくて」
「ううん、俺が坑道の暗さに慣れなくて、よく見えなかっただけ。キスクはトーチを出し続けて」
ふぅん、そうか、わかった、とキスクはまた坑道を進んでいく。
この世界に転移した際にいた洞窟では仄かな青い光が洞窟を走っていて、真の闇ではなかった。あの淡い光だけでもそこにあってくれたからこそ、誘うセルクスの光があったからこそ、耐えられたのかもしれない。それがなければ洞窟をどうやってくぐり抜けただろうか。
あれ、そういえば、あの洞窟って――
「よし、休憩できる場所まできた、さすがに眠いし疲れた、ここで少し休んで行こう。先生、毛皮借りていいか? あぁ、いや、よければだけど……」
ぱちんと考えていたことがシャボン玉のように弾けてしまった。しまった、どんな形で浮かんでいたかも思い出せない。一昼夜歩き続ければ思考も疲れるか、とツカサは周囲を見渡した。ここは木材で周囲を押さえて囲ってあり、円形の小さな小屋のような様相だ。木の長椅子やほんの少しの薪が置いてあり、誰かが眠った跡もあれば、焚火を起こした跡もある。少し埃は被っているが払えば大丈夫だろう。風が通っているのを確認し、ラングが積んである薪を組み始めるのを見てからツカサは息を吐き、毛皮を取り出した。
「そうだね、慣れない場所に行くときこそ、休息は大事にしなくちゃ」
快適なテントはないけれど、それを魔法で補おう。ツカサは食べ損ねた夕食兼朝食のスープを作り、全員に食べさせ、地面に敷いた毛皮と布の上で溶けるように眠りについた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
きりしまのよもやま話。
鍋が美味しい季節になってまいりました。
先日、白菜ざく切り、しいたけ、シメジに舞茸、豚肉にちょっとしょっぱみが欲しくてソーセージ、それを白だしでざっと鍋にして食べました。
寒さがあるからなのか、もくもく湯気がもう美味しい。
器によそっていそいそ一口に辿り着く前に眼鏡が曇って阻まれるという、ありがちながら「そうこれこれ」という様式美を越えてはふりといただく。
この瞬間たまらないなといつも思います。
白菜って火を止めてすぐはまだ少しシャキシャキしているんですよね、これが余熱でだんだんとろりとした存在に変わっていく。
白だしをたっぷり抱きかかえた白菜の葉が熱々の出汁を流し込んでくる熱さ。はふはふしてしまいます。
出汁にきのこの香りが滲んでいる。器のなかでしっとりと待ってくれているキノコ類。大事なのはキノコ類はきちんと火を通さないといけないこと。しいたけのつるっとしたかさの滑らかさにじゅわっと出てくる水分、シメジのぷつんと切れる歯ごたえ、舞茸のシャクシャク感。
通年通していただけるありがたいキノコたち。それがこの寒さの中、鍋に入っているというだけで不思議な特別感があります。鼻を抜けていく独特な香り。美味しい。
そして肉ですよ。豚肉はこまでもばらでもなんでも美味しい。ちょっと脂身が多いと鍋の表面が薄く覆われて冷めにくく、赤身が多いと肉の出汁が贅沢。様々な出汁でその身を縮ませた肉は旨味をいろいろと抱え込んでいて、主役でありながら包容力もまた。美味い。
ここで出汁を一口。白だしの穏やかな味の中にふわりと微かな薫香。そうだ、ソーセージも入れたのであった。
すっかり身を弾けさせてじわじわと堪えきれない肉汁を零すソーセージを齧る。これがまた熱い。はふ、はふ、と何度か歯を入れて、プツン。鍋に深みは与えるものの、ソーセージはどこまでいってもソーセージ。この孤高の感じ、いい。
――いったいきりしまは何を書いているのだろうと我に返ったのはここまで書いてからです。
なんだかもったいないのでこのままにしますし、たぶんどこかで使います。
取り留めもなくなってきたので本日はここまで。
寒い日のよい美味い飯をお楽しみください。
1巻書影(11/10 2巻発売です。ご飯頑張って書いています。)
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