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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界

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2-39:焚火の炎で指を焼く

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ぽとぽと降り始めた氷を含んだ雨が冷たい。突然のことに逃げ出せたのは二人だけだったが、あの黒い仮面の男、しっかりとこちらが逃れたことを把握していた。厨房の奥、居住区、いわゆる裏口から逃げていく背中に視線を感じた。わかっているぞというかのような、まるで獲物を捉えた狼のような、そんな鋭さを感じた。

 地面に広がった水と中途半端な氷をバシャバシャと音を立てて駆ける。とにかく逃げなくてはと考えた。あの青白い光、あれは【不思議な力】だ。神子様が言っていた、俺以外のそれを扱う者は紛い物だ、排除しなければ世界は歪んでいくぞ、と。あれを殺さねば命は救われないということだ。

 背後を走っていた仲間が水に足を取られて転んだ。その腕を引いて立たせ、教会へ駆け込んだ。


守護騎士(パラディン)様を!」


 息せき切って飛び込んできた二人組に驚きつつも、ここに守護騎士(パラディン)がいることを知るのならば関係者、と判断され、温かな毛布を渡されながら一室に通された。湯を渡されて何度も啜り、体を温める。暖炉の火に体を当てて濡れたものが早く乾くのを願いながらぶるぶると震えていた。どかどかと足音がして扉が開く。慌てて立ち上がり礼を取ろうとすれば、守護騎士(パラディン)は手でそれを制した。


「いい、報告を」

「偽りの神子を見つけました」


 ぐっと守護騎士(パラディン)の体に力が入った。全身から発される怒りのようなものに二人は頭を垂れ、震えた。守護騎士(パラディン)は二人の肩を叩いてそれを宥め報告の続きを求めた。二人は言葉を続けた。偽りの神子の一人はドルワフロのクィースク、父親殺しの噂のある青年であること。その青年を手練れが守っていたこと。最後、クィースクが【不思議な力】を利用しようとしたところで、手練れの内の一人がそれを収めていたこと。自分たち以外の情報収集班は捕らわれてしまったこと。


「どういうことだ? つまり、【不思議な力】を扱える者が二人いるということか?」

「見た限りではそのようです」


 守護騎士(パラディン)はじっと考え込んだ。暖炉の火から離れてしまい二人はガタガタと震えながら動きを待った。


「神子様の言った言葉は、一人に当てはまらなかったのか。それとも、命が乱れているからこそ偽りが増えたのか」

「わかりません……」

「そうだろうな、寒いまま立たせてすまない。体を休めてくれ、他の情報収集班はこちらで救い出そう」


 仲間を見捨てないでくれたことにホッと息を吐いた。守護騎士(パラディン)はそのまま部屋を出ていき、二人は濡れたマントを脱いで暖炉に詰めかけた。雨の冷たさ、空気の冷たさに震えるのももちろんあった。だが、それ以上に胸の奥、心臓を握り潰されるような感覚があったのは、あの黒い仮面の男のせいだ。

 必ず、追い詰めてやる。

 そう言わんばかりの視線が黒い仮面の奥から感じられ、二人は身を寄せ合って暖を求めた。


 守護騎士(パラディン)は足早に通路を行っていた。部屋の外で待っていた部下と合流し鎧を鳴らしながら進む。


「グルディオ様、どうされますか」


 部下に問われ肩越しにそちらを見遣る。部下は少しだけ目を伏せた後、物怖じせずに視線を返してきた。


「偽りの神子を捕らえますか? 情報収集班を救わねばならないでしょう」

「手練れだという、既に殺されていてもおかしくはない。行動は慎重に慎重を重ねるつもりだ。勝手に動くなよ」

「承知いたしました。まずはどうされますか?」

「私が一人で動こう。お前たちはあの者たちからさらに詳しく事情聴取をしておいてくれ。()()は任せる」


 お一人で? と部下は驚き目を瞬いた。守護騎士(パラディン)、グルディオはそうだと返した。


「ぞろぞろ連れ立って動くなど、こちらの正体を知ってくれと言うようなものだ」


 部下はゆるりと頭を下げ、途中で踵を返していった。グルディオはそれを振り返らずまずは自身にあてられた部屋へ戻り、鎧を外した。腰の剣だけはそのまま、色褪せた厚手のマントを羽織り、旅人を装った。教会を後にして目指すのは騒ぎのあったという地下の食事処だ。

 氷を含んでいた雨は、いつの間にか水を失い氷となっていた。細かな氷がマントを叩く。白く、時に透明な水の塊がマントに引っ掛かり、定期的に振り払いながら歩いた。明日には雪に変わるかもしれない。そうなると不便だ。馬は足に気を付けねばならず、湿った木材は火をつけにくく、野営すら大変になる。これが本降りに変わる前に首都に戻りたいものだが、果たして。戻って、いいものだろうか。グルディオは拳を握り締めた。

 神子は我儘な青年だ。この世にその身を現してから姿かたち変わらず、それがまた威光として信仰を一身に集めている。散々好き勝手やっているというのに、まだ足りないらしい。美味を求め、女を求め、享楽に耽る。教会の厳格な規則からは逸脱しているというのに、その力の一端を知っている老人たちは腫れものを扱うように神子を敬う。確かに、癇癪を起した際に見た光景は恐ろしかった。

 業火が周囲を満たし、我儘な感情のままに建物を焼き、人を焼き殺した。

 グルディオはそれを見て決意を固めたのだ。


「ここか」


 足早に辿り着いてしまった食事処。階段を降り、ここだと示す今にも消えそうな蝋燭を目印に足を下ろし、扉を開いた。むあっとした人の熱と湯の湿気、そこに混ざる饐えた酒と豆の匂い。ゲラゲラ、ワイワイ、長く寒い夜の時間を仲間内で楽しむ声が響く。マントを外して腕に抱き、空いている席を探して座った。先ほど騒ぎがあっただろうにあまりにも何もない。情報収集班の姿もなく、グルディオは店員を探すついでゆっくりと周囲を見渡した。


「食事を頼めるか」

「あ、はい! すみません、豆です! お願いします!」


 慌ただしく店員は厨房に駆け込んでいく。薄っすらとした明かりの中で座っている男たちを観察するが怪我の一つもない。床に散らばった木片だけは気になるが、これが今日のものかを判別するには暗すぎる。おかしい、情報収集班の様子からすると必死に逃げてきたのだろうに、これはどういうことか。グルディオは隣の席に声を掛けた。


「失礼、聞いても良いだろうか」

「ぁあ? なんだァ。兄ちゃん」

「つい先ほどここで騒ぎがあったと聞いて駆けつけたのだが……」


 ピタ、と男たちは息を止めるようにして声を失った。一瞬の間を置き、どっと笑いだした男たちにグルディオは立ち上がり柄に手をかけた。


「何がおかしい?」

「いやいや、あー、すまんねェ。あんまりにも旦那の言うとおりでよォ」


 なァ? と大男が声を掛けた先を振り返ろうとし、グルディオは意識を失った。


 ――ラングの手に掛かり、ずるりと沈んだ身なりのいい男に店員姿のツカサはそうっと手を伸ばした。


「生きてる?」

「生きてる」


 振り返りざま、の顎を水平に叩いて脳震盪を起こさせ、そのまま腕を首に回して絞め落とす。一歩間違えれば相手を殺す技だがラングにかかればお手の物だ。それを丁寧に縛り上げてラングは大男へシールドを揺らした。へい、と恭しく礼をしてから守護騎士(パラディン)を肩に軽々と担いだ。


「旦那の言うとおりでしたなァ」

「あぁ、いや、本当に偵察が来るとは思わなかった」


 ひょこりと奥から出てきたキスクもまじまじと守護騎士(パラディン)を覗き込んでからラングとツカサを振り返った。

 元鍛冶師たちの協力が得られる流れとなったあの後、ラングは逃がした二人が報告をするだろうと言った。では迎え撃とうと意気込む元鍛冶師たちにラングは必要ないと答えた。少し意思疎通が難しかったので途中からツカサが通訳をしたが、要は来た者を捕らえて尋問すればよいとのことだった。六人中、四人がこちらの手にある以上、全戦力を投じられる可能性もあるがこの狭い食事処の中では対処は容易い。それなりに上の者が出てくるのならば好都合。結果として一人で来たのだが、ツカサの【鑑定眼】で守護騎士(パラディン)ということがわかればあとは合図するだけだった。

 豆が上物。スープが雑魚。店員に扮したツカサはそれを叫ぶだけでよかった。


「こいつが戻らない、大勢くる。引き上げ」

「わかったぜ旦那ァ。こいつも貯蔵庫でいいかァ?」

「かまわん」


 のっしのっしと大男が守護騎士(パラディン)・グルディオを運んでいく。他の元鍛冶師たちはキスクに独特の礼を取った。手のひらに見えない木づちを当てるような不思議な動作だ。鍛冶師として槌を振るうことが最敬礼なのだろう。


「クィースク様、あっしらは一足先にドルワフロの鉱山に帰りまさァ」

「なァに、やっぱり灼熱の鉄が叩きてェって言やァ、戻れるでしょうからなァ」

「あぁ、いや、くれぐれも変な動きはするなよ。親父のことは俺がまず調べたい」

「わかってまさァ。ポーツィリフと戻られてくだせェ。裏口を開けておくんでェ」


 あぁ、頼む、とキスクは元鍛冶師たち、いや、復帰する鍛冶師たちの肩を一人一人叩いて見送った。ツカサはエプロンを外して本物の店員に返した。


「お騒がせしました。弁償はさっきの金額で足りる?」

「大丈夫です。あの、教会と敵対するって本気ですか?」


 うん、そうなるね、と言えば、店員は厨房の男性を振り返った。襲撃者を閉じ込めるのに貯蔵庫を使えと進言してくれた厨房の男性、この店の主は無骨な包丁を手に骨を叩き斬り、言った。


「最近の教会にゃ失望してばっかだ、なんか必要ならまた、声掛けろや」

「……親父さんの娘さんも、教会に連れられて行ったんです。ドルワフロの女性たちと一緒に」


 ツカサはラングを見遣った。キスクもツカサの隣に並び、そちらを窺う。気まずい空気に店員が言葉を増やした。


「最初は、ここで少し休憩するからって教会に、人手に駆り出されたんですよ。でも、出発したっていうのに戻って来なくて。……道中の世話もあるからって連れて行かれたらしくて、追いかけたんですけど」


 追いつけなくて。青年はぎゅっとエプロンを握り締めた。じゃあ、首都まで行ってまた送り返してくれるのかと問い合わせれば、本部に鳥を飛ばして聞いてみる、から一切の返事がなく、何度も教会に足を運んだが現在では門前払いされるらしい。


「もし、ドルワフロの女性たちを探すことがあれば……カナーリヤも探してもらえませんか。俺の婚約者なんです」


 首に掛けたロケットペンダントを差し出し、青年は深々と頭を下げた。ツカサがどうしようかと悩んでいる間にキスクがその手を強く取った。


「ドルワフロの女たちを探すついでになるだろうけど、いや、きっと、やってみる」


 青年はじわりと涙を浮かべ、キスクの手を握り返し、再び深く頭を下げた。ツカサはロケットペンダントを受け取ったキスクが振り返るの待ってから肩を竦めた。


「教会、随分と憎まれることをしてるんだね。なんだかどうなってもいい、みたいな雰囲気。嫌な予感に拍車がかかるなぁ」

「そうだな」


 単語のおおよそを理解してラングが頷き、青年の肩を叩きながら横を通り抜け、貯蔵庫へ向かい始めた。その背を追い、ツカサとキスクも続く。貯蔵庫の前で肩を脱臼させられた大男、ポーツィリフと合流した。


「並べときましたァ」


 ギシリと音を立てて開く扉。ツカサは横たわる守護騎士(パラディン)・グルディオにいかずちの魔法障壁を張った。軽く魔力を通せば全身を静電気のようなものが走ったのだろう、ぶはっと息を吸って目を覚ましたグルディオは周囲を見渡し、微かな明かりを背負って立っている三人に目を凝らした。


「何者だ!? これはいったい……!」

「グルディオ様! なりません!」


 剣を抜こうとしたグルディオは自身が懇切丁寧に縛り上げられていてミノムシのようにのたうち回っただけだった。既に掴まっていた四人が制止を掛けた。そうだろう、暴れれば、ナイフや短剣を手にすれば、そこにいかずちを走らせたので不味いと知っているのだ。ツカサはうんうんと頷き、キスクに声を掛けた。


「照明魔法、頼める?」

「あぁ、いや、頑張る」


 キスクはむむむ、と両手を広げて力を入れる。筋肉じゃないよ、とつい声を掛けてしまい、キスクは唸りながらぽぅっと光の球を出した。蝋燭ではない明かりに目を見開き、グルディオは言葉を失い、こちらをただ見つめていた。


「話を聞かせてもらおう」


 静かで、威圧の込められたラングの声に合わせ、バタンと扉が閉じられた。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


きりしまのよもやま話。

秋が通り過ぎて冬が来たのではなかったのか、週末また暑くなるのか、と絶望を感じたので更新しました(理由よ)。

最近ココアにハマっています。定期的に冬になるとハマるのですが、春になると落ち着くココア欲。

話は変わりますがそろそろ2巻発売SSも仕込もうかなと思いつつ、出すタイミングは悩ましいですね。

1週間前か、カウントダウン3日間か。

出せと言われればいくらでも書けるので悩ましいところです。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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