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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
464/464

2-35:おぼろげなもの

いつもご覧いただきありがとうございます。


 一言で言えば、実に不愉快な感覚だった。

 どういう原理で視るというのかは知らないが、腹の奥底、体の内側を撫でまわされるような不快感が走った。左手を握り締める手を振り払い、短剣でその喉元を刺し貫いてやろうかと思うくらいには嫌いな感覚だ。腰から首筋にかけてぞっとした気味の悪さが残り、小さく首を振った。目の前にいる青年、ツカサは色の違う両眼で何かをじっと眺め、それが本を読むように左右に揺れている。確かに何かを視ているのだろうと思った。

 暫くしてツカサは手を離し、取り出した手記に書き込みを始めた。時折こちらを見ているのは書き写しているからだとわかった。いいと言ったからには、もはや好きにさせるしかない。ラングは焚火に薪を足して乾かしてもらうつもりでいた髪にそれとなく熱が当たるように位置を直した。すぽっとツカサの手がフードの中に入り、片手間ついでに風が通り、乾く。器用だが、なんともやりにくい相手だ。あまりにも敵意が無さ過ぎて反応しづらい。自然と乾かしてもらおうと考えていた己の思考回路にも反吐が出そうだった。それは感謝を忘れている証拠だ。ラングは感謝を込めて、ありがとう、と言い、ツカサは手記に視線を置いたまま、どういたしまして、と返した。


『お待たせ、書けた。まずはラングのだけだけど。どこから話そうかな……。できれば装備も視たいんだけど、いい?』

『好きにしろ』


 ただでさえこの状況下、ツカサの言語能力と謎の空間収納なるスキルというものによって潤沢な食料がなければ、満足な旅もできなかった。悔しいが、どう足掻いてもツカサの方が優位だ。断れば引き下がるだろうがここまで来たら任せた方が良いだろう。川は流れるものだ。


「なんか、いや、お邪魔? 会議中だな? 俺、先に寝てた方がいいよな?」


 そうっと戻ってきたキスクは湯気をほかほかと上げていて顔を真っ赤にして汗をかいていた。こちらに気を遣い、できるだけ長く湯に浸かってきたのだろう。水を飲んだ方がいいと思うが、ツカサは恐らく、そうだね、そうしてくれる? というようなことを言ったのだろう、キスクはこくりと頷いてリュートを持ってテントへ先に入った。それを見送り例の膜が張られる。防音魔法障壁というものだ。いったいどういう仕組みなのかが気になって見えないものを見上げていれば名前を呼ばれ、改めてツカサを見遣った。


『思ったよりも厄介で、時間掛かりそう。どうしよう、どこかしっかりと腰を据えられるところで話す? 明日も移動があるしね』

『そもそも、お前が何を私に話そうとしてるのかがわからない。塩梅を問われたところで答えは持っていない』


 だよね、とツカサは両手で顔を覆い、ぐったりと項垂れてしまった。いったい何が見えたのか興味は沸いた。握った薪で焚火の位置を直し、それをまた加え、ラングは懐中時計を確認してから言った。


『一時を刻限として話そう。四時間はある』

『オッケーわかった、そうしよう』


 不思議な言い回しで納得したらしいツカサはラングの横に座り直し、トーチの下、手記を開いて見せてきた。まるで店の品書きのように書かれたものは見慣れない言葉だらけだった。


【ラング(22)】

 職業:リーマスの弟子 ギルドラー レパーニャの処刑人(パニッシャー)(仮)

 レベル:121

 HP:--

 MP:0

 【スキル】

 鑑定阻害

 追跡妨害

 威圧(中)


 レベルとはなんだ。HPやMPも謎の表記だ。それからこっちが装備、とツカサが違う手記を置く。ページをめくらずに済むのは有難い。


 ――古代石(エンシェントストーン)のシールド。特殊加工を用いて作られている特注品。非常に堅い。自動修復の(まじな)いが付与されている。粉々にならなければ時間はかかるが記憶された形に戻る。

 ――浄化の宝珠(左)。常に清潔を保つ。水に入れて使えば飲料水に変えられる。

 ――古代石(エンシェントストーン)の胸当て。革のベルトは劣化をするが、胸当ては自動修復の(まじな)いが付与されている。粉々にならなければ時間はかかるが記憶された形に戻る。

 ――収納のポシェット。百種類のアイテムが収納できる。使用登録済:ラング。使用者限定の(まじな)いが付与されている。現在は九十種類が収納されている。

 ――守護のマント。マリーシェが繕ってくれたマント。内側に守りの言葉が刺繍してある。

 ――ロングブーツ。ハリファが作ってくれた贈り物。仕込みナイフが入っている。

 ――特攻の双剣((ペア))。ラングが十二の頃から使用している双剣。ギルドラー登録した際に貰った。ハリファからの贈り物。

 ――短剣。ギルドラー登録した際に貰った。ベネデットからの贈り物。

 ――ナイフ。ギルドラー登録した際に貰った。シェバからの贈り物。


 よもや作り手や贈ってくれた者、そして自分の知らなかった込められた想いを知ることになるとは思いもしなかった。ラングは並べられた文字を指でなぞり、まるでそうして自分の中に刻み込むように一文字ずつ読んでいった。


『双剣、まだ、違うんだね』


 ツカサがぽつりと呟いた声がなぜか寂しそうに思えシールドを上げる。こちらを見つめる青年は、目の前に誰を見ているのだろう。思わず後ろを振り返って誰かがいるのかと確認したくなるほど遠い目だった。往々にしてこの青年はそこに未来を見ているらしい。果たして、その未来は本当に自分なのかとラングはその度に思うのだが言葉にはしない。


『見慣れない言葉ばかりで意味がわかっていない。説明してもらいたい』

『もちろん。あ、でも、先に言っておくけど、レベルについては俺だってよくわかってないからね、指標程度だからね』


 念入りに前置きをおいてツカサはそれぞれ説明をしてくれた。レベルがその人の経験に基づく強さの指標の一つであること。MPはツカサが扱う魔法というものを使うのに必要なもので、ラングにはそれがない、つまり魔法は扱えないこと。鑑定阻害はツカサが視ようとしても視えなかったことを指し、追跡妨害は後を追いにくいことを指すらしい。威圧は説明されるまでもなかった。(中)と書かれているのはまだ伸びしろがあるからだとツカサは笑った。

 それから装備の件だ。浄化の宝珠がそんな機能を有するとは知らず、これは()()使えると思った。古代石(エンシェントストーン)がどうやら素材らしいことはわかる。そういうものだったのかと感心してしまった。ツカサは自身の胸当てを取り出してこれも同じ素材なのだと言った。


『リスタの知り合いだったのか?』

『ちょっとややこしいんだよ。これ、ラング(兄さん)から俺の結婚祝いに貰ったんだ。いろいろあって、兄さんの胸当てが壊れて、その破片で作ってくれてさ』

『私が胸当てを壊されるほどの攻撃を受けたということか?』

『複雑なんだ』


 そうなのだろう。胸当てが壊れ、破片でそれを作り、結婚祝いに渡した、という時系列ならば、その時、死にはしなかったのだ。だが、どういう状況でそうなったのかは気に掛かる。ツカサはそれに対し言えない、と秘匿を決め込み、口を噤んだ。この青年、こうと決めれば非常に口が堅い。問い質すだけ時間の無駄だろう。さくりと次に進むことにした。装備を手にした由来は、それぞれの記載のとおり、ギルドラー登録をした際に世話になっている人々が贈ってくれたものだ。マントにそんな細工がされていたのは知らなかったが、じわりと感謝が心に滲む。そうした由来を細かく聞きたいが、もっと先に話すべきことがある、とツカサはもう一つ紙を置いた。それはツカサが自身のことを書いたものだった。


 【ツカサ・アルブランドー(21)】

 職業:冒険者 駆け出しの新米処刑人(パニッシャー) 人間をやめかけた男 イーグリス学園教員

 レベル:--

 HP:--

 MP:とてもたくさん

 【スキル】

 空間収納

 鑑定眼

 変換

 全属性魔法

 治癒魔法

 オールラウンダー

 鑑定妨害

 時の死神の(トゥーンサーガ・)(チェイン)

 全ての理の神の(クリアヴァクス・)許し(フォグナ)


 なんとも奇妙奇天烈な文字の羅列だ。


処刑人(パニッシャー)なのか?』

『正しくは違う。教えてくれた【兄さん】がそうだったから、ラングの【リーマスの弟子】と同じ感じかな』

『なれるといいが』

『なれるよ、絶対に。必ず守るから』


 先ほどの沈黙と同様、そうして言ったこともこの青年は必死に守ろうとするだろう。ここまでの道のりでその覚悟は証明されているも同然だ。ラングはわかった、と一つ頷き青年の前のめりな意気込みを収めてやった。

 改めて紙を眺めた。レベルが書かれておらず首を傾げ、ラングが顔を上げて説明を求める前より早くツカサは早口で釘を刺し、再び前置きをした。


『レベルは指標だからさ、あってもなくてもいいんだ。それより、どういうものなのか聞かれてもわからないものがあってさ。俺が自分の力で掴み取ったものじゃなくて、いつの間にか渡されていたもの、与えられていたもので、理由がわからないんだ』

『随分と苦労しているようだ』


 何とはなしに言った一言だったが、ツカサは一瞬息を呑み、堪えるような声で、うん、と頷いた。数回の呼吸を経てようやく何かを落ち着けたらしく、ツカサは自身のスキルの説明を淡々と行った。職業に学園の教師とあることで教師と認めてやってもいい気持ちと、結局こうしたことは自称できてしまうだろうというひねくれた考えが拮抗していた。わざわざ言いはしないが、ツカサ本人もスキルという文化を有しないラングが納得しないことは織り込み済みで会話を進めている様子だったので何も言わなかった。ツカサの職業の中に、人間をやめかけた男、などとあり、もはやそれがどうしてついたのか、それは職業なのかという疑問もあったが、本題はそこではないらしい。

 ツカサは再びペンを持ち、ゆっくりと書きながら話した。


『ラングと俺にね、俺でも読めない何かが書いてあるんだ』

『今出されたもの以外にか?』

『そう。俺は【変換】っていうスキルがあるから、読めない文字だって読める文字に変えて、読むことができる。それでも読めない文字で書かれてる』


 ツカサは初めて書く文字を見よう見まねでどうにかなぞり、これ、と手記を差し出してきた。ラングはそれに対し腕を組み、顎を撫でて小さな息を吐いた。


『不思議な文字だ』

『ね。文字の形が違うから意味も違うんだと思う。職業とスキルにそれぞれ一つずつ。全部で四つ。俺はここに来る少し前に【鑑定眼】で自分を見てあったから、たぶん、ここに来たことでついたものだと思うんだけど』


 読めない、とツカサは項垂れた。今までの言語にしても【変換】というスキルがツカサの意思疎通を可能にしていることは聞いて知っている。それが通じないものに初めて不安を抱いているらしい。贅沢な悩みだ。のそりと顔を上げてツカサは手持ち無沙汰になったのか薪を手にして揺らした。


『これ、絶対何かしらの意味があるんだよ。ほら、俺は時の死神(トゥーンサーガ)の最期に立ち会って、左頬の紋様を渡されてるでしょ? 単純に考えるならそれが職業とスキルに反映されているんじゃないかな』

『そうだろうな』

『でも、じゃあラングについてるこの文字はなんなんだろう? って話でさ』


 話したいことの本題がわかってきた。ラングは神に会ったことはないが、ツカサは魂を(いざな)う神に会ったことがあり、なんの因果か最期を看取ったらしい。実際、黒いものを光に変え、それをその身の内に保護する姿を人ではない何かと思うことはあった。本人もこれが本来の在り方でないのは重々承知の上、やらざるを得ない状況だからやっている、という感じらしい。予想されている【理の女神様の後釜】に収まっている【シュン】とやらとは思考の方向性が別なのは一安心だ。さすがに協力者、兄と慕ってくる青年を進んで殺めたくはない。とはいえ、【鑑定眼】は二度と御免だ。

 いろいろと話をしていればあっという間に時計の針は深夜零時を指し示していた。そろそろ休むか、と懐中時計を閉じたところで、気遣うような声を掛けられた。


『ねぇ、ラング。あのさ、どこか、体調悪かったりしない?』


 訝しむようにシールドを揺らせば少し居た堪れなくなったのかツカサは薪を焚火に入れた。そのまま薪が黒く燻され、火が赤く燃え移るのを見守ってから視線が戻された。


『俺、【ラング】と旅に出た時にさ、たくさん気を遣ってもらってた。街について宿に入って、そこで、すごく疲れちゃってさ。動けなくなった』


 窺うように見られ、心配していることに思い至った。要は疲れや気持ちの糸が切れていないかを問われているのだろう。ラングはゆるりと肩を竦めた。


『問題ない。お前のおかげで随分楽な旅をしている』

『ならいいんだけど、何かあったらすぐに言ってね』


 よほど、その【兄】とやらが立派な人物だったらしい。ラングは迷うことなくツカサの口端に親指を掛け、人差し指を頬に当て、思いきり摘まみ上げた。


『いたたた! 何!?』

『知らん』


 ラングは放り投げるように指を離し、苛立たし気に言葉を掛けて立ち上がった。


『キスクと同じテントが続くのは避けたい。交易都市についたら別途、私はテントが欲しい』

『だね、ラングのシールドのこともあるし、キスク一人用のテントを買った方がよさそうだよね』


 未だ頬を撫でながらツカサがぼやく。ラングと同じテントで眠ることはツカサのなかでは確定らしい。機微に聡いはずの青年が時折見せる、鈍感で、図太い、全幅の信頼を示す甘え方に眩暈がしそうだった。ここに至るまでに未来の自分への文句が日記にはかなり書き記されているが、今夜もまた増えそうだ。


『もう休む』

『うん、寝よう。話に付き合ってくれてありがとうラング。あの、俺は……何があっても、ラングの味方だよ』


 先に入るね、いそいそとテントに入り込むツカサを見送り、ラングはシールドに手を入れて眉間を揉んだ。

 そう強がっているつもりはなかったが、ツカサにはそう見えたということだろう。確かに、嘘ではないがパニッシャーと名乗ったことは()()見栄を張った。きっと、あの青年にも同じような経験があったからこその言葉だ。だからこそ、ラングもそれを柔らかい綿のような感触で受け止められた。

 形容のし難い感情を持て余し、空を見たい気持ちに駆られた。いつものように頭上に張られた布が視界を遮り空は見えず、すぐにシールドは下げられた。

 胸の中に気恥ずかしさと悔しさと、嬉しさがあった。ラングはそれらに気づかないふりをして、きちんと礼を言えるところがどうにも嫌いにはなれない奴だ、と無理やり考えを逸らした。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


きりしまのよもやま話。

旅人諸君の推しが知りたい今日この頃。

どの登場人物があなたの記憶に残っているのでしょうか。

というわけで知りたい、旅人諸君の【処刑人と行く異世界冒険譚】の推しを。

1人に限定せず、あの人も好き、この人も好き、たくさんの推しを知れたらと思います。

#処刑人と行く異世界冒険譚 のタグでも、感想欄でも、お待ちしています。


きりしまは誰が推しなのか、と問われれば、全員です、と答えますが、やはり【異邦の旅人】箱推しでしょうか。

【処刑人と行く異世界冒険譚】の大舞台であったリガーヴァルが生まれたのは【快晴の蒼】の、中でもヴァンがいたからです。

そういう意味では物語の始まりの登場人物として、彼や【快晴の蒼】も挙げたいところです。

憎まれ役を引き受けることの多い軍師に思うところも多いでしょうけれど、彼らにもまた、馬鹿みたいに騒ぎ、殴り合いの喧嘩をし、時に仲違いし、再び手を取り合う物語があるのです。

いつの日か、それも書きたいですね。

リーマスだって推しですし、リーマスとラングに拳骨をいれるギルドマスター・ベネデットだって……。

こうなればもはや作品箱推しで行くしかない。

また取り留めもなくなってきたので本日はここまで。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

1巻書影(2巻発売は11/10、予約受け付け中です! 特典SSも是非お楽しみください。)

挿絵(By みてみん)

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