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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
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2-31:転がった芋

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ツカサが目を覚ましたのは結局夜が明けてからだった。朝の少し冷たい空気にぶるりと震え、灰色のマントを手繰り寄せて一度小さくなる。それから意を決して起き上がり、ふわぁ、と息を吸う。


「おはよう」

「おはようラング」


 既に起きているラングは鍋に岩塩を砕いて入れていた。水場を探し、しっかりと何かを食べていることに安心した。焚火の向こう側ではキスクがまだ寝息を立てていて、寒さからかリュートを抱いて丸くなっていた。これで焚火がなければ危なかったのではないだろうか。それに、上に張られた布が夜露を防いでくれている。上を見ていれば声が掛かった。


「体は」

「うん、大丈夫。大虎さんといい、大熊といい、やっぱり命が多いと負担が大きいのかな。今は大丈夫」

「気をつける、しなければならない」

「そうだね。あの時はもう、そうするしかなかったけど、これじゃ問題大ありだね」


 桶を取り出して水を入れ、少し温める。ツカサは朝の支度をして少し離れたところに水を捨てた。


「ラング、水どうしたの? どこにあった?」

「向こう。少し遠い」


 お玉で指された方をなんとなく見遣り、ツカサはごそりと石を取り出した。


「これさ、水を貯められる石なんだ。魔法の水を入れておくから渡しておくね。忘れててごめん」

「便利」


 そうだね、と笑い、ツカサは片手に水、片手に石でそれを存分に収め、ラングに渡した。スープが仕上がる頃、キスクが鼻をひくひくとさせて目を覚ました。ツカサが起きていることに気づくとまだ眠そうながら身を起こし、おはようの前に体調を心配された。もう大丈夫だと微笑めばキスクはよかった、と笑った。

 改めて朝の挨拶をし、キスクにも桶と水を貸した。まさかそんな使い方をできるとは、とキスクは水を大事に使い、その姿にツカサは首を傾げた。


「キスクはさ、【不思議な力(魔法)】を使えるんだよね? どうやって使ってるの?」

「いや、こう、暑い時にちょっと涼んだり、寒い時になんとなく温かい、的な」


 魔力はそれなりに多いはずだが、なんとも中途半端な物言いだ。なんとなく、想像力が足らず、使い方がピンと来ていないのだろうと思った。そうだろう、ツカサはラノベや漫画、アニメにゲームと多く触れてきたのでイメージは容易だったが、マジックアイテムすらなければそれを何に使えばいいのかわからないはずだ。教えてくれた師匠のようにできるかはわからないが、試す価値はある。それはきちんと協力すると決めたらやろうと自分の中で線引きをしてツカサはラングを見た。


「話、ここでする? キスクのこともあるし」

「いいだろう。先、食事」

「うん、ありがとう。美味しそう」


 ツカサは器を取り出してラングに頼み、その間にポットに水を入れて焚火へ埋めた。食事が終わるころには湯が沸くだろう。会話のお供にハーブティーを淹れられる。キスクはまじまじとそれを眺め、水、と手のひらをぐーぱーしながらぶつぶつと言っていた。キスクがその手の甲を眺めるためにくるりと手を返した瞬間、ばしゃあ、と水が現れて焚火を消し、鍋をひっくり返し、ラングが頭から水を被った。ツカサはヒュッと息を吸い、ゆっくりと器とお玉を下ろすラングの肩を掴んだ。忘れていた。シェイのお守りを持つのは【ラング(五十路の方)】であってラング(若造)の方ではない。魔法障壁に物理と同時に魔法防御もかけるとかなり消費が激しいのだが、ラングだけであればどうにかなる。イーグリステリアと戦った際は無我夢中で四人にそれを掛けていたのだから余裕だ。などと考えている場合ではない。


『ごめん俺が物理だけしか掛けてなかったから! そうだよね水に濡れたんだからいろいろ掛けておくべきだった! 落ち着いてねラング、わざとじゃない、わざとじゃないと思うんだ!』

『落ち着いている』

『じゃあまずお玉を置こう? お玉だけで人を殺せそうなんだよ今!』

『食材が』

『あとで洗ってキスクに食べさせようね!』


 ラングにしてみれば濡れたことよりも鍋をひっくり返されたことの方が問題らしい。ツカサはキスクを振り返り叫んだ。


「ジャガイモを拾って鍋に入れ直しておいて! 兄さんの装備を乾かしてくるから! あとでそれ洗って食べてもらうからね! 返事!」

「えっ、あ、はい」


 今目の前で起こったことに、起こした張本人が困惑しつつも頷く。ツカサはラングの腕を引いて無理矢理立たせ、キスクから距離を取った。昨日ぐっすりと寝ていたツカサが思うことではないだろうが、まったく、いつまでも話ができないままではないか。


 ラングの装備諸々を乾かして着直し、戻ればキスクは鍋を抱えて待っていた。自分がぶちまけた根菜はきちんと拾ったらしく、ツカサはその鍋から芋を崩れないように洗い、そっとキスクの器に山盛り入れて渡した。


「兄さん、食材の無駄は許さない人だから。理由はあってもやったのはキスクだから、責任もって食べて」

「はい」


 キスクは未だに心ここにあらずでもそりと芋を食べ始めた。ツカサはラングに食材を提供し、こちらは具材を増やしたスープが改めて作られた。静かな食事風景だった。一人は一つ一つ芋を指で持ち上げてもそもそ食べて、二人は温かいスープをスプーンで食す。アイテムバッグなどを持たないキスクには器やスプーン、フォークなどは旅の邪魔らしく、キスクが持っている器そのものも昨日ラングが貸したものらしい。旅人ならば荷物は軽い方がいいのだ。ただでさえ、この季節の旅は布が嵩張る。ツカサは自分の旅が空間収納のおかげで如何に楽であったかを痛感した。それに、旅の始まりからラングの快適なテントがあったことも大きかったのだと改めて思う。


 さて、食事が済んだところでハーブティーを手に、ようやく会話だ。すっかり内容が薄れてしまいそうだが、キスクの話した『【偽りの女神】に対し、戦力、協力者を求めている』という点、それから、ツカサの気づいたこと、ラングとの今後の方針についてだ。

 三人での認識に相違がないようにツカサが要点をまとめて紙に書き、声にした。ここでも教師としての経験が生き、いつだったかラングのしてくれたように必要な話題を書き記した。

 話したいことから先に


 大熊と牡鹿の件、黒いものについて

 キスクの話してくれた歴史と気づいた点について

 神子について

 この世界について

 今後の旅の方針について


 あとは思い出したことを補足しながら話すとしよう。


 大熊と牡鹿の件は、昨今黒く溶ける命と併せて話をした。あれら土地神と森の主が死んだ命を抱え込んで、命が黒いものに変わることを防いでいたこと、黒いものが人を、生きとし生けるものを襲わないようにしていてくれたこと。

 なぜそれを知っているのかというキスクの当然の疑問には、あれが初めてではなく、以前救った別の土地神からそうした話を聞いたからだと素直に答えた。実際、土地神なる大熊を見たこと、それがキスクに分かる言葉で牡鹿を叱りつけていたこともあり、辻褄が合ったらしく頷いていた。何事も目にすることで人の中では真実に変わるのだ。特に、この世界ではそうだろう。そうかもしれない、と考える思考は、外部から如何に情報を多く取り入れて自分の経験と想像力にできるかでも違う。正確性や信憑性はそこからさらに複雑な話になるので、一旦思考から置いておいた。


 それに付随し、キスクの話してくれた歴史についても話題を掘り起こした。理解はできなくて構わないが、この世界には命を(いざな)う神様がいないこと。その代わりに前述の土地神や守り神が頑張っていたこと。けれど、百年前の【女神戦争】でその負荷が上がり、恐らく、限界を迎えようとしていること。キスクは首を傾げつつも質問を重ね、目を回しながらも付いて来ていた。まぁ、知らなければそうだろう。

 ツカサは神とかかわりがあり、神を敵にし、そうした現象に多く触れているからこそ受け止められていることだ。ラングもまた、ツカサという不思議に触れたことで『そういうものもある』と受け止めていることが理解度を上げた。

 キスク自身は謎の声、恐らく精霊か、それを聞いて旅には出ているが、命がとか、それを誘う神がとか、わからない様子で何度もハーブティーを啜り、あっという間に空にしていた。よほど慣れていなければそれが普通の反応だ。

 とりあえず進んでくれと言われたのでお言葉に甘えて先に進んだ。


 神子について。これは想像の域を出ないのでラングとだけ話した。キスクは目の前で話される違う言語に飽きたのか諦めたのか、リュートを弾きながら待っていた。

 ツカサはこの神子がシュンではないかと言い、ラングは【理の神】の座を奪ったのではなかったのかと腕を組んだ。【理の神】の座を奪いながら、神子として人々から尊信を集め、ちやほやされる。王都マジェタからキフェルへの道中、女だけを連れて逃げていた姿を見たことから、そうしたことも戸惑わない奴だと思うと言えば、ラングは盛大な溜息をつき、あれもこれも贅沢な奴だと呟いた。ツカサはそうだねと苦笑を返した。ドルワフロのじいさまなる人に詳細を聞かねば確証はないが、もしそこでシュンと似通った人相を聞くことができれば気をつけるものは明確になる。


 そして、これは話すのを少し悩んだ。この世界についてだ。

 時の死神(トゥーンサーガ)のいない世界がどうなるのか、今じわじわと危機感を抱き、最悪の事態が脳裏を過ぎっている。とりあえず話してみろとラングに言われ、ツカサはぽつぽつと語りだした。

 還る場所を失った命が温もりを求めて別の命を襲い始めている。いずれこの世界はそうしたものに呑まれて消えていくのではないか。人は死を防ぐことはできない。死を隣人として生き、そしていつか迎える終わりだ。死を止めることができないのだから、いずれ生を上回って世界に蔓延するだろう。

 キスクは命が溶けることは知っていても、それが襲うなどと馬鹿なことを青い顔で責めてきた。それはきっと、キスクの住まう山の土地神が命を預かっているからまだ見ていないだけだと言えば、大熊のことを思い出したのか唇が結ばれた。

 そもそも、新しい命がどこから来るのかもツカサは知らない。ただ、思うのだ。この世界で命が腐り、黒く、成れの果てに変わっていく。そんな世界で新しい命がどんどん生まれるとしたら、逆に、生まれなければ、抱える器である世界から溢れるのも必定なのではないだろうか。

 手にした器に黒い絵の具を混ぜた水を注いでいけば、やがてそれは黒になり、器からは透明ではなく黒い水が零れていくだろう。その零れた命は、どこへ行くのか。全て想像の話だ。ツカサはそう締め括り沈黙した。


 森の音が遠い。まるで三人の沈黙を邪魔しないようにしているかのようだった。生きものの気配もするし、葉擦れの音だってそれなりに大きかったが、沈黙があまりにも重いせいだ。


「世界って、この国が終わるってことか?」


 キスクが呟き、ツカサは少しだけ説明に苦労した。世界がどういうものなのかすらキスクは知らないのだ。


「もっと大きくて広い。このゴルドラル大陸だけじゃなくて、もっと、遠くまで。それが壊れたらどこに居ても助からないと思う」


 キスクは膝の上で拳を握り締めて何かを耐えていた。命が黒く溶けることは知っている。作物の不作も、水が濁ることも知っているらしい。ラングは汲んできた水を濾してくれていたというが、今後は水の石を使えるので問題ないだろう。そういえば、浄化の宝珠が水を飲料水に変えられることを今はまだ知らないのか。それを話そうと口を開いたのと同じタイミングでキスクは言った。


「あんた、土地神様が抱えたものを無くせるんだろ?」

「無くすというよりは、引き受けるというか」

「ならドルワフロの山へ来てくれ」


 リュートを横に置いてキスクは両手を地面につき、ごつりと音を立てて額を打ち付けた。


「戦力が欲しいのもそうだが、死んだ者たちが黒く溶けて、消えていくのも俺は見てる。もしそれが土地神様が俺たちを守るためにしてくれているというのなら、助けて差し上げたい。それに、汚い物言いだが、土地神様の抱えたものが軽くなれば、また……命を……」


 大虎や大熊と同じだ。ツカサが引き受けてまた命を抱えられるようになった彼らは、再び死者の魂を集めに行った。人は生き残るために何かを利用する。それもまた悲しくも生まれ持った(さが)だな、と達観したことを思いながらツカサはキスクの頭頂部を眺めていた。


『今後の方針だが』


 ラングから切り出された話題に横を向いた。


『元より、東の山脈の向こうには行く予定だったはずだ。ちょうどいいことにこいつはドルワフロの若頭、恩を売っておけば後で利用できる。目的地らしい場所は禁足地だというが、そこへ案内をさせることもできるだろう』


 ツカサは未だ頭を地面につけ続けるキスクを見遣った。


『土地神には出会わなければ対応しなくていい。奴らもそれは縁であり運命だと言っているのだからな。戦線に参加する気も毛頭ないが、利用できるものは利用し、最後に私たちが立っていればそれでいい』


 単純に伝承の歌が、禁足地とやらが【精霊の道】であればキスクを置いて世界を脱することができる。そうでなくとも縁があれば出会い、救う土地神から話は聞ける。伝承に残るほどの場所ならば相手もまた大きいだろう。

 そうだね、覚悟を決めよう。


『行ってみようか。ドルワフロの山、俺たちの目的のために』


 大きな運命の歯車が一つ、また一つ噛み合うのを感じながら、ツカサは微笑んだ。


 

いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


きりしまのよもやま話。

担当さんから「短編書かないんですか?」と言われ、ご存じのとおり長編ばかりを書いていたので、書き方わからんぞ、ええい、ままよ、と半ばヤケクソ気味に一つ書きました。

「悪役令嬢ってなんなんだろうな」というきりしまの疑問を詰め込んだものではあったものの、シチューの描写に好評を得て、なんとまぁ10/5の異世界転生小説/恋愛(短編)で日間ランキング、まさかの4位という快挙。

付随して、既に1章を書き上げて置いておいたホラーが引っ張られて日間1位。

……よもやです。

美味しいシチューとハッピーエンドが見たい方は短編読み切りの【悪役令嬢、どこにいる?】をお楽しみいただけると思います。

ホラージャンルに興味ある方は【境怪異譚<さかえかいいたん>】をお楽しみいただけると思います。

……少しだけ【境怪異譚】について補足をすると、こちらは民俗学の観点から見る怪異という形で、伝承や言い伝え、慣習、風習といった部分でも推測や推察を入れています。不愛想ながら根は素直な男子大学生と、ヘビースモーカーでタバコがないと泣きたくなる民俗学准教授(女)が出てきます。あとそれなりに有能なおじさんが出てきます。

ご興味あれば覗いてみてください。併せてよろしくお願いします。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

1巻書影(気づけば2巻ももうすぐそこ。時間の速さにおののく。)

挿絵(By みてみん)

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