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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
459/465

2-30:リュート

いつもご覧いただきありがとうございます。


 揺れている感覚がした。呻けば揺れが止まり、意識を確かめるように持ち直されたのがわかる。


「起きた……」

「そうか」


 下ろされたたらを踏む。逆側から支えられ目を擦って確かめればキスクだった。周囲を見渡せば森の中、空は薄っすらと夕刻。懐中時計を確認して午後四時頃であることを把握してからラングを見た。


「牡鹿と熊はどうなったの?」

「大喧嘩してたな」


 キスクがリュートをさっと構えて朗々と歌い始めた。

 ――黒き穢れを祓われし聖なる獣 不思議な力を持ちし青年は……


「牡鹿、お前を利用した。大熊、気づいた。折る」


 ラングがさくりと事の顛末を話してくれ、ツカサは苦笑を浮かべた。

 土地神を救うために牡鹿は命を懸けたのだろうが、土地神からすればそれは大変に失礼なことだったようだ。もちろん、人に救われたことがではなく、人を利用するようなことがだ。キスクが興奮気味に補足してくれたところによると、大熊は出会いもまた運命であり、自身がたとえ黒いものに呑まれようと、己の消滅とともに命を消滅させること、それもまたこの世の理のなすことなのだと怒号を上げたそうだ。とはいえ、そうして声を上げられることもまたツカサとラング、そして牡鹿のおかげであり、片方の角だけで許したらしい。

 大熊は大虎のように真摯に詫び、そして礼を言い、けれどまだ集めなくてはならない命があるため、言葉少なに立ち去ったそうだ。牡鹿は片方の角を折られたものの、これでまた、と喜びの姿で軽快な蹄の音を立てて駆け去った。残されたのは昏倒したツカサを担ぐラングと状況に置いて行かれたキスクだった。

 言語力は上げたもののキスクと会話する気のないラングはツカサを背負って歩き始め、それを慌てて追いかけ、気まずい沈黙の中ここまで来たそうだ。


「話する、いつ」


 ラングは牡鹿と大熊の襲来前のことを話題に出した。そうだった、それも話さなくては。なんだか眠っている間にすごいものを見たような気がして眩暈がした。夢の内容はまったく覚えていないが、何かとても大事なもののような気がするのだ。前にもこういうことがあったような気がする。

 しかし頭が痛くて体が重い。重力に負けるように力の抜けたツカサの重さにキスクが心配の声を上げた。


「大丈夫か? あんたすごい顔色だぞ」

「いろいろあって疲れただけ、でも、ちょっと休みたいな」

『ラング、ごめん。もう少し休みたい、体が、きつい』


 ラングを見上げればキスクに支えられていた体を奪われる。少し開けた場所を探しに行くのだ。おい、動かすなよ、大丈夫か、と責めるようなキスクに場所を変えるだけだとツカサが答える。

 暫くして一応テントが出せそうな広さの場所を見つけ、ツカサは木の根元に置かれた。ロープを張って布をかけ天井をつくるラングの行動にここで休むのだと理解し、キスクはそれを手伝った。


「あんた、今、ロープをどこから出した? この布だって」


 キスクの言動からやはりこの世界にマジックボックスやバッグがないのだとわかる。なおさらツカサの空間収納など街で知られてはならないだろう。

 魔法もない、マジックアイテムもない、そんな世界でどうやって人々は生きているのか。それは当然、有るものを上手に使い、工夫を凝らしているのだ。ツカサのかつての故郷である地球でもファンタジーに憧れながら、だからこそなのか、化学は発展した。便利で快適、それを追い求める人の熱意が、これは何か、どういう原理なのかと謎の解明と知的好奇心があそこまでの発展に至ったというのは本当に驚くものがある。

 同様に、人は病や死に対しても抗ってきた。薬や手術、人を生かすための技術と知識。当然のように享受していたが、いったいどれだけの人々の努力とその結晶が積み重なっていたのだろう。

 不老不死、老いず、死なず。生命の水、賢者の石やホムンクルス、クローン技術。最終的に人が挑んだ生の限界、死の克服。人が人を創る禁忌はなぜ許されなかったのだろう。魔法ですら人の体を補うに留まり、新しい生命を創り出すことはできない。

 

 ――この世で何が一番すごいかと問われれば、俺は女と答える。人一人体内でつくれるなんて神の御業だ。

 

 魔法の師匠の声が聞こえた気がした。本当にそうだ、モニカも、エレナも、大変だ。あぁ、モニカ、会いたい。あの未来を失ってはならない。必ず取り戻す、守るんだ。ツカサは再び意識を手放した。


 ツカサが眠るように意識を手放したことに気づいたのはラングだった。首筋に指を当てて息があることを確認し、自身の荷物の中から布を取り出すと地面に敷き、そこに横たわらせる。周囲をぐるりと見渡して危険なものの気配、違和感がないことを確認し、キスクを振り返った。


「お前、薪、集める、行け」

「え、あぁ、薪を集めてこいって? わかった」


 協力するともしないとも答えをもらっていないキスクは、もはや流れでここまでついてきている。ただ、奇跡を見せられ、大熊との立ち回りを見て、どうしても協力を得たかった。となれば信頼を得るしかない。キスクは大人しく自前の暗いランタンを持って火打ち石で火を点けると、闇の深くなった森の中で木切れを拾い始めた。


「【不思議な力】を俺もあれほど自由自在に使えたらな」


 木を切り倒した鋭い何か、それをあっという間に薪に変える工夫。大熊を固めた氷はどこから出たのだろう。キスクは手のひらを眺めて苦笑を浮かべ、せっせと枝を拾い集めた。

 戻れば石で組まれた竈があり、向こうは向こうで集めたらしい枝が重ねられて既に火が起こっていた。この枝は火が消えないように追加に使われるのだろう。


「水、探す。お前、残る。……殺す」


 これから水を探しに行く。お前は残れ。弟を指差してからキスクに戻った指先、そして言った「殺す」は弟に何かおかしなことをしてみろ、殺すぞ、ということか。弟とは違い単語での会話が多く、キスクは違和感を覚えながらも小刻みに頷いた。ふん、と一つ鼻息を残してラングと呼ばれた兄の方が闇に溶けていった。森がさわさわほーほー夜の音を立て、焚火の炎が何度かぱちりと爆ぜてから緊張が緩んで深く息を吐いた。

 顔の見えない男に、本当に兄弟か? という疑問はあったが、体調不良の弟を気遣い、守るような姿勢を見せられ、確かに兄なのだろうと思った。護衛にしては少々礼儀がなさすぎるし、キスクを取り押さえた後の対応を見ても弟がある程度の抑止力を持っているように見えたのも理由だ。灰色のマントもきちんと掛け直され、弟、ツカサは何も心配していない様子ですぅすぅと寝息を零している。あれだけの【不思議な力】を扱う青年にしては随分と危機感がないというか、あまりにも子供らしい寝顔というか、キスクは調子が狂うのを感じた。ラングが戻って来るまで暇になったことに気づき、キスクはリュートの弦を弾いた。

 特に何か歌があるわけではない。気まぐれに弦を弾き、音に目を瞑る。左手で弦を押さえ右手で音を響かせ、高い旋律にメロディーを持たせる。低い音でそれを支え、ただ弾き続けた。深い雪の重み、冷たさ、高い山々の尾根、短い春に僅かに見せる緑の表情。山から歓喜を伝えるように降りてくる風の心地良さ。故郷を思い出しながらリュートを弾き続けていれば、いつの間にかラングが戻ってきていた。かたりと鍋が石組みの竈に置かれ、その音で指が変なところを弾いて音が止む。


「続けろ」


 端的ながら好意的な声だった。キスクは黒い仮面を驚いた顔で見遣り、小さく傾げられた首に表情を隠すように帽子を少し下げた。再びリュートを抱き直し、キスクは思う存分に曲を演奏した。

 リュートを弾いている間ラングは食事を作っていた。どこから出しているのか根菜を切って入れ、塩で味をつけただけのスープ。リュートの礼かキスクに差し出された器から立ち上る湯気が嬉しかった。


「ありがとう」

「かまわん」


 礼を言えばこちらも端的ながらきちんと返事がある。悪い奴じゃないんだろうなと思いスープを啜った。根菜の土旨さと塩の塩梅だけできちんとスープになっていた。じんと舌が熱に痺れ、思いきりごくりと音を立てて呑み込んだ。ざぁっと熱が流れ落ちていき、思ったよりも体が冷えていたことに気づいた。スプーンなどの食器は持ち歩かず、食事も干し肉を齧る旅だったのでこれは美味しかった。スープが減っていけば頭を出した根菜にようやく指が届いた。ほじるにはまだ熱く、まずはスープを全て飲むことにして視線を上げれば、ラングが弟に近寄り何かを確かめていた。首筋に手を当て、口元に手を置き、額を確かめる。耳の中に指を入れ、眠る瞼を少し持ち上げ、手首を掴む。さらには灰色のマントを剥ぐと胸の下あたりに手を置き、時折グッと力を入れているようだった。う、と小さな呻き声を上げるものの、ツカサは目を覚まさなかった。灰色のマントを戻してツカサを楽な姿勢に戻すと、ラングはゆっくりと自身の器を手に取った。


「何を見ている」


 一挙手一投足を見守ってしまっていたことに言われて気づき、キスクは目を逸らした。

 あぁ、兄弟なんだな、と勝手に納得したことは胸に秘め、この静かな夜の食事を味わうことにした。再びぱちりと爆ぜた炎が、なぜか柔らかく男の黒い仮面を照らしているように思えた。

 

 


いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

きりしまのよもやま話。

若干10月は毎年多忙でデスマーチになりがちです。そこに季節の移り変わりなんて来てくださいよ、体爆発しそうになるんです。なりませんか?

きりしまはなるんです。

そういう時のリラックス方法がいくつかあるのですが、そのうちの一つがランタンです。ただゆらゆらと揺らめくだけの小さな炎が、人間をリラックスさせるらしいのです。

人間の本能は、火によって生かされた記憶を忘れていないという話を聞いて、深く納得したことを思い出しました。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

1巻書影(ランタンは彼らの道も照らしてくれていたな)

挿絵(By みてみん)

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