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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
458/466

2-29:星々の瞬き

いつもご覧いただきありがとうございます。


 【異邦の旅人】よ、片鱗を集めよ。


 まるで何かの啓示のよう、いや、正しくそうなのだろう。この世界で何をすべきかを指し示され、課せられる。それを引き受ける、受けないはこちらの勝手ながら、どちらを選んでも、どうなるのかがわからない。何事も選択は覚悟の上でするものだ。ツカサはごくりと喉を鳴らした。


『【異邦の旅人】、大虎も言っていたな。異邦人だからだということだが、何か意味があるのか?』


 ツカサの様子から何かあると察せたのだろうラングに問われ、小さく頷いた。


『俺と兄さんが組んでたパーティ名が【異邦の旅人】なんだよ』

『なるほど、随分と限定されているな』


 うんと頷き、すぐにでもラングと詳細について相談をしたかったが、そういう時に限って邪魔が入るのはいったいなんなのだろう。

 ズキリ、左頬が痛み、ツカサはマフラーを持ち上げた。ラングは左頬をトントンと叩いて示してから双剣を抜く。ツカサが感ずるもの(フュレン)を抜けば、刀身が淡く暖色をまとい輝き始めていた。


「おい、それはいったいなんだ? どういう素材でできた剣だ?」


 鍛冶の一族らしい興味の惹かれ方に笑っている余裕はない。虫歯のようにズキン、ズキン、と血の巡りに合わせて鈍痛を繰り返す左頬に歯を食い縛ることもできず、口を開いた。


『あのクソ鹿』


 ッチ、と舌打ちとともに吐き捨てるラングに口が悪いと指摘する気力もない。頬の痛みが頭まで来ている。いつものようにドドド、バキバキ、メキメキと地鳴りのような音を立てて黒い何かがこちらを目指しているのだとわかった。先頭を逃げてきたのはあの牡鹿だ。


『お前を連れて行けなかったからと、自らをおとりにしてここまで連れてきたようだな』


 蹄の音を立ててきゅるりとつぶらな瞳でツカサの横に立ち、牡鹿はか弱そうな雰囲気を醸し出した。角が怖くて距離を取り、ツカサはラングの隣に並んだ。


『何が来ると思う?』

『さぁな』

「おい、おい! これなんだ!?」


 痛みにキスクの存在を忘れていた。ツカサはちらりと視線をやって言った。


「そこから動かないで。これから目にすることも秘密にして。でなきゃ殺さないといけなくなるから」


 兄さんがね、と既にキスクへ恐怖を植え付けている人を指す。効果は抜群だ、びくりと震え、キスクは何度も頷くとリュートを乙女のように抱きしめた。視線を前に戻し、ラングと同じタイミングで呼吸を入れる。思わずふっと笑ってしまい、小突かれた。集中しろと叱られ気を引き締める。木々の破片が飛び散ることを見越して魔法障壁を円形に張った瞬間、爆発するかのように眼前の森が消えた。

 グオォ、と血を吐きながら巨大な熊が咆哮を上げていた。


『また熊かぁ』


 サイダル、【赤壁のダンジョン】。ツカサにとって熊は様々な思い出のある生きものだ。ラングは悠然と双剣で右肩を叩き、その巨体を見上げていた。


『まだ間に合うのか? 手遅れか?』

『ギリギリ間に合う。だけど、意識混濁。大人しく刺されてはくれないかも』

『ならば死なない程度に斬るしかないな。お前、ファトアでガキ共を捕まえたのは使えるか?』

『氷魔法だね、十八番だ、任せて』


 よし、とラングが一言返し、呼吸をしながらゆらりと動いた。ツカサにはその動きが時々、きらりと輝くように見える。大熊は接敵するラングに血と唾液を飛ばしながら叫び、鋭い爪のついた腕を振り回した。ぐんと前に出てそれを躱し、ラングは大熊の足首を斬りつける。密集した毛と分厚い皮をどうやって斬り裂いているのか、魔法や水のショートソードでやりがちなツカサにはまだ掴み切れない技術だ。魔力を練り上げて大熊が腕を地面に置くタイミングを見計らう。するり、ぬるりと動くラングの動きは気配を消していないことから敵視(ヘイト)を稼いでもくれている。だが、大熊は痛みには呻くものの、眼前からラングが見えなくなると真っ直ぐにツカサへ足を向けた。


(いざな)うのが誰かは把握してるってことだね! アイス!』


 ツカサは左手を前に出して氷魔法を放った。一瞬のうちにあたり一面が氷漬けになる。キンと尖った音がして一拍の後、冷気がぶわりと吹き抜けた。氷の中大熊がそれでも動こうとギシギシ音を立てて抗う。ラングは軽い足取りでそれを駆け上がり、容赦なく氷のない大熊の背に向かって双剣を突き刺した。ぶわりと噴き出る黒いものたち。ギャッと悲鳴を上げたのは熊ではなくキスク。ツカサは感ずるもの(フュレン)を前に構えて誘いを口にした。


「旅人よ、今ひと時の安息の眠り、揺れる舟の揺り籠でその身を癒すがよい。水の流れは時の流れ、喉を潤し、渇きを癒し、焼けた骨の熱を冷ますだろう。その眼が、再び世界を見るその時まで、静かな水辺で旅人に微睡を与えん。おやすみ」


 風に吹かれるように黒いものが塵となって離れ、光の粒に変わる。それがラングの双剣の切っ先まで届けば噴き出る黒いものは輝きに変わり、大熊の背から光の道ができたように見えた。

 時間にして十分ほど。途中、さらに二回(いざな)いを繰り返して光を途切れさせなかった。大虎以上に時間が掛かった。命が多かったのはフォルマテオの街の周辺が管轄だからだろう。重量はないはずなのだが、ツカサは体がずっしりと重い気がして座り込んだ。剣を抜いてひらりと降り立ったラングがツカサの肩を叩き、労う。それを合図に氷を砕けば大熊は敷物の毛皮のようにだらりと地面に横たわったが、ぐぅ、と喉を鳴らし息があることはわかった。


「ラング、これ、あの大熊に飲ませられる?」


 コップに入れた癒しの泉エリアの水を差し出せば、ラングはそれを受け取り迷いなく大熊に近寄った。倒れ伏した熊とはいえ本来なら近づくのも怖いだろう。そんな恐怖を微塵も感じさせず、ラングは大熊の口端を引っ張ってバシャリとそれを思いきりぶちまけるようにして入れた。なんというか、何度目かわからないが、この年齢のラングは乱暴な所作があるなと思った。ぼんやりとラングが戻ってくるのを見つめていれば腕を引かれ立たされ、ぐいっと体の下にラングが入った。支えてくれるらしい。


「な、なぁ、これどういう」


 またもやすっかり存在を忘れ去られていたキスクが恐る恐る尋ねてきて、ツカサはあとで説明すると苦笑を返した。何度か瞬きを経て大熊が牙を見せながら欠伸をし、どこかで見たアニメーションのような動きでどすりと尻を地面に置き、テディベアのように座った。


「ううむ、ここはどこだ……?」


 渋くていい声だった。きょろりとあたりを見渡してこちらに気づくと、ほぅ、と感心したような音がした。牡鹿が進み出て優雅に角を下げ、それを眺めながらツカサはぷつりと意識が途絶えた。


 ――また気絶したな、これ、と冷静に考えたのは光すらない闇の中でだった。

 初めてセルクスから渡された力が発現し、左頬が痛んだ際に見た闇だろうか。音も何もなく、自分の息すらどこにあるのかわからない。ぽつんと立っているこの場所があまりにも寂しくて意味もなく歩き始めた。大虎の時は流れていく人々の時の欠片を受け取ったのに、今回はないのだろうか。


「誰か、いないの?」


 声すら響かない。まるで狭い空間に閉じ込められたかのようで、急に息が苦しくなった。吸っても吸っても酸素が肺に入らず、頭がズキズキと痛んで思わず蹲った。

 ぴちょん、と水音がした。


【ゆっくり、息を吸うがいい】


 誰かの声がした。その吸いたい息がどこにもないのだ。徐々に呼吸ができなくなって、脂汗が流れ始める。


【眼を開け。よく視よ。汝の眼ならば視える】


 眼、【鑑定眼】のことだろうか。ツカサは霞む視界をどうにか覗いた。じわ、と酸欠から滲んだ視界にぼんやりと光が差した。その光に救いを求めて手を伸ばし、掴むように触れた。

 途端、柔らかな風が闇を払うように吹き抜けた。思わず尻もちをついて手のひらで目を庇った。息が吸えた。満ち満ちた新鮮な酸素がたまらなく美味しい。何度か息を吸って自身の生命活動を落ち着かせてからツカサは顔を上げた。

 先ほどまで居た闇が嘘のように眩い空間だった。星が輝き、瞬き、黒と青と緑に散りばめられた幾重にも重なる深い海の中、星明りがまるで真昼のような明るさを与えていた。通り過ぎて行く星々。流れていく何か。ツカサはここに来たことがあるような気がした。視界に違和感を覚え、手のひらで自分の右眼を覆い、左眼を覆い、これが見えているのは右眼だけであると気づく。

 何度か首を巡らせていれば目の前に真っ黒なローブのようなものがあった。なぜ今までその存在を、この空間を忘れていたのだろう。ここは全ての理の神(クリアヴァクス)と出会った場所だ。


「なんで、俺、ここに」


 答えがあるかは別として、思わず疑問を口にしてしまった。真っ黒なローブの人物は相変わらず顔は見えないし考えていることもわからない。だが、ゆっくりと、人と同じ形の両手を差し出してきた。よくわからないものを渡されたのと同じようにツカサの両腕は強制的に何かを受け止める形を取った。ぽちゃりと渡されたのは熱くてねっとりとした何か。あの時は無数の手が生えてピチピチしていて、ツカサの腕を登るくらい()()がよかったのに、これはぐったりと横たわるようだった。そっと、ツカサの手のひらに身を寄せて少しでも熱を冷まそうとする様に涙が零れた。もう、死ぬのだとなぜかわかる。ぐぅっと胸の奥からせり上がってくる焦燥と申し訳なさ。謝ったところで意味をなさないだろうにツカサはごめん、ごめん、と言葉が口から零れ落ちた。

 胸に抱くようにしていたそれは細い糸のようなものを伸ばし、ツカサの涙を拭い、微笑んでいるようだった。


【救えなかった】


 ツカサはハッと顔を上げた。ツカサの想いが彼の神に直接伝わるように、今この頬を伝うものが彼の神のものなのではないかと気づいた。


【どうすれば逃れられる、どうすれば救うことができる。失敗だが、失敗作だが、惜しいと思う気持ちを、その理由を私は知りたい】


 再び問われたその言葉に、ツカサは答えを知っているような気がした。それを思い浮かべ言葉にする前に、黒いローブの人物はもう一つを腕に抱いて差し出してきた。


「セルクス!」


 藍色の瞳は瞼に隠れたままぐったりと落ちた腕、一切の力が入っていない体に、息があるかどうかもわからない。ただ、差し出されたのでツカサは蠢く熱くて黒いものをそっと灰色のマントの襟に落ちないように置いて、セルクスを受け取った。そうするとセルクスの体は光の粒に変わり、ツカサの内側へと入っていく。困惑を浮かべて顔を上げれば至近距離に黒いローブがあって変な声が出た。


【任せた】


 何を、と問う前にツカサは自分の体が浮いたことに悲鳴を上げ、襟元にあった熱くて黒い塊を胸に抱き直した。凄まじい速さで空間が遠のいていく。こちらを見上げていたクリアヴァクスが闇の中で背を向けたのはわかった。


「待って! 任せたってなに!? セルクスは、これはいったいなんなの!?」


 クリアヴァクス! と叫んだ声は暗闇に放り出されてどこかに消えていった。

 


いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

ものは試しで深夜1時更新。

投稿予約です、きりしまは寝ています。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

1巻書影(挿絵だけ永遠に見ていられる)

挿絵(By みてみん)

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