2-25:フォルマテオの街 相談
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フォルマテオの街での情報収集はとても有意義だった。
【理の女神様】がこの場所、特に、国教どころか国を治めているそのものだと知れたのは認識を改められて助かった。
皆が皆この国へ来るのは【理の女神様】の宗主国だからだそうだ。よくわからなかったので詳しく聞いたところ、ゴルドラル大陸は【理の女神様】の大陸で、この大陸にある多くの国はここフォートルアレワシェナ聖教国の従属国だという。昔大きな戦争があり、それを制したのが宗教ということは、宗教戦争でもあったのだろうか。フォートルアレワシェナ聖教国の名のいずれかが、【理の女神様】の名前だったのだろうか。
民間信仰のマナリテル教や、スカイの国教であるミヴィスト教のような感覚でいたら、どこかで不敬罪として追われる身になっていたかもしれない。ただでさえラングは宗教に対して態度が悪いので要注意だ。気をつけるように言えば、ッチ、と舌打ちが返ってきた。不安でしかない。
加えて、このフォルマテオの街、かなり大きいので王都だと思っていたら、この近辺を取りまとめる支部というだけで本部ではなかった。ジュマやジェキアを抱えていたヴァロキアのように、フォートルアレワシェナ聖教国を四分割して治めている形らしい。本部、わかりやすく言えば王都はフォートルアレワシェナ聖教国の中心部にあるそうだ。持っている地図が四分割された一部であったと知れたのは大きい収穫だ。
フォルマテオの街は王都のようなもの、地図はこの国の地図だと言われていたが、まさか売った側もそうした基本的なことをツカサたちが知らないとは思わなかったのだろう。無知というのは恐ろしい。
得た情報により理解を上書きしていきながら、不思議な伝承などについても興味があり吟遊詩人の歌を聞くのが好きなのだといえば、その場にいた吟遊詩人が金を払うならいいぞ、と胸を叩いた。ラングが金を握らせればご機嫌な声で披露してくれた。
歌によると、四か所、伝説の場所があるらしい。東の水、西の炎、北の土、南の風。その時点でツカサは当たりを引いたと思った。
東に水の美しい滝つぼがある。西に燃えたぎる炎の川がある。北に大地の輝きを知れる洞窟がある。南に風が吹きすさび人の通れない谷がある。
滝つぼは辿り着いた者に癒しを。炎の川は折れぬ心を。大地はその身を守る術を。風は世界を知る知恵を授けてくれるだろう。
けれどそれは禁足地。人の立ち入りは許されぬ。
力を求める者よ立ち去れ。救いを求める者よ目を瞑り平伏せ。
死を恐れぬ者だけが轍を残して進むがよい。
死を越えた者だけが、輝きを手にするだろう。
突然歌い始めた吟遊詩人の音に惹かれ、人々は大道芸が始まったと思ったらしい。いつの間にか人だかりができていた。そのまま各々が芸を見せ始めたので話は自然と切り上げられた。周りが様々な芸を披露する中、佇む二人にも視線が集まる。
『なんかやる?』
『多少路銀を稼いでおくか』
ラングは小さく息を吐き、双剣を手にした。奇抜な格好の異質な男が突然武器を抜けば周囲が困惑のざわめきを起こした。それを一切気にも留めず、ラングがシールドを揺らす。
『腰の剣を抜け。お前の武器は派手で、見目がいい。そういうものだと思われるだろう』
『わかった』
『ゆっくりでいい、お前が習った剣技を見せてみろ。私が合わせる』
技術の確認を同時に済ませるということか。ツカサは灰色のマントをわざとらしく払い、水のショートソードと感ずるものを抜いて、さっと構えた。ラングはシールドをこてりと揺らし、靴底を敢えて鳴らしてリズムを取った。
コツ、コツ、コツ、とん。コツ、コツ、コツ、とん。
ツカサがそれに合わせて首を揺らし始めると、ラングは次に右の双剣で肩を叩き、左の双剣の切っ先で八の字を描き始めた。ツカサは同じように水のショートソードと感ずるものを揺らし、ラングがシールドを揺らしたタイミングで軽く駆け寄り、教わった剣技を披露した。
右から軽く振り抜き、返す手首に合わせて左に持った水のショートソードも振り抜く。左手を先に戻して一拍おいて右を追わせる。そのまま一回転、大きく振り抜く。
ツカサの一連の動作を確認した後、二周目からラングも同じ動作を返してくる。すれ違うすれすれ、タイミングは合っている。長さの違う得物を持つ相手に対しそれができることにツカサは驚いた。いや、知っている技術だと確認ができればこそ、ラングには同じ剣技を返すだけでいいのだ。双剣だけではなく他の得物も知る人だ、応用は容易だろう。
それを繰り返していれば、いつからか緑のマントと灰色のマントが円を描くようになってきた。ラングはすれすれで刃をすれ違わせていたものを、シャリン、スリン、と金属の滑る音を立てさせるようにツカサのショートソードを撫でていく。タッ、トッ、トン、タッ、とラングの靴底がリズムを奏で、人々がそれに合わせて手拍子を入れる。音楽が合わさる。徐々に、徐々に速さが上がる。ツカサは流れる刃の白さだけが緑のキャンバスに線を描き残すような、不思議な絵画を見た。
とん、と体に振動を覚え、たたらを踏む。腰から背にかけて腕が差し込まれていて、仰け反る形で空を仰いでいた。
『集中力はいいが、少々深みにはまりやすい性質だな』
視界に黒いシールドが入り込んできて、ツカサは目を瞬かせた。逡巡、ラングがツカサの剣戟を掻い潜り、その体を押して剣舞を終わらせたのだと気づいた。ぐっと背を押され腹筋を使い体を戻し、ツカサは周囲を見渡した。わぁっ、と人々が拍手喝采でこちらを褒め称えていた。ラングは双剣を収めると手を胸に当て、深く、優雅に礼を取った。ツカサも慌ててそれに続けばさらに拍手が大きくなった。
ラングは布を一枚地面に広げた。そこに人々が硬貨を投げていく。詩吟を奏でていた吟遊詩人も伴奏をしていたらしく、ちゃっかり帽子に硬貨を受けて稼ぎを得ており、ツカサと目が合うとにんまりと笑っていた。
同じような剣舞を見せていた者はラングにその剣舞を教えてくれと頼み込んでいたが、相手にされておらず、ツカサは兄が人見知りであり、頑固なことを伝えてその人を宥めたりと忙しかった。
半月形銅貨、満月形銅貨がジャラジャラと手に入った。一つ一つの額は小さくともこれだけ集まれば大金だ。ツカサは布から飛び出したものも拾い集め、この世界での初めての大きな稼ぎににっこりと笑った。かつて、リガーヴァルで稼いだ最初の大金はスキルで稼いだものだ。自分が磨いた技術でこうして稼げたことが嬉しかった。もちろん、そこにはラングという大きな利点もあるが、ツカサがその一端を担ったことには間違いない。ツカサはぐっと胸を張った。
広場を後にしてラングと情報共有を行った。屋台もなく、忙しなく歩き回る人々の隙間を抜けながら剣舞をする前までの話と吟遊詩人の歌を伝える。お互いに話したいことがあり、長くなりそうなので宿に戻ることにした。
出迎えた宿の主に大道芸で稼いだことなどを意気揚々と伝え、自分たちが何をしてきたのかを暗に知らせる。冒険者が依頼を請けずに何をしているのか、怪しさ満点だっただろう。少しでも相手の疑問を解消させておくことは変な勘繰りを受けずに済むとラングは言った。
食事も済ませてきたのでゆっくりする、とツカサは軽く手を振って二階へ。部屋に入り鍵を閉め、いつものように防音魔法障壁を張ってラングとテーブルに着いた。
吟遊詩人の歌を手記に書き出し、今日会話で出た単語を教え、情報共有が終わったのは日もすっかり落ちて暗くなってからだ。時折、廊下の外を店主が明かりを入れに来たり、泊り客が歩いたりと息を潜めてしまった。音は漏れないが明かりは漏れるのでドアの下の隙間を隠すように毛皮を置いた。
一通りの共有作業が終わり、ラングは腕を組んだ。
『【精霊の道】らしき伝承が見つかったのはいいが、あまりにも範囲が広い。もう少し絞りたいところだ』
『だよね、この東西南北がどこから見ての東西南北なのか、っていうのがね。馬もないし、走り続けてもいいけど、目星は無いときついかも。この大陸だっていう保証もないしなぁ』
地図は四分の一であり、まだ四分の三があるこの国ですらそれなりに大きい。乗合馬車のようなものも昨今の状況もありほとんどが廃止されてる。冒険者という職業がもっと流行っていたのならきっと、潰れなかっただろう。では商人の護衛で進むかといえば、それはツカサたちにしてみれば足が遅く、危険が増す行為だった。
各地の作法を知らぬ身としては商人の護衛がいいとはわかっているが、いろいろと情報を仕入れるにしても単独行動を取れる方が身軽で、何よりも気が乗らなかった。
何が嫌なのだと言われれば、風呂に入れないのが嫌なのだ。土魔法で風呂を創り、たっぷりの湯を用意して体を洗い、温める。その贅沢を知る体が温めた布で拭うだけの生活に耐えられない。こちとら風呂好きが高じてダンジョンを創ったほどなのだ、わかってほしい。
ラングとしても言葉が未だ不自由な中、商人の細かい指示を逐一ツカサに通訳してもらって対応するのは面倒らしく、風呂は置いておいても商人の護衛はしない方向で進んだ。
ラングは唸るツカサを暫く眺め続け、腕を解いた。
『調査は続けるが、多少、思うままに動いてもいいのではないか?』
『というと?』
『東の雪国が気になるのだろう?』
東の山脈、ドルワフロの掘った洞窟の穴。ツカサの声色が明るかったことをしっかりと把握されているらしい。
『でも、ハズレだったら時間の無駄だよ?』
『目的地は決まっている。だが、時間が限られているとは聞いていない。……私自身、帰りが遅くなったとして、リーマスが心配することもないだろうしな』
セルクスは焦ることはないとも言った。それが帰るまでの時間のことなのか、ツカサの心情に対してなのかは定かではない。ただ。ちらり。ツカサはこちらを見ている黒いシールドを上目遣いに見遣った。
ラングと旅はしたい。今回もまた帰るという目的はあれど、帰ったらどうなるのかという不安もあれど、今しか経験できない何かも確かに存在するのだ。ドルワフロという鍛冶の一族も気に掛かる。もしそれがドワーフならば会ってみたい。ツカサはもぞりと尻の位置を直し、ラングに向き直った。
『ええと、そしたら、東の山脈の位置を調べようか。ドルワフロの掘った洞窟、山脈を抜ける道を』
『いいだろう』
ツカサは嬉しくなってにやける顔を隠すようにコップを傾けた。
『雪、降るみたいだからあったかい格好しなくちゃね。ラング、長い旅をするつもりなくて、装備が足りないだろうし』
『そうだな、そこだけは頭が痛い』
『嫌でなければ俺が荷物を預かるからさ、気にしないで準備進めよう』
ラングはその言葉に小さく肩を竦めた。
『……動くロストアイテム』
『そこは素直に、ありがとう、頼りになる、って言えないもん?』
『ありがとう、頼りになる』
これで本心なのだから厄介だよな、とツカサはコップの縁を噛んだ。