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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
451/469

2-22:フォルマテオの街 潜入

いつもご覧いただきありがとうございます。


 言語が不得意である。ならばどう情報を集めればよいか。わかる単語を聞き、動きと物を見ることだ。


 ざわざわと様々な音の飛び交う組合での情報収集は言語に明るい青年に任せ、ラングはするりとその場を離れると目的の場所を目指した。裏へ、裏へ、さらに裏通りへ向かって、人けが消えたところでマントを外し、シールドとフードも外した。袖で切り込みの入っている長衣も案外目立つ。さっと脱いで収納のポシェットに入れ、胸当ての見える軽装になる。そこに茶色のフード付きのマントを目深く羽織れば雰囲気ががらりと変わるのだ。

 装備を変えて人混みまで戻り街の中、天へ腕を伸ばすように高いトンガリ屋根の建物まで辿り着いた。街娘、子を連れた親、全財産を背負った旅人たちの出入りが多く、そこに混ざった男を気にする者はいない。

 扉を潜ればまずは広い敷地に入れる。真正面に大聖堂が出迎え、吸い込まれるようにして入っていく人々と共にそこへ潜り込んだ。大聖堂はステンドグラスを通して赤、青、黄色、水色、彩色が降り注いでいる。人が居ることで少し蒸しており、歩き回る足で埃が舞い、差し込む明かりでそれがゆらゆらと揺れていた。多くの者たちが椅子に座り献身的な祈りを捧げており、祭壇へは長蛇の列ができていた。身廊、椅子の並んだところ、後ろの空いている席に腰掛け、周囲の者と同じ祈りを捧げるようにして紛れ込み、行き交う人々を観察した。

 各所から様々な声が聞こえる。時折男にも理解できる単語も混ざっており、助けて、救いを、死にたくない、など不穏なものばかりだ。祭壇では教徒が何か祈りを捧げ、それを受けた人々は腰を深く折り礼をしてからそこを退く。出ていく者、そのまま椅子に座り祈りを捧げ始める者、教徒に促され側廊にある別室へ向かう者もいる。男の隣に腰掛けた見知らぬ誰かが何か声を掛けてきた。


「あんたも祈りー来たーーー? 旅人ーー? どこーー来たーー?」


 ざっと聞き取ったところ、どこから来たのかを問われたのだろう。男は端的に答えた。


「ファトア」

「ファトアか。最近ーーーーーー魔物ーーーー動いてーーーーーー? ーーーー不安ー話ーーーーーーー。俺ー商人をーーーーーー、ーーーーーーーーーーー食料がーーーーーーーーーー。ーーー野菜ーーー、飽きーーーー」


 単語は最近、魔物、動く、不安、商人、食料、野菜ばかり、飽きる、を聞き取れた。

 だいたいの意味を理解し、全体の意味合いに自信はないが、男はそれらしいことを返した。


「そうだな」

「あんたもーー思うーー? ーーーーーーーー話、教会ーー守護騎士(パラディン)がーーーーーー。ほら、最近ーーことが多いーーー?」


 守護騎士(パラディン)、という単語に通り過ぎる人々がちらりとこちらを見ているのがわかった。教会、守護騎士(パラディン)、つまりあの白いマントの連中は教会に属するのだろう。べらべらと喋り続ける商人らしき男は徐々に声も大きくなってきていたので、離れた方がよさそうだ。

 茶色のマントの男は祈りを(サンメル)と言い、話を終わらせて立ち上がった。後ろで何かを言っている商人を振り返ることなく男は大聖堂を後にした。

 敷地内は聖職者らしい格好の教徒が行き交い、あちらこちらで人の目がある。足を止め大聖堂を振り返る。わかりやすい祈りの場として、信徒のための大聖堂がまずあって、奥には関係者だけが入れる本堂があるのだ。門から敷き詰められた石畳をはずれてうろつけば即座に声を掛けられてしまうだろう。ならば、人目が多いことを逆手に取って一つ策を講じよう。

 男は石畳の上でふらつき、よろり、よろりと体を揺らし、教徒の前でこれ見よがしに倒れてみせた。


「大丈夫ですか!?」


 列の人々もきゃあ、おい、と声を上げて足を止め、心配そうにこちらを眺めてくる。男は呻き声を上げ、胸を押さえ、自分の肩に手を置いた教徒の手を握り返した。人目を集める重圧もあり、教徒が選べる手段は救済の一手のみだ。


「ーーーーーーーー? さぁ、こちらへ、少し休んでーーーーーよいでしょう」


 支えられ、ゆっくりと立ち上がり、男は肩を借りて別の建物へまんまと入り込んでみせた。

 教徒が住まう建物は重厚だが冷たい石造りだった。仮眠室か、医務室か、木製の寝台が並ぶ部屋へ案内され、そっとそこに座らされた。


「今、お水をーーーーーーーーー。頼む、ーーーーーーー」


 男を運んできた教徒が別の者に声を掛け、この部屋に二人きりになった。そっと顔を覗き込んで顔色を確認しようとした教徒の両頬へ手を伸ばし、ぷつりと首に針を刺す。小さな悲鳴を上げ首を押さえて飛び退いた教徒へ素早く接敵し、胸倉を掴んで捻り上げ、壁へ押し付けた。腰のポシェットから一つの小瓶を取り出すと無理矢理飲ませ、顎を上向かせて流し込む。


『死にはしない、少し眠るだけだ』


 バタバタと暴れる教徒の動きが鈍くなっていく。吸収されるまでに少し時間が掛かるのが玉に瑕だが、()()であれば長く自由を奪え、意識が混濁するので起きた後も覚えていることが少ない。胸倉を掴んで斜め上に持ち上げ、教徒の鎖骨をしっかりと押さえたまま逆の手を回して首の後ろを摘まんだ。少しの間をおいて教徒がかくりと落ちたのを確認し、男はその体を椅子へ運んで机に突っ伏させた。先ほど男を運び込むのを見た教徒もいたので、ベッドには満月形(プレヌ)銀貨を一枚置いて、立ち去る礼とした。

 くるりと周囲を見渡し、天井を見遣る。梁は確認できるがその上の空間はかなり高く広い。薄暗さはちょうどいい。男はすーはー、と息を入れ、壁を二歩で駆け上がり梁へ跳び、その上に立った。ふわ、と埃が舞い口元を押さえる。もう少し暗い所へ行きたかったので音もなく梁の上を行き、飛び移り、登り、下から見ればただの闇である場所に腰を落ち着けた。

 そうした頃、水差しを持った教徒が戻ってきた。先ほど運び込んだ男が居ないことに周囲を見渡し、満月形(プレヌ)銀貨を見つけると溜息をついていた。自分の労力が無駄になったと言いたげだ。それから机に突っ伏している仲間の肩を揺すり、起きないのを確認すると毛布を掛けてやっていた。優しいことだ。水差しを置いて教徒が立ち去ればここからは行動ができる。男は通気口として確保されている隙間を見つけると、そこにごそりと潜り込んだ。

 辿り着いた居住区らしい廊下は明るかった。蝋燭をあまり使わず、日の出入りで生活をするためか光をよく取り込む造りになっている。隠れる場所が少なく厄介ではあるが、夜は有利だろう。今のうちに構造の把握だけはしておきたい。人の気配がないことを確認し、ひょこりと顔を出した。

 さて、教会であるのならばどこを見るべきか。隠し部屋か、拷問部屋か、偉そうな奴の私室に限る。大聖堂には一般の教徒が多く、偉そうな格好をした者はいなかった。誰か通るといいが、と通気口の中で座って待っていれば、教徒を二人引き連れた白いマントの男がブーツを鳴らしながら颯爽と歩いてきた。あのマントは守護騎士(パラディン)というやつだ。すぅ、と気配を消し、音に気をつけてその行く先を目で追った。白いマントの男は後ろを追従する教徒に何やら文句を言っており、叱られた教徒は肩を竦め、怯えた表情でそちらを見ていた。


「ーーーーーーーーーーー、死者が歩くーー溶けるーー、ーーーーーーーーーーーーーー!? ーーー土葬ー疫病ーーーーー、ーーーーーーーーーーーー! 火葬ー弔えばーーーー!」

「ーーー、サハル様、ーーーー魔物ーーーーーーーーーーーー……!」

「ーーールシリュたちが討伐にーーーーー、異端者ーーーーー。お前たちはーー信じてーーーーーー。我らが女神様をな!」


 土葬、疫病、という単語からして、事態を正しく把握はしていないと見ていいだろう。もしくは把握をしていても末端の教徒には説明を伏せているかだ。ガミガミと怒鳴っている男はサハルというらしい。ジュールですれ違った四人のうちの誰かがルシリュ。男は通気口から目深く被ったフードを僅かに持ち上げ、そうっとサハルという男を覗き込んだ。うん? とサハルはぐるりと振り返った。ドキリとしたが、廊下を走ってくる教徒が居たのでその音で振り返ったらしい。


「何をーーーーー」

「申し訳ありません。ーー伝えたいことがありまして……! ーーを見たーーー者がおりまして!」

「ーーーー!? どこでだ!」

「フォルマテオの街ーーーーーーー森ー空ーーーーー! 商人ーーーーーーーーーーー!」


 白いマントの男、サハルを筆頭に廊下を走り去っていく。その音に釣られて遠くで皆がそちらへ集まっていく気配がした。

 今しかない。男は通気口から身を乗り出し、柱の装飾を足場に選んだ。廊下を走る音は響くことがあるので、こちらの方が接地面が少ないゆえの判断だ。足場から足場へ素早く渡り、振り返ることもなく白いマントが最初に向かおうとしていた方へ走った。

 二階へ上がる階段を見つけてから廊下へようやく降りて、三歩で駆け上がる。二階の廊下には人が居ない。燭台もあるのでここだけは夜も明かりが灯されるらしい。恐らく基本的には立ち入り禁止、身分の高い役職の者しか入れないのだろう。

 最奥の突き当りの重厚な扉へ滑るように駆け寄ると、中に人が居ないことを確認、針金を取り出して鍵穴へ差し込んだ。鍵が固いので針金から細い鉄製の棒に持ち替え、いくつかの手順でそれを開いた。キィ、と思ったより静かな音で扉が開き、するりと入り込む。

 後ろ手に鍵を閉め直しながら部屋を観察した。質素だがある意味豪奢。置いてあるものは少ないが、しっかりと金と職人の腕が振るわれている調度品だった。重そうな机と深く座り込める椅子。その机の上にいくつかの封書があった。羊皮紙だ。封の解かれている一枚をするりと開けば何か指令書なのだろうか、押印が押してあった。書いてあることはわからないが、指令書であれば何かが書かれているはずだ。男は置いてあった赤ワインを倒して羊皮紙にかけて濡らした。羊皮紙が水分を含んで少しだけ歪むのを確認し、その上にツカサから貰っていた紙を被せた。手の側面でさっと押し付ければインクが滲み、転写されていく。多少歪んではいるが読めなくはない。それを慎重に剥がして文字を移すとそれ以上滲まないように別の紙に挟んで腰のポシェットに仕舞い込んだ。

 部屋を見渡し、他に気になる点がないかを探す。壁に貼られた地図に目が留まった。フォルマテオの街を中心に、先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)を北の最果てとして描かれている。黒いピンがいくつも刺されていてその位置が気になった。男は持っていた地図に同じように印をつけ、くるりと閉じた。なんとなくの距離感ではあるが、先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)の傍の大木。廃村。その先の名もない町。ジュール、ファトアとその近隣のいくつかのピン。大虎の背に乗って移動した距離感は掴み切れていないが、ピンの場所からして魔物の主やエントゥケのような土地神の居場所を探っているように思えた。ただの直感だ。けれど可能性として考えておくのはありだろう。


『碌なピンではなさそうだ』


 これも持ち帰りツカサと相談したいと思った。

 地図を収納のポシェットに仕舞い込んだところで、遠くからバタバタと足音がした。男は窓へ近づいた。窓の外は水路がある。それがどこか別の水路に繋がっているといい。かたりと窓を開け外に出ると器用に閉め直し、迷いなく、ふっとその身を投げ出した。時折壁に短剣を引っ掛けて勢いを殺し、最後に壁を蹴って水にとぽんと落ちる。水の中を見渡せば魚が通っている道があった。迷うことなくその水路を進み続ければ、水の流れに押されたこともあり、息が苦しくなる前に市街地の少し離れたところに顔を出すことができた。びしょ濡れの茶色いマントを外し、絞り、仕舞う。いつもの長衣を着て、その上に緑のマントとフードとシールドを着ける。中はまだ水が滴っているが、これでパッと見、濡れているとは思われないだろう。よくよく見れば足跡の残ってしまうブーツだけは早く乾かしたい。

 さて、ツカサと合流をするか。ラングは水路のある路地裏から出てツカサを探すつもりだった。だが、見知った気配を感じ、そこから怒気を感じ、ラングは小さく息を吐いた。わかっていて路地裏から出れば仁王立ちしたツカサが待ち構えていた。

 腕を組んで不機嫌に眉間に皺を寄せ、ツカサは口を開いて文句を言おうとしていたが、ラングの足元が濡れていることに気づき、ぎゅっと下唇を噛んで一度言葉を呑み込んだ。


『……いろいろ言いたいことはあるけど、先に宿に戻ろうか。乾かすから』

『……助かる』


 宿に戻るまでの間、食料品店で迷惑にならない程度の食材を買い込み、夕食に持ち帰りを頼み、それ以外は互いに無言のまま宿へ戻った。

 店主はちょうど湯を沸かして部屋に運ぶところだったらしく、黙々とツカサとラングも手伝い木桶の半分に温かな湯が張った。ツカサはにこにこ礼を言って店主を見送り、扉を閉めて鍵を掛け、防音魔法障壁を張ってから叫んだ。


『何するのか先に言ってからやって!? 突然いなくなるのやめて!? 追えるけど、追えるけどさ! 移動先がわかって真っ青になったんだからね!』


 ツカサがすごい剣幕で言うので少し呆気にとられ、ラングはぽつりと言った。


『すまない』

『今度そういうことしたら、俺も潜入しに行くからね。絶対失敗するからね、覚悟しておいてよ!』


 それは脅し文句なのかと思いながら、ラングはもう一度すまないと言い、マントを脱いだ。


 


いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


腱鞘炎、腕のごりごりするところを揉み解したり、肘を掴んで後ろに引っ張ったりとストレッチ多めにしてみたら、大変楽になりました。キーボードも柔らかいものに変えました。高かったです。

もちろんタイピングはソフトタッチ、おかげで話数が貯まります。

在庫の中には2話出した方が落ち着くものもあると思うので、その時は2話ありますと書いておこうと思います。


さて、よもやま話。

リーマスの話を少しずつ書いているのですが、どこまで書けたら投稿しようか悩んでいます。

ラングが出てくるまで書いてからじわじわ投稿するか、もう今の段階で出すか……。

悩ましい……。どちらにせよ鈍足です。書きたいものが多すぎて体が足りない、そんなことがあるんですねぇ……。

それはそうと、2巻以降の続刊のために、書籍を御手に取っていただきたいのと、イラスト見てほしいので画像は貼っていくことにします。

書籍、後悔はさせないボリュームになっていますので、ぜひ、よろしくお願いします。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

1巻書影

挿絵(By みてみん)

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