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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
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2-21:フォルマテオの街 情報収集

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ここでも有難いことに小部屋がついていて水を使える部屋があった。この世界、大きな木の桶に人力で湯を運んで入る風呂が一般的らしい。部屋に運んでもらえるだけマシだがそれなりに高い。リガーヴァルでは魔石湯などがあったのでここまで不便ではなかった。ツカサは魔法を使えるので困らないが、ある程度の期間宿に滞在するのであれば、三日に一度は料金を支払い、湯をもらった方が誤魔化せるような気がした。ラングに言えば同じ考えだと返答があった。


『湯をもらわない客は部屋を汚す。そういうのは宿に嫌われる』

『やっぱり、そうだよね。俺たちは毎日入れるけど、一応明日の夜はお湯を頼もうか』

『そうしよう。それから、人前で魔法を使わないようにしろ』


 言われ、ツカサは一先ず頷いてから首を傾げた。ラングは声を潜めて言った。


『お前以外に魔法を扱う者を見ない』


 確かに、とツカサは腕を組んだ。魔法が扱えるのならばここに至るまでにもっと世界は明るく、便利だったはずだ。足元が見えなくてラングのマントを掴み続ける必要もなかった。今のマントはリーマスから譲り受けた謀略のマントほどの質はなく、少し重く、伸縮性も少なく、引っ張ると伸びないのでラングに負担を掛けていそうなのだ。ふらりとどこかに行ってしまうラングを掴まえているにはいいだろうが、自分の片手がそれで埋まるというのも不便だ。片手に剣、片手に魔法。それが一番安定する。剣を杖代わりにして魔法を使ってもいいが、グローブを着けないのと理由は同じだ。

 太陽が落ちて暗くなると人々は出歩かず、酒場の周辺だけがなんとなくざわめいている。あの辺りに飯処があるだろうとあたりをつけて振り返れば、ラングはするりとマントを外し体を休める準備を始めていてツカサは目を瞬いた。


『ご飯、食べにいかないの?』

『明かりがないんだ。あまりにも暗すぎる。今から食べに出るのは不自然だ』


 えぇ、とツカサはつまらなそうに肩を落とし、仕方なく灰色のマントを脱いだ。


『じゃあ、空間収納からご飯出そうか。あ、ソーセージあるよ、暖炉に火を入れて焼く?』

『お前は本当にいろいろと持っているんだな。……任せる』


 ラングは火を入れていたランタンを消し、指先でなぞるものに変えて明かりを確保してから椅子に腰かけ、暖炉前に座り込むツカサの後ろ頭を眺めていた。その日の夕食は焼いたソーセージにパン、暖炉で沸かした湯で入れたハーブティーになった。簡単だが贅沢だとラングは思った。二人とも大虎との出会いもあり精神的な疲れが酷く、防音魔法障壁を器用に張って順番に温かい風呂を済ませた。


『ラング、髪乾かそうか?』


 風呂から出てきたラングはフードとシールドは着けたまま、服だけが寝間着にしているシャツとズボンだ。ツカサは両手を持ち上げてフードの中に差し込む動作をしてみせた。言われた方は何の話だと言いたげにシールドを傾けていたので、ツカサは少しだけ笑って言った。


『兄さんの風呂上り、乾かしてあげてたんだよ。風魔法でさ』


 ラングは自分の首筋を撫でて悩んだ様子を見せた。手を差し込む、それは首を取れる距離に手があるということだ。魔法という力を既に知るからこそ不安もあるらしい。それを許してくれていた【ラング】のツカサへの信頼感と、何があっても対処できるという余裕を改めて認識し、無理には、とゆっくり手を戻して頬を掻く。ラングは最終的に好奇心に負けたらしい。ツカサの前に立って首を傾げた。


『どうすればいいんだ』

『そのまま居てくれれば』


 好奇心で何かしらに指を突っ込むような人だった。試してみたいは変わらないらしい。ツカサは笑い、フードの中に手を入れて乾いた風を送り込んだ。相変わらず指先に触れる髪は短い。フードがぷかぷかと波打つのも懐かしい。精霊と話せるようになってから【ラング】は自分で髪を乾かしていたのでこの役目も久々だ。


『年寄りか、お前は』


 どんな顔をしていたのだろう。ぼそりと呟かれ、乾いたのを確認して手を引っこ抜き、ツカサは自分の顔を触った。左頬の紋様のこともあり、最近この動作ばかりだ。ラングはフードの中に手を入れ状態を確認し、便利だ、ありがとう、と礼を言った。ツカサは生返事を返し、さっさとベッドに寝転がったラングに呆気にとられながら同じように早々に休んだ。


 翌朝、宿で朝食を取って行動を開始した。宿の朝食はやはり塩漬け野菜の入った酸味のあるスープにパンだった。燻製されたベーコンが入っていて非常に美味しく、おかわりをさせてもらった。店主はむっすりとしたままだったが二杯目は少し多かったように思う。愛想が悪いだけで中身まで悪い人ではないのかもしれない。今日は街をぶらつくことを伝え、夜は湯を欲しいと金も支払い、宿を出た。早速情報収集だ。


 ファトアの街とは違い家々の隙間はそもそもなく、ぴったりとくっついて建てられた家のおかげか道がはっきりとしていてわかりやすい。大通りから離れれば離れるだけ多少治安の悪化は見られるが進んで入らなければ問題ないだろう。雑貨屋を覗きここには小さいがガラス細工もあることを確認し、技術と街の発展具合を把握した。

 買い物客の多くはやはり女性。気になったのは同じ服を着ている女性が数人いたことだ。傾向としてはいわゆる制服、館に仕えるメイドか何かなのだろう。ここでは形の悪い蝋燭と歯磨き粉を購入して外へ出た。

 昨日は夜になってから入ったこともあり商売もよく見えていなかったが、木工による日用品から鉄製品の家具や農具、個人が身を守るため、冒険者が扱う剣などの販売があった。気になったのはその質だ。ツカサが腰に置いている水のショートソードはダンジョンドロップ品で物が良く、感ずるもの(フュレン)もまた芸術品のような剣だ。ラングの双剣も柄に布を巻いたシンプルな造形だが刃はひどく鋭い。それに比べるとこの場所の剣はかなり粗悪品のように思えた。ファンタジー映画で見る数打ちの鉄の剣というやつだ。これはマントを着けていてよかったかもしれない。そうでなければ目利きの商人や職人に質問攻めにあっていたような気がする。

 広場では大道芸人も多かった。逆立ちをして足で球を転がす人や、いわゆるパントマイムで笑わせる人、リュートを奏でる吟遊詩人など雑多だ。けれど、いろいろと不安な世の中になっているからこそ、誰かを楽しませるものは需要がありそうだった。


『俺たちもどうにかなりそうだね。門兵に変な顔されたけど、深く突っ込まれなかったのはああいうのがちゃんといるからなんだね』

『魔法は使わない方針だろう。何か見せられるものがあるのか?』

『短剣術、剣舞に転用できると思うんだ。昔、兄さんに見せてもいいか聞いて、いい、って言われたのがあるんだよ』


 ほぅ、とラングは興味深そうにシールドを揺らした。マブラからジュマを目指す道中、冒険者に囃し立てられ披露した短剣術。秘儀であれば【ラング】は許さなかったはずだ。それを魅せる技術に昇華できればラングの言う大道芸に繋がることから、あの時、だめだと言われなかったのだろう。いろいろと仕込んでくれていた兄を思い出し、面映さから顔が緩んだ。


『短剣術か、それは確認しておきたいものだ』

『ショートソードにも転用させてもらってる。時間ができたら見せるよ』


 話しながら広場を離れ、組合を目指した。トンガリ屋根の教会にほど近い場所、三階建ての大きな建造物に入る。ここは商人の集まる場所であり、噂の集まる場所だ。ご自由にご確認ください、とメモの貼られた壁、コルクボードにピンで貼られた紙を見ていく。

 街の中の依頼は人探し、掃除、家事手伝い、配達など日常に関わること。

 街の外は荷馬車の護衛依頼、荷運び、魔物討伐など、それなりに武力を要するものだ。


『荷馬車の護衛依頼かぁ、俺、商人からの依頼は請けたことないんだよね』

『初歩の初歩だろうに』

『そうなの? でも誰かがいると魔法使いにくいと思うとさ』


 快適な食事、温かい湯舟、ラングも既にそれを知っているからか小さな声で唸っていた。

 周囲の喧騒に耳を澄ませれば噂話を聞くことができる。ラングはまだあまり単語を知らない。あとで共有すると言えば任せてくれた。その代わり、少しうろついてくる、とぬるりと気配が消えた。どこをうろつくのかと振り返れば既に姿はなく、つけたマーカーだけが移動していく。着けておいてよかった迷子札。一旦そのままにしてツカサは自分にできることをしようと気持ちを切り替えた。

 ボードを見上げるふりをして会話に聞き入った。今年の冬の寒さと積雪について。夏場が暖かかったので今年は酷く冷え込むだろうと話す人が多い。そうすると、目指す先によってはジェキア同様冬宿などを取って雪をやり過ごす必要があるだろうか。魔法を用いれば雪を溶かし、魔法障壁の工夫で暖をとるのも容易だが、どうしたって冬の移動は目立ってしまう。広場で大道芸を披露していた者たちはそれこそ旅芸人のはずだ。彼らと交流を持ってもいいかもしれない。

 次に近隣の魔物の状況が気になった。曰く、先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)側から魔物の大移動が確認されていて、ファトアで防壁が造られているらしい。なるほど、ラングの見た建設中の壁は黒いものに対する防壁ではなく、魔物に対するものだったのだ。大虎は言っていた。大猪も馬も、魔物のとりまとめ、逃がせるものは逃がした、と。天変地異が起こる寸前、鼠の大群が逃げる描写などがあるように、ここではそれが魔物で起こり得るのだ。人々は魔獣暴走(スタンピード)を恐れているのだろう。


『人間からすると魔物がどうして逃げ出しているのかわからないもんね』


 魔物たちも死にたくないからこそ逃げているのだと知るのはツカサとラングだけだ。それを話したところで状況は好転しない。それどころか頭のおかしい奴として白い目で見られるのがオチだろう。そっと胸にそれを仕舞い込んだ。

 何か不可思議な場所や聖域の会話がないかとボードを見上げ続けていたが、その後は食料の不作が問題になっていることや、水が濁り始めていることなどが今のトレンドだとわかった。水が濁り始めているというのは不穏だ。ツカサ自身、確保には困らないが、良い兆候ではない。水が濁るという点で思いつくことは、今まで関わってきたものの関係性からやはり自然、理の弱体化だ。ラングなら何か他にも思いつくだろうか。


「そういえば守護騎士(パラディン)先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)を調べに行ったんだろう? いったいなんの目的で行ったんだろうな」


 守護騎士(パラディン)。ツカサは適当に一枚紙を手に取って眺めるふりをし、少しだけそこに近づいた。


「さぁな、理の女神様の使徒が何を考えているのかなんて、下々の俺らにはわからん。ただ、なんか死者が歩くとか溶けるとか喚く異教徒がいるらしいじゃないか」

「あぁ、先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)の近くまで行っていた商人が報告してたやつか。死者への冒涜は許されないことだな。じゃあ、その異教徒やら異端者やらの捕縛に行ったのかね」

「知らんよ。だが守護騎士(パラディン)が動くということは、悪しきは滅びる、そういうことだ」


 救いを(サンメル)、と少しわざとらしく商人たちは言い、話題が切り替わる。

 守護騎士(パラディン)は教会の関係者らしい。守護騎士というので王国などの騎士団を想像していたが、それが宗教に関わる集団の一部となるとツカサの中では危険度が増す。呼び方が守護なだけであって、ラノベやゲーム的に考えれば聖騎士であってもおかしくはない。ラングがジュールの街で目を向けるなと言った声も、朝靄の中移動をする彼らの姿も思い出した。あの時の四人組は廃村の次の町、ジュールの街の手前、名もない町へ向かったということだ。


『あの小さな教会でやったことを考えると、移動のタイミングがずれててよかった気がする』


 死者が歩くも事実、死者が溶けるも事実。それを理の女神の教会がどう判断するのだろう。


『もしかして、理の女神の目が守護騎士(パラディン)だったりするのかな』


 理の女神に代わり民を罰する。それもまた目が合うと天罰が下る、ということではあるだろう。少し思考がずれ始めてきたのでこの場所での情報収集を切り上げることにした。手に持った紙をやっぱりやめた、という風を装ってピンで留め直し、ツカサは組合を出た。

 迷子札(マーカー)はどこかと探ってみれば、あろうことかトンガリ屋根の建物の方にあった。


 ツカサはそっと目を瞑り、一人天を仰いだ。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

きりしまのよもやま話(最近恒例)。


ちゃっかり【異邦の旅人(ラング・アルの旅路)】を書いたり、まだ書きためている最中ですがリーマスの話を書いたり、結構あちこち楽しんでいるきりしまです。

ただ、きりしまは時系列をわかってはいても、どちらも読んでいる旅人諸君が混乱しないか少し心配だったりしています。

「それはそれ、これはこれ」で読んでいただけているといいな、とぼんやり思いました。

少々鈍足ですが、あちこち更新していきますので、お暇つぶしにでも覗いてやってください。


あと腱鞘炎、エンターキーをソフトタッチするようにしたら2、3日で随分よくなってきました。

日頃どれだけ力を入れてエンターキー叩いてるんだって話です。そして「どういう時に思い切り叩いているか」を意識したところ、だいたいラングが何かやってツカサが「こいつ」ってなった時や、ラングが剣を握っているシーンが大半でした。

つまりこの腱鞘炎、ラングのせいでは……?

大きな声で言うと処されそうなので黙っておきます。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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迷子札...笑
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