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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
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2-19:苦い味

いつもご覧いただきありがとうございます。


 何かが口に差し込まれた。金属っぽいそれは水を流し込んできて、あまりの味に咽込んだ。ぎゅんっと来る酸味とそこに混ざる苦み。後味に残る青臭さと鼻を抜ける変な臭いに飛び起きた。


『ゲホッ、まずい! 何これ!?』

『目を覚ましたか』


 ラングが調合用のすり鉢を手にスプーンをこちらに向けていた。何を飲ませられたのだろう。もう一口、と差し向けられたスプーンから後ずさって逃げた。口の中にイガイガしたものが残っていて水が欲しい。


『我はそんなことをせずともよいと言ったのだがな』


 ラングの向こうですっかり寛いだ様子の大虎が、憐憫を含んだ眼差しでこちらを見ている気がした。ラングは逃げたツカサの足首を掴むとそのまま引き寄せ、ツカサは体を引きずられる恐怖にふかふかの草が生えた地面に爪を立てて抗ったが無駄だった。ドッ、と重い音がしてあっという間にラングにマウントポジションを取られ、顎を掴まれた。骨が軋む。


『いいから飲んでおけ、味は酷いが頭ははっきりする』

『酷い味だって自覚してるんじゃん! もういいって、はっきりしてるから! それ本当まずいんだけど! ぐぇ……っ!』


 流し込まれた。しかもすり鉢を傾けて草入りで流し込んできた。せめて濾してほしい。ざらざらした葉っぱと何かの木の実の皮とつぶつぶした種が感じられて、運の悪いことに舌の裏側にまで入ってしまって唾液腺がおかしくなる。口を押さえ飲み込むまで許さないという徹底ぶりだ。ツカサがどうにかこうにか口の中のものを飲み込むとラングはするりと体を退け、使った道具の片づけを始めた。【ラング】であればもっとスマートに飲ませるだろうに、この乱暴さはなんだ。起こし方も何もかも、本気で師匠リーマスに文句を言いたかった。それに、ラングに容赦なく対応されるのはアルであって俺じゃないはずだ、とツカサはそちらを睨んだ。


『酷いよ、何するんだよ! 口の中が、舌が痺れてる!』


 文句を言いながらコップに水を出し、口の中の雑味を流し込んでいく。それでも消えない苦みにハチミツを取り出して舐めた。ラングはふんと一つ鼻を鳴らすと小刀や専用のまな板を拭い、収納のポシェットに仕舞う。そうした道具の多さを改めてみていると、百種類のアイテムが入る収納のポシェットはラングにとって小さかったのだと気づいた。それは確かに空間収納を欲しいと思うだろう。などと考えていれば、ふと気づく。そもそもなぜ自分はラングから変なものを飲まされたのだろう。


『そういえば黒いやつは?』

『おぬしらのおかげで魂としての導きは得ておる。感謝するぞ、【異邦の旅人】よ』


 大虎が頭を垂れ、改めて礼を告げられツカサは頬を掻いた。ラングは腕を組んで言った。


『光の波をお前が受け止めたのはいいが、そのまま昏倒したんだ』

『えぇ、また? これどうにかならないのかな』


 倒れたくて倒れているわけではない。これが続くといざという時に困るのでどうにかしたい。大虎はふふ、と笑い、口元を震わせた。


『問題あるまい、おぬしは今回のことで扱いを知ったであろうからな』

『なんか、唱えたような気はしたけど』


 あの時見えたセルクスは幻だろうか。思わず両手を前に出して表も裏も確認してしまった。左頬を撫でる。自分では確認ができないのでラングを見遣れば、首を振られた。今はないらしい。気になることは多いが、一先ずもっとも気になることから片付けたい。ラングが全てを収納のポシェットに仕舞い込み片付けてからツカサは大虎を見遣った。


『ちょっといろいろあったけど、無事に命は形を取り戻したから、教えて。あなたは……精霊なんだよね? 何があったの?』

『如何にも、我は他の世界では精霊と呼ばれるものだ。案ずるな、おぬしにもわかるように説明をしてやろうぞ』


 腕を組んで大虎を睨んでいるらしいラングにも配慮がなされた。大虎が息を吸い胸を張ると、森の風が吹いた。


『我らは土地神、守り神という呼び名でいるが、ツカサの言うとおり精霊で間違いではない。精霊とは何か、それは自然を司り、理を守るものである。命もまた、理の一部である』


 大虎の朗々とした声は何かの読み聞かせのようだった。ツカサは地面に胡坐をかいて座り直し、ラングはじっとその声に耳を傾けていた。

 精霊、この世界では土地神という呼び名が一般的だそうだが、リガーヴァル以上にその数は多く、細かく地域を分担して担っているらしい。この大虎、エントゥケの担当は崖の下からファトアの少し先まで。その先からはまた違う者が担当しているという。リガーヴァルとは違い、という言い回しに、ここはやはり異世界なのだと確信を得る。ラングの世界かと問えば、それも違うと言われた。パーティ名を伝えていないのに不思議だと思っていたが、二人とも異邦人であるからこそ【異邦の旅人】と呼ばれたのだ。かつて名付けたパーティ名の意図は正しかった。


『おぬしらの移動があまりにも早ければ、我も辿り着けなかった。体が重くてな、駆ける力もなかったのだ』


 ツカサがぐったりと折れ、ラングが立ち上がるのを待っていてくれなければ会えなかったということだ。運が良かった、いや、これは導き手(ギウデア)の特性だろうか。なんにせよ必要な出会いであったと思うことにした。時の死神(トゥーンサーガ)の祝詞を知ったことは今後に大きく影響しそうだ。

 大虎は予想通り、その身の内に死した魂を抱え込むことで生きとし生けるものが体を奪われないようにしていたらしい。だが、抱えられる魂には限界があった。それも黒く濁った、腐った魂であれば毒そのものだ。あと数日そのままであれば、道中見てきた大猪や馬のように大虎が生きる命を奪う側に回っていたという。話を聞き、ラングは少し内容を咀嚼をしてから尋ねた。


『では、あの大猪や馬も、お前のように土地神というものなのか?』

『いいや、彼らは我の部下であり、森の主のようなものだ。我のように長くは生きぬ、力も持たぬ。ただ、土地の魔物たちをまとめ上げている、そういった存在であった。逃がせるものは逃がし、限界を迎えんとする我を守るためにも、器として成れの果ての命を引きつけ、よう耐えたものよ。……救ってくれたこと、感謝するぞ』


 大虎はゆったりと頭を下げ感謝を示した。ツカサはううん、と唸った。


『もしかして、大猪にしても、馬にしても、俺が時の死神(トゥーンサーガ)の片鱗を持つから襲ってきた?』

『如何にも。彼らからすれば襲った自覚もなかろう』


 横にいるラングから視線を感じた。


『言いたいことはわかるよ、見ないで』

『お前のせいか』

『やめて! 気づきたくなかったから!』


 崖を出たところで大猪に襲われたのも、ジュールを出たところで馬に襲われたのも、ツカサが狙いだったのだ。ジュールの朝靄の中に姿を現したあの黒いものも、ツカサを求めていた可能性が浮上した。シュンがどうのこうのではなかった。ただ、ツカサがセルクスから力の片鱗を与えられたからだった。


『セルクス、守れって言うわりにどうしてそんな危ない目に遭うようなことを……』


 崩れ落ちていく最期の姿を思い出し、それ以上の文句は言えなかった。あの時、セルクスはただ妻子への想いだけで満たされていてもよかったはずだ。けれど、それは本当に最期の一瞬のみで、後は全てをツカサのために費やしてくれた。あれもまた男の覚悟だ。愚痴を言っても、水を差してもいいことではない。ツカサはもう一度左頬を撫でた。少しの追悼を経て、ツカサは顔を上げた。


『……ねぇ、この世界はなんていう理の神の世界なの? ラングの故郷でもないんでしょ?』

『如何にも。だが、我はその名を許さぬ』

『どういうこと? だって、世界の父や母なんじゃ……』

『許さぬのだ。すまぬ、我とて名を呼ぶことは憚られる』


 大虎は寂しそうに言い、耳を少しだけしょんぼりとさせた。動物にそういう顔をされると困ってしまう。ラングはまた考え込んでいるらしく腕を組み、顎に手を添えている。ツカサはその間に紙を取り出し、手記を下敷きにして今の話を書き起こしておいた。

 精霊は土地神、主がいて、成れの果ての命たちはツカサを追ってくる。正しくは救いを求めているのだろうが、その手段は理性的ではない。そして、理の神の名は口にできない。


『そういえば、目が合うと天罰が下るなんて言われる女神を、よく信仰してるよね。どうして信仰されてるんだろう』

『確かにな』


 思案から戻ってきたラングがぽつりと相槌を打った。


『救いを求めるからこそ人は何かを信仰する。心の支えや、自身が赦されたいと願う者もまた同じだ。だが、天罰を受けたいと思う者がいるだろうか、ということだな』

『うん、そこなんだ』


 ツカサが今まで見てきた信仰は、もっと違う様相だった。

 冒険をしていて仲間を失ったり、失敗で心が折れたりした時に支えになるように人の手で創られた冒険の女神(オルバス)

 虐げられてきたある力(魔力)を持った人々が、自分たちの価値を信じるために身を寄せ合って生まれたマナリテル教。

 アズリアの豊穣を願う女神ハルフルウスト。

 戦場へ赴く戦士の魂を救うための、戦女神ミヴィスト。

 そう、国教であれ、民間の信仰であれ、救いや願い、拠り所なのだ。だというのになぜこの世界の理の女神は天罰を与えるのだろう。ツカサが羅列した神の名を横からラングが紙に書き込み、とん、とペン先を斜めにして空白に置いた。


『考え方を変えてみよう。それが救いではなく、戒めを目的としているのならば筋は通る』

『戒め?』

『そうだ。幼子に対し、悪いことをするとパニッシャーが来るぞ、と脅すようなものだとしたら、どうだ』


 そんな言い回しをするのかと感心し、へぇ、と声が出た。大虎はのすりと腕に顎を乗せ、ツカサとラングの会話を邪魔はしなかった。


『私は未だに神という存在を正しく理解はしていない。土地神、精霊と言われたところで知っているのはここにいる大きな何かだ』


 ラングが親指で大虎を指し、その指を大虎がふんふんと嗅いで押し退けられている。存外動物を怖がらない人だよな、と思いながらツカサは頷いた。


『うん』

『私が信仰を持たない性質(たち)だからな、故郷でも異端側ではあるのだが……。人が、天罰を求める時、どういう状況で天罰が必要かと考えてみた』


 ごくり、とツカサの喉が鳴った。ラングはゆっくりとペン先を上げ、紙に書き込みながら言った。


『思いつくことは二つ。一つは許しの代わりに天罰、死を求めることだ』

『自暴自棄な感じだね。でも、今の状況に対しては、あの廃村のこともあって納得はいくかも』


 救いを求め死を選ぶ。恐怖に怯え、耐え切れず死を選ぶ。様々な予測と推測が脳裏に浮かんだ。ラングが書く文字を眺めながらツカサは呟いた。


『だとしたら、暴論だけどなんでまだみんな死を選んでいないんだろう? ファトアを見ると城壁の拡張みたいなことをしていて、気味の悪い状況は把握してるよね。それって抗ってるってことでしょ? まだそこまで追い詰められていない? 教会が情報を統制していて、壁の理由も別なのかな』

『わからない、結局その点の情報収集ができていないからな』

『うん、そうだった。二つ目は?』


 ラングは説明する言葉を選んでから息を吸った。


『こちらは上手く説明ができないのだが、()()の思い付きだ』


 ツカサはうん、と頷いて身を乗り出した。


『信仰していた内容が時間と共に、世の動きと共に、変化した。往々にして、宗教は時代に合わせて変化するものだ。それに……神が、神としての役割を正しく知らないのではないか? 特権を振りかざして他者を縛り付ける。初めて権力を持った者がやりがちなことだ』


 言われた言葉をすぐには理解できなかった。ツカサは腕を組んでラングの発言をじっと考え込んだ。そうした考えに至った理由が知りたくて問えば、ラングは紙に、時の死神、理の神、ツカサ、精霊、と書いた。


『私にはやはり神というものがよくわからない。だからこその疑問だ。お前は【時の死神】の力を譲渡されたことを受け入れているが、その使い方は正しく把握していない。もし、お前のように、他の神もまた力を誰かに譲渡しているのならば、渡された側が扱い方を知らない可能性はある』


 お前のように善良ではないかもしれない、と付け加えられ、ツカサは自分が善良だと言われたことに少しだけくすぐったく感じた。

 しかし、なるほど、目の前のツカサという事例をもってして【役割と力の使い方を知らない】という可能性を見出したわけだ。


『それに、ギルドマスターが入れ替わった時も、それが嫌いな奴であれば私は関わり合いたくもない』


 シールドが大虎を見遣れば、グルゥ、と唸り、まるで肯定のように髭の生えた口端が震えていた。


『私としては後者の憶測が強くなったな』

『本来の主から代替わりしていて、それが精霊にとっては許せない相手。それが俺みたいに力の扱いに不慣れ……』


 ツカサは脳裏に浮かんだ考えに目を瞑った。歪んだ生まれ、謎の復活、【異邦の旅人】への執着。

 胃酸が上がってくるような苦みを覚えた。どうやって理の神の座を奪ったのかはわからないが、ツカサは最悪の可能性に辿り着いた。


『古い信仰だった【理の女神】という隠れ蓑を利用して、シュンがこの世界の神になっている?』


 その呟きに対し、ラングは沈黙を返した。




いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

少しよもやま話をさせてください。


きりしま、最近、本当に自分が恵まれていると思うのです。

何度かお伝えしているとおり、元々【処刑人と行く異世界冒険譚】はきりしまが読みたいものを書いています。

彼らには独立した人生があって、きりしまはそれを覗かせてもらい、いつからか代わりに書かせてもらっているような不思議な心地ではあるのですが、作者として、一読者として作品を楽しんでおります。

そこに同好の士が増えてきて、いつの間にかブクマ数は3800を超え、熱烈なレビューをいただき、たくさんの感想をいただき、そしてXでは多くのファンアートと応援をいただいております。

あぁ、この喜びと感動を上手く伝えられるだろうか。

駆け出しの旅人としてぽつりと立っていたきりしまに、気づけば多くの旅人仲間ができていました。

すれ違う時に「やぁ」と声を掛けられるような、「また会ったね」とこちらも手を振るような、そんな関係性が旅人諸君とできてきたような、そんな心地でいるのです。

改めて、心から感謝を込めてお礼を申し上げたい。

ありがとうございます。


さて、本編ではいろいろと動きもあり、推測も進んでおりますが、更新頻度が少しだけゆっくりになります。

へへ、腱鞘炎が痛くてですね……。

書くの楽しい! わはは筆が進むぞ! で力入れてエンターキーを叩きすぎた自業自得です。

シーンによって思わず力が入ってしまって止められませんでした……。

すみません。もう少しゆっくり、優しくキーを叩こうと思います。

じわじわ書きます。


更新をお待ちいただいている間、ぜひ書籍をお手に取っていただけると嬉しいです。

とんでもない量の加筆を行い、なによりttl先生のイラストと挿絵、素晴らしいのでぜひ見てください!

よろしくお願いいたします!

1巻書影

挿絵(By みてみん)


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。


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