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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
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2-17:遭遇

いつもご覧いただきありがとうございます。


 気づけば朝だった。昨日地面に敷いた布に横たわっていて、自分の頭を支え続けていた時間に比例して腕が重い。これ、頭をどけたら血が通って痺れるんだよな、とわかっていながら、そうするしかなかった。寝返りを打つようして頭をどけ、じんじんした痛みに呻き、体を起こす。目が腫れて重くて全然開かない。擦れば目やにも感じ、ヒールを使いながら目頭も、目じりも払った。

 いてて、と痺れた腕をぐうっと伸ばして目を瞑ったまま暫くぼんやりとする。気持ちはスッキリしている。けれど、少しだけ頭痛がしていた。大声出して泣くとか子供か、とツカサは溜息をついた。

 息を吸うついで、すん、と鼻が鳴る。なんだかいい匂いがした。


『おはよう』

『あ……、おはよう』


 焚火を囲うように石が置かれ、その上に鍋が置いてあった。ラングがお玉で鍋を混ぜていて、そこにスープがあるとわかる。


『いい匂い、食材、出させてごめん』

『構わない。いつも出してもらっている。次の街では多少買い入れられるといいが。土地のものを扱う方が紛れられる』

『そうだね』

『顔を洗い、歯を磨け。飯にしよう』


 うん、と答えてツカサは桶に水を出し、朝の身支度を行う。鼻先もヒリヒリしている気がしたのでヒールを使い、すぅ、と深呼吸。薄っすらとした朝靄はあるものの、変な生きものの気配はせず、鳥が鳴き、さわさわと森の音がしている。


『問題ない、哨戒はしてある。お前の左頬に紋様もない』

『ありがとう。左頬のも急に出るから、俺も仮面とかした方がいいのかな?』

『襟が高いだけで変わるとは思う』


 存外真面目に返してくれるラングに笑い、器、と言われて差し出す。芋と干し肉、乾燥した葉野菜のスープだ。燻製肉の薫香がスープに深みを出すんだよな、とツカサは食べる前から唾液を飲み込んだ。丸い硬めのパンを取り出して半分に割り、焚火を避けて差し出せばラングが受け取る。ありがとう、ときちんとお礼も言ってくれる。


『いただきます!』

『いただきます』


 両手を合わせスープをいただく。うん、塩味。そこに燻製された干し肉の香りと牛っぽい出汁と脂。スープにすると干し肉は食感があまりよくはないのだが、それもまた味だ。ホクホクの芋、昨日流した塩分を補給するように沁み込んでいく。


『美味しい』

『そうか』


 カコ、と木の器を叩く音だけが響いた。スープをおかわりして鍋の中を空にし、太陽が昇っていくのを感じながらも移動する気配はない。ラングは手記を確認したり、武器の手入れをしたりとゆっくり時間を使っていた。洗った器もしっかりと乾いた頃、ツカサはそぅっと声を掛けた。


『あのさ、昨日、ごめん』


 掘り返すような人ではないとわかってはいるが、情けない姿を見せたくないのに見せてしまい、ツカサは耐え切れずにもじもじと手を揉んだ。ラングはちらりとその動作に視線をやった後、色の違うツカサの目にそれを移した。


『謝られるようなことはされていない』


 そうかもしれないけど、と鼻先を掻く。恥ずかしかった気持ちは本当なのだ。ラングは手入れ用品を片付けながら言った。


『辛い時は辛いと言う。体調が悪ければ申告する。旅の基本だ』

『……うん、そうだね。そうやって習った』

『言語にしても、通じないのならば、通じないなりにやれることはある。未来の【私】がどの程度のものなのか、私には測れない。だが、お前にそこまで気を遣われずとも、私は自分のことは自分でできる』


 それは先ほどの食事を含め、なのだろう。お節介が過ぎるとでも叱られるのかと思えば、次いで掛けられた言葉想像とは違った。


『他者を思いやる気持ちはお前の美点なのかもしれないが、もう少し、汚く、自分を優先すべきだ。見ていて落ち着かない』


 それはつまり、心配した、ということだろうか。はっきりと言うのは恥ずかしいのか、ツカサに気を使ったか、回りくどくはある。だが、ツカサはじわ、と口元が緩み、はにかむように笑って首を摩った。何がおかしい、とシールドが揺れ、ごめん、ともう一度謝った。いや、違う。


『ありがとう』


 ラングはその言葉に肩を竦め、懐中時計を取り出した。どうやらツカサが動けるようになるまできちんと待っていてくれたらしい。その気遣いに自分ばかりが配慮を受けている気がして、ラングの方こそ大丈夫なのかと不安になった。


『あのさ、ラングは大丈夫? 言葉も通じない知らない場所に居て、弟なんですって言い張る奴が居て、普通ならストレスすごいよね?』

『ストレス?』

『あー、なんていうんだろう、こう、精神的に疲れるというか、負担が掛かる? そんな感じ』


 ふむ、とラングは腕を組んだ。ストレス、と繰り返していたので初めて聞く言葉なのかもしれない。【変換】は本当に時々、ラングに通じない。それらがどうしてそうなのかツカサも考えたことがなかった。思えば、セオリーやポンコツなども通じなかった。もしかしたら、ラングの世界にそうした概念や単語がないのだろうか。考えていればラングは腕を解いて言った。


『心身の負担など、旅をしていれば、生きていれば大なり小なり存在はする』


 それから立ち上がり、双剣の位置を、マントを直し、こてりとシールドを揺らした。


『信頼できるだけのものを提示した相手を、信頼すると決めたのは私だ。それに、言語もお前から習えている。この場所がどこか、お前の目指す先が安全かどうかもわからないが……』


 続きが気になってツカサも立ち上がる。ラングは傾げた首を戻して言った。


川は流れるものだ(なるようになる)。いざとなれば全て斬り払えばいい』

『ラングって……』


 細かいことを考える人なのに、時々全てを運に任せ、力に物を言わせるようなことを言う。それが誰の影響であるのかは簡単に思い至れた。


『……時々、すごいズボラだよね』


 あはは、と笑ってしまい、顰蹙を買ってしまった。


 結局歩き始めたのは昼を過ぎてからだった。朝をしっかりと食べ、動かずにいたため空腹ではなく、そのまま進む。ひょっこり街道に戻るつもりが、ラングはそのまま森の中を進むらしい。


『俺、森の中って方向感覚おかしくなるんだよね。ラングはどうして方角を見失わないで歩けるの?』


 イーグリステリアを討伐するために【黒のダンジョン】に入った時もそうだ。ヴァーレクスに方向感覚を問われ、ラングは実際、曲がりくねり、分かれ道の多いあの肉のダンジョンの中で迷わずにイーグリステリアに辿り着いた。問われたラングは進みながら振り返らずに答えた。


『訓練次第だ』

『どんな訓練?』

『【兄】に習え』

『ごめんってば!』


 ズボラと言われるのは嫌らしく、なかなか機嫌が直らない。とはいえ少しツンツンする程度、険悪な雰囲気にはならない。ラングはピシャリと返してくるがそこに怒気はなく、ツカサもまたラングをそういうものだと理解していることも大きかった。もし十七歳の時に出会っていたらどうなっていたのだろう。

 ラングは時折空を見上げ、懐中時計をぱちりと開いて進んでいく。行動から考えるならば太陽の位置と時間で方角を測っているのだろう。それが【黒のダンジョン】を駆けられた理由にはならない。本当に【兄】に尋ねるしかないかもしれないなと思い、小さな溜息をついた時、ラングが急に足を止めた。


『ごめん、今のはラングに対しての溜息ではなくて』

『静かに』


 別件で気になることがあったらしい。何事かと息を潜める。ピチチ、キィキィ、さわさわ、生きものの音はする。ラングのマントを引いてツカサは自身の左頬を示し、首を振られる。ということは【成れの果て】でもないようだ。そのまま警戒を続けながら進み、五分もしただろうか。ツカサは急に腰の感ずるもの(フュレン)が震えたような気がした。鞘に手を添えれば何かと共鳴をするようにリィンと鳴り始め、音を押さえようとぐっと手に力が入った。その鈴のような音にラングも振り返り音の発生源を確認し、シールドの中で眉を顰めた。


感ずるもの(フュレン)(ことわり)……世界に満たされてる、えーっと、自然的な、力の属性で、そういうのに呼応するんだよ。俺は魔力の属性だから反対なんだけど』

『結論は?』

『あってるかわからないけど、たぶん、何か大きな【理の力】が近くにいるんだ』


 これで理の神などが現れたら困る。セルクスとイーグリステリア以外の神を知らないツカサには理の神がどういうものかもわからない。リガーヴァルは傷を負い眠り続け、あの大戦の間も姿を見せなかったのだ。

 ツカサが感ずるもの(フュレン)を通して感じ取れるのだから、ラングもと思いもした。けれど、ラングは何か違和感を覚える程度でそれが【何であるのか】はわからないという。ラングが理をはっきりと感じられるようになったのも、リガーヴァルで祝福を得たからなのだろう。ラングもまた、あの出来事で大きく変えられた一人なのだ。

 先を行っていたラングが双剣を抜く。ツカサも尋ねるより早く感ずるもの(フュレン)を抜いた。パキ、と草を踏む音が響き、何かがゆっくりと確実にこちらへ来ていることがわかった。


『広いところへ移動するぞ。ついてくるようならば討つ』

『魔法で場所をつくるよ』

『やめておけ、通り過ぎるだけならば相手にはしない。無駄な争いは……紋様が』


 え、とツカサは頬を押さえる。今まで黒いものに遭遇した時に感じている嫌なものはどこにもない。


『どういうこと? 新しいパターン?』


 困惑するツカサが顔を上げれば突然木々がぶわりと葉を揺らし、ぐぅっと開いて道ができた。地面が大きく揺れることもなく柔らかな緑の絨毯が広がり、まるで騎士が剣を構えながら、何か大事なものを迎えるように、扉が開くかのようだった。涼しくて冷たい風が吹き、微かな湿り気を帯びたそれは肺の奥まで深呼吸をしたくなるような森林の香りを纏い、こちらの警戒を解いてくる。感ずるもの(フュレン)が柔らかい音を発し、淡い緑に光りはじめた。

 ツキン、と最初に紋様が出た時以来、なかった痛みが走る。思わず片目を瞑り痛みを逃し、ツカサはラングの肩を掴んだ。


『敵じゃない』

『なぜわかる』

『経験だよ』


 ツカサはそろりとラングの前に出て、蔦の巻かれた柱のような木々が主を出迎えるように頭を垂れ、アーチ状になるのを落ち着いた気持ちで眺めていた。さわりと風が髪を揺らして抜けた。


【異世界より参りし、異邦の旅人よ】


 パキリと草木を踏みしめる音と声が重なり、淡く輝く緑の大きな虎のような生きものが姿を現した。虎にしては不思議な鬣がたなびいているし、腕輪を着けていたりと普通のそれとは違う。ツカサを押しやって前に出ようとするラングを押さえ、ツカサは息を吸った。


『あなたは、何? 敵? 味方?』

『失礼、言語を合わせていなかった。突然の来訪を許してくれ。ようやっと近くに来てくれたのでな、我もここまで来ることができた』


 ツカサよりも遥かに高い位置にあった頭をゆっくりと下ろすように、虎はどすりと地面に座り込み、前で両手を重ね合わせた。丸まった手先は毛並みがよく、触ってみたい気にさせられた。それを堪え、ツカサは感ずるもの(フュレン)を鞘に収めた。ラングは未だ双剣を握り締めその虎が腕を上げれば斬りかかる状態で居た。ツカサはそれを振り返り、隙を晒して微笑んだ。


『ラング、落ち着いて、話ができないよ』

『魔物だ』

『魔物じゃないよ』


 ツカサは【鑑定眼】で視ていた。


 【エントゥケ】

 土地神 守り神

 レベル:--

 命の成れの果てを抱え込み、奪われる寸前の状態


『この場所の、守り神だってさ』


 ラングは意味がわからないといった様子でシールドを揺らした。


 


いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

感想をたくさんいただけていて大変嬉しい今日この頃のきりしまです。

返信するという交流を人見知りと小心者を発揮してできていなかったので、今もドキドキしながらお返事をさせていただいております。

(以前の感想にはあまりにも遅すぎるかなと思い、ご返信できておらず申し訳ございません。ご容赦ください。)

ネタバレにならないように「それわかります!」とか「いいですよね!」と返せることの楽しさと、「書き洩らしてること多いな、短編集をいずれ書くか」と勝手にスピンオフ書く気でいたりと、旅人諸君の応援はきりしまのやる気に繋がっています。

ありがとうございます。

リアクションもまた、旅人諸君の抱いたものが視覚化されていることできりしまも面白く拝見しております。

是非、引き続きよろしくお願いいたします。


……書籍も売れるといいなぁ。きりしまの書ける話が増える(私利私欲)。


さて、新しい登場人物が出てまいりました。【異邦の旅人】を読まれている方はピンとくる方もいたりして?

引き続き更新を行いますので、どうかお楽しみいただけますように。

面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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