2-15:初体験
いつもご覧いただきありがとうございます。
まずは食事だ。ジュールの街とは違い、ここでは貸し切りにはなっている店はないようだ。守護騎士なるものは滞在していないのだろう。少し安心した。
屋台は少ないらしく、入門した時には昼も過ぎていたからか、店も落ち着きを見せていて手近なところに入ってみた。一瞬、ラングの見た目に店員がぎょっとするが、ツカサがマントを外して腕に持ち、にこりと微笑めば童顔と人畜無害な顔が役に立った。大丈夫そうだと判断され、いらっしゃいませ、と空いている席に促してもらえた。
木製のテーブルと椅子は年季が入っていてどちらもギシリと軋む。メニューの掛かれた木の板をラングと二人で覗き、好きに頼んでいいと言われたので一番上に書いてあるメニューと、店員のオススメをお願いした。それから、果実水。何を食べればいいかわからない時は、土地の人に聞くのがいい。書かれていた金額と計算も正しく、素直に支払い、少し色をつけてそっと渡せば、恥ずかしそうにはにかまれた。少しずつこういう対応もできるようになったぞ、と自信満々にラングを見遣れば、黒いシールドは開け放たれた窓から外を見ていた。
『すぐに座れてよかったね』
『そうだな』
声を掛ければこちらを向いてくれた。歩き通し、かつ、地面に座っての食事が続いていたので椅子に座ってテーブルがあるだけで有難い。ついテーブルに寄り掛かってしまいそうになる。対面でゆったりと、けれど綺麗な姿勢で座っている人が居るとそうもいかない。ツカサはもぞりと尻の位置を直し、背筋を伸ばした。
「お待たせしました、どーぞ」
店員がトントン、と器を並べていく。やや黄色みのあるスープ、チーズ、黄色い何かのおかゆのようなものは一人一つ、ロールキャベツのようなものが出てきた。スプーンも出してもらえたのでありがたい。頼んだものに対してかなり品数が多いように思え、初めてなんだ、と言えば、店員は興味を持ってくれたのが嬉しかったらしく、嬉々として説明をしてくれた。
「朝も大事だけど、お昼は特に大事なの。頼んでくれたルタバルは一品じゃなくて、チーズとマリガルがついてくるの。サマレは私のオススメ。よく煮込んであるから美味しいよ」
「へぇ、ありがとう」
膝を少し折って礼をされ、ツカサは今聞いたことをラングに伝えた。早速いただくとしよう。
まずは冷める前にルタバルというスープから。スプーンで中の具を掬う。網目状に見える白い何かと、葉野菜、角切りの小さな芋と、スープについたとろみは小麦粉らしい。シチューのようなものかと思ったが顔に近づけると仄かに酸味を感じた。そっと口に含む。最初にきゅんと酸味がダイレクトに来て口端に力が入る。味も少し酸っぱいが牛出汁のような、不思議な旨味があった。後味はさっぱりしている。網目状の何かはもそもそしているが、これが何かの肉であることは分かる。ハチミツを貯えたハチの巣のようなものだと思ったがどうやら違うらしい。酸味に刺激され、ぐぅ、と腹が鳴った。恥ずかしさを覚えラングを見遣ればそちらでも一口食べていた。
『なんか不思議、でも美味しい』
『あぁ、果実か、塩漬けにでもした野菜か、酸味は強いがいい味だな』
食欲が湧いたところで次の料理にも手をつける。取り皿はないので直接スプーンをつけていいかを尋ねてからマリガルと呼ばれた黄色いおかゆに差し込んだ。思ったよりさらりとしている。見た目から何か穀物のような粒が見えて、ざらりとした食感を覚悟した。ぱくりと食べてみれば想像を裏切った滑らかな食感で、トウモロコシの粉を使ったおかゆだった。ほんのり甘くて、香ばしい独特の香り、少し粉っぽい、けれど腹に良さそうなものでツカサは好きな感じだ。これも美味しい。口の中で時々、コリコリした粒の自己主張を返されるのも悪くない。ルタバルを入れて流し込めば、うん、さっぱりする。
『トウモロコシだ、いいね。やっぱり穀物って大事。おなかにたまる気がする』
『あぁ、素朴で、美味い』
チーズと合わせて食べてみても美味しい。フレッシュチーズか何かなのだろう、パサパサした感じはあるが塩味が強く、このチーズとトウモロコシのマリガルだけでしっかり食べられる。
そして最後の一品、オススメのサマレ。パッと見はロールキャベツだ。その上に掛かっている白いものが生クリームかサワークリームか。このキャベツもまた塩漬けにして保存されていたものだろうか。スプーンで掬い、ラングと共にぱくりと食べた。これが美味しかった。やはりキャベツは塩漬けだったが、そうでなくてはならないのだと思った。ぎゅ、ぎゅ、と噛みしめてキャベツからじんわりと良いスープの味と酸味が香る。そこに掛かっていたクリーミーなサワークリームがいい仕事をしていて、中のひき肉と、とろりとした野菜、中に入っている少しの米が旨味を吸っていて最高だった。最初はキャベツが主役だったが、最後に頭角を現したのはひき肉だった。何かスゥッとする感じのハーブが味を引き立ててくれて、役者の入れ替わりがいい。喝采を浴びるように挽肉が両腕を広げ、カーテンコールに応える。トマトベースで煮込まれているので最後になぜかリコピンを感じ、ふふ、と笑う。
『美味しいね、ラング!』
『あぁ、よくできているな。これは美味い』
ロールキャベツのサマレとトウモロコシのマリガルを合わせるのも食事が進む。ラングはサマレを二つに割って中身を確認し、ふむ、と味わっていた。新しく食べるものを探究するところも変わらないらしい。この時から料理は趣味なのだろう。鍋を出し、腕を振るわないのは食材はツカサ持ちだからだ。別にいいのにな、と思いつつ、二人で美味しい、美味い、と言いながらぺろりと平らげ、サマレとマリガルのおかわりまでした。
しっかりと腹を満たす頃には夕方になってしまった。美味しいオススメを教えてくれた店員に宿通りを教えてもらい、これから夕食を取るのだろう街の人と入れ替わりで店を出た。
街灯はない。店先に吊るされたランタンは蝋燭の火がゆらゆらと揺れていて、ランタン周りのオレンジの明かりは強く見えるが、ツカサが歩くには少しだけ暗い。隣でラングは小さな溜息をつき、緑のマントを揺らした。
『掴んでいろ。はぐれられても面倒だ』
『ごめん、ありがとう。あんまり暗いの得意じゃないんだ、見えなくて。おかしいよね、右眼は白いから見えそうなんだけど』
ラングのマントを掴みながらぼやき、ツカサは行き交う人々と街並みを眺めた。
茶髪や金髪が多く、時々グレーや白に近い色も見つけられる。ツカサのような黒髪は目立つ方かもしれない。マジックアイテムと言われるものはさっと見渡した感じ見当たらず、ここにそれらが存在しない可能性を知らせてきた。
『ロストアイテム、ないのかもね。ダンジョンが存在しないなら、冒険者の存在意義もないのかも……』
『あぁ、明かりはどれも獣脂で作った蝋燭だろう。明るくはあるが、獣くさい』
『ちょっと焼肉っぽいにおいするよね。おなかすくなぁ』
あれほど食べたのにお前は、という顔をされた気がする。気づかないふりをした。
ファトアの街も街の中心に広場があり、そこから道が広がっている。一番の大通りの先にはトンガリ屋根の教会だ。あれも本腰を入れて調べる必要はあるだろう。僅かな時間だが、考えることは同じなのか、二人でそちらを眺めていた。掴んでいたマントが動き出したのでツカサもその後をついていった。
行き交う人々の会話に耳を澄ませる。ジュールの街の朝靄、霧の中の黒い影の噂はここでも聞けた。死者についての話題はない。
これから雪が降るという言葉に寒くなるのだろう。今はまだ寒さも感じないが、急に冷え込むのだとしたら気をつけたい。ラングに伝えれば、マントが増えるだろう、と返ってきた。そうだとしたら大道芸はしなくて済みそうだ。
宿通りは賑わっていた。今日の宿を探す人、呼び込む人、宿に戻ってきた人、様々だ。今のところ宿に入り損ねたことはないが、これだけ泊り客がいればそういうこともあるかもしれない。
『どこでもいい?』
『あぁ、好きにしろ』
ラングのマントは掴んだまま、ツカサが先導に変わり開いた扉から明かりを零す宿へ入ってみた。中では受付が忙しそうにしていたり、やっと休めると手続きを待っている間、壁に寄り掛かってぐったりとしている人もいる。ちらりと目が合い、女将が申し訳なさそうに首を振るのを見て軽く手を上げ別の宿へ。
そうして何度か繰り返した結果、今日の宿は見つからなかった。
『近隣の村や町からの移動が多いのだろう。この様子ではフォルマテオも同じだろう』
『うーん、できれば腰据えて情報収集もしたいんだけどね。大きな都市の方が宿もきっと空いてるよね。先を急ぐ?』
街を抜け、木々の深い森の中に入ってしまえばやりたい放題できる余裕から提案すれば、ラングはシールドを軽く揺らした。同意を得たのでじゃあ、と南の門を目指そうとした時だった。足元に何かがドンッとぶつかり、すっと腰が軽くなる。やられた。スリだ。水のショートソードがない。ツカサは【鑑定眼】で犯人を捉え、マーカーをつけ、走り出す。ラングは慌てずにツカサに並び、言った。
『……わざとだな? そうだろう?』
『違う、子供だからって気を抜いてた! お説教はあとで聞くから捕まえるの手伝って! 水のショートソードが!』
『未来の【私】への文句が増えたな。私のことは追えるな?』
『追える!』
ラングは小さな溜息をつくと横長住居の壁を蹴りあがり、窓枠を踏み、周囲をざわめかせた。夜の闇の中、くすんだ緑のマントがふわりと波を打ち、急に激流のようになって流れていく。軽い足取りで踏まれた窓枠が軋み、まるで壁を滑るように移動していく。不意にラングが直角に壁を登り、するりと屋根の向こうに消えた。ざわめき、今見たものを隣同士話す声を聞きながら、ツカサは路地裏に入れる道を探すために走り続けた。
魔法でつけたマーカーはちょろちょろと左右に折れ曲がり、追手を振り切ろうとしている。子供ならではの小ささと細さを利用し、建物の間を抜けていっている。まさかそれを追う人が屋根の上に居て、視認されているとは思っていないのだろう。徐々にマーカーの動きはゆっくりになりついに足を止めた。街の東側、端に差し掛かるかどうかの位置だ。その近くにラングのマーカーもしっかりとある。ツカサは少し裏路地に入り、面倒になって風魔法を器用に使い、壁を登り、屋根に上がった。屋根を移動する方法は、つい最近覚えている。
『魔法も使い方次第だもんな』
今は足元で軽く弾けさせるようにし、その風圧でジャンプに勢いを持たせているが、もしかしたら、これを利用して空も飛べたりするのだろうか。今度試してみたい。そんなことを考えていればラングとスリの少年のマーカーへ辿り着いた。屋根の上でラングが待っていて、シールドで軽く下を示される。スリを行った少年と、それを取り囲む同じ年頃の少年少女たちが戦利品に盛り上がっていた。
「やった! これ、すげー高そう!」
「すげぇ! すげぇよ、トト!」
「へへ、間抜け面だったからな、楽勝楽勝!」
ほう、とツカサは口端が引き攣った。子供の気配だなぁ、と気を抜いていたのは事実だが、間抜け面とはなんだ。今までスリに遭遇したこともなく初体験だったが、所持品を奪われるのは非常に不愉快なのだと知った。ツカサたちが立っている屋根の上、この建物から東側には低く、少し屋根を踏んで走ればドミノ倒しに倒れそうな木の板の家らしきものが、古い石の建造物に寄り掛かるように連なっている。ゴミのような臭い、腐臭。ここはスラムだ。
『とはいえ、盗まれたものは取り返さないとね。盗まれる側がそれを取り返すのも道理だし』
『よくわかっているようだな』
失態を見せた後なのでちゃんとしたかった。ツカサはせーの、と覚悟を決めて飛び降り、風魔法でクッションをつくって着地、驚く少年少女たちの体を腰まで氷漬けにして逃げるのを封じ、腰に手を当ててその前に立った。
「さぁ、返してもらうよ。俺のショートソード」
「な、なんで、なにこれ、え?」
「ひぃ! トトォ!」
闇の中、するりと音もなく現れた黒い仮面に、子供たちは悲鳴を上げた。
怖いのはそっちなのかよ、とツカサが思ったのは秘密だ。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
きりしまはファンタジーによく想像される食事も好きですが、各国特有の食事というのも大好きです。
レビューなどでも食事について言及いただいていて、それもまた嬉しい反応です。
実際作り上げると「コンソメスープの素入れたい」とか思ったりすることもあるのですが(複雑な味に慣らされている現代人)、肉や野菜から出た出汁というのも美味しいものです。
旅人諸君にとってのファンタジー飯はどんなものがあるのだろう……。
焼いた肉にパンにスープという定番から、工夫を凝らした旅の料理まで。
楽しんでいただけていますように。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。
(最近、あとがきって語って良い場所なのでは、と気づいたきりしま。)