2-13:頼もしくも危ういもの
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あまり金を無駄にしたくないのは本音だが、危険性を伝えずにいた宿への不信感が拭えず、顔も出さずにジュールの街を出た。食料の買い出しも考えたが件の空間収納やアイテムポーチなどのこともあり、次の街で本腰を入れて調べてからにすることにした。
霧が晴れてから宿を出ましたという顔で組合へ行き、地図を求めれば商人用の写しを売ってもらえた。大陸地図ではなく、この国の地図だ。この先さらに南下するとファトアという街があり、その先のフォルマテオという都市がいわゆる王都クラスの大きな街らしい。情報収集はそちらの方がいいとの判断から、先を急ぐことになった。ツカサは食料を買い溜めしていたことがこんな時に生きるとは思わなかった。
崖から南下、廃村、町を出てさらに南下、ジュールの街に入った門とは逆側を出て、街道を行く。やはりマントを羽織った二人組は目立つらしく、街道をゆく人々からじろじろと見られることが多い。行き交う人々はシャツにベストを着ている人が多く、時に帽子を被る人は居ても、マントのような羽織りものはない。この場所が寒くないこともあってそれを必要としないせいだろう。ラングのマントは装備を隠すため、ツカサのマントは魔力の巡りをよくするためと理由があるので、結局そのままだ。
ツカサは敢えて不慣れなことを隠さずにきょろきょろと人々を見渡した。馬車を足早に急がせる人、できるだけの財産をかき集めたのだろう、家族全員で手分けして荷物を背負う者など、移動の目的が共通しているようだ。
組合で聞いたところによると、あの深い霧、ここひと月ほどで見られるようになり、その中に黒い影があると目撃者は言うらしい。普段霧に遭遇することもない人々には不吉で気味が悪く、それが晴れるまで家に引き籠るしか対処法を知らないのだ。時期的にもあの町と同じ。ラングにも共有し、お互いに思いついたことは一緒だった。時の死神の不在が響いているのだろう。
そうした早朝の深い霧は街の人々に不安と危機感を与え、どこかに安全な場所があるはずだと、逃げ出しているのだ。賑やかで穏やかだと感じた街の裏でそうなっていることに、あの街を出てよかったと思う。
『オーリレアとかを思い出すな』
あの時も南側で人が喰われ、死に、消え、ヴァンの起こした地震もまた引き金となって逃げ込む人、逃げだす人がいた。その様相とよく似ているように感じた。それをラングに伝えれば、ふむ、とまた少し尖った唇を見せた後、そうだな、と言った。
『あの廃村から徐々に広がっているのではなく、この地域全体、最悪、国全体として認識を広げてもよさそうだ』
『だね』
『ところで、調べたいこととはなんだ?』
ラングの言う調べたいこととは、ツカサがこの国の地図を手に入れた際に言ったことだ。ツカサは声を潜めて話した。
『ここが異世界だとして、元の世界に戻るのにも手順が必要なんだよ』
エフェールム邸で血まみれのセルクスが話してくれたことが今回の道標だ。セルクスという味方を失った今、リガーヴァルに戻るために必要なのは、世界を渡れる遺跡を探すか、神に直談判するか。神に直談判するには試練という名の篩を越える必要がある。遺跡を探せばどこに落ちるかわからないので、本来、篩を越え神に会える道の方がいいのだろうが、ツカサはそれに消極的だった。ラングがリガーヴァルに渡って来たことを考えても、今回は遺跡を探し、その最奥に辿り着く方がいいと思えた。
神に直談判するという方法があるのに、なぜそれをしないのかと念を入れるように問われ、ツカサは手帳を取り出して迷いなく答えた。
『俺の経験上、その世界を管理する理の神様っていうのがいて、ここにもそれがいるっぽいんだよね』
差し出された手記を歩きながらラングが開いた。
この世の理を愛する女神よ、今ここにいる迷える子羊を導き給え。我らが旅路は誘惑と苦難に満ちている。その中、我らはただ一つの光を探し求め、生きていく。理の女神よ、我らが導きの光よ、我らが救いよ、どうかその安寧の腕に、我らを導き給え。救いを
ツカサがラングの故郷の文字でメモをした祈りの言葉は、正しく訳せているだろうか。ラングのシールドが少し上を向いたので読み終わったらしい。差し出され、受けとる。
『この世界の神様に直談判する方がいいんだろうけど、名前を呼んではならない、っていうのが引っ掛かってるんだ。その世界の人に認知されているのも、俺の知る事例からするとちょっと違和感があるっていうか。それに……セルクスがもし、その神と敵対してた場合を思うと』
『焚火の炎で指を焼く、か』
こくりと頷く。少なくとも遺跡であれば、最奥に辿り着きさえすれば世界は越えられる。その先がリガーヴァルであるかどうかはわからないが、命が溶けているこの世界からは脱することができる。ラングはまた歩きながら少し考え込み、受け止め、それから息を吸った。
『遺跡を探すための手掛かりについては何か知っているのか?』
『聞いた話だと、古い呪いについて調べてて、【ラング】は世界渡りをしてた。ちょっとそういう曰く付きというか、不思議な現象が起こっているのを探してみようかと思ってるよ』
『なるほど、わかった。早いところ、言葉を覚えなくてはならないな。お前一人に負担が掛かり過ぎている』
全てを正しく理解はできていないだろうにラングはやるべきことをきちんと把握してくれている。有難い。
『ラングくん、今日もお勉強頑張りましょう!』
『あぁ、そうだな先生』
淡々と返されて笑ってしまった。
暫く歩けば森を開いた広場に辿り着いた。ここは旅人の休憩所だろう。夜のうちに出た人々がジュールの街を包んでいた霧が晴れるまで不寝番でもしていたか、今寝息を零している人が多かった。荷物をしっかりと抱え込んではいるが、眠っている首を斬られでもしたら意味もなく、簡単に奪えてしまう。ラングは少しだけそれらを見渡した後、立ち止まらずに歩き続けることを選んだ。くい、とシールドを揺らして先を促し、ツカサも同意した。ざっと数えて二、三十人、この中で休憩をするにはツカサの持ち物は目立ちすぎる。立ち去ろうと足を動かした瞬間、ぞわりとしたものが走った。ラングは左頬を指し示してから双剣を抜き、ツカサも感ずるものを構えた。
『またあの黒い奴?』
『寝ている奴らは救わないぞ。こんなところで不寝番も立てず、寝こける方が悪い』
『先手打たないで!』
ツカサは起きろ、と叫び、荷物を抱え、枕にしている人々をその声で起こした。何事かと振り返った人々は目を瞬かせていた。ツカサはぶわっと威圧を放って本能に訴え、叫び声で起きなかった者も何事だと顔を上げる。一拍おいて、武器を構えた二人に悲鳴が上がり、人々は足を縺れさせながら逃げ支度を始めた。
『悠長なものだ』
『案外冷静なのかもよ』
思わず荷物を持って逃げたのか、冷静に財産がなければ困ると判断したのか、その時にならなければわからないことだ。ツカサは隣でラングがすーはー、と呼吸を入れるのを聞き、同じように息を吸った。あの大猪の時と同じだ。バキバキ、メキメキ、向こうの方から木々が折れ、倒れ、その根を晒す音がしている。バガンッとそこにあった扉を壊すように木々が割れ、粉々になった大木が砕け散って逃げる人々の背を狙う。感ずるものを振って魔法障壁を張り、振り返りもせずに逃げていく人々を守り、ツカサは今ここに辿り着いたものへ視線をやった。
逆三角形の隆々の大胸筋から腕は左右に三本ずつ。馬のような下半身、馬の足の間に、人の足が生えていて、下手な学芸会のなんちゃってケンタウロスだ。頭はぶくぶくとサボテンのように上下左右に広がっていて、顔がいくつもあった。恐らく、元々は馬か、馬型の魔物だったのだろう。検証した結果を踏まえて考えれば、生きているものに魂が温もりを求めて入り込み、歪に膨れ上がったケンタウロスのような何かを創りあげたのだ。
『【鑑定眼】とやらであれも視えるのか?』
『視える。乗っ取られたホーヴニル。元馬型魔獣、いや、ここに合わせたら馬型魔物かな。いのち、あと……十五!? かなりあるな』
馬のように上体を持ち上げて蹄と人の足が空を蹴る。ムカデのように見えてしまって嫌悪が浮かぶ。
『こんな魔物ばかり、反吐が出るな』
ラングが吐き捨てながら地面を蹴り、同じように地面を蹴って突進してきた馬を越えるように跳び、まず一つ膨らんでいる首を斬り落とした。ぎゃぁ、と悲鳴を上げたそれが地面に落ちればばさりと灰になる。斬り口からはどろりとした黒い液体が溢れ、ぷくぅっと膨れるとまた違う顔が現れた。
『あと十四か?』
『そう!』
ツカサはラングの方へ振り返ったホーヴニルの足を一つ感ずるもので狙いをつけ、詠唱を聞かせた。
『ウィンド!』
ツカサの位置から太く鋭い風の波が奔り、ザグンッと狙った一本とその両隣が吹き飛ばされ、馬の体が少しだけ傾いた。その隙を逃さずにラングが再び膨れた首を斬り落としにかかった。瞬間、バリッと馬の皮が破け大猪の時のように腕が生えた。空中で体勢を変えようとしたラングを追い、その胴に巻き付き、宙に浮かせる。
『盾魔法!』
ラングへ張っていた魔法障壁を外へ展開させ、その腕を振り払う。地面に降り立ったラングは状況に困惑の声を上げるより先に大きく後ろへ飛び、ツカサの横へ並んだ。
『悪い、助かった。次は問題ない』
『どういたしまして。内側に内包された魂、結構形を変えられるみたいだね』
『あぁ、厄介だ』
お互いに手にした武器を握り直し、さらに見た目が悪くなったホーヴニルを見遣った。生えた腕が地面で円を描く灰を撫で、それが再び吸収されるのを見て、横目にお互い視線を交わし合う。
『……任せていい?』
『そうするしかないだろうな』
すぅー、はぁー、とラングが深い呼吸を入れ、揺らめき、地面を蹴った。速い、けれど、まだ追おうと思えばツカサにはどうにか追える動きだ。やはりあの【ラング】は集大成といえるのだろう。
ホーヴニルの足の腱から斬り裂き、追って来る腕を体を回転させて斬り刻み、ラングはホーヴニルの周囲を飛び回った。ぐぅんっと全身を使い双剣を振るう。開幕の一撃で相手の堅さを把握し、力の入れ方を変えたのだ。
『まだ力の腕輪がないからか』
ツカサは飛び散った黒いものが灰に変わる場所へ駆け、葬送の儀を行う。ぱぁっと光の粒になったものがツカサの中へと入り込み、そうすると奪われると理解したホーヴニルのターゲットがツカサへ変わる。
『よそ見をするな、私が相手だ』
その馬の背にラングが立って、一本の双剣を上から深く刺し込んだ。いくつもの頭を貫き、バシャバシャと二度目の死を迎えたそれらが弾け飛ぶ。馬と人の悲鳴の大合唱、ラングは暴れる馬に短剣を刺し、そこへ器用につま先を引っ掛けてロデオ状態の馬に乗り続けた。再び首を成そうとするものは、刺しっぱなしの剣で防がれる。びちびちと跳ねる黒い何かが地面に散らばり、ツカサはそれを追いかけ葬送の儀を行い、慌ただしく走り回った。一矢報いるつもりだったのか馬の体積からは考えられない重なり合った腕がツカサに伸びてきた時は驚いて目を見開いてしまった。ラングが刺し込んであった短剣の柄を思いきり踏みつけ、抜けた反動を利用してツカサを狙った腕にそれが刺さり、仕留めた。切っ先がこちら側に飛び出ていてぎょっとした。
『ちょっと!』
『ちゃんと狙った』
魔法障壁があるとはいえビビるのでやめてほしい。ツカサは気を取り直して葬送の儀を行い続け、ラングがその間にいくつもあった首を一つずつ斬り落とし、最後に馬の胴体へ深く剣を刺し込んだ。かぽ、かぽ、と少しの間前進し、やがてどさりと倒れた体からふわりと降りて、ラングは双剣についた黒いものも、馬だったものも、灰に変わるのを確認した。
ツカサが葬送の儀を十五回繰り返せばようやく静寂が戻ってきた。
『紋様が消えた』
『これで終わり、かな』
ほーっとツカサは膝に手をついて脱力した。ラングは短剣を拾い上げ腰の後ろに戻し、周囲を見渡した。
『移動するぞ』
『うん。……俺たち不審者になっちゃったね?』
『次の街ファトアには入らず、迂回してフォルマテオを目指そう。情報収集もそこでするつもりならば、ファトアには寄らなくてもいい』
『そうだね。ファトアが近くなったら、街道を外れよっか』
ゆらりとシールドが揺れ、同意を示される。再び歩き出しながらツカサは疲れた声を出した。
『なんだろう、こう、とんでもない人と一緒にいるんだなってよくわかったよ……』
若さゆえの激流のようなその強さ、下手をすれば爆弾にもなりかねないそれを、ツカサは教師としての観点から大変に危ういものだと感じた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
きりしまです。
昨日でついに1巻発売から1か月経ったわけですが、いったいどのくらいの旅人がお手に取ってくださったでしょうか……。
日々ドキドキしております。
シェフィール商会の会頭曰く、悲しいことに商売は結果が全てです……。
書籍の方も何卒よろしくお願い申し上げます。
さて、話は変わりますが、ふと「旅人諸君はどのシーンがお気に入りなのだろう?」と気になって、誠に勝手ながら、
【処刑人と行く異世界冒険譚 このセリフ・シーンが好き・ツボ発表会】
を開催いたします。
(緩い思い付きです。思い立ったが吉日なのです。)
1つに絞らず、いくつでも挙げていただいて構いません。もしかしたら開催される第2回?の分も残しつつ……!
「あ、そこいいよね」と同好の士とワイワイやりたいのが本音で、加えて「なるほど、そのシーンも確かにいい。……あんた、やるじゃないか」と新しくお気に入りのシーンを発見し合うことができればと考えております。
きりしま、常々お伝えしておりますが、同好の士と「いいね!」がしたいのです。
ぽっと思い付きで「教えていただけたらいいな」なので全体的にとても緩いです。
開会式も閉会式も存在しません。
【発表会】であって競うものでもありませんので、お時間あれば是非教えてください。
それはそうとwebの更新もがんばります。
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