2-11:ランタンの明かり
いつもご覧いただきありがとうございます。
鍵魔法をかけ、防音魔法障壁を張って、違和感に首を傾げたラングに改めてどういうものか説明をした上で、早速情報共有と勉強を行った。
ここでいう冒険者というのは、ラングの故郷でいうところの外専門のギルドラーと似たようなものだった。旅をするために、各地で雑務を引き受け、時に魔物を片付け、その報酬を得る。組合の存在もまたきちんと組織立ってはおらず、依頼を掲示する場所として存在するのであって、報酬のやり取りは冒険者と依頼者が直接という、なんとも中途半端なものだった。どちらかというと商人寄りで、商人ギルドのような対応をされた気がする。つまり、この世界では冒険者がそこまで地位を確立していないのだろう。
『居たら便利、居なければ別に構わない、といった様子だな』
ラングの評した言葉に尽きる。その分、罪を犯さなければ放念されるというのはメリットだ。特に、金という観点で二人とも困ってはいない。冒険者証にランクもなく、依頼実績だけが記録されていく方針らしい。本当にどうでもいい存在なのだ。
『なんだか寂しいなぁ、俺、イーグリスでは金級冒険者だったんだよ』
『金級がどの程度か知らん。面倒事に巻き込まれなければ構わない。この言葉の言い換えは?』
「お待たせしました」
『長くないか?』
鋭いなぁ、とツカサは目を逸らした。かつてラングに丁寧な言葉を仕込み損ねたので、今ならと思ったのだが無理そうだ。
「待たせた」
「待たせた」
『なるほど、ました、が丁寧な言葉なわけだな』
『お勉強ができすぎだよ、先生つまんない』
むくれて文句を言う。まったく相手にせずラングは情報共有ついで、次々と単語を強請り、書き、勤勉に学んでいく。その姿に少しだけ必死さを感じ、ツカサは尋ねてみた。
『あのさ、ラング、勉強熱心なのはいいけど、どうしてそこまで? 【兄さん】はもう少し余裕あったよ』
『……話したくはない』
【兄】になる頃には払拭された何かがあったのだろう。もう少し関係性が構築できてから改めて聞くことにした。
今までラングと勉強したことの繰り返しでもあり、教鞭を執った経験も生きて、ツカサは要点をまとめて話すこともでき、ラングが真っ先に覚えたいと思うことを率先して教えることができた。殺す、殺される、死ぬ、危ない、といった単語だ。これを一番に出してきたツカサに感心したらしく、ラングはしっかりと生徒として尊敬も示してくれた。ラングの故郷では老齢が教鞭を執ると言っていたが、年下であろうと物を教わる際、敬意を払ってくれるこの人のことを、ツカサはやっぱりすごいと思った。
一通り今日の情報共有と勉強が終わり、風呂場のたらいに湯を沸かしてみせればラングは心なしか嬉しそうだった。浄化の宝珠があるとはいえ、湯を使うのは気持ちがいいのは変わらないらしい。水音がするとそれはそれで宿の人に疑われるので、心配のし過ぎかもしれないが、念には念を入れ、気にせず湯を使いたいので防音魔法障壁を風呂場にも張って、水音が漏れないようにも注意した。蛇口はなく、桶に入れてここまで往復で運ぶのだろう風呂場は水捌けのための水道管の穴しかない。そこからある程度下の方まで防音魔法障壁を張ったので多分大丈夫だ。
きっとラングはゆっくり入るだろうと思い、先に風呂に入らせてもらった。もはやいろいろありすぎて、一週間も二週間も風呂に入っていない気持ちだったので丁寧に体を洗い、湯に浸かった。
『モニカとエレナのくれた石鹸、使い切りたくないな』
最悪、貰った物が最後になってしまう可能性がある。女々しいが、ツカサは一つは絶対に取っておこう、と大事に空間収納の中で選り分け、イーグリスで購入した石鹸を使うことにした。
風呂を上がればラングが双剣の手入れをしていた。日記は既に書き終わっているのだろう、新しい湯を用意してある、よかったら使って、と石鹸を渡せば、深々と礼をされた。距離を感じるが、今はこんなものか。
『すまない、ありがとう。有難く使わせてもらう』
『ごゆっくり。俺は日記書いて、寝てると思う』
『わかった。おやすみ』
『おやすみ』
パタン、と閉じた扉。ツカサは椅子に座りテーブルに向き直った。日記にしている手記を開き、今日までのことを書いていく。ラングに話せたことで、大きな肩の荷は下りたような気がする。だが、それが未来にどういう影響を及ぼすのかがわからない。下手をしたら小さなところが変わる可能性もある。大筋を同じにできればいいのかもしれないが、ツカサが今に至るまでに大きな決断があまりにも多すぎる。ぱっと思い浮かぶだけでも大きなシーンばかりだ。
【真夜中の梟】を失わなかったのは、ラングと共にジュマのダンジョンに行ったから。
そこでロナは大変な目に遭ったが、それがあったからこそ、【快晴の蒼】がロナを覚えていた。
ジェキアのダンジョンでファイアドラゴンを討伐したから【スカイ】であると確証を得て、けれど、その鱗のせいでブルックは死んだ。
エレナとルフレンが居たから旅の寂しさに耐えられた。
ミリエールの覚悟と想いがあったから死にかけたが、モニカと出会えた。
エドが魔法を使ったから、ヴァンドラーテは襲われたが、その女神を呼び寄せ、討伐ができた。
モニカと出会えたから、子供が。
『失いたく、ない』
ツカサが居たからこそ生きている命もあれば、居なければ今も生きていた命があるのは事実だ。それでも、もう、失えなかった。知ってしまった幸せを取り戻したかった。
『きっと、渡り人の街も、イーグリステリアも、セシリーもこうだった』
日記を閉じ、ツカサは硬いベッド二つに自前の布団を敷き、ばふりとそこに倒れ、灰色のマントを上に置いた。
『じゃあ、俺が抗っている相手って、何なんだ? 俺の正義は今までの軌跡で、旅路で、家族だけど、相手の正義はじゃあ何なんだ?』
シュンが一端であることは間違いないが、時間なのか、過去なのか、未来なのか。考え疲れ、ツカサはぐったりと睡魔に引きずられ、闇の中に落ちていった。
風呂から静かに出てきたラングはぐっすりと眠っているツカサと、自分が寝るベッドにふかふかの布団が置いてあることに驚いていた。この少年、いや、青年、あまりにも様々なものを持ちすぎている。アイテムポーチらしきものを持っているのは本人からそれとなく示されたのでわかってはいるが、快適にするための手間を惜しまない在り方に苦笑すら浮かんでくるほどだ。綺麗に畳まれた布が自分のベッドにあり、マントでなければこれをどうぞ、ということだろう。丁寧なことだ。気遣いの質の高さに、良い生まれ、良い育ちなのだろうと思った。
湯上りの熱気を纏ったままベッドに腰掛け、ツカサが起きないのを確認し、ラングは自分のベッドに腰掛けた。ふわ、と少しだけ甘い匂いがした気がした。
熱を冷ますためにシールドを外し、フードを下ろした。短い髪はすぐに乾く。たっぷりと湯を沸かしておいてくれたので、少し長湯をしてしまった。首筋を汗が伝い、手拭いで拭う。髪が乾き、汗が引いてからフードを被り直し、シールドを着け直した。二十分ほどのことだが、誰かの前でシールドを外すのは久々だった。
体の熱が冷めてくれば自然と睡魔もやってくるだろうとそれを待ちながら、あどけない顔で眠っているツカサを眺めた。全幅の信頼を寄せ、いつでも寝首を掻ける状態を晒されれば、逆に手を出しにくい。その信頼を裏切るわけにはいかないと思うからだ。
自分は【兄】なのだそうだ。まったく身に覚えもなければ、初対面で縋られたのも気味が悪い。ツカサがあまりに必死だったこと、証明の一部として話されたことの内容が内容だったこともあり、今は疑ってはいない。ただ、不思議な心地だ。
事あるごとに【兄】と比較されるのは癪だが、今はそれがこの青年を支えているといっても過言ではない。不愉快ではあるものの、敢えて止めることはしない方がいい。何かを失い、それを受け止め切れていない時、代わりに見つけたものへ当てはめようとし、支えを見出す人間の弱さを知っている。
そこにあった幸せを全て無かったことにされた。
覗き見た幸せの光景。皆の笑顔。そこに確かに在った自身の姿。二十一歳の青年がそれをたった一人で受け止めるには厳しい出来事だっただろう。もし自分がそうであればと想像させられたからこそ、たった四年、されど四年、青年の失ったものへの愛情と苦痛を感じられた。
『居ないとされることほど、辛いことはない』
一度、その名も、命も、姿かたち全てを捨てる羽目になったからこそ、世界にたった一人だという孤独も、ある程度はわかる気がした。このシールドが今は顔だ。ラングはそっと縁を撫で、形を確かめた。
「……、して……」
囁くような声に、先ほどの一言が起こしてしまったかと顔を上げた。起きてはいなかったが、何もかもを無くした時のことを夢でも見させられているのか、眉間にしわを寄せ、悪夢に魘されるツカサを見つけ、ランタンが眩しいかとそれを消しに立ち上がった。マジュウヨケのランタンは消し方がわからず、表面が熱くないのを確認してから、椅子の背もたれに隠すように置き直した。これは明日尋ねよう。
ぐす、と呻くような、泣くような音が背後からして困った。起こして、どうした、と問えば誇りを傷つけることもある。ラングにしてみれば短い時間ではあるが、かなりの強行軍。時折物思いに耽りはしていたが、しっかりと立とうとしていた青年は精神的にも限界を迎えようとしていただろうに、通訳という役割を果たすために挫けた顔をできるだけ見せないようにしていた。その青年がようやく得た眠りを妨げたくはなかった。
――なんだよ、ちび助。怖い夢でも見たか? しょーがねぇーなぁー、感謝しろよ。
脳裏に響いた師匠の声に、くそ、と心の中で悪態をつき、ラングは深い溜息をついてからツカサのベッドに腰掛けた。ゆっくりと慎重に手を伸ばし、その肩をトン、トン、と叩いた。
『……大丈夫だ、ここにいる』
経験したこともない辛さをどうわかってやればいいのだろう。想像だけでわかるさ、と同じ顔をするだけの無責任はしたくはなかった。そんな同情がこの青年を救うとは到底思えなかった。眠りながら救いを求める青年の、誰にも秘密だろうその涙から目を逸らし、薄っすらとした闇の中でラングは囁いた。
『守られるだけは性に合わない。……私は兄なのだろう。お前が弟ならば、私も守ってやるさ』
自分にできるのはそれだけだろうと、ラングは静かな覚悟を決めた。
もうそろそろ、2巻発売まで2か月です。
(発売日は2025/11/10)
2巻の加筆もまたえぐいです。
書き下ろしも文字数多いです。1万字超えで書きました。
いまさらながら1巻の書き下ろしSSについても言及しておきます。
お品書きは
〈1巻〉
・ラングとツカサの話(書籍に必ず入っています)
・真夜中の梟の話(電子版特典)
・マブラのクッキー屋さん視点で見る【異邦の旅人】の話(TOブックスオンライン様購入特典)
〈2巻〉
・ラングとカダルの話(1万字超え。これでも削った。書籍に必ず入ってます)
・真夜中の梟の話(電子版特典、1巻の続き)
・ある食事処で目撃された【異邦の旅人】の話(TOブックスオンライン様購入特典)
となっております。
興味のあるお話を御手に取ってやってください。
ご予約何卒よろしくお願いします。
コンプリート癖のある方、すみません、頑張ってください!
また、情報の発信のしやすさからXで現在の状況や日常のぼやきをしています。
更新情報などいち早く欲しい方は覗いてみてください。
#処刑人と行く異世界冒険譚
でたぶんいます。
旅人諸君、よろしくお願いします。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。




