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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
439/466

2-10:準備を整える

いつもご覧いただきありがとうございます。


 幸いといえばいいのか、ここにも冒険者という職業はあった。身分証として多く選ばれる職業であり、旅をする者が欲する身分である。ツカサは慣れた様子でスタッフと話し、説明を受け、代筆を行う。パーティ、要は同じ仲間だと組む必要があるかと問えば、ない、と言われ、あっさりと手続きが終わり、仮で渡されていたものを渡し、代わりに銅色の板をもらって首に掛け直した。これが今後の身分証であり、冒険者証だ。組合を出たところでラングから一声掛かった。


『頼みがある。言語を教えてもらえないか?』


 ツカサはきょとんとし、気づいた。自分で理解したい、自分で話をしたい人だ、こちらから提案しても良かった。


『もちろん! 頑張って覚えてよね』

『あぁ、語学は得意だ』


 やっぱり、すぐに覚えられたら寂しいな、と思った。空腹は紛れているので宿を探すついで、雑貨屋を覗く。これはラングが行きたがった。ツカサはすぐに宿に入って眠りたかったが、ラングは雑貨屋などの店を覗くことでも国や地域の特徴が知れると言った。


『たとえば、文化の程度がわかる』


 詳しく聞きたいと言えば、雑貨屋へ促された。店の中は鍋からフライパン、お玉などの調理器具からコップや皿、ちょっとしたペン先、衣服など、様々なものが所狭しと並べられていた。雑貨屋の中には子供から大人まで年齢層は幅広い。そこに紛れ込んだマントの二人に訝しげな視線も注がれるが、置いてあった木の籠を手にすれば、一応客だと思われたのか、気にはなるが関わらないでおこう、にシフトされた。


『鉄が出回っているか、鋳造、鍛造の技術はあるか。日頃扱う物の品質、それが木製であるか、金属製であるか、時にガラス製であるか。それから製本技術だな。紙を日常的に扱えるかどうかで、教育の程度や識字率、残る技術も文化も変わる。それに、買い物をする年齢層も見える』


 言われ、見渡せば雑貨を買っているのは主婦や街娘。その服の具合や、お使いに来ているらしい子供が金銭のやり取りをしているなど、金勘定ができるだけの計算能力を持っていることがわかる。


『そういったことを調べるのに、雑貨屋はちょうどいい』

『そっか、それに、小さいけど、ここは街の縮図の一つなんだね』

『良い着眼点だ』


 褒められ、ふふん、と鼻息を零して胸を張った。ラングはそれに反応せず、先ほど言った観点を見るように鍋やフライパンを眺め、戻し、木製のコップを手に取り、籠に入れた。きちんと買い物はするあたり、店への配慮がある。いや、日常的に扱うものを合わせることで、目くらましをする目的か。

 思い返してみれば、ラングは確かにそういった調べを疎かにはしなかった。マブラでツカサに渡した最初の手記、あれは、そうした調べの中で見つけ、贈られたものなのだ。知ったようで全く知らないラングの行動を知った気持ちになった。そして、まだまだ、教わることが多いのだと理解した。そっと近寄ればラングはすぐにこちらに気づく。


『どうした』

『ううん、あのさ、言語はもちろん教えるけど、こういうこと、俺にいろいろ教えてね』


 ラノベ知識で知っていることだけではなく、実際にそこでどう調査し、生かすのか。ラングの視点はツカサにはいつも気づきが多い。


『構わないが、私が気づかないことはお前が指摘してくれ』

『うん、わかった』


 一方的に教えるだけではなく、気づきはいつでも歓迎だというその姿勢が眩しかった。特に今の状況はラングにとって不可思議なことばかりだ。ツカサは気をつけておこうと思った。ふとラングがシールドをツカサに向けた。


『一つ聞こうと思っていた。お前、歯ブラシは持っているか?』

『うん、持ってる。馬の毛で作ってるやつ』

『ならいい』

『どうして? え、もしかして臭う……!? 肉食べたばっかだから……!』

『違う』


 はっと口を押さえたツカサにラングは即座に否定を入れ、店にあった歯ブラシを手に持った。


『良い健康は歯からくる。大事なことだ』


 ツカサは、んふっ、と笑ってしまい、ラングはシールドの中で眉を顰めただろう。


『それ、兄さんからも言われた』

『……私なのだろう、ならば言ってもおかしくはない。何がおかしい』

『そうなんだけどさ、すごく親父くさいなって思ってたから、まさかほぼ同い年から言われるとは思わなくて』


 ツカサは、ごめん、と笑い、ラングはむっすりと口をへの字に結んだ。ねぇごめんって、とツカサがマントに縋りつく姿に、店の中で見ていた人の半分が苦笑を浮かべていた。

 コップと歯ブラシ、磨き粉として塩とハーブを練ったものがここでもあった。塩があるということは、岩塩か何かで塩を取ることができ、保存食が作成可能だということもわかる。また、塩を持っていても疑われない。塩というのは、場所によりかなり高価なものらしい。ツカサはへぇ、と感心した。

 さらに針と糸を購入し、ラングは支払う金額を店員に教わりながら会計を済ませた。ツカサも同じようなラインナップを購入し、この場所での初めての物資補給に胸を撫で下ろす。金も使えた、支払いもできた。貨幣名称はティルというらしい。百ティル、千ティル、それでわかりにくい人もいるらしく、半月形(カーティエ)銅貨、満月形(プレヌ)銅貨、という言い方で示すこともあるらしい。未だに銅貨何枚、銀貨何枚、に慣れているツカサからすると、そちらの方が計算しやすい。

 雑貨屋で宿について聞いてみれば、今いる通りから一つ東に行けば宿通りらしい。礼を言ってそちらへ足を向け、賑やかな人混みの中を行く。


『ここは、まだ人が溶けてないのかな』


 街自体に混乱もなく、不安げな表情の人々もいない。井戸端会議も楽しそうだ。どんな話題で盛り上がっているのだろう。


『溶けていないか、情報統制されているか、もしくは、対処法が確立しているか、だ』


 イーグリスで王家の働きぶりについて考えたことを思い出した。ふと考えたことではあったが、ここにはネットもなさそうなので、情報統制も可能か。それに、とここでも目立つトンガリ屋根を見遣った。あそこは小さな町だったからこそ、町の人々が事態を把握していた。一日かけても見て回れない程の大きさを持つジュールの街であれば、遺体や弔いを教会が一手に引き受け、墓守を置いている可能性もある。その場合、情報を得るのは教会だけだろう。マナリテル教のこともあり、随分と宗教に警戒心が高くなっている。


『雑貨屋に地図はなかったな。今日は休み、明日、改めて組合に行ってみるか。見たところ商人が多かった、保有している可能性は高い』

『そうだね。一日置いて、あの騎士たちもいなくなってくれるといいな』


 東の宿通りに辿り着き、ぶら下がっている様々な看板を眺める。ここでは宿の特徴などを書いた案内板がないので、中に入って宿の規則を尋ねたり、風呂の有無を聞かなくてはならない。ツカサはラングに尋ねた。


『ラング、宿に対して譲れないものってある?』

『できればでいい、鍵付きであることだな』

『それも任せてよ、鍵魔法っていう、鍵がなくても鍵を掛けられる魔法があるんだ』

『確かに役に立つ』


 そうでしょ、と笑って、外構えの良さそうな宿に入ってみた。しっかりした木の骨組み、ここもまたそれを包むように石造りで、外も中も同じ、木と灰色の建物だ。


「あらぁ、いらっしゃい、異国の方かしら?」


 ふくよかな女将さんがタオルを手に受付を横切りながら声を掛け、受付台の向こうから細い主人がひょっこりと顔を出した。


「おや、すまないね、足音が聞こえなかったもんで……年かなぁ」


 困り顔で頬を掻く主人にツカサは同じような顔を返し、部屋が空いているかを尋ねた。ちょうど二人部屋に空きが出て、掃除が終われば入れるというのでそこを借りることにした。


『ラング、何日くらい居ようか? こういう時、前は七日間泊ったんだけど』

『そこまではいらないだろう。少し長くても三日で十分だ』

『了解、じゃあ、それでお願いするね』


 マブラでの最初の七日間、あれはまともな情報収集のためでもあったが、何よりツカサの疲れを取るために選択してくれた日数だったのかもしれない。その後、一か月に延長し、いろいろあったことを思い出した。部屋の掃除はすぐに終わるというのでそのまま宿の受付前で待たせてもらった。


「そうだ、夕食ってどこかいいお店ある?」


 ツカサが尋ねれば、宿の主人は再び困った顔を見せた。


「いつもだったらオススメする酒場があるんだけれどね、三日、四日、貸し切りらしくてね」

「そうなんだ。別のところは? それか、宿で出してもらうことってできる? さっき支払ったの、食事代は入ってなかったよね。必要なら支払うよ」

「あぁ、それは助かるが、たいしたものは出せないよ」


 パンとスープがあればご馳走だよ、と言えば、宿の主人はそれなら、と微笑み、秘密だよとかなり安くしてくれた。正直、足りなければ部屋で食べればいいと思えるくらい余裕があるからこそできたことだ。日頃の備えは有事で輝くのだ。ツカサはラングへ簡単に共有し、明日の朝食から食事をお願いすることにした。追加料金を支払いつつ尋ねた。


「でも、どうして貸し切りだったり、食事処を勧めにくかったりしてるの?」

守護騎士(パラディン)たちが滞在していて、確保されているんだ。あと、これは聞いただけの話なんだけどな」


 守護騎士(パラディン)、気になる単語がまた増えた。それを置いておいて、そっと秘密の話をするために顔を寄せ合う。


「最近、この近隣から魔物が消えているんだと。街の人たちは安全になったと喜んでいるが、商人や狩りをする冒険者が困っているのさ」


 今ならツカサにもわかる。魔獣、ここでは魔物と称するそれがいなければ、狩りをして金を稼ぐ冒険者の実入りが減る。その素材を流通に乗せる商人の収入も減る。今は安全にうつつを抜かしている街の人々も、いずれ食料が減ることに気づくだろう。宿、飲食店はそういった点が提供にかかわるので敏感に察知するのだ。


「そうなんだ。じゃあ、冒険者登録したばっかだけど、ここは離れた方がよさそうだね」

「なんだかすまないね」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

「お部屋の掃除が終わったわよ、いらっしゃい」


 ふくよかな女将さんに腕を振って呼ばれ、二人で階段を上がっていく。きちんと掃除はされていて埃のにおいはせず、木窓を開けてあるので風通しも良い。もうすぐ陽が沈む。軽く何か胃に入れて、汗を流して眠りたい。


「待たせたね、ゆっくりしてってちょうだい。お湯はいるかい?」

「ううん、大丈夫」

「必要なら声を掛けてね、薪代もまけておいてあげるからね」

「ありがとう」


 どす、どす、と立ち去っていく女将さんを見送り、部屋に入る。木のベッドに布を敷いただけの硬そうなベッドが二つ。小さなテーブルが一つ、椅子が一つ。木窓があって、ここはつっかえ棒ではなく、ただ開くだけの形式だ。テーブルの上に小さなランプがあり、既に半分溶けた蝋燭があった。奥の小部屋には大きなたらい、これが風呂だろう。別料金でお湯をもらえる仕組みだろうが、手っ取り早く魔法で沸かそうと思った。とりあえず窓から外を覗いてみる。東通りの裏に面した部屋は向かい側にも似たような宿があるとわかる。開いた窓の奥、部屋の中で着替えをする旅人や冒険者が丸見えだ。カーテンもない。目が合ってしまい慌てて窓を閉めた。


『先ほどの会話、何を言っていたのか通訳と、ついでに教えてほしい』

『あ、うん、そうだね。じゃあ、はいこれ』


 ツカサは何も書いていない手記を差し出した。イーグリスで購入した、しっかり製本されたものだ。


『高いだろう』

『イーグリス、俺のいたところじゃ子供でも買えるよ』

『豊かな場所なのだな』

『そう思う。それ、ラングの勉強用に使って』


 助かる、とラングはそれを腕に真摯な礼を示した。カシャン、と魔獣避けのランタンを取り出して、ツカサは早速ベッドに腰掛けた。


『いろいろ情報共有多いから、早速始めよっか』

『頼む』


 ぱらり、ラングが手記を開いた。




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