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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
437/466

2-8:散らばった紙

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ラングに弟であることや、未来のラングの関係者であることをどうにか信じてもらうことができたツカサは、改めて突然全てを失ったあの日のことを話した。

 家族、家、友人、世話になった人、神様、そして兄。失ったものが何であったのかをできるだけ短く、けれど熱を込めて話してしまい、時間は深夜を回り眠気覚ましに熱い紅茶を淹れてお互いに飲んだ。椅子とベッドでは少し遠く、床に毛皮を敷いて座り、膝を突き合わせるようにして記憶の宝玉を二人で覗き込み、この人が誰で、どういう関係か、という話をした。

 セルクスが仄暗い青の洞窟の中で砕けたところまで来て、ようやくツカサは話したかった本題を切り出した。


『俺とラングの旅路は、ラングと出会うところから始まって、それが【今の俺】になってる。周囲のみんなが俺のことを知らないのも、家族が消えたのも、始まりである【ラング】との出会いが消えたせいだと思うんだ』

『なんとなく、言いたいことがわかってきた。お前は……失った、旅路、を取り戻すために、私を守ろうというのだな。私がここにいること自体が、おかしいと。ここに居ることで、お前との旅路が消えたのだと』

『そう、たぶん、セルクスが言ってたのってそういうことじゃないかなって。守るって具体的な内容はわからない、けど、それで、俺をここに連れてきた。どうしてこんなことが起きたのかは、正確な理由は、やっぱりそれもわからない』


 ツカサ自身、混乱の最中どうにか思考を働かせているのだ。こうだからこうなった、と明確な答えはなく、憶測でしかない。ラングはその前提を受け止めた上で会話に付き合ってくれている。


『そして、こうした変な事態に詳しい奴らのところへ行こうと言うのだな。そのためにここがどこであるかを明確にしたいと』

『うん、【快晴の蒼】。頼れる冒険者たち。ここがどこかさえわかれば、そこに行く方法を探すだけで良いから、目的が定まるんじゃないかと思って』

『ん、ようやく、わかってきた』


 考え事をしながら呟いたのか、随分子供っぽい返答に少し笑う。シールドの奥から睨まれた気がして話題を切り替えた。


『ひと月前、死んだお婆さんが黒い液体になって、孫娘の体を奪うようなことが起きてるって話、それ、このセルクスっていう神様が魂を(いざな)えなかったせいだと思うんだよね』

時の死神(トゥーンサーガ)だったか、これもまたにわかには信じ難いが、人が死に、その魂とやらを運ぶ、舟の役割の神だったな』


 ツカサとラング、二人がかりで書き記した紙が床に散らばっている。ラングはいくつかを手に取り説明された内容を確認し、ツカサが頷く。


『詳しい仕事内容は教えてもらってないけど、セルクスはその役割と責任をサボるような人じゃない。何か理由があって、魂を誘う仕事ができなかったんだ。それに大怪我を負ってた』

『その理由が、神は神を傷つけられない、殺せないという、規約、制約があるせいではないか、と?』

『そう。セルクスは何か、誰か、神と戦っていた。だから血まみれで……俺をラングのところへ運んで、死んだ』


 ぐっと拳を握り締めて下唇を噛むツカサの横で、ラングは会話を見直すように紙をガサガサと掻き集め、文字を追った。


『お前は、その敵であるものを、シュンという青年だと睨んでいる、だったな?』

『うん。ヴァロキアの王都マジェタで、キフェルへの道中で、スカイで戦って、ダンジョンに生まれた神に成りかけたもの。それを俺たちで討伐してる。あの日、俺の前に現れたのはシュンに間違いない。恨み言も言ってたし、黒い液体も身に纏ってた。あれだって命の成れの果て、まったく同じ神に成りかけたものだとしたら……セルクスが戦ったのはシュンだった可能性もあるんだ』


 ふむ、とラングが紙を捲り続ける。


『記憶の宝玉とやらで見た、肉の中で戦っていたあの青年だな。似たものとは、あの洞窟の直前で会っている』

『あぁ、やっぱり。あの時倒したのが俺たちで、最後のトドメはラングだったから、恨みがあるんだ、きっと。……でも、どうやって世界を越えたんだろう』

『世界渡り、だったな。線を越え、丸から丸へ』


 がさりとラングが紙を揺らす。あの夜のようにツカサが描いた丸と線と丸。こくりと頷き、それから首を傾げた。


『俺の前に居たシュンが、ラングのところに現れたと考えると、世界を越えられるくらいの権能を持っているってことだと思うんだ』

『私にはその世界渡りがどの程度のものかわからない。お前が悩むのならば、難しいことなのだろう。ならば、そもそもそのシュンという人物が、別物だと考えてみるのはどうだ。私自身、あいつの名を知らない』

『……なるほど、それもありだね』


 シュンを構成している黒い液体、命の成れの果て。あれがどういう理由でシュンを成しているのかはわからないが、確かに、あれには膨大な数の命があったはずだ。それが二分割されていたとしてもおかしくはない。お互いに加筆が進む。インクペンではインクに浸す僅かな時間さえ思いついたことが消えていく心配もあり、ツカサは万年筆をラングに貸している。それもあり、ラングは書き足す頻度が高い。純粋に事態の把握のために必死なだけか、ラングは存外新しいもの好きでもあるので、この状況下でもペンを走らせることを楽しんでいるのかもしれない。

 カリ、とペンを上げ、ラングは自身を眺めていたツカサへ次の話題を提示した。


『話を戻そう。時の死神、セルクスが魂、命を(いざな)えなくなったせいで、死者が黒い液体に変わる。そして、生きる者の体を奪う事件が起きている、と仮定だがそれが正しいとして進める』

『うん。根拠としては、廃村とあの静寂の森だね』

『あぁ、あまりにも生きものがいなかった。それが黒い液体に体を奪われまいと逃げたのならば、納得できる』


 お互いに頷き合う。そして、そうするとこの場所も危ういのではないか、と考えが至るのは当然のことだった。何せ既に死体が黒い液体に変わり、娘が一人浸食され始めている。


『疑問もあるんだよね。俺たちがまだこの場所しか知らないだけで、これが世界全体に起こっているのか、この地域が始まりで徐々に広がっているのかでも変わるよね』

『そうだな。それに、ここが何という国なのか、知りたいものだな』

『それなんだけど、俺、【変換】ってスキル……力を持ってるんだけど、ここの貨幣に変えてみたんだ。これ、見覚えある? 【鑑定眼】っていう、ものがわかるスキルで見ると、ゴルドラル大陸共通貨幣、って書いてあるんだけど』


 【変換】と復唱しながらラングは差し出された硬貨を確認し、首を振った。


『いや、私のいた大陸では見たことの無いものだ。ゴルドラル大陸という名も知らない』

『とすると、やっぱりここはラングの世界でもないのかも……。別大陸って可能性ももちろんあるけど、世界を越えてるって直感が強いんだよなぁ』


 理の女神の名も気になる。ただ、名を呼んではならないという点も引っ掛かる。


『とにかく、ここが私の知る場所でないというのは、確定としていい。そうすると目下の問題は言葉だな。お前はなぜわかる? 本当にここの生まれではないのか』

『これもまた【変換】のおかげだよ。あの、ラングの故郷にはないって聞いてるんだけど、スキルっていう、その人の持っている能力が言語化されるものがあってね。俺はそういう、ちょっと特殊なものを持ってるんだ。悪用はしないって決めてるけど、言語をわかるものに【変換】したり、こうやって貨幣を【変換】したりできるんだ』


 先ほど見せた貨幣をくるり、くるりとリガーヴァルの貨幣、ラングの故郷の貨幣、それからゴルドラル大陸共通貨幣へと変えてみせ、ほぅ、と感心した声をもらう。


『便利だ。金に困ることはなさそうだな』

『とりあえずはね』

『もう一つ確認がしたい。お前の左頬に浮かんだ、時の死神の紋様というものだ』

『そうだった』


 左頬に、今は何も浮かんでいないらしい。ツカサは自分の頬を撫で、目の前で胡坐をかき、腕を組むラングに視線をやった。


『たぶんだけど、セルクスが死に際、俺に力を移したんだと思う。あの時の違和感、そうとしか考えられない』


 だからこそ、あの灰を光の粒へ変えることができ、そして身の内へ入れられたのではないだろうか。容量無制限の空間収納で魂の居場所ができている気がした。大猪を討伐した際に仕舞い込んだ灰も、折を見て光の粒に変えてあげたい。


『だとしたら、魂を誘う役割を俺がやるのかな? どこに誘うのか知らないけど』

『神のやることであるのなら、あまりにも背負わせすぎだと思うが』

『そうかも。でも、実際あの時はできた』

『……試すか』


 ラングが呟き、ツカサは顔を上げる。


『孫娘のこと? ……教会って今行って開いてるのかな?』

『どのような教会かわからない。私なら忍び込む』

『え、俺、忍び込み方習ってないよ』

『私の弟子であり、弟なのにか? ……いったい何を教えていたんだ』


 生き方と料理、と伝えればラングはシールドの中に手を入れ、呆れたように息を吐いた。


『未来の私は、余程平和ボケしていたようだな。情けない』

『違うよ。短い時間で本当にたくさんのことを習った。生きるのに大事なことはしっかり詰め込まれてる。もっと時間があったなら教えてくれてたはずだよ、事情があったの! 【ラング】を悪く言わないで!』

『私なのだが』

『そうだけど、そうじゃないけど、そうなの!』


 ラングは両手を上げて議論を切り上げ、ぱちりと懐中時計を開き時間を確認した。あの懐中時計は見ていたものだ。長く使っているのだなと覗き込んだ。


『朝日を確認しておおよそ時刻は合わせた。深夜二時、朝の早い狩人が目を覚ますまで、あと二時間ほどだ』

『動くなら今だね。どのルートで入る?』

『正面からでいい』


 えっ、と驚きの声を上げるツカサをそのままに、ラングは立ち上がった。


『この紙類をその、なんだ、収納? に入れておいてくれ。また確認がしたい時に出してほしい。……良い紙だ』

『イーグリスで買ったんだ。いろいろ書くことが増えてたから。それで、正面からって?』

『祈りたいと望む者を教会が拒むことはないだろう。最悪、金をちらつかせれば飛びつくのが教会というものだ』


 酷い偏見だ。だが、マナリテル教を思い出し、それもそうかと思った。ただの土塊を金に変えることもできるが、なんとなくツカサの良心が咎め、そこはきちんと空間収納に入っている金を変えておく。ざっと確認したところ、この世界での硬貨は五種類あるようだ。貨幣価値を調べるため、等価交換を念頭に置いて【変換】し、ラングにも共有した。


 銭貨は半月形の銅貨一枚へ。

 銅貨は半月形の銅貨十枚と、丸い銅貨一枚へ。

 銀貨は多く、丸い銅貨十枚と、半月形の銀貨二枚と、丸い銀貨一枚へ。

 金貨は丸い銀貨十枚と、電車の切符サイズの金色の薄い板一枚へ。

 白金貨は前述の切符サイズの金色の板が十枚に変わった。


 名称は仮でリガーヴァル読み、ざっと勘ではあるが、

 半月形の銅貨一枚 百リーディ

 丸い銅貨一枚 千リーディ

 半月形の銀貨一枚 五千リーディ

 丸い銀貨一枚 一万リーディ

 金色の薄い板一枚 十万リーディ

 といった感じだ。


 金貨以外にそれぞれ半月形があり、銭貨と白金貨は存在せず、半月形は切って割ってあるのではなく、縁取りがしっかりしているのでそういうものなのだろう。半月形と丸形、不慣れな形は金額計算に慣れるのに時間がかかりそうだ。()()()()があるのならば、いっそ()()()()のようなものがあればツカサにはわかりやすかった。

 宿代は丸い銅貨三枚の三千リーディ。食事なしであることもあり、価格としてはそれなりに安いのかもしれない。はぐれた時のことを心配し、一通りの硬貨をそれなりの枚数ラングに押し付ければ、施しを好まない男は大変に不機嫌ではあったが、状況を考慮し、仕方なくといった様子で受け取ってくれた。だから、一言添えておいた。


『安心して、それ、兄さんと貯金しようって言ってた分から二等分で出してるから。それは【ラング】が稼いだお金だよ』

『そういうことならば、わかった』


 結局手つかずの貯金があってよかった。備えておくと、こういう時に使えるんだね、と胸中で呟き、諸々を片付け、そっと宿を抜け出した。宿の正面玄関に鍵は無かった。既に金は支払っているのでそのまま出て行ってもいいつもりで教会を目指す。町の少し外れ、墓地の横、迷い人を誘うように微かな明かりが今にも消えそうに教会の扉で揺れていた。

 ラングは迷わずにノッカーを鳴らした。深夜二時過ぎ、ゴトゴト、と言う鈍い音がよく響いた気がして思わず周囲を見渡してしまった。少しの間を置いて中から人の動く音がした。ラングはするりとツカサの後ろに下がり、背を押した。通訳は任せるということだろう。ツカサは喉を鳴らして扉が開くのを待った。眠そうな老人が現れ、中から照らされた明かりにツカサは綺麗な礼を取った。


「旅人かね? 宿ならもう少し先の方だ」

「夜分遅くすみません。えっと、宿ではなく、最近、変なことが多いというので、祈りを捧げたくて」


 これでいいのかはわからないが、それっぽいことを言ってみた。ツカサの後ろに向かってランタンをかざした老人は眉を顰め、それから入りなさい、と言ってくれた。後ろを窺えばラングの姿がなかった。無言で居なくなったことに眩暈を覚えながら、促されるままに入り込み、最前列から数えて二列目に座り、なんとなく手を合わせた。恐らく、こうして老人、神父を引き付けている間に娘を探しに行ったのだろう。事前相談という概念をあとで教え込もうと思う。


「祈りは必要かね?」

「お願いします。あ、あの、少ないですが……」


 そっと銀貨、丸い形の方を差し出せば迷わずに受け取られた。寝間着のままではあるが神父は祭壇に立ち、どさりと経典を開いた。眠くても職務に従事する姿勢は立派だ。


「この世の理を愛する女神よ、今ここにいる迷える子羊を導き給え。我らが旅路は誘惑と苦難に満ちている。その中、我らはただ一つの光を探し求め、生きていく。理の女神よ、我らが導きの光よ、我らが救いよ、どうかその安寧の腕に、我らを導き給え。救いを(サンメル)


 ツカサは祈りを捧げるふりをしながら、その言葉をメモをした。書き終わり顔を上げれば、神父の背後に黒い影が落ちてきて目を見開いた。ふわりと降り立ったそれは神父の首に手を回し、神父の眼が瞼にぐるりと消えていく。そっと祭壇の裏に寝かせるようにしたのだろう、倒れる音はしなかった。灯された蝋燭の中、立ち上がり、ぼんやりと浮かび上がる黒い影は死神を彷彿とさせる。黒いシールドが軽く揺らされ、来いと示された。


『見つけた。行くぞ』

『ほんっとにびっくりさせてくれるよね。殺してないよね?』

『眠らせただけだ』

『ならいいけど』


 ツカサは立ち上がり、慣れた様子で死神が誘う方へと駆け寄った。

 



若干の泣き言です。

旅人諸君、きりしまに加筆と、書き下ろしをたくさん書かせてください。

書籍ぜひお手に取ってください……!


web版も引き続き頑張ります。

面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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― 新着の感想 ―
電子書籍版購入しました。 挿絵のラングもかっこいいし、描き下ろしイラストは部屋に飾りたいほどでした。 作者様のおっしゃる通り、加筆が多くキャラクターの厚みが増していました。 「第一章スヴェトロニア」…
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