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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
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2-7:言の葉を紡いで手繰る

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ぴくりとラングの指先が震えた。即座に席を立つことはないが、今伝えた情報だけでも取り乱してもおかしくはない。それでもぐっと堪えたラングに、ツカサは答えを待った。

 時間がどういう仕組みでできているのかなど、ツカサにはわからない。もしかしたらこの出会いを踏まえた上でのサイダルでの出会いだったのかもしれない。そうではなく、これが違う時間軸になるのかもしれない。答え合わせのできる相手はいない。正しい答えなどわからない。だが、最善を選ぶことはできるはずだ。ツカサはただ強く目を瞑り、ラングの答えを待ち続けた。

 暫くして静かな深呼吸が聞こえた。


『手記は読めということだとはわかる。そちらの宝玉は?』


 ぱっと顔を上げ、希望に笑みが浮かぶ。いつの間にか暗くなっていてラングの輪郭すらよく見えなかった。明かりが漏れてもどうかと思い、ツカサはお互いの輪郭が薄っすら見える程度のトーチを置いて、手を伸ばしたラングに二つの贈り物を渡した。


『記憶の宝玉は、明かりにかざしてもらえればいいよ。それ、俺の兄さん、ラングが……相棒と旅に出る前にくれたんだ』

『それが私だというのか。にわかには信じられない』

『そうだね、信じられないと思う』


 否定はしない。ツカサだって同じことを言われれば混乱する。受け止めてもらえただけでも有難い。ラングはツカサのトーチに赤い宝玉をかざし、じっと眺め続けていた。遠目にも記憶がゆっくりと巻き戻るのが見え、ツカサも見守った。面白い宝玉なのだ。指の中で角度を変えれば速度が変わる。見たいところを見たいように見れるわけではないが、様々な角度で記憶を覗けるというのは本当にすごいと思う。そして、それを預けてくれたラングが如何にツカサを信頼してくれていたかがわかる。どうか通じてくれ、とツカサは両手を握り合わせて祈り続けた。

 優に二時間は待った。途中から祈るように握り締めていた手は痛み、握力を失いそうで力を抜き、コップに水を、片手で食べられる小さなパンのようなものを用意し、記憶の宝玉を見続けるラングを待った。ツカサ自身、あれを最後まで見たことはない。学園のことで忙しかったこともあり、日記を書くときに少しずつ覗いてはいたが、草原の旅路にすら辿り着けていない。人生を覗くには、ラングのそれはツカサの倍以上の長さなのだ。

 ラングは指先で記憶の宝玉をくるくると回し、流れる記憶を見続けていた。どこまで見られたのか気になってついに尋ねた。


『あの、今どのへん?』

『どこと問われても困るのだが、そうだな、森の中で熊と戦っている』


 というと、サイダルで出会う前だろうか。


『記憶を送るの早いね? よく見なくて平気?』

『これが私の記憶であるというのならば、私が知る記憶でなければ意味がない。随分長いようだが、辿り着けるのか?』


 なるほど、言われてみればそうだ。記憶の宝玉は記憶の持ち主の主観で進んでいく。その視界にラングは映らないのだ。だからラングは宝玉を揺らし続け、巻き戻し、今の自分が知る記憶を探してくれているのだ。任せっきりで悪いことをした。


『だとするとちょっと大変かも、ラング、俺と出会った時四十八で、それもらったの五十一とかじゃないかな』

『一応、その年までは生きられるということだな』

『うーん、これ本当に見せて大丈夫なのかな』


 急に不安になってきた。ラングがツカサと出会うまでの旅路もまた、【ラング】を作り上げた軌跡であり経験のはずだ。鍛錬を怠る人ではないだろう。だが、その人生で失ってきたものは多かったとも言っていた。防ぐ手立てがわかればそうしたくなるのも人であり、ツカサもそうだ。そのための今この時間だ。


『知ったことで変わることってあるよね、えぇ、どうなるんだろう……』

『見るのをやめてもいいが』

『見なくても信じてくれる?』

『半々だな』


 信じるには微妙なところというわけだ。


『そしたら、手記も見てみて、それ、ラングが俺にくれた秘伝書なんだよ。薬草、毒草の扱い方とか、調合を書いてくれてるんだ』


 トーチを手元に持っていき、ラングの横に立って手記を開いてもらった。ぱらり、一ページ目には丁寧な文字で『鑑定眼を使うことを忘れずに』と注意書きがある。言葉でも言われたことだが、こうして大事なことを書いておくマメな人だった。じわりと目に涙が浮かび、瞬きで誤魔化した。


『確かに、私の字のように見える。知らない調合もあるが、いくつかの調合はリーマスに教えてもらった秘伝だ』

『でしょ? リーマスさん、暗殺者だったから毒の扱いはよく知ってたみたいだし、ラング、毒草サラダを食べさせられたりしてたって言ってた。この手記も相棒と旅に出る前にくれたんだよ』

『私のことも、リーマスのこともよく知っているようだな。ところで、相棒とは?』

『アルっていう槍使い。ちょっとリーマスさんに雰囲気が似てるんだよ。えっと、この人』


 仮初の記憶石を取り出し、それもまたトーチにかざして見せた。上に持ち上げてかざしたものを、ツカサと同じようにラングが覗き込む。同じものを見ようとしてくれるラングにも泣きそうになった。これは光景を写したものなので、ラングの姿もそこにあった。黒いシールドの男が何人もいるとは思っていないらしく、ふむ、と息を吐き一つ納得。その隣、ツカサの指差した黒髪の槍を持った青年に首を傾げた。


『確かに、リーマスに似ている……?』

『手足の長さとか、飄々としてるとか、うん、言ってた』


 ふむ、とラングは腕を組み顎を撫でた。少し唇が尖っているのは、いつへの字になるようになったのだろう。暫くの沈黙の後、ラングはゆっくりと腕を解いた。


『お前の言うことを信じてやってもいい。私が、私の手で、こういった代物を書き記し、渡すのならば、余程お前を信頼をしていたのだろうと思う』


 手記を揺らし、言われ、ツカサは何度も頷いた。


『だが、よくわからない。お前と出会った私が四十八ならば、今私と出会っているお前は何なんだ?』

『うん、わかるよ、混乱するよね。ラングが若返ったか、それとも若い時なのか、それは俺にもわからない。ここからは全部俺の憶測になるんだけど、それを前提に聞いてもらっていい? もう少しだけ補足もしたい』

『長い夜になりそうだな』


 肩を竦めたラングにツカサは笑う。初めて火起こしを習った夜、満天の星を見上げて厳粛な気持ちを抱き、泣きながら食べたスープの味も思い出せる。


『あの日の夜も、長かったよ』


 ツカサは微笑を浮かべ、ラングに語った。

 とはいえ翌朝にはここを発たねばならないこともあり、要所要所掻い摘んでの旅路だ。貰った大事な言葉や生き方の部分は話せば話すほど長くなってしまう。それはまた時間のある時に話したい、と何度も断りを入れながらラングと歩いた道を、解決した出来事を話して聞かせた。アイスドラゴンの鱗を取り出し、ファイアドラゴンの鱗を取り出し、宝石の原石、ラングの持っていた三脚コンロに憧れて作ってもらった同じもの、乾燥ハーブティー、とっておきのハチミツミント、既に砕けてしまってレイスからドロップした石はないが、括ったままの形の革紐など、教えてもらったこと、貰った物をツカサは並べていった。


『それから、これ。ラング、今も飲んでるかな』


 そっと差し出したのはホットワイン。大事な時に飲むのだと思いずっと取ってあった、ラングが作ってくれたものだ。コップを受け取り、ラングはそれを嗅いでからゆっくりと飲んだ。


『……私が作るものと同じ味だな』

『ラングが俺に作ってくれたんだよ。王都マジェタから逃げてキフェルっていう国境都市に行く間に、作り方を教えてもらってさ。その時の……俺のとっておき』


 ふふん、と自慢げに言えばラングは小さく、呆れたように笑った。笑うのだと驚いてしまった。


『お前の手柄ではないだろう』

『いいんだよ、本人に本人の作ったものだって証明ができれば!』

『それで? 別行動になり、海、を渡り、再会してどうした』

『えーっと、街同士の争いがあって、あの世界にはダンジョンがかなりたくさんあってね』


 結果だけしか知らないが【紫壁のダンジョン】の停止にラングが相棒のアルと尽力していたこと。街の門を前にしてラングと剣を打ち合わせたこと。【黄壁のダンジョン】の停止を行い、それから、二人で草原へ行ったこと。


『冠雪を頂く山を見せてやりたいって言ってくれて、わざわざ草原まで行ったんだよ。そこで少しだけ弓も習った』

『……そうか』


 ラングは何かを考え込んでいて少しだけ生返事だ。


『大丈夫? 眠い? 昨日も不寝番任せちゃってたもんね』

『問題ない、休む方法は心得ている。作り話にしてはあまりにも私のことを知りすぎていると考えていた。私が草原に行ったことは、リーマスとベネデットしか知らないことだ』

『そうだったんだ』

『私はそこでお前に何を話した?』


 試すような声だった。ツカサはその問いに真摯に答えた。


『ラングの生き方の片鱗を話してくれた。エトヴィン、ラングの実父のこと。リーマス、ラングの師匠であり父のこと。それから、草原で出会ったもう一人の師匠のこと』


 ラングに黒い弓を譲った草原の民。ゆっくりと咀嚼したいと日記に書いたことを思い出す。未だそれはツカサの中で消化されず、書き切れていない。ラングはシールドを傾けツカサから視線を逸らすと膝に肘を置き、口元を押さえ、また動かなくなった。ツカサは待つべきだと思った。

 また暫くの時間を置いて、ラングはゆっくりと体を戻した。


『信じ難い出来事を目の当たりにしている。だが、お前の言うことは私の秘密に触れる。私は草原でのことを誰にも話していない』

『リーマスさんにも話してなかったんだ』

『あぁ、これからも話す気はない。だというのに、お前は聞いたのか』

『うん、ラングが話してくれたんだ』

『……草原の、名と、師匠の名は?』

『コロトヤ草原、お師匠さんの名前は、リト』


 ラングは観念したように深い息を吐いた。腰のポシェットを叩き、草原でツカサを射たあの黒い弓を取り出し、シールドを揺らす。


『リーマスのこと、ベネデットのことであれば、広く知られている事実であり噂だ。そこをいくら掘り下げられたところでお前のことを信用する気はなかった。だが、リトのことを知っているのならば話は別だ。あいつは……』

『ラングに弓を教えて、馬を与えて、亡くなった』

『そうだ。だから、誰も知るはずがない。あいつは草原で一人だったからな』


 弓が仕舞われ、ラングはツカサを見据えた。


『私はお前を信じよう。お前は私が草原のことを話すほど信頼した、私の弟であり、私を守りにここに来た。そうだな?』

『ラング……!』

『詳しく教えろ。お前が秘密を明かしたのならば、私はそれに応えるつもりだ。何があった』


 【ラング】が話してくれたことが、教えてくれたことが、ラングの信頼もまた勝ち取った。ツカサは万感の思いが駆け巡る胸を押さえ、声を震わせながら改めて何があったのかを話した。

 



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