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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界

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2-6:溶ける弔い

いつもご覧いただきありがとうございます。


 訝しみながらも町へ入れてくれた人はこの街の自警団の一人らしい。そうした組織がここにもあるのだと認識し、また一つ安心した。何かしら治安を守るための組織があるということは、そこに法があるということだ。守らなくてはならない規律や規則は学ぶ必要があるものの、守りさえすれば危険はない。ツカサは相槌を打ちながら宿へ案内を受けた。

 木の骨組みにでこぼこした焼いたレンガのようなもので造った家屋。そこに石灰か何かを塗り、隙間を埋めている感じだ。屋根は薄い石を重ねて並べてあり、水はけは良さそうだ。

 町の中では子供たちが草の球を使って遊ぶ姿もあれば、井戸端会議中の女性の姿もある。こちらに気づけばひそひそと噂話される気配に、居心地が悪い。男手は屋根の修理をしている人もいるが、多くは腰に鉈などの武器になるものを下げている。町の緊張感が高いと思った。

 ラングはゆっくりと男とツカサの後ろを行きながら、双剣の柄に手を置いて構えている。


「あんたら旅人なんだろう? 最近の変な出来事について何か知らないか?」

「あー、兄さんがこんな感じだから、時々しか町には寄ってなくて。逆に、何かあったの?」


 ふぅん、とラングをちらりと見てから、男はちょっと来い、と道を逸れていった。連れて行かれたのは教会の裏、町の共同墓地だった。人が住めば墓地は広がる。柵の一部が取り払われ、向こう側の木が切り倒されている。明らかに作業途中でやめた状態に眉を潜めた。そこから案内されたところに視線を戻せば、墓石代わりに岩が置いてあり、最近掘り起こされた跡もあった。


「誰か死んだの?」

「あぁ、町の年寄りがな。それはまぁ、寿命だから仕方ないことなんだが、問題はその後でよ」


 曰く、死者が溶けたのだという。この町では土葬、本来であれば時間を掛けて土に還っていくのだが、どうもそうならなかったらしい。土葬というと、ツカサは膝を抱え込んだ姿を思い浮かべる。忘れた頃、将来、掘り起こして骨が出てきたら怖いなと思い、そっとラングと顔を見合わせた。シールドは動いていないが、その中で双眸がこちらを見ている。あぁ、そうか、言葉がわからないのだ。


『後で共有するから、わかってます、って顔しておいて』

『そうするしかなさそうだ』


 ラングは肩を竦め、三歩離れ、周囲の観察を始めた。自警団の男はそれを不思議そうに眺めている。再び視線に割り込み、ツカサは苦笑を浮かべた。


「変なことが起きてるっていうから、兄さんが周囲を見てるって。それで、もう少し詳しく聞かせてもらっていい? 死者が溶けるってどういうこと?」

「あぁ、それが、溶けるっていうのも正しいかどうか……」


 男は首を摩り、困った様子でぶつぶつと説明をしてくれた。最近、老人が死んだ。八十歳とかなり長生き、高齢で、いつ亡くなってもおかしくなかった。子に、孫に看取られての大往生、町の知恵袋だったそうで、それは丁重に弔われたという。遺体を木製の棺に入れ、土葬し、あとは大地がゆっくりとそれを自然に還す。しかし、翌日、その老人を埋めた場所に、地面に黒いものが滲んでいたらしい。


「孫娘がそれに気づいて、親を呼びに行った。おばあちゃんっ子でな、翌日も墓参りに行く、優しい子だ」

「いい子だね」

「そうなんだ。でもな、おかしくなっちまった」


 どういうことだ、と首を傾げれば男は肩を落として事の顛末を教えてくれた。

 翌朝、家族は孫娘が家に居ないことに気づき、慌てて探し回った。孫娘は夜の間にふらりと家を抜け出して祖母の墓を掘り返したのだろう、埋めたばかりの木棺の中、黒い液体に浸りながら眠っていたらしい。そこに祖母の遺体は何一つ無かったという。

 黒い液体。魂の成れの果て。ツカサはそっと尋ねた。


「最近っていつ?」

「ひと月ほど前だ。あんた、あの無人の村見てきたんだろう? 少しはやり取りがあったもんで、全く来なくなったから自警団で見に行ったんだが、誰もいなくなってて、教会に閂がかけられて、怖くて中は見てないんだが……」


 何か見ていないかと暗に問われ、ツカサは怖くてすぐに出てきた、と言った。


「まぁ、旅人なら危険には近寄らないか」

「死体が溶けるなんて、黒い液体なんて、なんでだろうね」

「旅人のあんたが知らないんじゃ、俺にもわからんよ。ただ、そういうこともあって、よくわからん恐怖が俺たちの中にもある。あんたの兄さんの見目もあるからな、長居はしないようにしてくれ」

「ありがとう。一晩休ませてもらったら、明日には出るよ」


 そうしてくれ、と男は疲れた笑みを浮かべていた。ツカサはふと、思いついたことがあって一つ聞いてみた。


「その孫娘さん、おかしくなったってどんな風におかしくなったの?」

「自分のことをテレサ……、亡くなった祖母だと言っているんだ。けれど次の日はメリア、孫娘だという。また翌日はテレサ、メリア、段々とその、名乗る時間が短くなってきて、両親も困惑して、悪魔がついたって言って、今は教会に預けられているよ」


 男の視線を辿り、あの村と同じシンボルのトンガリ屋根を見上げる。丸い輪の中に天使が象られているような、そんなシンボル。悪魔祓いなどの文化でもあるのだろうか。


「教会に預けて解決するものなの?」

「わからんよ。ただ、神様ならどうにかしてくれると信じるしかないのさ」

「本当に無知で悪いけど、なんの神様?」

「崖の上には違う神様でもいるのか? ……あんたは悪い奴じゃなさそうだから教えてやるけどな、あんまりそれ、大きな声で聞くなよ? (ことわり)の女神様さ」


 ツカサは目を見開いた。理の女神。それは恐らく、この世界の神を指すだろう。リガーヴァルはあの世界で表立って信仰されてはいなかったはずだ。つまり、この場所はリガーヴァルではなく、やはり異世界なのだろう。理の女神か、女神を信じるな、と言ったセルクスの言葉を思い出した。神様の名は把握したい。


「ありがとう、女神様のお名前は?」

「不敬に当たるからお呼びしてはならないのさ。女神様の名を呼ぶ時は、自分が見られる時だ。目が合うと天罰が下ると言われているからな、聞かないでくれ。さぁ、小さい宿だが案内しよう」


 女神の話題を避けるように促され、ツカサは離れたところで待っていたラングに手を振った。

 宿は木造の二階建て、一階が村人の憩いの場である酒場だ。収穫前で余分がないと言われ、食事は無し。携帯食料を食べるから心配しないでくれと言えば、女将はホッと胸を撫で下ろしていた。金はそっと空間収納で【変換】を使い、この世界の金に変えた。使えるものは全て使えと言われている。これは必要な【変換】だ。それに、こうしたことで気づけることがある。この金は見たことがない。予感は徐々に確信へと変わった。

 部屋は二階の奥、鍵はない。木枠のベッドに藁が敷き詰められ、その上に布が敷かれている本当に簡易なものだ。上に掛けるのは自分のマントだろう、掛け布団はなかった。歩き疲れているのですぐに休むと伝え、二人で部屋に入り扉を閉めた。案内してくれた女将の足音が遠のいてからツカサは鍵魔法を使い、ラングを振り返った。


『お待たせ、情報共有しよっか』

『頼む。しかし、どこの言語だ? いくつか知ってはいるが、どれとも音が違う』


 さすが、勤勉な人だ。理解ができなかったことに悔しそうではあるが、その若さで既にいくつか知っているのかと感心しつつ、ツカサはまず防音魔法障壁について説明をした。いまいちピンと来ていなかったので実際に使ってみせた。体を通って抜けた感覚には驚いてはいたが、すぐに適応はしたらしい。ギシリと酷い音を立てる椅子に座るラングに対し、ツカサはベッドに腰掛けた。いつもの感覚で居たので思ったよりもがさりとした尻の下の感触にもじもじした。

 先ほどの会話を伝えたところ、ラングは腕を組んでじっと考え込んでいた。黒い液体という点でやはり思い浮かべたものは同じらしく、あの廃村が話題になった。


『あの黒いものを斬り刻むと現れるのは灰。黒い液体に浸かると人が狂う。関係性はあるだろうが、私には事例がない。お前は灰を命だと言っていたな、まさか死者が憑りついたなどという話か?』


 事例がないとは言いながら、的確ではある。ツカサは同じように腕を組み自分の見解を示した。


『憑りついたというよりは、乗っ取られたのかなって思ってる。ほら、あの大きな猪、乗っ取られたドルゥムって名前だったんだよ。魂、命がある人の、あるものの体を乗っ取る、なんだか嫌な話』

『その不思議な眼とやらは随分とよく見えるようだ』

『信じてくれるの?』

『手掛かりになるのであれば、可能性として受け止めるべきだろう。実際にあるかもしれないと考えることは、大事らしい』

『有難いけど、何の話?』


 ツカサはこてりと首をかしげたが、ラングはそれ以上は続けなかった。まあいい、ツカサは話を戻した。


『あの教会、名前を言えない女神様を祀ってるらしいよ。目が合うと天罰が下るから、名は言えないんだって。そこに、その、気の触れた孫娘さんがいるって』

『神などと、役に立つとは思えない』


 ふん、と息を吐き、ラングは悪態をついた。そういえば、教会に対しラングは随分と敵愾心を持っていた。あれも何があったのか聞けばよかった。ツカサは苦笑を浮かべ、頬を掻いた。


『溶ける死体と、溶けない死体の差とはなんだろうな』


 ラングはまだ考えてくれていたらしい。確かに、何が違うのだろう。


『廃村だと綺麗な形ではなかったけど、遺体は残ってたもんね。教会の壁とかに黒いのはべったりついていたけど』

『私自身が黒いものに襲われたから思うのだが、奴ら、死者が溶けてできたあの黒いものに()()()()()()のではないか?』

『なるほど、だから閂も掛かってたし、祭壇前で身を寄せるようにして、怖くて、死んだのかな。ということは、黒いものは、生きているものでないと奪えないのかも』

『可能性だがな』


 うん、でも、大事、とツカサは頷き、今話題に出たことを取り出した手帳にメモをした。ツカサは手帳を睨むようにして考え込んだ。恐らく、今頭に思い浮かんでいることは大筋としては正しい。ひと月前という点に関して不安も残るが、知らないところで何かがあったのだろうとも思える。状況は不味い。未来がどうなるかはわからない。けれど、もはやラングという男の理解力と良心、その口の堅さと信頼に賭けるしかないような気がした。


『ラング、あのさ、見てほしいものがあるんだ』


 ツカサはごそりと空間収納からあるものを取り出した。木窓の隙間から覗く夕方の陽射し、その赤みを増した光の中でそれ以上に濃い赤が煌めいた。差し出されたものをラングはちらりと見てからツカサに視線を戻し、先を促した。


『これ、記憶の宝玉っていう不思議な石なんだ。血が籠められていて、その血の持ち主の記憶をここに、閉じ込めてある、そんな宝玉でさ』

『あぁ』

『ラングはどうして自分を守るのか、わからないって言ったでしょ? 俺が説明できなかったのって、すごく、事情が複雑だからなんだけど、それだけじゃなくて、どう証明すればいいのかわからなかったからなんだ』


 次いで、ツカサは革紐で十字に括られた手記も取り出した。


『今、俺は全面的にラングの信頼と、協力が欲しい。だから、持てるもの全てを賭けてラングに存在を証明したい』


 ぐっと二つを差し出し、ツカサは真っ直ぐにシールドの奥の双眸を見据えた。


『改めて名乗ります。俺の名前はツカサ・アルブランドー。草原の夜明け、処刑人(パニッシャー)・ラングより改名を受けて、リーマスの子となり、あなたの、ラングの弟となった男です』



 

本日13時にも更新あります。


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