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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
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2-4:一人悩む

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ツカサは次に目を覚ました時、さく、さく、と草を踏む足音と、振動を感じた。

 呻いて目を開けば、視界はゆらゆらと揺れていて、そこに布団があってツカサは目の前の布に顔を押し付けた。


『やめろ』


 端的に帰ってきた心底嫌そうな声に目を瞬かせ、今自分が抱きしめ頬ずりしたものがラングだと気づく。あの集落から離れる必要はあった。だが、ツカサが昏倒してしまい、ラングは仕方なくツカサを背負って歩き始めたのだろう。ツカサは申し訳なさそうに呟いた。


『ごめん』

『歩けるか』

『うん、まだ少し頭が痛いけど』


 手を放され着地、ツカサは額を押さえ、ラングの腰にあるランタンの明かりに周囲を見渡し、空を確認した。木々の隙間は狭かったがその先が黒いのですっかり夜らしい。ラングはマントを整えてツカサに黒い仮面を揺らした。


()()()()だな』

『ごめん、助かったよ。なんだったんだろう、あれ』

『私が聞きたい。今はあのおかしな紋様も消えている』


 ツカサは自分で見られない自分の左頬を撫で、少し揉んだ。どこかにあの痛みが残っていないか確かめたかった。すっかり事態に置いていかれているラングはいろいろと聞きたいことが多いらしく、不満そうな雰囲気を醸し出していた。とはいえ、ここで足を止めるよりはどこか開けた場所を探して野営をする方がいいだろう。そう提案をすれば、ラングはそのつもりで足を進めていたらしい。


『崖側に行ったところで道はない。あの集落から細い道があった。今はそこを歩いている』


 ラングが腰に着けていたランタンで道を照らして示し、ツカサは方針を理解した。あのランタンはラングがあの時も持っていたものだ。それぞれの道具がどのタイミングで手に入ったものなのかがわからず、ツカサは『これもあるだろう』と思わないことにした。ランタンを手にしたラングがゆっくりと振り返った。


『野営する場所を探しながら、話をしたい』

『賛成、そうしよう』


 異論はない。さすがにセルクスの権能を持ってしまった身としては、ラングに情報共有をしたかった。どこまで話せばいいか覚悟は決まらないが、問われたことのいくつかは答えるべきだろう。

 周囲にトーチを浮かべてラングと共に細い道を行く。


『何から話せばいいのか、まだわかってないんだ。答えられる質問と、まだダメなのがあると思う』

『そのダメな基準というのはなんなんだ』

『また最初から答えにくいことを選ぶんだから』


 歩き、休める場所を探しながら、ツカサはアバウトに答えた。


『守りたい人を、守れなくなる可能性があったら、ダメかな』

『また謎が深まった』

『難しいんだよ』


 昔サイダルで、高校二年生に頭を使わせてくる、と思ったことを思い出した。ラングはツカサが答えないことは理解したらしく、質問を変えてきた。


『お前の、まほうといったか。こうした明かりもそうだが、水を用意できたりとかなり有用であることはわかった。どんなロストアイテムを利用している?』

『魔法ね。ロストアイテムを使った時と同じような、不思議な力ってだけで、これ、ロストアイテムを使っているわけじゃないんだよ』


 黒い仮面の中、眉を顰めたな。ツカサはええっと、と言葉を選んだ。


『たぶん、ラングの故郷にはないと思うけど、魔力っていう、力があってね』


 それをこう、形にすることを魔法っていうんだよ、とどうにか説明した。質問を重ねられたが、ツカサには上手く説明ができなかった。扱いを知っていても、原理には疎い。ツカサは、たとえば火を起こす時に薪と火種が必要だろう、その火起こしを魔力という薪と火種が一つになったものでできるのだと言った。では扉を砕いたものは、お前が手に出したものは、と問われ、ツカサは唸った。風を起こすためのエネルギーを魔力でやっている、水魔法を凍らせるためのエネルギーを魔力でやっている。イメージで扱えてしまっているが、なんとなく、そういう認識なのだ。これがシェイだったならば、小枝を手にできる限りの説明をしてくれたかもしれない。

 ラングの知的好奇心に付き合っているとツカサもなぜなのだろう、と気づくことは多い。とはいえ、答える術のないツカサには苦行でもあり、トーチで視界を確保して、喉が渇いていないかと問いながらコップに水を入れ、誤魔化すように差し出した。ラングは警戒しながらもそれのにおいを嗅ぎ、舐め、毒物が入っていないことを念入りに確認してから喉を潤した。口にするものへの警戒心はいったいどんな経験からそうなったのだろう。

 空が白んできた頃、ラングはここで休もう、と少しだけ開けた場所を指した。恐らく、あの村の人々がこの道を移動する時、ここで足を休めていたのだろう。人の手が入っていた。木が切られ、草を踏み、火を起こした跡があった。


『お前はなぜ私を守ると言うんだ?』


 ラングは枝を集め、葉を集め、薪の跡に置きながら尋ねてきた。ツカサは魔法を種火代わりにして火をつけてから頬を掻いた。


『すごく個人的な理由だよ。ラングを守れば、俺の家族や友達が守れるんじゃないかって、私利私欲』

『繋がりがわからない。お前の依頼主とやらも誰だかわからない状況ではな』

『だったら、ラングもどうして、俺と一緒に居ていいと思ってくれたの? 契約はあるし、破るつもりもないけど、もっとごねられると思ったよ。俺だって、君を守りに来たんだ、なんて言われたら、ちょっと怖い。……ごめんね』


 火が起こって煙が細く上がり、ラングは干し肉を取り出しながら肩を竦めた。


『痕跡は残さなかったはずだが、お前は的確に私の後を追ってきただろう。追えるものがあるのだろうなとわかった。殺すか悩んで、まほうが有用であることを思い出した。ギルドラーは利用し、利用されるものだ。お互いの利害が一致さえしていれば、上手く使う』

『はっきり言いすぎじゃない?』

『お互い様だ。お前もお前の事情で私を守るのだろう?』

『まぁ、それもそっか』


 とにかく、なるほど、逃げても追ってくる、その相手を殺すのはいつでもできるが、使い道があるかもしれない、と考えたからこそ、きっちり契約を結んで行動を共にしてしまおうと思ったのか。ツカサが破ればそれまで、というのもあって、ツカサに協力する方針へ舵を切ったらしい。なんにせよ、ラングと居られるのは助かる。セルクスの言葉もあり、現状の鍵はラング自身なのだ。うん、と一つ頷いて顔を上げれば目の前で薄い茶色いものが揺れていた。干し肉だ。


『ありがとう』


 いただきます、と小さく首を揺らし、齧る。ミチミチと弾力のある肉、噛めば噛むほど味が出て、体温でじゅわりと脂が滲んでくる。懐かしい、美味しい。そういえばこれを炙りたいなと思ったのだった。目の前の焚火にかざせば肉の焼ける良い匂いがした。じりっと脂が浮かび、手元に戻せば指に滴るほどだった。温まった干し肉は香ばしさを増してやはり美味しい。じっくりと噛みしめて味わい、最後は行儀悪だが指を舐めてしまった。


『美味しかった! ご馳走様』

『そうか』


 ツカサがきちんとお礼を言ったことに少し驚いたようだが、向こうからもゆっくりとした会釈が返ってきた。ラングがそうした礼儀を大事にする人なのは変わらないようだ。薪がぱちりと火の粉を上げて、空気が動いた。


『まず、ここがどこなのかを調べなくては』

『そうだね。あとさ、ラング、年いくつ?』

『知ってどうする』

『好奇心』


 なんとも緊張感のないツカサに、ラングは呆れたらしい。ツカサの好奇心を満たさなければ次の話題にいくこともないと思ったのだろう、深い溜息の後に答えがあった。


『二十二だ』

『一つ違いだね』


 やっぱり若かった、とツカサは自分の予想が当たっていたことに内心でガッツポーズを取った。逆に、ラングは驚いているようだった。


『どうしたの?』

『十七、八かと。上か? 下か?』

『下、二十一』


 ほぅ、と感心した声にムッとした。十七の頃に比べれば体もしっかりした、身長も伸びた。だというのに未だに幼く見られてしまう。リガーヴァルでは周りがいい大人ばかりだったので童顔に見られても仕方ないと思っていたのだが、ほぼ同い年のラングにそう言われるということは、そろそろ認めるべきかもしれない。でもな、と考え込む青年をほったらかしにして、ラングは空を見上げ、再びツカサに視線を戻した。


『完全に夜が明けるまではここで休む。それでいいか?』

『うん。ごめん、俺、頭痛くて、少し眠ってていい?』

『わかった』

『ありがとう。水、置いておくね』


 ポーチから桶とポットを取り出して水を入れ、ポットの水をスプーンで一口飲んでみせてから、そっとラングに寄せておいた。ツカサは木の根元に座り込むと灰色のマントを頭の上から被り直してその中で腕を組み、目を閉じた。カタ、パシャ、と水を使ってくれるラングの音を聞きながら、思案という睡魔の中に沈み込んだ。


 まず一つ、これでいいはずだ。セルクスがわざわざ連れてきた場所でラングと出会えた。意図を察するなら、ラングを守れということであっているはず。ただ、何が起こっているのかがまだわからない。シュンがいたことも、セルクスが砕けたことも、相手が誰であったのかも、どうしたらその謎を解くためのヒントを得られるのだろう。

 ここがどこであるのかを調べるのは賛成だ。それと同時、ツカサはこの世界の宗教について知りたいと思った。リガーヴァルで見聞きした多くの宗教。それらは土地に根付いたものであり、国の、人々の根幹でもあった。その点、日本人は世界的に見ても珍しい民族だったそうだが、その意味は今ならツカサにもわかる。

 とろりと思考が微睡み、思考に意味がなくなってきた。いろいろあって疲れているのだ。ここは素直に眠ろう、と頭の重さで首が傾いていく。

 ふわ、と夢が見えた気がした。アルブランドー邸の夕食の風景。テーブルに置いた鍋からスープをよそい、皆の手に渡っていく。いただきます、と静かな声が告げて、各々のイントネーションと勢いで言い、好きなものから食べる。パン切りナイフを取って、サラダを取りたい、スープのおかわり。今日はこうだった、明日はあれがやりたい、これがやりたい。明るい明日を、変わらない未来を信じて疑わなかったあの日々。どこにいってしまったのだろう。

 一人で抱え込むには重すぎる一人だけの記憶。全て話してしまいたい。けれど、それが正しいのかがわからない。今だけは、神様からのお墨付きが欲しかった。

 腕枕にした腕にじとりと熱い涙が沁み込んでいき、ツカサはマントの中で一人きりだった。




13時にも更新あります。


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