表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界
432/465

2-3:左頬の痛み

いつもご覧いただきありがとうございます。


 すったもんだあったものの、どうにかラングの隣にいることを取り付けたツカサは、一旦の安堵にそっと胸を撫で下ろしていた。しかし問題はまだ山積みだ。臆病風に吹かれエドと名乗ったことでラングの警戒心は上がってしまったし、ツカサという本名を伝えたことがあとにどう響くのかもわからない。

 真実を話したとして、ラングに頭のおかしい奴だと、今後の発言について真面目に受け止めてもらえないことも困る。ただ、そうだというのならば、心臓を賭けるほどの契約を結ぶか、とも思うのだ。ラングの中で何か直感めいたものか、経験則か、自身にそれを課してもいいと思う何かを見てくれたのだろうか。そうだといいな、とツカサは胸中で独り言ちた。事実、ツカサはセルクスのヒントを元に、とにかくラングを守る気ではいるのだ。心臓が壊れることなどありはしない。

 いや、待てよ。ツカサを縛るためのものだと言っていた。ラングは自分の契約を守るだけでよくて、ツカサが破れば、そら見たことか、と心臓が壊れる様を眺めるだけかもしれない。そういう残酷さも併せ持つのがこの人だ。


『お前に、私の護衛を依頼した者というのは、誰だ』


 考え事をしているところへ声を掛けられたので素直に、神様、と答えそうになった。ツカサはそうだなぁ、と間を取りながら言った。


『守れって言ってくれた人は、ちょっと掴みどころがない人。なんかいつも人を試すようなことばっかするけど、なんだかんだ親切で良い人だよ。ちょっと困惑する時もあるけど』

『名を尋ねているのだが』

『まだ秘密。それも、いつか話すよ』


 ラングから小さな溜息が聞こえた。移動中、ラングは何度か葉を触り木々を調べ、また南を目指し直していた。


『何してるの?』

『種類を調べている』

『どうして?』


 きょとんと問うツカサの素直な疑問に、ラングは黒い仮面を少し傾け、答えてくれた。


『場所を調べるためだ。知っている動植物であれば、国や位置がわかる』

『なるほど、そういう手もあるんだね。なんか知ってるのあった?』

『いや、それらしいものはあるが、知っている気候に生息するものではない。違和感がある』


 ツカサも葉や木々を触り、記憶にあるものと似ているかを確かめるが、よくわからなかった。思えば、あまり木々や草花を調べたりはしていなかった。秘伝書の出番か、と思案していれば、時間はそれなりに経っていく。

 森は静かだった。草を払い木々の根を跨ぐツカサの足音と、ラングの微かなそれが響くだけだ。まだ足音があることに驚きつつも、ツカサと比べれば小さいことに、こうした鍛錬の積み重ねが()()なのだろうと思った。


『静かだね、この森。何かおかしい気がする』

『同感だ』


 かつて、その森の違和感を教えてくれた人が頷いてくれる。ツカサはそろりと周囲を窺った。ラングが呟いた。


『魔物の気配もない、おかしな森だ』

『そうだね。あの大猪、なんだったんだろう』


 脳裏に浮かぶ嫌な予感はある。それを含めてどう説明をすればいいのだろう。素直に全部話せばいいのだろうか。もし、ラングが全てを知った上でツカサに接してくれていたのならば、それこそ主演男優賞ものだ。考えすぎて頭が痛くなってきた。


『着いたぞ』


 声を掛けられ思案から戻れば、目の前には木の柵が張り巡らされた村の入り口があった。門は開きっぱなし、そこに立つ門番のような人もいない。隣に立つ、自分より少しだけ身長の低い人をちらりと見遣った。


『人の気配、しないね』

『そうだな』


 風に揺れる木々のざわめきが不安を煽る。カサカサと音を出すものが虫なのか、風に吹かれた枯葉なのかすらわからない。ラングはポシェットから布を取り出すと口元に当てた。


『お前も覆っておけ』

『わかった』


 なんで、どうしてはあとだ。ツカサは布を取り出して口元を覆い、村に足を踏み入れたラングの後を追った。小さな村だ。規模としてはサイダルよりも小さいだろう。民家が十、大きな建物、集会所か何かのようなものが一つ、とんがった屋根が一つ。上に不思議な紋章が掲げられているので、あれは教会だろう。マナリテル教ではなさそうだ。

 ラングは村の中を歩きながらゆっくりと見渡し、一つの方向へ歩いていった。井戸だ。ツカサもついていき覗き込んだその先を見る。光の届かない真っ黒な闇が見えるようだった。


『洞窟で見せた明かりを出せるか』

『任せて』


 照明魔法(トーチ)、と詠唱をつけて光を出し、そっと井戸の底へ持っていく。黒い水面に浮かんだ布切れに眉を顰めた。【鑑定眼】で覗き見れば、遠いところに【死体の跡】と文字が浮かんでいる。


『死体の跡、井戸に、なんで』

『膜を張っているな。水の確保は難しそうだ』

『あ、それなら、俺が。あの不思議な力、魔法っていうんだけど、かなりいろいろできるからさ。水も出せるよ』

『そうか』


 ラングはまたマントを揺らして次の場所へ向かう。ツカサは鼻がむずむずして布をはずして鼻を掻こうとした。


『外すな、空気が腐っている』


 前を向いていたラングになぜわかるのか不思議だったが、気配を読むことに長けている人だ、ツカサはあまり気にしなかった。仕方なく布を横に揺らしてむずむずを収めた。空気が腐っている。それがどういう意味か考え、病だと思い至った。そういえば師匠リーマスの訓練で聴覚もとんでもなくいいらしいので、嗅覚も同様なのだろう。ツカサは以前、【黒のダンジョン】で臭いを遮断したのと同じように、体に悪いものを弾くイメージで魔法障壁を更新した。ラングは少し違和感を覚えたらしく足を止め周囲を窺ったが、また歩き出した。魔力のない人は、魔力に敏感だという話は本当らしい。

 家々はある程度そのままだった。誰かにドアを破られた形跡もなく、覗いた先は質素だったが穏やかな生活だったのではないかと思う。民家を全て調べるより先に、ラングは集会所へ向かうと扉を静かに開いた。窓もあるが木窓だ。つっかえ棒をしない限り開かないそこからは薄っすらと細い光だけが差し込んでいるだけだ。トーチ、と言われ、ツカサは集会所にそれを入れた。誰もいない。ラングは扉を閉め、行くぞ、と教会へ向かった。

 無言でトンガリ屋根の建物へ向かい、扉を開こうとしたが中から閂が掛けられているのか開かなかった。人の気配はないが、ラングは声を掛けた。


『誰かいるか』


 問いかけに答えもなく、ラングは扉を蹴り開けようとした。中で押さえているものが硬いのか、扉はたわんで衝撃を逃しただけだった。


『魔法、使おうか』

『できるのならば』

『向こう側に人がいないなら任せて。ウィンド!』


 風魔法を撃って扉を刻む。バゴンッと音を立てて弾け、カラコロ木片の音を立てて落ちた木くずが落ち着いた後、トーチで中を覗く。


『なにこれ』


 光を置いて尚、真っ黒なものが壁中にこびりついていた。てらてらとタールのように光を照り返し、蠢いているようにすら見える。二人して足を引いた。奇妙な光景に、あれが何であるのかを理解ができない。

 その真っ黒い中、祭壇の前で積み重なるようにして死んだ村人の塊があった。どのくらいそうしていたのか、死肉が溶け、混ざりあい、不思議な甘い臭いを発していた。ぐぷっと喉の奥で胃酸が上がってきて、ツカサはその場から駆けて離れた。木の根元に隠すようにして吐くだけの理性はあった。情けない、死体だって見てきただろ、と水魔法を口に含んでゆすぎ、口元を拭いながら戻れば、ラングはじっと教会の中、死体を眺め続けていた。


『何が、あったんだろう』

『自害。集団自殺だろう』


 ラングの指差した方へトーチを移動させ、ツカサは臭いを嗅がないようにしながらもう一度扉から覗き込んだ。


『ある程度暖かな気候のせいでくっついたようだな。わかりにくいが、どの遺体にも切り傷がある。神父だろう真ん中のものが、殺し、自害したのだろう。ナイフが落ちている』


 よく見れば少し手前に切れ味の悪そうなナイフが転がっていた。事切れた神父の手から時間経過とともに落ちたのか、その前に手放したのかはわからない。だが、何かがあって、生を諦めることがあったのだ。ここは安全ではなさそうだ。


『何があったかわからないけど、離れないといけないよね。……もう、夕暮れだし』


 いろいろあって辿り着くのが遅くなってしまった。雨風を凌ぐつもりでいたが、空気も腐っているというここで休むよりは、離れ、森の中でテントを出した方がいい気がした。


『そうしたいが、そうもいかないらしい』


 ラングが黒い仮面を向けた方へ視線をやる。その先の方から、何か呻き声が聞こえたような気がした。ずるり、べちゃり、粘性を伴う音にトーチを広げた。教会の壁から黒いものが剥がれ、奥から何かが迫ってくる。一つ塊になった黒い塊が、ぶるん、と震え、トーチの明かりの下に現れる。ツカサは【鑑定眼】で視た。


 【命の成れの果て】

 命だったもの。

 レベル:表記不可


 嫌な予感は的中した。あの大猪に命があとみっつ、などと書いてあったことから、あの黒い命の塊のようなものを思い浮かべてもいた。あれはシュンを取り巻いていた命の欠片だ。それと同じようなものがなぜここにも。


『まさか、シュンが? どうやってそんなことを』


 ツカサは水のショートソードと感ずるもの(フュレン)を抜いた。ラングも既に双剣を構えている。ラングの手が下がるように指示をし、二人で後退、相手の全身が外に出るまで引きつけた。ずるり、べちゃり。教会の中だけではなく、井戸の方からも小さな黒い塊が来て、大きなものと合わさった。


『斬り刻む方針で行くが、いいか』

『問題ないよ』


 ふっとラングが息を吐いて隣から消えた。足のバネがいい、触手のようなものが伸びたところをスパスパと斬っていく。大猪との戦闘で、とりあえず斬り落とすのは有効、というのを理解したらしい。ものは違えど系統は同じだとわかるのだ。戦闘の勘はいい人だもんな。


『おっと、俺もやらな……っいたい……!』


 顔が痛い。ツカサはあまりの痛みに思わず左手で頬を押さえた。握ったショートソードの柄が冷たくて気持ちいいほどだ。魔法障壁を自分とラングに張り、ツカサはズキズキと痛む頬にヒールを使うが癒えず、耐えながら目を開いた。


『えっ』


 何も見えない。真っ暗な闇の中、突然の視界に困惑し、動揺した。音の膜が何重にも張られたような感覚があり、遠くでラングに名を呼ばれた気がした。じわ、じわ、と頬の痛みが引いてきて、視界の黒が薄まっていく。白く光り輝くものが目の前で舞うように動いていて、綺麗だと思った。何度か瞬きを経て、急に視界が開けた。ザァッと自分を駆け抜けていった大きな風に思わず手を前に出して顔を守った。


『ツカサ!』


 声に、肩を揺らす力に目を見開けば、目の前に黒い仮面があった。その後ろでは灰がぐるぐると縁を描き、またそこに留まっていた。ラングがその双剣で黒いものを斬り刻み、片付けたのだとわかった。ツカサの目の焦点が自分に合ったことがわかり、ラングはゆっくりと離れた。


『ごめん、なんか、すごい頬が痛くて』

『左頬のそれは、なんだ』

『左頬? 痛いのがそっちってよくわかったね』


 ツカサは先ほど痛んだ左頬を指でなぞった。特に何か腫れた様子も、傷がついている様子もない。ラングはすらりと剣を一本抜き、ツカサに対し縦に持ってみせた。一瞬身構えたがそれを鏡にしてくれていると気づき、ツカサはトーチを寄せて左頬を映した。


『え、なにこれ』


 見たことのある紋様だった。それはセルクスが時の死神(トゥーンサーガ)としての権能を使う際、その頬に浮かび上がっていたものだ。

 ツカサは自身の左手を見た。あの時、何かが移ってくる感覚は確かにあった。これが左頬にある、その大きな意味合いに気づかない程鈍くはなかった。


『うそでしょ、何これどうすればいいの!?』

『そもそも、それはなんだ』


 剣を腰に戻し問うラングに、そうか、知らないのだと気づいて頭を抱えた。セルクスの神としての力が、どのようにして引き継がれるのかをツカサは知らない。だが、あの時、死の淵に瀕したセルクスがツカサにそれを渡したことだけは理解できる。

 時の死神(トゥーンサーガ)は魂を(いざな)う舟の役割。ならば、この灰の塊をどうにかできるのだろうか。これが命であるならば、だが。【鑑定眼】ではもはやノイズしか映らず、【変換】で変えるにはそこに在るものが大きすぎる気がした。大爆発をした人の命のエネルギーの大きさ、白くなった右眼がツカサの行動にストップをかける。

 問いかけたまま答えを寄越さないツカサに対し、ラングはそれでも急かすことなくじっと待っていた。ツカサはその場で円を描く灰に近寄り、そっと手を伸ばした。灰は助けを求めるようにツカサの手にざばりと縋りつき、ラングが即座にもう一本の剣を抜いたのがわかる。さっと手を差し出して制し、ツカサは叫んだ。


『待って! 襲われてはいないよ』

『何をしている』

『何をすればいいのかわからなくて、困ってる』


 【鑑定眼】で覗き視る。それは想像通り【行き場を無くした魂の成れの果て】と出ている。セルクスはどうやって導いていたのだろう。そもそも、どこへ魂は還るのだろう。これはツカサが触れていい領域なのだろうか。ぐるぐると悩んでいれば、ラングが尋ねてきた。


『この灰が何かはわかるのか?』

『えっと、魂。人が必ず持っている、大事なもの。命。わかるかな』

『なんとなく』


 剣を収め近づいてきたラングを振り返る。ラングは腕を組み、顎を撫で、灰をよく観察しているようだった。それから腕を解き、親指に唇を当て、人差し指と中指をそっと、灰に差し向けた。葬送の儀。それが命と分かれば真摯なものだ。ラングは容赦をしない人だが、相手を殺す時、きちんと儀礼を示す。ツカサもまたそれに倣い、手を灰へ差し向けた。

 するとどうだろう、灰は眩い輝きを放ち、パッと弾け、いくつもの光の粒となった。それからふわりとツカサの内へ入り込んでいく。自分の中へ消えていく光を追い、オーリレアで黒と赤に交ざったものを【変換】した時と同じように、大事なもの抱きしめるようにした。胸の中がぽかぽかとして、涙が溢れそうになった。

 そして、ツカサは気を失った。




面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ