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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活
425/468

1-56:知らない人

いつもご覧いただきありがとうございます。


「お約束のない方を御通しするわけにはいきません。お引き取りください」


 いつもなら顔パスで通れる門扉が固く閉じられ、ツカサは門を守る騎士から首を横に振られた。


「シグレさんに、統治者(オルドワロズ)に会いたいんです! そう、アルの件で!」


 とにかく話がしたかった。弟のことであれば食い付くだろう。だが、騎士たちから剣を差し向けられ、それがまずかったとわかった。


「……アル様の名を口にして、何を企んでいる」

「アルは俺の、パーティの仲間で、頼むから通してくれ。すぐに確認したいことがあるんだ!」

「立ち去れ! これ以上エフェールム様を侮辱するのであれば、容赦はせんぞ!」

「シグレ! カイラス! 頼むから!」


 剣を振り下ろされ大きく後ろに逃れた。じりじりと距離を詰めてくる騎士にその本気度が窺い知れ、ツカサは街の方へ踵を返した。しまった、シグレから貰った紹介状を出せばよかった。今更戻ったところで再び剣を抜かれるだけだと思い、ツカサは振り切るように足を進めた。


「でも、シグレとアルの名前が通じた。時間は、ずれてないはず」


 ただ、話したい人とのコネがなく、ツカサは誰にも知られていないだけだ。それに、アルもいないというのはわかった。どういうことだ。

 シグレとの出会いはラングとアルがまず先にイーグリスに到着し、渡り人の街(ブリガーディ)のことで協力をしたからだ。そうだ、渡り人の街(ブリガーディ)、あれはどうなっているのだろう。ツカサは時計台へ走った。


 入場券を買い、螺旋階段を駆け上がる。ふくらはぎは痛かったし太腿はもう上がらないくらい震えている。ヒールを掛け続けて最上階の扉を出れば、変わらないイーグリスの街並みが見えるはずだった。いや、見ることはできた。あの日、草原から戻ってフィルと共に眺めた景色は同じものもある。展望台に人はいない。ツカサはぐるりと回って西側へ立った。そして、そこに広がった光景に言葉を失った。

 西街はボロボロになっていた。家々がなぎ倒され、瓦礫となっているのが見えた。ところどころ、ドン、と何かが爆発するのが見え、それが魔法であることがわかる。


「そんな、魔獣が通った大通りが崩れていただけで、ここまで……」


 時間にずれがないのだというのなら、渡り人の街(ブリガーディ)は鎮圧されているはず。まさか、まだ、終わっていないというのか。ツカサは自身の冒険者証を取り出し、それが変わらず金色であること、【異邦の旅人】と刻まれていることを確認し、時計台を駆け下りた。

 次に冒険者ギルドへ駆け込んだ。冒険者が状況の確認をするのにここ以上に適した場所はない。息を整え、掲示板を確認する。前に居た冒険者が退いてからさっと情報を探し、見つけた。


「あった、西街、渡り人の街(ブリガーディ)について、日付は」


 ――時にして、七九八八年、雪花の月、二十五日。


 ヴァンの言葉を思い出す。あれは去年の結婚式の日の祝詞。この紙の記載は、【七九八九】年。つまり、時歴にずれもない。ざわざわとした冒険者の声が鼓膜を叩く。


渡り人の街(ブリガーディ)もしつこいな、軍の介入もあってさっさと終わると思ったのにな」

「なんでも、こっちにいた【渡り人】が、惨殺には同意できないって鞍替えしたのが多かったらしい」

「惨殺なんて、軍は投降を呼びかけて、武器を置いた奴は殺してないだろ」

「同郷に対する感情論だろ。今後のことも考えれば、イーグリスとスカイにつく方が賢いとは思うけどな」


 違いない、と笑いながら立ち去っていく背中を思わず目で追ってしまった。軍が介入してなお続く【渡り人の街(ブリガーディ)事変】、あの街の壊滅具合は、あそこが軍と【渡り人】との戦場と化しているからだ。【紫壁のダンジョン】と【黄壁のダンジョン】の迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)も調べた。

 【紫壁のダンジョン】は【快晴の蒼】と数名の協力者により停止が成され、【黄壁のダンジョン】はそのままになり、誰も停止していない。よって、現在街の近隣での魔獣狩りが呼びかけられており、冒険者は忙しいらしい。

 学園であった魔獣騒動、その際に魔獣の波を操った、ルー。そしてその黒幕である他国の商会。その目論見が上手くいって、西街も、イーグリスもそれなりの被害を受けたのだろうと推測できた。イーグリスから逃げ出した人もいれば、渡り人の街(ブリガーディ)から亡命してきて、こちらに身を寄せた人々もいたようだ。


「……俺の家、元は王太子所有の、騎士の保養所だった。じゃあ、フィルが譲ったのか」


 見知らぬ人が居た理由は察せられた。ただ、家族はどこに行ったのだろう。モニカ、エレナ、アーシェティア。お手伝いのシュレーンとクローネ。


「イーグリスに辿り着いていたはずの、ラングとアルは?」


 一先ず、冒険者ギルドで今の状況と日付は確認ができた。となれば、あとは、今近くに居て、話ができる相手はあの人たちしかいない。ツカサは近くにいた冒険者に噂話を装って声を掛けた。


「ねぇ、今、軍ってどこに駐屯地をつくってるんだろう? どんな戦況か知ってたりする?」


 雑談によると、軍はイーグリスの南側に駐屯地をつくり、事の対処に当たっているらしい。あちこち情報収集にあたり、すっかり日暮れ。駐屯地に足を踏み入れれば不審者として捕らえられるのは当然のこと。ツカサは武器類を全て空間収納へ仕舞い込み、一切の抵抗をせず、縛り上げられながら言った。


「魔導士隊隊長の、シェイさん……リシェット隊長に取り次いでほしい」

「この緊急事態にそんな取り次ぎができるわけないだろう。まったく、お偉方に取り次いでくれなんて、お前で何人目だと思っているんだ」

「だったら、これだけ伝えてほしい。世界を見守る者(シェイフォンド)に用がある、って」


 眉を顰めながら、一応、報告書には書いてやる、と軍人は言い、ツカサは土壁の牢屋に入れられた。天井がなく、窓もない、土で作られた硬いベッドだけはある牢屋。氷の鉄格子。シェイの澄んだ魔力を感じ、ツカサはまるでそれに包んで守られているような安堵感を覚え、硬いベッドで横になった。


「――起きろ」


 パチン、と指を鳴らす音がして、自分の体を支えていた土のベッドが崩れ落ちた。ぐったりとした心を休ませる暇もなくこの事態に陥り、思ったよりも深く眠ってしまっていたらしい。腰を打った痛みに呻き、ヒールを使って体を起こす。すっかり夜更けのようだ。微かな夕方の明かりもなしに遠い上の方でちらほらと星が見えている。トーチを背負った相手は暗闇で金色の眼をこちらに冷たく向けていて、頼んだ相手がそこにいると理解し、ゆっくり立ち上がった。


「よかった、報告書にちゃんと書いてくれたんだ」

「何者だ? お前」


 予想はしていたものの、こうして突きつけられると今の心にはよく刺さる。はぁ、と深い溜息をついて座り込み、ツカサは肩を落とした。


「わかってたけど辛い」

「質問に答えろ、でなきゃ血に聞いたっていいんだぞ」

「是非そうしてほしいな。シェイさん」

「……冒険者、どこかで会ったか?」


 自身がシェイの名を持つことを隠すつもりはないようだが、さすがに勿体ぶり過ぎたらしい。全身でヒリヒリとした殺気を感じ取った。ツカサは教わった防音魔法障壁を張り、首に掛けた【サンダードラゴンの雷石の欠片】を外して差し出し、空間収納からヴァンの手紙を取り出し、置いた。結婚式の日、ヴァンから貰った二通の紹介状だ。


「話をさせてください。シェイさん、ヴァン、ラダンさん、クルドさん、アッシュ。【快晴の蒼】全員と。【血明の板】で過去を視たっていい、お願いです」


 ツカサの言葉の真意を問うようにシェイの眼がじとりと細まり、差し出された【サンダードラゴンの雷石の欠片】を受け取った。シェイの手のひらで、魔法を習ったエフェールムの修練所で見た時と同じように、魔力が複雑にそれを解析し、じろりとツカサへ視線が向いた。


「確かに、これは俺の魔力痕だ。組んである魔法陣も、俺でなければ組めない魔法式だ」


 差し出し返されたものを受け取り首に掛ける。シェイは続いて紹介状を手に取るとどちらも確認し、少しだけ目を見開いてから振り返り、後ろにいた軍人へ声を掛けた。


「軍師と隊長を大天幕に集めろ。こいつの血を使って【血明の板】を使う、その準備も進めろ」


 ザッと敬礼をして走り去る軍人から視線をツカサに戻し、シェイは言った。


「来い、話を聞いてやる。名前は?」

「ツカサ・アルブランドー」

「よし、アルブランドー。お前の真実が嘘でないことを祈ってるぜ」


 ツカサは頷き、シェイの後ろをついて牢屋を出ていった。


「――【異邦の旅人】のツカサ・アルブランドー。【快晴の蒼】の友人を名乗る、ね」


 軍師服に身を包んだヴァンが、ツカサの冒険者証を手にじっと呟く。その周囲にはこちらを訝しげに眺めてくるクルド、まじまじと観察しているアッシュ、他人を眺めるようなラダンと、それぞれの反応にまた落ち込む。【血明の板】で血を四滴、ここに来てからの軌跡を見せて、そこにツカサが歩んできたものが残っていたことにホッと息を吐いた。その中で確かに自分たちがツカサと出会っていると示された一同は、混乱しつつも事態を重く受け止めてくれていた。有難い、この人たちがこういう人たちでよかった。


「この紹介状は僕の筆跡であるし、正規の書類だ。【血明の板】は嘘を吐かない、吐けない。そこにある軌跡をただ表示するだけのマジックアイテムだからね。とはいえ、僕らの記憶にも、血にも、君のことがまったくない、とすると、この事態はどうだ」

「俺が誰にも話していないことをこいつは知っていた。それに、持っていたマジックアイテムも、俺が作ったものだった。あれは他人に複製も、真似もできねぇ」

「つまり、彼が言っていることは真実だと考えていい。問題はどうしてそれが起きたか」


 ちら、と透明な水色がこちらを向いて、ツカサはごくりと喉を鳴らした。ツカサは軌跡を話し、何があったのかをわかる範囲で話した。

 向こうの大陸(スヴェトロニア)でラングと出会い、ジュマの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)を防いだこと。ジェキアへ向かい、ファイアドラゴンを倒し、その存在を証明、【自由の旅行者】の著者がスカイの者、ヴァンであることを突き止め、新しく得た仲間と共にこちらの大陸(オルト・リヴィア)を目指し、渡って来たこと。紆余曲折を経て、マナリテル教の教祖であるイーグリステリアを倒し、その女神が生んだ子供、一応は神として成ったものすら倒し、世界の危機を救ったこと。ヴァンたちと共にオーリレアで女神を相手取ったところなど、時間を掛けて話した。【旅人の温泉】が生み出され喧々諤々やり合ったこと。結婚式のこと。

 そして、学園で教員になり冒険者クラスを持ったこと。夏休みに入るので家に戻り、書斎に閉じこもったところだったこと。


 ヴァンはじっと目を瞑り腕を組み、言葉を発しなかった。アッシュとクルドは何度も【血明の板】を見直し、ツカサの結婚式に出席している自分たちの姿に頭を掻いたり唸ったりと困惑している様子がわかった。ラダンは学園に冒険者クラスを設立するという計画について、なぜ知っているのか、と何度か尋ねてきて、その時、ツカサは気づいた。


「冒険者クラスが、ない?」


 血の気が引いた。そうだ、その可能性もあるのだ。加えて、何人か危ない人もいる。マイカなど、【黄壁のダンジョン】の停止がされていたからこそ、イーグリスを目指す商人に拾ってもらっていたはずだ。渡り人の街(ブリガーディ)が鎮圧されていない今、アレックスだって、メアリーだって、どうなっているのか。しまった、余裕がなくて、夏休み前だというのに。あぁ、と後悔する気持ちが顔を歪めさせた。


「あの、ごめん、人の安否を、調べてもらうことってできる? 俺の生徒たちがどうなったのか」

「俺が調べよう。君の言う人物が存在すれば、それもまた裏付けになる」

「ありがとう、ラダンさん。【渡り人】のマイカ、メアリー、アレックス。それに、ブロリッシュレート商会のコレット、ロドリックに、鑑定一家のディエゴ、それからシモン……」


 手元の紙にメモをして、ラダンが席を外した。それから暫くしてヴァンは目を開いた。紙にガリガリと書き始めるいつもの工程を経て、顔を上げた。


「アルブランドー、君の言うことは事実と認めよう」

「よかった」

「けれど、僕たちがそれを知らないというのもまた事実だ」


 トン、とペン先が紙を叩いた。


「お互いの事実が相反する時、それがずれた場所をまずは探すべきだと思う。謎を紐解こう。そうすることで、君がどこから来たのかを僕たちも、そして君自身もわかるだろうから」


 さぁ、はじめよう。ツカサにとって長い夜が始まった。




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