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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活
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1-52:ダンジョン研修から戻って


 ダンジョン研修には成功も失敗もない。研修は経験を積ませるものであって、ツカサはそこに評価を入れなかった。当然だ、ただ生き残る。それができさえすればいいのだ。誰かを蹴落として自分の評価を上げるようなことがあっては困るゆえの判断だ。

 ツカサは、いかに自分が恵まれていたのかを改めて思い知った。性別が男であるというだけで、一つ心配事は減る。とはいえ、我慢できなくなるのは女性もあるらしく、男パーティで居るとたまに声が掛かるらしい。【真夜中の梟】ではエルドとマーシ、特にカダルは誘いが多かったそうだ。パーティの方針として色事は禁止、発散は恋人かそれを商売にしている女のみ、とカダルがきっちり決めていたため、揉め事はなかったという。エルドは酒に流れがち、マーシはモテたくてもカダルがいるせいでモテなかったと文句を言った。

 生死の境で生きるからこそ、生存本能が働くのだろうな、とツカサは思った。食欲に走りがちな自分の本能がどれだけ呑気なのかも痛感した。


「ご飯とかお酒とか、そっちで発散ができないから、たぶん、そうなるんじゃないかな。それに、いつもと違う環境、場所、そういうので羽目を外す人もいるしね」


 ロナが困った顔で言い、それもそうだろうなとツカサは同じ表情を返した。ざっと冒険者証を確認し、経験を聞いたところ、スカイの南、ウォーニン側から来ている冒険者だった。最初は純粋に攻略のつもりだったのだろうが、魔が差したのだ。そして、()を呼んだのだ。真っ当に冒険をしていたならば腕を失わなかった。

 空気の重さに、マーシが殊更に明るい声で言った。


「そういえば、ロナはな、カダルや俺たちが守ってたけど結構、人気だったんだぜ?」

「マーシ、その話やめてよ!」

「笑い話でもしてないとキツイんだよ、この空気」


 ガタゴト揺れる乗合馬車、ツカサとアーシェティア、【真夜中の梟】と学生五人を乗せてイーグリスを目指していた。女子三人を襲った男たちを死なせるわけにもいかず、一応の治癒魔法をかけて縛り上げ、別の乗合馬車で連行中だ。冒険者の風上にも置けん、と他の冒険者が帰りついでに同乗し、見張ってくれている。

 行きとは違う女子の沈黙、気まずそうに膝に手を置いている男子組の空気はお通夜のようだ。そういえば、ジュマでラングがアルカドスの股間を盛大に斬った時もこんな空気だった。ツカサは思わず斬ってしまったが、とぼんやり思い出していれば、ロナがマーシに抗議していた。


「僕にとっては笑い話じゃないんだけど!」


 ロナは昔、その見た目の大人しさから年上によくモテていたそうだ。確かに、今のロナからは想像もつかないが、小さく、礼儀正しく、少し気の弱い少年は可愛かっただろう。初めてを知らない少年に甘美な快楽を教え込むことを生きがいにするオネエサマから。少年から青年への過渡期の色気に女を買えない盛りの青少年たちから、年嵩の余裕のできたオニイサマから。ちょくちょくロナはそういう視線を受けていたらしい。癒し手という属性も相まって、相手がそこに癒しを求めるのだろうとカダルは言っていたらしい。カダルが牽制し、エルドとマーシが守り、ロナはその身を弄ばれずに済んだという。王都マジェタの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)後、そうした【実はこうだった話】もいろいろあって、ロナは気づかなかったことを反省したのだと恥ずかしそうにしていた。

 ツカサはそれに笑っていたが、マーシが真面目な顔でお前もだぞ、と言って息が詰まった。


「お前本当無防備で世間知らずだったから、ある程度体が鍛えられるまで、ラング、マジで保護者として大変だったんじゃねーかな」

「カダルさんも言ってた。ツカサはラングさんが居たから、あんなのに手を出しちゃ不味い、って思われてたんじゃないかって。ツカサ、見るからに異国顔だったし」


 黒い仮面、装備の見えない深緑のマント。容赦なく人を斬る、微笑すら浮かべない無表情の男。ラングの在り方は数々の理由はあれど、忌避感を相手に与える。そうだ、あの人は常に、少年であるツカサを守ろうと立ち回ってくれていたように思う。今ならあれもそうかも、これもそうかも、と想像することができる。


「……今度の手紙ではお礼を書いておこうかな」

「いいんじゃね? 尻守ってくれてありがとう! ってよ!」

「やめてあげてよマーシ!」

「ロナもだよ! 笑ってるじゃん!」


 あはは、と友達同士笑っていれば、アーシェティアとロドリックとディエゴの冷たい視線に三人、それぞれ小さく咳払いして黙り込んだ。どうにも、【真夜中の梟】と一緒にいると気が抜けてしまう。いや、場を和まそうという冒険者トークなのだが、少しトーンを間違えたらしい。再びのお通夜。その後はイーグリスに着くまで誰も話さなかった。


 イーグリスで件の冒険者たちを引き渡した。門兵は苦い顔で警吏とやり取りをし、男の片腕がないことを指摘され、ツカサは男がナイフをマイカの首に当てていたこともあり緊急事態として対処したと言った。魔法障壁もあって怪我自体はしなかっただろうが、精神面での問題はある。真実の宝玉を前にしての証言を自ら申し出ながら、女子三人に証言をさせるのは些か気が進まず、そっとしておけないか、と相談をしているところにマイカが進み出た。


「私、証言をします」

「マイカ、……大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないです。でも、私、何もできなかった」


 一人抗戦したコレット、それを助けるために大事な髪を捨てたメアリー。マイカは自分が何もできなかったことを悔やみ、できることをとにかくしたい、といった様子だった。警吏はマイカに優しく声を掛けた。


「君の勇気を私は称賛する。だが、金級冒険者が自らの首を懸けて証言してくれるというから、それで済む。それに、あの冒険者たちは素直に自白するだろうから、安心して、今日は帰りなさい」


 ありがとう、と警吏はマイカの肩を叩こうとしてやめ、ツカサに向き直った。


「灰色の、【異邦の旅人】のツカサ、君には少し時間をもらいたい。このままいいだろうか? 【真夜中の梟】も頼む」

「構わない。ロドリック、ディエゴ。毎回悪いけど、頼んでいい?」

「はい」


 ロドリックはディエゴと共に頷き、腰に抱き着いたままのメアリー、ツカサが渡したマントをしっかり握りしめているコレット、まだ何か後ろ髪を引かれているマイカを促し、学園へと足を向けた。その後ろをアーシェティアがついていって、少しの間見送り、残ったツカサと【真夜中の梟】は門兵と警吏を振り返った。


「どこで話す? 警吏と、冒険者ギルドに報告も必要だよね」

「私から冒険者ギルドに報告を連携するから一度で済むさ。早速だが詰所へ、そう時間は取らせない。」


 三人で案内された方へ向かい、詰め所で紅茶を出されての事情聴取だった。あまり責めるような雰囲気でもなく、叱られることを覚悟していたツカサは淡々としたやり取りに少し拍子抜けした。


「こういうことがあるから、女性冒険者が増えないんだ。警吏としてもそう、人手不足の解消にはなかなか至らない」


 ぐったりと疲れた様子で警吏の男が言った。紅茶を頂きながらロナと視線を交わし、ツカサはそうっと言った。


「俺も生徒のことだから対応しちゃったけど、怒られるかな? まぁ、悪いとは思ってないけど」

「あぁ、いやいや、説明する必要もなく理解しているだろうが、冒険者のことは冒険者、性別関係なく自己責任の世界だからな。とはいえ、正規の冒険者ではない、関係者で一般人、という難しい立場の生徒。教師がそれを全力で守ったというのは理由としては通る。それに、警吏である我々としても、冒険者ギルドとしても、他国の冒険者の行いを見過ごせば、そういう輩が噂を聞きつけて集まる。そういった事態は防ぎたい」


 彼女たち自身の訴えもあり、保護として通るから安心してくれ、と警吏に言われ、ふぅと息を吐く。あんな冒険者をイーグリスでのさばらせるわけにもいかない。これで何か咎めがあるのなら、全力で抵抗するところだった。ただ、と警吏に睨まれた。


()()、もっと早く助けてやれなかったのか?」

「……事情があって」


 あの時、ツカサは即座に助けに入ろうとしていたのだ。アーシェティアがそれを後ろから羽交い絞めにして止め、まさかぶらりと持ち上げられていたなどとは言えない。鍛えてそれなりに体も重くなったというのに、アーシェティアの高身長と腕力に軽々持たれてしまいショックだった。それでも抵抗はした、助けなくてはと説得をした。仲間ゆえに傷つけることができず、押し問答が続き、アーシェティアは助けてはいけないと言った。


「海での娯楽は酒と賭け事と女だ。男を上手く扱える女ならいい、私のようにそうできないのなら、生き方を選ぶのなら、彼女たちはいかに自分が甘いかを知るしかない」

「ここは海じゃない、甘いと知るためにあんな経験をさせる必要はない! 魔法障壁があるから()()()だとはいえ、もう十分だろ! アーシェティア、離さないなら、両腕を失う覚悟をしろ」


 覚悟の威圧に、アーシェティアはようやく腕を離し、ツカサは間一髪で駆け込んだのだ。

 自分の性欲を発散するために女を傷つける。【渡り人の街(ブリガーディ)事変】の時の嫌悪感を思い出して、ツカサは自分を抑えられなかった。正直殺すところだった。それをしなかったのは、ほんの少し冷静だったのは、今傷ついたばかりの少女たちの前でただの人殺しになるわけにはいかなかったからだ。

 皆が皆、何かしらの欲求を抱えつつもそれを理性で制御するからこそ、世の中は平穏なのだ。昔、ロナに言われた言葉が思い出された。


 ――いつだって被害に遭うのは何もしていない方。


 本当にそうだね、と胸中で呟き、ツカサは色の違う両目を開いた。


「あいつら、どうなる? 彼女たちに報告をしないと」

「今までの事例と照らし合わせれば、冒険者証の剥奪と奴隷紋による労働刑だろう。イーグリス内ではなく、別の場所でな」


 それなら会うこともないだろう。ツカサはそっか、と頷いた。警吏はよっこら椅子に寄り掛かり、深い溜息をついた。


「こう言ってはなんだが、こうして露見すると対応がしやすいんだ。問題は性別問わず同性の場合だ」

「少し話題にはなってたけど、多いの? 俺のパーティそんな気配もなかったし、知り合いのパーティも……」


 ううむ、と警吏は頬を掻き、ここからは雑談として聞いてくれ、と苦笑を浮かべた。いわゆるオフレコというものだ。


「ダンジョンに籠りっぱなしになると、鬱屈としてくるらしいな」


 ツカサは食事や風呂を定期的に使えることもあってあまり感じたことはないが、ロナとマーシは頷いていた。食事、衛生、睡眠、ツカサはそこに鍛錬もあったため充実しており、そういう方向に考えが向かなかったんだな、とマーシに言われ、へぇ、と感心してしまった。

 けれど言われてみればそうだ。性に興味を持って体験してみたいと思ったのも、フェネオリアの王都オルワート。エレナの休養のために長期滞在を決め、懐にも、体にも、精神的にも余裕ができて、言ってしまえば暇になってふと湧いたムズムズ感だった。思い出して恥ずかしくなり、深く息を吐いた。

 ロナとマーシもある程度アイテムの揃っている【真夜中の梟】に入ったため、敢えて経験させられた苦労以外に苦労を知らない。マーシはその苦労の際に酒を楽しむことを覚え、性欲へは向かなかった。ロナはそもそも魔法を練習することに必死でそちらに夢中だった。

 あんたたちは運がいい、と警吏は笑い、聞いた話をいくつかしてくれた。

 後輩を育てるようになる中堅くらいの冒険者、そこに入る新人というのが、性別関係なく一番不安なのだそうだ。


「単純に、先達にそういうものだと言われて受け入れてしまう子が多いようで」

「考えたくないけど、イーグリスの冒険者でもあるの?」

「表面化していないだけであるだろうな。女なら、現場に遭遇した冒険者に保護されたりだとか、報復をして首を持って訴えがあったりだとか、案外多いのさ。駆け出しで狙われるのは男の方が多い傾向がある。妊娠しないからな」


 あぁ、と妻と子供を持つ身として頭を抱えた。お互い合意であればいいんだが、それで心を病む冒険者もいたりする、と言葉が続き、やはり自制力というのは大事だとツカサは眉間を揉みながら結論付け、顔を上げた。


「生徒にもありのまま話して伝えるよ。知っておいた方がいい現実だろうから」

「そうだな、頼むよ先生」


 苦笑を浮かべ、あとのことは警吏に任せてツカサと【真夜中の梟】は詰所を出た。

 とろとろと歩きながらまだ明るい夕方を行く。ロナがぽつりと呟いた。


「ツカサ、僕らは本当に恵まれていたんだね」

「そうだね。正直、あの話を聞くまで男っていう性別がそういう対象だって思ってなかった。周りにいる人もそうじゃなかったし」


 うん、とロナが小さく返し、マーシは明るい声で笑った。


「いい先輩に出会えたことに感謝しろよ! 俺とかさ!」

「マーシ、僕はカダルさんからマーシのとっておきの話も聞いてるんだよ」

「え、何? 気になる」

「ロナ、この話はもうやめよう」


 何、何なの、何でもないって、と馬鹿な話とノリで空気を直し、学園に戻った頃には夜だった。

 ツカサの教員室に【真夜中の梟】も泊まり、ランタンの明かりの中、食堂でもらった夜食を囲み、思い出話をしながら気持ちを切り替えた。少しだけジュマやジェキアのダンジョンでのことを思い出す一夜となった。

 あの時、ラングにはどういう苦労があったのだろう。もっと聞いておけばよかった。次の手紙に書く内容を思い浮かべ、布を広げた硬い床の上で三人、雑魚寝した。そうするだけでここもダンジョンのように感じるのだから、感覚の慣れというものは恐ろしいと思った。ツカサは安全な天井を眺め、マーシの寝言とロナの寝息を聞きながら思案に耽る。

 守る。何を守ればいいのか、どう守ればいいのか、どこまで守ればいいのか。頑丈な鳥籠に入れるつもりはないが、塩梅の難しさに、ツカサは深緑のマントを思い浮かべながら睡魔に落ちていった。




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