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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-51:ダンジョン研修 3

いつもご覧いただきありがとうございます。


 緑の壁、緑の天井、緑の床。メアリーの照明魔法(トーチ)で照らされた光景は、見れば見るほど目が痛くなりそうだった。降りる時には多い冒険者たちも一階層に降り立てば転移する(ムルオム)と唱えて消えていく。一階層を回る冒険者は余程駆け出しでなければもういないか、他所から来た冒険者なのだ。マイカは降りてきた階段を振り返った。そこにツカサとアーシェティアの姿はなく、さらに降りてくる冒険者の姿があるだけだ。そのうちの一組がこちらをじろじろと見ていて気分が悪い。失礼、と横を通り過ぎて行ったが、ねっとりとした視線を長い間感じた。それが消えてからコレットが咳払いをした。


「さぁ、参りますわよ! 前衛はワタクシが担当しますわ。トーチ係のメアリーは真ん中で地図を、マイカは最後尾をよくよく哨戒なさって」

「はぁい! コレットリーダー!」

「ん!」


 緩いんですのよ、とコレットは腰の細剣の柄に手を置きながら歩き始めた。

 マイカは魔力の制御と調整にまだ少し気を取られ、メアリーはそれはできるが瞬時の判断が遅いため、女子組のリーダーはコレットが引き受けた。魔力のないコレットはその分、五感が鋭いところがあり、クラスのとりまとめメンバーの中でも一番斥候として向いている。

 ツカサは正直、コレットならばどこのパーティでも上手くやれるだろうと考えていた。尊大な態度とお金ならありますわの一言は顰蹙を買うが、面倒見の良さはパーティに一人居ると空気が悪くなりにくい。【異邦の旅人】でのアルであり、【真夜中の梟】のマーシの位置に立てるタイプだ。パーティから愛されて、仕方ありませんわね、と折れてくれる柔らかさは我の強い冒険者の中でも貴重な素質なのだ。ただ、そのポジションの人物が冷静さを欠いた場合、それをまた支える人が必要になる。【異邦の旅人】ではそれがラングとツカサであり、【真夜中の梟】ではロナだ。


「先生、どこで見てくれてるのかな」


 地図を見ながら歩き始めて暫く、マイカがぽつりと言った。コレットが足を止めて呆れた顔で振り返り、違う違う、とマイカは首を振った。


「引率はしないって言われてるけど、全然見えないところで見守れるのかなって」

「あぁ、そういうことですの。大丈夫だと思いますわよ、あの方……」


 遠隔で魔法障壁を張れるようなバケモノですもの、と言おうとして、コレットは乾燥止めのオイルを塗ったぷるんとした唇を結んだ。メアリーは言うことをよく聞くが、自主性がなく、マイカは浮かれやすく危機感を抱きにくい。【冒険者ギルドの職員のツカサ】は【渡り人】は魔獣のいない世界で生きていて、特にマイカなどは平和な国に居たからあまり想像ができないんだ、と言っていた。守られているとは知らない方がいいだろう。


「あの方、何?」

「ワタクシたちには理解できない強さですもの。きっと何かしらで見てますわ」


 コレットが誤魔化すように言えば、そうだね、とマイカは笑った。改めて進む。ロドリックたちがどの道を通ったのかはわからないが、魔獣があまりいない。マイカはモンスター、魔獣いないね、とまた呟いた。


「なんだっけ、間引きパーティ? がいたのかな」

「かもしれませんわね」

「暇」

「暇なのはいいことですわよ、メアリー。とはいえ、実戦ができないのは困りましたわね」


 魔獣騒動のせいで学園に魔獣が持ち込まれず、冒険者クラスは結局魔獣との実技演習はなかった。


「早々に二階層を目指した方がいいかもしれませんわね」

「えっと、二階層に下りる場合は、ボス部屋前で待機して先生の合流を待つんだよね」


 こくりとメアリーが頷く。ボス部屋で何かあっても困る、と言ったツカサの真剣な表情に何か見たことがあるのだろうとコレットは思った。


「そうと決まれば、中間地点の癒しの泉エリアを目的地に変更しますわよ。メアリー、地図を見せてくださいまし」

「ん」


 振り返ったコレットは、メアリーがリュックからごそごそと攻略本を取り出す姿にぎょっとした。


「ちょっと、メアリーあなた、もしかして地図を見ていなかったんですの?」

「うん」

「マイカも気にしなかったんですの!?」

「コレットが迷わず進むから、覚えてるのかな、すごいなって思ってた」


 あぁ! とコレットがお嬢様な感じで眉間を押さえ天井を仰ぎ、信じられませんわ、と本気で呆れかえって叫んだ。


「貴女方、本当にダンジョンを何だと思っていますの!? どうして自分の役割を果たそうとしませんの!? 何のために事前に相談をしたと思っていますの!?」


 メアリーはコレットの大声にビクンッと肩を震わせ、マイカの後ろに隠れた。マイカはごめん、と謝りながらコレットを宥めようとそっと手を前に出した。


「ごめん、コレット、今からは気にするし、地図も確認しよう?」

「馬鹿なこと言わないでくださいまし! ダンジョンの中で今、自分たちがどこに居るのかも把握できていませんのよ! これから地図を見たところでどうしようもないじゃありませんの!」

「道、お、覚えてるもん」

「記憶ほど曖昧なものはありませんわ!」


 覚えてるもん、とメアリーは俯いた。ぎゅっと服を掴まれたマイカは困った様子でコレットへ視線を戻した。


「メアリーが覚えてるって言ってるし、一回、場所だけ確認してみよう? メアリー、地図見せて? 今どこか教えて?」


 メアリーは涙を浮かべ、開いた地図をつんと指差した。コレットとマイカは顔を見合わせた後、メアリーに尋ねた。


「とりあえず、今いる場所から癒しの泉エリアを目指してみよう? それで辿り着けなかったら、帰ろう?」

「……そうですわね」

「次は、見てる」

「そうしてくださいまし」


 コレットは前を向き直り、行きますわよ、と歩き始めた。

 雑談もなく、必要最低限の会話で進む。次、右、次、左。メアリーのぽしょぽしょ小さな声と揺らぎ始めたトーチを伴い、どうにか癒しの泉エリアに辿り着いた。魔獣との戦闘はなかった。そっと水辺に座り込んで三人、リュックから取り出したコップで水を掬い、喉を潤す。


「……ちゃんと着きましたわね。やりますわね、メアリー」


 先に褒めて相手を認める。メアリーはこっくりと頷いて、ごめん、と言った。


「私、覚えてたから、いいかと思ってた」

「地図役というのは、誰かが今どこにいるのか知りたがった時に、情報共有をしてくれるメンバーでもありますのよ。先生も仰っていたでしょう?」


 うん、とメアリーが頷く。


「私も、もっと気をつけるようにするね」


 マイカも言い、女子三人仲直り。ちょっと休憩にしよう、とそれぞれ座り込んでコップで水を掬う。飲んで、男子たちと同じように驚いて笑い合う。ついでにお昼にしちゃおうか、とリュックを開き始めたところで他の冒険者が癒しの泉エリアに入ってきた。ダンジョンに下りてきた時、こちらをじろじろ眺めていた四人組の冒険者だ。まだ若い、けれどイーグリスで見る冒険者の風体ではない。恐らく他国からダンジョンのことを聞きつけてここに来た、別の国の冒険者だろう。


「邪魔するぜ」


 先客がいる時、声を掛けてくる冒険者もいると聞いた。どうも、と会釈を返し女子三人しっかりと固まって買ってあったパンを取り出す。視線を感じながらの食事は居心地が悪く、半分で切り上げてここを出よう、とマイカが言い、コレットはメアリーと地図を確認した。


「二階層に行ってしまいましょう。次の癒しの泉エリアはこちらを目標にして進みますわよ」

「ん」

「お嬢ちゃんたち、冒険者なのかい?」


 下卑た声で話し掛けられ、コレットがつんとそっぽを向く。


「おいおい、声を掛けただけだぜ? そんな冷たい態度取るなよ」


 いやな笑い方だった。値踏みするような視線、まるで何かを選んでいるような、嫌なもの。それが足に向いていると気づき、マイカはそっとスカートの裾を握り締めて伸ばした。男の冒険者が一人、水を、と言いながらこちらに向かってきたので場所を譲ろうと女子三人立ち上がろうとした。男はどうも、と言い、それから大袈裟に転んでマイカに覆い被さった。


「おっと!」

「きゃあぁ! いや! なに!?」

「マイカ! 退きなさい!」


 コレットが男の腕を引いて立たせようとする背後から、よいしょと軽い声掛けで別の男がコレットの腹に腕を回した。コレットはぞわっと走ったものに息が止まった。それから、腰に差してある細剣を抜いて、自分を抱きしめる汚い腕を斬りつけた。


「いってぇ! このアマ!」

「ま、マイカを、私の仲間を離しなさい! 容赦しなくてよ!」


 コレット! とマイカは上に覆いかぶさる男にバタバタと抵抗しながら叫んだ。男は軽々マイカの抵抗を封じて床に両腕を押し付け、へへ、と舌なめずりを見せた。ゾッとした、気持ち悪い。ずり、と腰を押しあてるような行為に、何を目的としているのか理解して、その嫌悪と恐怖に体が強張ってしまう。


「三人なんて狙いどころじゃねぇか、それも若くて美人で可愛くて、冒険者が放っておかねぇよ」

「スカイの冒険者連中はお行儀がいいんだな、驚いたぜ、誰も彼も、じろじろ見ちゃいるが関わらないようにしててよ」

「まわせばいいだけだってのにな」


 ゲラゲラと嘲笑が響き渡り、マイカは叫んだ。


「いやぁ! 誰か! 先生! 先生!」

「センセイ? なんだそりゃ。大人しくしとけよ、可愛い顔に傷がついちまう」


 ひた、とナイフを頬に添えられ、マイカの唇が震える。


「は、はなして! 魔法、撃つ!」


 メアリーが両手を前に出し牽制をすれば、男の内一人が胸の前で手を組み、きゃっ、こわい、と裏声で言った。再び笑い声が響く。メアリーの後ろからまた一人が現れてガバッと抱き込み、押し倒した。


「ひっ……!」

「メアリー! 私の仲間を離しなさい!」

「おー、勇ましいね、じゃあやってみろよ。腕の怪我の借りも、その体でしっかり返してもらわないとだしなぁ!」


 男は簡単に剣を抜いてコレットにそれを振り抜いた。銅級ではない、銀級だろう。叩きつけてくる剣ではなく、そこには技術がある。細剣は打ち合うことに強くはない。受け流し、隙を突いて刺す。関節などの急所を狙う武器だ。腕力で敵わない相手に、技術で打ち勝つしかないというのに、ごろつきのような相手に技術もあれば不利だ。


「マイカ! コレット! 魔法を使って!」


 楽しそうに眺めていた手の空いている一人もまた武器を抜いて、ニヤニヤ笑みを浮かべながらコレットの制圧へ乗り出してきた。技術で劣るコレットはあっという間に武器を弾かれ、体術で応戦しようとし、その腕を、足を払われて床に叩きつけられた。痛みに呻いている間に二人がかりで組み敷かれていることに気付き、甲高い悲鳴が上がる。その光景にマイカが叫んだ。


「コレット! いや! 触らないで!」

「お、意外と胸あるじゃねぇか」


 ぞわわ、と体が気持ち悪さに震える。魔法、魔法を撃つ、こいつを吹っ飛ばす。でも、殺してしまったら? サァッと魔力が引いていくようなおかしな感覚があった。コレットに向けた視線の先で、上着を剥がれ、足を掴まれ、泣き叫んでいる友達がいる。


「マイカ! 斬って!」


 名を呼ばれゆるゆると視線を向ければ、後ろから髪を掴まれたメアリーがいた。ぐいっと引っ張られた苦痛に顔を歪めながらメアリーは叫んだ。


「髪、斬って!」

「で、でも」

「早く!」


 悩んでいる暇はなかった。マイカはお願いと何かに祈りながら、風魔法を放った。ビュウッ、と吹いた風はざくりとメアリーの柔らかな金髪を斬り裂いて、その後ろにいた男の腕も刻んだ。散った金髪と飛び散る鮮血。腕の怪我に仰け反った男をメアリーはガバッと起き上がって押しやると、コレットを犯そうとしている男の体に思い切り体当たりをした。仲間が傷つけられ顔を上げ、中途半端な体勢でいた男は横にどさりと倒れ、足元に押さえるものがなくなったコレットが体の柔軟を利用して、自分の腕を押さえつける男の顔面につま先を蹴り込んだ。のたうち回る男をそのままに細剣を拾い、マイカの上に乗ったままの男へ差し向ける。


「マイカを、離しなさい!」

「っは……、お前ら、絶対まわすからな……。やれるもんならやってみろよ!」


 ははは、と笑いながら男はナイフをマイカの首筋に当てる。


「その手をどけろ!」


 ヒュッと人の隙間を縫って氷の弾丸が飛び、男の腕が飛ぶ。マイカに当てていたナイフは床を転がり、男はあまりの速さに持っていかれた自分の腕を呆然と眺めていた。肩から先がなかった。一瞬血が噴き出して、そのあとはどくどくと溢れていく光景に、男はただその傷口を逆の手で押さえた。


「アーシェティア、だからすぐに行こうって言ったのに!」

「すぐに助けてしまっては彼女たちのためにならない。ある程度痛い目に遭わせておかなければ」

「だからってあんな、さすがに!」

「下着は無事だった」


 だけど、とツカサは女子たちに視線を向けられず、片腕を失った仲間を見て呆気に取られている男たちに対し剣を抜いた。


「暴行ってこの世界でも結構な重罪なんだってね。娼館とかちゃんとあるんだから、そっちで発散すればいいのに、なんでこういうことするかな。いける金がない?」

「な、なんだよお前」

「答えろ、なんでこんなことを?」


 ツカサはアーシェティアに冬用のマントを渡しながら問い続けた。アーシェティアはそれを持ってコレットに近寄り、そっと包んでやった。コレットはくしゃっと顔を歪ませて、アーシェティアに抱き着いて静かに泣き始めた。


「あ、あんたにもまわしてやるから」

「質問に、答えろ」

「なんだよ! あんな格好で誘ってるのが悪いんだろうが! ダンジョンで楽しみたいんだろ!? だから!」

「同じ男として軽蔑するよ」


 ツカサの腕が振られ、男の絶叫が響く。先ほど腕を失った男はもはや何を発する気力もなく、このままでは失血死するだろう。ツカサはさっとヒールを投げて傷口を塞ぎ、腕は繋げなかった。残った二人は顔面を押さえて鼻血を堪える男と、メアリーに突き飛ばされて転がり、身を起こしながら今あった光景に唇を開いている男だ。仲間の腕が千切れ飛んだり、斬りつけられたり、興奮していた証は情けないほど小さくなっていた。自分たちが襲いはしても、自分たちが襲われるとは考えていなかった顔だ。イラッとしたツカサの気配と威圧に鼻血を零した男がびくりと震え、悲鳴を上げながら癒しの泉エリアを逃げ出していった。ツカサはアーシェティアを振り返った。


「そこの男は、()()仕舞わせて、殺さない程度に痛めつけておいて。それから【離脱石】で外に出て、女子たちのケアをお願い。あれは俺が連れて行く」

「承知した」


 すぅーはぁー。ツカサは呼吸を入れ、サッと駆けていった。ほんの僅かな時間のあと、絶叫が響き、何かしらをもってして制圧したのがわかった。バタバタと足音がして癒しの泉エリアに駆け込んできたのはロドリックとディエゴだった。


「なんだこれは、どう、どうした!?」

「誰だこいつら!? さっきのとは違う冒険者……!?」


 メアリーがわぁん、と泣きながらロドリックに飛びつき、飛びつかれた本人は自慢の金髪が短くなっていたことや、憔悴したマイカ、泣きじゃくるコレットと状況に混乱しながらも、原因がそこにいる男たちであると理解した。その中でまだ一人、無傷な男がいることに気づいて睨みつけた。


「貴様ら……!」


 一人は腕を失い、一人は股間を斬りつけられて絶叫のあと気絶、一人は逃げていった先でやられたとわかり、数の不利、状況の悪化に取り残された男は壁際に逃げて、ごめん、悪かった、すまない、と意味のない謝罪を繰り返した。


「あーぁ、うわぁ、見たことのある斬り口!」

「そうだね。状況は大いに違うけどね」


 【真夜中の梟】も合流し、さらに男は追い詰められた。ずるずると何かを引きずる音がした。当然のようにそれはツカサだ。皆が合流していることにも驚かず、引きずっていた男を癒しの泉エリアに放る。どさりと落ちた男は腕がひしゃげ、足があらぬ方向を向き、白目を剥いて気絶していた。


「外に出よう。ダンジョン研修は終わり。ここまで」


 異論は認めない。暴行を働こうとした冒険者たちはツカサと【真夜中の梟】が共に【離脱石】を割って連れ出し、女子たちはアーシェティアに抱き着いて外に出た。困惑したままのロドリックとディエゴも強制帰還だ。

 人を喰らうダンジョンで、人が喰われる。その相手がダンジョンそのものだけではなく人でもあること。それに気づけたことが学生たちにとっての幸運であることを、ツカサはただ祈ることしかできなかった。 




今日は山盛り更新します。

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