書籍 第一巻 もうちょっとで発売記念SS
さぁ、と吹いて抜けた風を思わず目で追った。形のないものだ、追ったところであるのはただ広がる世界だけ。人々が歩いてできた道を同じように踏み締めて、自分の足がまたその道を上書きしながら先を目指す。
旅の道中、雑談はない。意味もなく、あの花はなんだろう、と思いはしてもそれを言葉にすることの意味を見つけられなかった。尋ねたところで同じ異邦人であるラングが答えられるとは思えなかったからだ。けれど、興味が湧いてしまった。
『ラング、あの花なんだろう?』
少しだけ小走りで横に並び道端に咲く花を指差す。ラングはゆっくりと足を止めてツカサの指し示す白い花を見遣った。こういうところは律儀な男だと思う。いいから歩け、と叱責することもなく、ラングはじっとその花を眺めていた。
『この世界の草花の種類に明るいわけではないが、故郷の草花と比べても、ハーブではなさそうだ』
『ふぅん』
『花というものは、扱いには気をつけねばならない』
話しかけておきながら早々に興味を失っていたツカサに声が掛かる。隣を見れば黒いシールドがこちらを向いていた。
『葉に毒があるものもあれば、花に毒があるものもある。根を煎じれば薬になるものも、乾燥しているかいないかで効能が違うこともある。たとえば、お前が誰かに花を贈る際、それが毒花と知らなければ、意図せず殺すこともある。逆に、お前を殺そうとする意図を知ることもできる』
思わぬ方向に話題が広がり、ごくりと喉が鳴った。
『何事にも興味を持つのはいいことだ。……暇つぶしにはなったか?』
『う、うん。ありがとう』
腕を組まれ、ツカサは目が泳いだ。すっかり意図も読まれていたらしい。ふぅ、と小さくラングの息が吐かれ、腕を解いて再び歩き出す。ツカサはそれを追いながら、また世界を見渡して足を踏み出した。
世界は、知らないことだらけでできている。
第1巻 発売日2025/8/10、ついに目前です(本日は2025/8/8)。
ttl先生の描いてくださった表紙に感動して書かせていただいたものを、旅人仲間の皆様へお裾分け。
楽しみですね!