1-50:ダンジョン研修 2
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先にダンジョンに入ったロドリックとディエゴはまず安全に癒しの泉エリアを目指すことにした。攻略本や地図があるからと甘えず、ダンジョンではそうした方がいい、とツカサの授業で受けた助言を、素直に聞いた。二人の間では最高五階層まで進んでいいとあって、どこまでやれるかを試していこうと話が済んでいる。
ダンジョンというものを知ってはいても、入るのは初めて。初心者向けダンジョンで上層には間引きパーティ程度で人が少ない。それもあり、後ろから早くしろと言われることもなく、慎重に、着実に進むことができた。【真夜中の梟】は見える位置には居ない。何かあれば駆けつけてやるからさ、とマーシが笑い、ロナと入り口から動かず、ついて来なかった。ディエゴのトーチで明かりを用意し、二人は進んだ。
【緑壁のダンジョン】は野菜関連の食材が落ちるダンジョンだ。小麦や米などの穀物は【黄壁のダンジョン】だが、それ以外はここでドロップすると言っていい。一階層、ダンジョン初の魔獣は足の生えた玉ねぎのような球根、それも直径三十レンブほどの、それなりに大きいものだった。ロドリックは剣を抜き、前に構えた。ギー! と鳴いたそれはバタバタその場で足踏みした後、真っ直ぐに突進してきた。体の中央を狙って飛んできたので上段から叩き斬る。接敵しながら球根の体が縦に割れ、鋭い牙が挟もうとしてきたので見た目よりも凶悪だった。灰になった球根のあとには玉ねぎが落ちていた。ディエゴは隣に並んでロドリックが拾った玉ねぎを見遣り、驚きを含んだ声で言った。
「どういう魔獣かは読んで知っていても、実際に見ると少し違うな」
「あぁ、正直、驚いた。あんなに早い突進とは思わなかった」
気をつけて行こう、と二人は頷き合い、再びディエゴが地図を開いた。事前の攻略本学習でも【緑壁のダンジョン】には罠がないと書かれていた。けれど、それがあるかもしれないと思いながら進むことも、危機感知を育てるとツカサに言われ、教えを守っている。目指す強さを目の当たりにして、【渡り人】だからと色眼鏡で見る気はもうなかった。なし崩しとはいえ【真夜中の梟】と食堂で会話したことも大きい。
昔、ツカサはいろいろあったらしい。【真夜中の梟】は懐かしそうに、大事な思い出を話すように【異邦の旅人】と行ったダンジョンのことも話してくれた。ツカサから聞いていた兄というのがとんでもない強さを持っているというのも、第三者から聞いて改めてそうなのだと知った。
ツカサがまだ駆け出しの頃、その兄に鍛錬でコテンパンにされていたり、ダンジョン帰りに疲れて寝てしまい、背負われて戻った話などを聞き、今では想像もできない姿に生徒たちは親近感も抱いた。
そうしてツカサが着実に実力を伸ばしたのだと聞けば、あの人も天才ではないのだと知り、ロドリックは人としてツカサ個人を好きになりつつあった。天才肌のディエゴとは違い、ロドリックは努力して技術を身につけてきている。同じだと思ったのだ。
「次を右に行けば、癒しの泉エリアがあるはず」
「わかった。曲がり角は警戒する」
あぁ、とディエゴが離れ、ロドリックは壁沿いに曲がり角を目指し、教わった通りに耳を澄ませた。足音はない。通路を少し戻り、剣を手に大きく回り込むようにして角へ出る。何もいない。それを確認してディエゴに頷いた。
――よっぽどおかしい斥候でもなければ、この確認方法を忘れずに。
特に二人パーティは前を行く人も、後ろを警戒する人も疲れる。ペアで行くのは止めないけれど、注意すること、と【冒険者ギルド職員のツカサ】から助言されたことも守る。癒しの泉エリアに着けばリュックからコップを取り出して水を飲む。すぅっと体の疲れが取れるような感覚に顔を見合わせ、すげぇ、と笑った。ここで小休憩をとることにした。
リュックを下ろし、中から日持ちするように硬く焼かれたパンと生ハムを取り出し、パン切りナイフなどは持ってこなかったので指先に力を入れて割った。ロドリックが持ってきたナイフで生ハムを切り、パンに乗せる。ザグ、むち、むち、と水分を奪われるパンと弾力のあるしょっぱい生ハム。舌の裏側から唾液が溢れ、それがパンを少しだけ柔らかくした。それでも水分は追いつかず、癒しの泉エリアの水を掬い、口内を助けた。ぷはぁっ、と口元を拭い、また笑い合う。
「すごいな、なんだか冒険者って感じがするよな」
「そうだな。このあとはディエゴも魔法を使ってみるか」
「あぁ、ロドリックに前衛は頼むことになるけど」
「もちろんだ」
食事を食べ終えて食休みも置き、じゃあ行くか、と次の目的地の癒しの泉エリアを定めて再び通路に戻る。トーチの明かりの中、緑の壁、緑の床、緑の天井に目がチカチカしてくる。同じ色を見続けるというのも目が疲れる。癒しの泉エリアでの目を瞑っての休憩は必須だろう。
次に遭遇したのはつる草のような魔獣だった。一ロートルほどの長く太い草が地面を這う毛虫のように這っていて、剣で斬るにはコツが要るように思え、ディエゴに頼んだ。よし、とディエゴは杖を構えた。これは元々申請していて、家から持ってきた私物だ。身長の半分ほど、少し螺旋を描いたもので、小さい頃から玩具代わりにしてきた使い慣れた杖。ツカサのように素手での無詠唱も憧れるが、あれはバケモノなのだと理解してからは素直に原点に立ち返った。
「ダンジョンの壁は壊れない、けど、通路の先に他のパーティが居ることもあるから、見える範囲だけに威力を留めるように……。ファイア!」
ぶつぶつと確認をした後、杖を前に向けて詠唱を行う。バスケットボール大の大きさの火の玉がゴウッとつる草の魔獣へ向かい飛んでいく。魔獣はギィッとどこからか音を出して壁を登り逃げようとした。それに対して炎を追尾させ、ドンと爆風を巻き起こしながら燃えた。ハラハラと落ちる灰、ぽとんと落ちた小さな魔石とさやえんどうのような野菜。これを自分の手で得たのだと思うと、ぐっと体に力が入った。
「さすがだ、ディエゴ」
「逃げる先を予想することも必要だな、ちょっと焦った」
「その時は俺が斬るさ」
へへ、と笑い合い、再び歩き出した。途中、四人組の間引きパーティなるものに遭遇した。自分たちよりは年上、こなれた感じで魔獣を倒していく。戦闘中は近寄らない、戦闘が終わり、すれ違うようなら軽く挨拶をして抜ける。そのつもりで連携のある戦いが終わるのを待っていれば、観客のいる戦いを終えた冒険者たちがこちらに歩み寄ってきた。道を譲るために端に寄れば敢えてこちらに寄ってきて、ロドリックの顔の横に拳が叩きつけられる。それに驚くような神経の細さはしていないので、叩きつけられた拳を辿って冒険者の顔を見た。こちらを睨みつけて威嚇してきているが、初日、自分を肩越しに見遣ってきた冷たい眼差しの方が怖かった。
「なんですか」
「それ制服ってやつだろ、イーグリス学園のガキか」
でけぇ荷物抱えて大変そうだ、とニヤニヤ笑われ、意外と血の気の多いディエゴがムッと眉間に皺を寄せた。なんだよ、と冒険者の一人がそちらへ近寄り、ディエゴの胸を押した。こいつ、と反論しようとした親友の肩を掴んで押さえ、ロドリックは顎で向こうを指した。
「おい、いいからさっさと通ってくれ。こんな広い通路なんだぞ」
「あ? ぬくぬく頭でっかちのガキが、先輩への態度がなってねぇな」
「絡んできたのはあんたたちだ」
「これはちっとばかし痛い目に遭わせるしかねぇな?」
ははっ、と冒険者たちは笑い、簡単に武器を抜いた。そこへ、あーぁ、と誰かの声が響いた。からん、からん、とランタンの揺れる音に皆の視線がそちらへ注がれ、現れたのは【真夜中の梟】だ。マーシが腰の剣に手を掛けながら言った。
「新人狩りか? どうする、ロナ」
「そうだね、少し痛い目に遭わせた方がいいかもね」
優しそうな顔をした、白いローブから癒し手と判断し、冒険者たちは驚かせやがって、と嘲笑を浮かべた。
「道を譲ってもらおうとしただけだぜ?」
「そんな端に追い詰めてまで? 恥ずかしい真似しないで、真っ当に冒険者しなさい」
ロナが笑顔のまま言えばそれにはカチンときたらしく、抜いたままの剣が、杖が【真夜中の梟】を向いた。マーシは抜刀と同時に氷の線を床に壁に真っ直ぐ走らせた。瞬時にパキンッ、と高い音を立てて、氷の波が、棘が冒険者の横を走る。
「文句があるなら、イーグリスの冒険者ギルドで【真夜中の梟】の名前を出せよな。金級冒険者として、ちゃんと対応してやるぜ?」
「マーシ、そのくらいでいいよ」
「おうよ、リーダー」
カチン、と剣が納められ、ほら、行けよ、とマーシが手で追い払う。冒険者たちは武器を収め、覚えてろよ、とロドリックに捨て台詞を吐いて【真夜中の梟】の横を抜け、立ち去った。
向こうのトーチの明かりが角を曲がって見えなくなるまで見送り、ロナがふぅと息を吐いてロドリックたちを振り返った。
「ここで話すのもなんだね、癒しの泉エリアに行こうか」
はい、と頷いてマーシの先導、ルート指定はロナについていった。癒しの泉エリアには相変わらず先客はいない。【真夜中の梟】はアイテムポーチからコップを取り出して水を掬い、先に喉を潤した。ロドリックとディエゴもそれに倣い、今になって手が震えてきた。ロドリックはそれに驚いてしまった。マーシが苦笑を浮かべて言った。
「あんな真正面から食って掛かるなよ。制服だっけ? そんなの着てたら初心者なの丸わかりなんだぜ? まだ自分で革鎧でも用意してる方が対等に見える」
「しかし、こちらは決まりを守って対応していたんです。あんな言いがかり」
「そんなの相手が守るとは限らないだろ。だから関わらないようにするし、冒険者ってのは見栄を張るんだ」
まぁ佇まいだけで撃退する奴もいたけど、あれは別格だよ、と【真夜中の梟】はひそひそ話した。ぐぅ、と黙ったロドリックに対し、ロナが言った。
「【離脱石】を使ってほしかったな。そんなことで、って思うかもしれないけど、相手の人数が君たちのパーティに対しては多すぎるよ」
「剣を抜いたなら、勝てました」
「確実に勝てたかどうかはわからないよ。一人は魔力を練っていたし、武器を抜かれた時点で君も抜いていないのであれば、後手だよ?」
うっ、と視線を逸らす。まだ納得のいっていない少年たちを前に顔を見合わせ、ロナは言った。
「向こうの大陸での話、ツカサはフェネオリアという国のダンジョンに、ソロで入ったことがあるんだよ」
「あいつ、その時さっきの奴らみたいな新人狩りに襲われて、殺してるからな。そういう対応ができるようになってから、喧嘩は買うもんだ」
あの、人畜無害そうな顔の青年が人を殺した経験を持っているとは思わなかった。なんというか、公明正大に、正道をいっているような、そんなイメージでいた。
「ダンジョンは一日置けば装備だけを残して人が消える。だから、駆け出しの新人は特に狙われるんだよ。人が殺したのか、魔獣に殺されたのかが分からないことが多いからね」
「微々たる稼ぎではあるけどな、お前らが背負ってる荷物を奪えば、仕入れに金を使わずに済む。ま、少しずつ貯まるんだよな、これが」
だからああいう輩は減らないんだ、とマーシは水をぐびっと飲んだ。ロナは唇に人差し指を当ててぼやいた。
「四人っていう推奨人数を何だと思ってるのかなぁ……」
パーティを組む際、ツカサが何度か言っていたことを思い出した。先ほどのパーティも四人。駆け出しである冒険者は、相手と同数であることは、それだけで牽制に繋がるのだ。ロナはマーシに小突かれて顔を上げ、にこりと笑った。
「じゃあ、引き続き気をつけてね」
「またな!」
【真夜中の梟】は颯爽と癒しの泉エリアから立ち去っていき、ロドリックとディエゴは顔を見合わせた。ぽつりとディエゴが言う。
「……女子組、三人だったよな」
「……そうだな」
いや、まずは自分たちのこと、しかし、と男子二人逡巡し、来た道を足早に戻った。どのルートを来るかわからないが、嫌な予感をそのままにすることだけはしたくなかった。
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