1-49:ダンジョン研修 1
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【真夜中の梟】に打診をしたところ、あっさりと了承が返ってきた。曰く、後輩教育などをしたことがないので、経験したいとのことだった。ロナとマーシは自分たちが育てられる側で、育てる側に回る前にヴァロキアを出た。冒険者として、いつかやらなくてはならないだろうと考えてはいたらしい。
冒険者ギルドにて学園が作成した書類に、ギルマス立ち会いで署名をし、ギルマスが指印を押す。反省の生かされた書類が完成し、改めて【真夜中の梟】によろしく頼んだ。
冒険者クラスには癒し手がいない。ツカサ自身、ロナやシェイなど、知っている魔導士が癒し魔法を扱えるので気にしていなかったが、ゲオルギウス曰く、魔導士の総数から見ると本当に貴重なのだという。魔導士が百人いるとしたら、一人癒し手がいるかどうか。ロナにも聞いたところ、向こうの大陸でもその割合は同じらしく、だからこそマブラでツカサはマナリテル教に熱烈な勧誘をされたというわけだ。価値を知らない、無知であるということは恐ろしいことなのだと今ならわかる。あの時は、自分のことに必死すぎてなぜそれがそうなのかを考えられていなかった。
「若かったもんな」
うん、と一人頷いた。
癒し手のいる【真夜中の梟】の協力があれば、違うルートを進むとして一回で二組の引率ができる。そうすると研修時間が短縮できて、別のことに時間を使える。それに、学生にも夏休みというものがあるのだ。誰が定めたのかは知らないが、日本を彷彿とさせる八月、火竜の月がまるっとそれだ。アレックスに言わせてみれば短すぎるらしい。寮に残って自主鍛錬するもよし、実家に帰るもよし、中にはこの一か月でバイトをし、貯金や卒業後の準備を進める生徒もいる。ツカサは少しのダンジョンと、モニカとエレナの出産の準備を手伝う予定だ。
エレナといえば、妊娠してから食の細さが気になっていたが、ふと思い立って癒しの泉エリアの水を飲ませてみたら、みるみるうちに元気になった。急に食欲が湧いたことに本人は困惑していたが、医者やシュレーンたちからはもっと食べろと言われているらしい。ツカサはそれを子供の影響だろうと思った。
ラングは理の加護を持つ人で、その心臓である竜もまた理の属性だ。もしかしたら、魔力を持つ母との相性が良くなかった可能性はある。全て憶測なのでシェイとヴァンによる診察を早めた方がいいかもしれない。
そう考えればどこかで伝わるのだろうか、ヴァンから手紙が届いた。曰く、ダンジョン研修がそろそろだろう。それが落ち着いたら一度家にお邪魔したい、とのことで、了承の返事をし、家族にも伝えた。
ダンジョンの歩き方、注意事項、他の冒険者に迷惑にならないように、暗黙の了解とされているルールやマナーを二日に渡り座学で教え、一日を使い荷物の買い出しを任せ、ついにダンジョン研修という前日の夜、ツカサはアーシェティアに声を掛けられた。
「前日にすまない、私も手伝っていいだろうか。正直、腕が鈍りそうだ」
大変素直な申し出だ。ツカサは女性冒険者の扱いに不安もあったので、是非、と答えた。家のことはシュレーンとクローネがやってくれるので、やることがなくて困っていたらしい。家のキッチンも魔力石や魔石で稼働するため、暖炉に火を入れない今、薪割もそうひっ迫していないのだ。
「わかるよ、ちょっとこう、不謹慎だけど下層で暴れたくなるよね」
「あぁ、ツカサ殿の夏休みの際は、少し潜りたいものだ」
「計画しようか、肉はね、いくらあっていいと思うんだよ」
「間違いない。モニカも、エレナも、最近よく食べてくれる」
アーシェティアは【赤壁のダンジョン】にも行っていなかったので、きっと喜ぶだろう。それもまた相談することにして、一先ず、ダンジョン研修にはアーシェティアにもついてきてもらうことになった。
翌日、早朝、イーグリスの北門で初回の二組と合流した。ロドリックとディエゴ、マイカとメアリーとコレットの組だ。支給品の大きめの背負い鞄をそれぞれの背に、そわそわした様子で待っていた。ツカサが来たのはちょうど【真夜中の梟】と同時だった。連れ立って歩いていた戦斧を背負うアーシェティアに驚いた生徒を前に、ツカサはさくりと切り出した。
「よし、来てるね。ロナ、マーシ、今回本当にありがとう」
「いいよ、僕たちとしてもいい経験になるから」
「そうそう! 踏破したダンジョンだし、見守るくらい任せとけ!」
今回、隣に立って引率するようなことはしない。ツカサは遠隔で魔法障壁を生徒に施すが、助けてもらえる、という環境に置くつもりはなかった。ロドリックとディエゴは特に、自分がどこまでできるかを試したい方でもあるので【真夜中の梟】にもそう頼んである。
「じゃあ、行こうか。乗合馬車に乗ってダンジョンに移動しよう」
「先生、その人の紹介は……」
「アーシェティア、【異邦の旅人】のパーティメンバーの一人」
「よろしく」
今いるメンバーの中でも群を抜いて高身長のアーシェティアが手を差し出し、女子たちはなぜか少し照れながら握手を返した。ロドリックは背に負った戦斧とその手の感触に何かを察し、ディエゴは今まで会ったことのないタイプなのか目を合わせられていなかった。各者各様、反応を楽しんだ後、乗合馬車で【緑壁のダンジョン】を目指した。
馬車の揺れが腰にくるだとか、尻が痛いだとか、女子ならではの文句は出てきたがそういうものだと思ってもらうしかない。それに、イーグリスの乗合馬車はまだマシだ。ジュマで乗っていたものなど、と思い出せば、ロナとマーシも同じことを考えたらしく、目が合って、頷き合う羽目になった。
「うわぁ、すごい! 全部緑!」
木も葉っぱも全てが緑一色、散った葉っぱの地面も鮮やかな緑、これがもう少し塩梅が考えられていたのなら、よい森林浴ができただろう。ここまで緑だとそれはそれで目が痛くなるから不思議だ。
同じ方向を目指す冒険者たち、今戻って来たばかりで少し臭う冒険者たち。じろじろと見られるがこちらも見ているので文句は言えず、学生たちのその様子に初めてダンジョンに行った時のことが思い出された。
ダンジョン前には買い忘れがないかを叫ぶ屋台もいくつか、今回は事前に準備を済ませているので歩きながら覗く程度だ。こういう店の上手いところは、たしかにそれもあった方がいいかもしれない、と冒険者に思わせること。特に女子には刺さるらしい。ツカサは足を止める女子たちに対し、注意をした。
「一日かけて準備したんでしょ、今回は足りなくてもそのまま行くからね。足りないことを経験するのも大事」
「お金ならありますのに」
「そういう問題じゃないよ」
ぴしゃりと言い、ツカサはダンジョン入り口に辿り着いて振り返った。
「よし、じゃあここからはロドリックとディエゴは【真夜中の梟】と、マイカ、メアリー、コレットは俺と一緒にダンジョンに入る。先に男子組に入ってもらって、少し待ってからこっちも行こう。授業でも言ったけど、俺も【真夜中の梟】も先導することはない。こっちが見守れる距離で、離れているから、教えたことを生かして、まずは三日で三階層を目指すくらいの感覚で行くこと」
はい、と男子組のはきはきとした声が答えた。気をつけて、武運を、と肩を叩いて鼓舞するついでに魔法障壁を張る。ディエゴはぎょっとした顔をしていたが、にこりと笑いかければぐっと唇を結んだ。
「じゃあ、また三日後に外で」
「よろしくね」
ロドリックとディエゴ、【真夜中の梟】がダンジョンへ下りていく背中を見守り、ツカサは女子組を少し端へ呼んで腕を組んだ。言っておかなくてはならないことがある。アーシェティアの視線がずっとそこにあるのも、そういうことだろう。
「一つだけ聞きたいんだけど、俺が授業で言った、女子はスカートやめておきなさい、って話、どうして聞かなかったの?」
女子三人、きょとんとして顔を見合わせ、だって可愛いもん、と言った。ツカサは眉間にぎゅっと皺が寄る気がして伸ばすように揉んだ。
ツカサはダンジョンで女性に対してそういう気持ちを抱いたことはない。【異邦の旅人】のメンバーの半数が男性であること、共にダンジョンに行くのも大半が同性であることもあり、意識したことはなかった。【微睡の乙女】も魔導士のタチアーナと癒し手のベルベッティーナが膝丈で長かったこともあり、捲れることを心配したこともなかった。エレナだってローブの下はズボンで、アーシェティアなどもそうだ。随分昔、マブラからジュマへの道中で出会ったバネッサも露出は少なかった。懐かしいな、あの人も元気にしているだろうか。
「それに、制服は結構頑丈に作られているから耐久性もあるし」
「やむを得ない事情で破損しても、再支給いただけますもの」
「洋服……ない……!」
ツカサは頭を抱えた。そういうものも揃えるために、銀貨十枚が支給されているのだ。上は制服でもいい、せめて下くらいは手の届く範囲で何か用意してほしかった。
「……【微睡の乙女】は、ファーリアの素性が知れ渡っていたから大丈夫だったんだよな。街の人々の目があったからこそ、下手なことができなかったという感じで」
深い溜息が零れた。しかし、どんな目に遭ってもそれもまた経験にしてもらうしかない。制服のスカートは本来膝丈だが、そのまま着る生徒など存在しない。大体、太腿の中ほどまで上げてしまうのだ。動きやすいとか涼しいとかそういう理由ではなく、可愛いからだそうだ。ツカサは思春期の男子のために、女子にスカートの中に履けるショートパンツというのも学園に依頼し、支給させ授業中は身につけさせている。それはそれで癖に刺さると小耳に挟んだが、じゃあどうすればいいんだ、と悩み、一周回ってそれでいいやと思っている。そっとアーシェティアが囁く。
「ツカサ殿、彼女たちはあまりに想像力と危機感が無いように思える。私も知っている冒険者の数が少ないことと、男性が多いこともあるが……、大丈夫なのだろうか?」
「わかってる、何回か授業で釘は刺したんだけどなぁ」
目の前でダンジョンへの高揚を楽しそうに話す女子三人、嫌な経験をしてほしくはないが、しないとわからないのだろうなと眉間から指を離した。学生服だからと冒険者には関係がない。イーグリス所属の冒険者にも良し悪しがある。他国から出稼ぎに来ている冒険者ならば、逃げることだってできる。
きっと誰かが守ってくれる。
その考え方を冒険者は持ってはならない。俺を、誰かを全てにしてはならない。
「男女混合のパーティも不安だけど、女子だけ三人も人数的に不安なんだよな」
四人という数は様々な面で推奨される人数なのだ。
「ねぇ、先生、いつ頃行くの?」
「地図の確認とかは大丈夫なの? 俺はそれを待ってるんだけどな。ロドリックとディエゴは乗合馬車の中で済ませてたから、そのまま行ったんだよ」
あっ、と慌てて女子三人が攻略本を開く。最初は癒しの泉エリアを目指すルートだからこっち、何個目を曲がって、と確認をし始めてくれてようやく緊張感が少しだけ出てきた。
【真夜中の梟】がいる間に、ロドリックとディエゴも何か失敗してくれるといいなとツカサは願い、懐中時計をぱちりと鳴らした。
「それじゃ、そろそろ行こうか。先に中に入って、俺は一定の距離感でついていく。命の危険を感じたらすぐに【離脱石】を割ること。躊躇するくらいなら割るんだ」
三人の肩をとんとんと叩き、武運を、と言いながらこちらにも魔法障壁を張る。
「よし、それじゃあ、しゅっぱーつ!」
「ん!」
「そのノリはさすがに不安ですわよマイカ……」
なんだかんだ女子三人、ワクワクしながらダンジョンへ下りていく。
さぁ、ここからは命のやり取り、己の尊厳を守る戦いが始まるぞ、とツカサとアーシェティアは少しの間を置いてからその後をついていった。
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