1-48:気づけばそこに広がっている
いつもご覧いただきありがとうございます。
翌日、マイカは復帰した。教室に入る前、中で騒ぐ女子の声に耳を澄ませたところ、いつまでもグズグズしてられない、もっと良い人見つけるんだ、女子は上書き保存だ、と叫んでいて、ツカサは笑ってしまった。教室に入れば少しだけ気まずい空気はまだあったものの、前日ほどではない。
「おはよう、全員いるね。じゃあ、早速今日の授業を始めるよ。ここが冒険者ギルドと仮定して、パーティを組んでもらおう」
ツカサは手に持っていた紙を揺らし、先頭の机に置いた。順繰り回っていくそれが後ろまで到達したのを見て、よし、と一つ頷く。
「午前中の時間でパーティを組むように。午後からは座学だから、間延びさせないでね。では、始め」
ツカサは空いている席に座り、生徒たちを促した。隣同士、元から親友のロドリックとディエゴは速攻で決まった。お互いに拳をぶつけ合って、ロドリックをリーダーとして紙に書く。この紙には誰と組むのか、どうして組むのか、相手に何ができるか、自分に何ができるかを記載する欄がある。本人が自覚しているできることと、他人が把握している自分のできることの差異を明確にし、自分の対応範囲を再確認するための作業だ。
ツカサも【変換】に対し、自分の考えている枠組みではなく、もっと意味合いが広く、やれることが多いことを、仲間や先達に教えられてきた。周りのレベルが高すぎて、自分の能力が世間一般とは違うことを知ったのは、生徒たちが居たからだ。気づきはいつだって見つけられる。けれど、ツカサがそうであったように、それを最初から掴み取れというのは難しいだろう。これはそのための小さな切っ掛けにしてほしかった。
ツカサはじっと生徒たちを観察していた。日頃一緒に過ごす友達と組む者が大半で、ある程度固まり始めていた。今まで、敢えてグループワークなど一切させてこなかったのだが、おかげでしっかりと欠点が見えている。
戦闘のバランスが明らかに悪いであろう組み合わせや、ダンジョンをアトラクション感覚で考えている者。修学旅行やちょっとしたグループワークと同じで、自分から仲間になってほしいと言えない者がいた。
いつも魔力の扱い方を教わっているとはいえ、命を預けるとなると別の話だ。アレックスがぽつりと椅子に座ったままだった。魔力の多さ、魔法の強さはあれど、一歩間違えればパーティそのものを殺しかねないとなれば、仲間に選ばれなくても不思議ではない。アレックスはそれもわかっているのだろう、一人で行くつもりでいるらしい。ソロ冒険者というものも存在はするので否定はしないが、それを許せば皆がマンツーマンで行きたがるので、その場合、ツカサはアレックスにダンジョン研修を行わない。厳しいが特別扱いする気はなかった。パーティの推奨人数は四人から、という言葉をどのくらいの生徒が覚えているのか、確認をするつもりでツカサは観察を続けた。
「ロドリック、ディエゴ、よかったら組まないか?」
剣士としてクラスでもレベルの高いロドリックと、安定した魔法の使い手であるディエゴは人気だった。二人がクラスの中でも落ち着いている方だというのもあり、頼られていた。ロドリックとディエゴは選ぶ側として非常に有利なのだ。そっとシモンがツカサに近寄ってきた。ツカサは顔を上げ、にこりと笑う。
「先生、聞いても良いですか?」
「冒険者ギルドへようこそ、何かお困りですか?」
ツカサの返答にクラス中がぽかんとした後、ハッと目を見開いた。ツカサは言った、ここが冒険者ギルドと仮定して、と。そしてパーティを組む冒険者が生徒ならば、ツカサは冒険者ギルドの職員ということなのだ。わっと詰めかけようとする生徒たちに、ツカサは大きな咳払いをした。こういうギミックというか、意図を汲み取るという点においてはシモンがクラスで一番能力がある。鍛える必要はあるだろうが、斥候に向いているのかもしれない。
「順番ですよ」
シモンを先頭に生徒という冒険者が並ぶ。ツカサは、では改めて、とシモンに笑いかけた。
「どうされました?」
「あの、パーティを組む方針とか、方法について相談したいんです」
「ほう、というと?」
シモンは自分が魔法を使えないこと、剣の扱いについても自信があるかといわれると、そうでもないこと。そうした欠点ばかりが目に付いて、パーティを組んでほしいと自分から売り込めないことを悩んでいると言った。ツカサはシモンを見直した。自分を客観的に見て、足りないところをよく知っている。その上でどうすればいいか尋ねられるのは貴重な素質ではないだろうか。ツカサはそうですね、と少し、ジュマのジルを思い出しながら目を細めた。
「まずは、どこのダンジョンに行かれる予定ですか? パーティは臨時? それとも長く続けるパーティですか?」
「えっと……先生、どこのダンジョンで研修ですか……?」
「【緑壁のダンジョン】だよ。罠なしの初心者向け」
こそっと返せばシモンの後ろに並ぶ生徒たちも、緑壁、とひそひそ言い合っている。シモンは【緑壁のダンジョン】で、臨時です、と答えた。
「なるほど、これは参考程度に聞いてほしいのですが」
そう前置きをして、ツカサから見たシモンというものを伝えた。物事を深掘りできて、そう時間を掛けずに発想を得られる、柔軟な思考があること。何より気になること、わからないことを率先して知ろうとできること。武器を扱うことに長けていなくても、自分にできる方向をしっかりと伸ばしていけばそれでも冒険者ができるだろうこと。
「俺が知り合った冒険者っていうのも、ある程度偏りがあったからそれが正解というわけじゃない。ただ、提案として、シモンは斥候としての属性を伸ばすのはありだと思う」
「斥候ですか?」
「目端が利くタイプだと思うんだよね」
もちろん、パーティの先頭を行かなくてはならないことや、真っ先に魔獣に遭遇する危険性、気配を察知するなどの訓練が必要で、時間が掛かることは付け加えた。ただ、斥候は前衛ではない。責任は重いがそれはパーティの誰でもそうだ。戦闘が苦手だというのなら、それを前提としたパーティ募集をし、魔獣と遭遇した際は仲間に戦闘を任せたっていい。
ツカサが出会った斥候が戦えるタイプだっただけで、イーグリスの冒険者ギルドで話を聞いた時、警戒で疲れるから戦闘は少なめで頼む斥候もいるのだと知った。そういう工夫は自分の特性を知ってこそだ。
「卒業してすぐに斥候と名乗るのは危ないから、見習いとして登録すれば冒険者ギルドが支援をしてくれる。斥候は大事だからね。」
「そうなんですか……!」
「あ、だけど、最低限自分の身を守る術はきちんと学ぶこと。それに、俺はクラスを一年で終わらせず、もう一年やるつもりだから、二年目はもっと、それぞれ専門を学んでもいいと思ってる。まだ構想段階だけどね。【快晴の蒼】と学園とも話さないといけないし」
おぉ、とクラスがざわめいた。でも、じゃあ、十七歳で銅? と他の冒険者とのランクの上がり方が気になる者もいるらしい。ツカサはそうだね、と否定しなかった。
「着実に力をつけるか、先を急ぐか。要領のいい人ならどちらも得られるかもしれないけど、強制じゃない。もう一年、学びたければ学ぶこと、って感じかな」
それに、正直四か月の連続休暇を取ってツカサもダンジョンに行ったり、家のことをやったりと気ままにやりたい気持ちもある。そうするにはやはり二年あった方がいい。腕の鈍り方が本当に不味い。それはそうと、続きだ。
「じゃあ、どういう方針、どういう方法でパーティを組めばいいか、という話。個人的には、前衛、後衛、サポート、そこにシモンって感じで探すといいと思う」
「それって、たとえば?」
「前衛は盾役とか、近接を得意とする人。後衛は遠距離を扱える人。サポートは正直好みだね。魔導士でも、剣士でも、上手に、状況を見て立ち回れる、そんな人。理想論だけど、一人そういう人がいると、状況がいい意味で変わりやすい」
では、クラスではそれが誰か、という話だ。ツカサはにっこりと笑い、答えは言わなかった。
「斡旋はしていませんので、ご参考まで」
「あ、ありがとうございます!」
シモンは礼を言い、自分を求めてくれるクラスメイトへ声を掛けに行った。やはり目端が利くタイプだ。ツカサから注意を受けたことのある注意力散漫な生徒であったり、突出した能力はなくても安定した成績を叩きだしている生徒に声を掛け、五人でパーティを組めていた。そこでロドリックとディエゴを狙いに行かないのもよく見ている。あれはきちんと自分で警戒ができるタイプなので、シモンの出番はないのだ。
そうした相談をほぼ全員にやったあと、パーティは決まった。
結局、他の人の参加を断ったロドリックとディエゴの二名パーティー。
マイカ、メアリー、コレットの女子三名のパーティー。
シモンを始め、五人のパーティ。
他六名、四名、四名のパーティと、ソロのアレックス。
当初、四、五組のパーティの引率で考えていた身としてはかなり細かく分かれたなという感想だ。きちんと報酬を支払うので、【真夜中の梟】に協力を仰げないか聞いてみようと思った。それぞれがお互いのできることやれることを書いた紙を回収しながら、ツカサは紙を提出に来たアレックスに言った。
「ソロは認めないよ。引率もしない。つまり、ダンジョン研修に行けないけど、いいんだね?」
「うん、もう少しちゃんと魔法を使えるようになってから、次回は、もっと、信頼してもらってから行く」
「そこまで考えているならいいよ。残っている間、他の授業に混ざって、しっかり鍛錬すること」
うん、とアレックスは頷いて紙を提出してきた。そこに、小さく、癒し魔法って使えるようになるかな、と書かれていたので微笑んだ。ツカサはマナリテル教でたまたま魔法を得た際、治癒魔法も使えるようになった。ロナがどうやって扱えるようになったのかを聞けば、アレックスの助けになるかもしれない。魔力総量はあるのだから、それを癒し手として転用できるのなら、願ってもない。
「アレックス、ダンジョン研修中、授業に混ざれない時間があるだろうから、その時は医務室に行って治し方と、人体の構造について学んでおいて」
「そうすればできる?」
「わからない、でも、俺の魔法の師匠が言ったんだ。本来癒し手は医者であってほしい、って」
アレックスはきょとりとしたあと、おずおずと言った。
「医者になれるってこと……?」
「俺は目指したことがないから憶測で言うけど、大変だとは思う。ただ、冒険者クラスに居るから、冒険者にならなくちゃいけないと思う必要はないよ。ここはいろんな切っ掛けと道を試行錯誤できる場所でいい。冒険者になるなら、冒険者として学んでね、って感じ」
もう一度言うけど、癒し手の道は大変だよ、とツカサは挑発するように笑った。アレックスは力強く頷いて自分の席に戻った。
そう、それでいいのだと思う。ツカサは元の世界に戻るという目的のために、生きるために戦う術を得た。自分でそれを望んだ。目の前に追いかけたいと思う背中があったから、それを追った。
けれど、ツカサの道はツカサのもので、同じ道を行く必要はない。学び、経験し、頭を悩ませ、躓いて辛くても、顔を上げた時に自分の前に広がるいくつもの道に気づいて、それを覚悟して選び取ってくれれば、それでいい。
あ、なんだか、俺の教師としての道も見えた気がするな、とツカサはこれを日記に書いておこうと思った。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。




