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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活
410/465

1-44:初夏祭り

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ファイアドラゴンの鱗は無事に戻ってきた。ツカサは、確認してください、と渡された革袋の中からそれを見つけた時、膝をついて赤い鱗を額に当て、安堵の涙が零れるのを必死に堪えていた。あの日、自分を守ってくれた腕と体の熱さは、永遠にツカサの道標の一つなのだ。

 他のドロップ品も返ってきて安心したものの、革袋の中にはまだたくさんのものが入っていて、あの女の抱えていた財産に驚いた。

 シャイナ、いや、ケイトはあとひと月も金を貯められたら、イーグリスを出てどこか別の街に行く予定だったらしい。こんなに多くのものを持っていけるのかと眉を顰めていれば、どうやら冒険者ギルドで備品を盗んでおり、その一つであるアイテムバッグの中に入れて持っていくつもりだったらしい。ツカサに返却するためにそれらを持ってきた冒険者が不愉快そうに息を吐いた。


「俺も【渡り人】なんだよ。俺がここに来たのはガキの頃で、誰かの助けがなかったら死んでた。ガキだったから柔軟に受け入れられたのかもしれないが、だとしても、ここを知ろうとはした。その上であの事変、イーグリスについた」


 ツカサは口を挟まず、冒険者が話せるまで待った。暫く言葉を選び、顔を上げて冒険者は言った。


「【渡り人の街(ブリガーディ)事変】と、魔獣騒動、それに、冒険者ギルドでの不正。……正直、肩身が狭いよ。俺のことを知ってくれてる奴はいい、ただ、知らない奴からしたら、俺もまた【渡り人】って括りで見られちまう」

「真面目にやってる人が、困るのは嫌だよね」

「そうだな」


 とはいえ、もう生活なんて変えられないしな、と冒険者は困り顔で首を掻いた。


「なんでここに来たのかはわからない、けど、元の世界になんてのももう、な。助けてくれた奴を、知ってくれてる奴を、裏切らないように生きていくさ」


 長々と悪かった。そう言って冒険者は他の仲間と共に革袋を背負い、冒険者ギルドへ戻っていった。その背中をツカサは黙って見送った。

 ツカサの書斎に改めてそれら思い出の品が飾られた。おかしなものは置かないから、入って良いからね、と家族に声を掛け、シュレーンにも同様にそう伝えた。本当にいいのかと改めて問われ、信頼している、と真っ直ぐに言えば、シュレーンは嬉しそうに背筋を伸ばしていた。

 ロナとマーシはもう少しのんびりしてから【青壁のダンジョン】に再挑戦するらしい。冒険者ギルドも街もまだ、魔獣騒動の事後処理で地下水道の徹底的な魔獣討伐と、調査、清掃に奔走している最中だ。【真夜中の梟】は懐にも余裕があるので、食べ歩きと療養に時間を使うという。ちょくちょく顔を出させてもらうね、とロナから言われ、ツカサはエレナに許可を得た。その行動で話を聞いたとバレたらしく、いつでもいらっしゃい、とエレナはロナの頬を撫でていた。ジェキアでの一コマが思い出され、ロナの成長を伴って過去であるのだと、ツカサはぼんやりと懐かしみを覚えていた。


 のんびりと過ごし、魔力もすっかり満たされ快調。裏庭で鍛錬をして体の鈍りを感じ、危機感を覚えた。事務仕事ばかりだとこうも鈍るのか、と必死に勝てない相手を置いて短剣を、ショートソードを振るう。けれどそこに当たるものがあるのとないのとでは大きく感触が違う。


「かといって生徒を相手にしても物足りないし、教員連中をっていうのも、忙しいのが自分でわかっちゃってるしな」


 工夫するしかない、いっそダンジョンの下層の方で魔獣を相手に手慣らしが必要かもしれない。くそぅ、とばたりと地面に倒れれば青い空が見えた。梅雨のないスカイ、このまま初夏を迎え、青に薄っすら緑の混じる、不思議な空の色に変わってくる。そこに、ぽん、ぽん、と魔法の光が弾けた。


「あ、しまった、もうそんな時間か!」


 ガバリと起き上がり、風呂を創る。服を脱いで土と汗を流し、綺麗なシャツと魔力の服を着る。結婚式の日に着たあの服は、この陽気だと少し暑いだろう。腰に水のショートソード、感ずるもの(フュレン)、腰の後ろはマントを着けないので今日はなしだ。とんとん、と二回ジャンプ。収まった。ちょうどモニカがひょっこりと顔を見せた。


「ツカサ、そろそろ行くよ? 鍛錬終わった?」

「うん、今行くよ!」


 今日は初夏祭り、夏を連れてくる女神ファッシャルを迎える祭りだ。近場だけでいいから、体に無理のない範囲でお祭りに行きたいというモニカに付き合って大通りに行く予定だ。エレナはお土産よろしく、とシュレーンと留守番だ。アーシェティアは一人で見て回ると言っていたら、じゃあ行こうぜ、とめげないマーシに誘われ【真夜中の梟】と行動することになったらしい。ロナが綺麗な人とご一緒できて嬉しいです、と紳士なことを言っていたが、あれは誰の影響なのだろう。もしかしたら素質かもしれない。


 モニカに腕を差し出してゆっくりと大通りを目指した。今日は天色(あまいろ)の布が頭上で揺れていて、鮮やかな青と混じる緑の空と相まって、風が吹き抜けていくのをよく感じられた。日差しは少しだけ暑いが、風が火照る頬を冷やす。気持ちがいい、スカイではクーラーなどいらないのだ。


「いい天気でよかったね! イーグリス、去年までいろいろ慌ただしかったから、今年はお祭りを盛大にやりたいんだって」

「春はまだごたごたしてて慎ましかったから、初夏祭りから調子取り戻すのかも。秋の豊穣祭トゥーリも、冬の雪祭りロウロヴァも、行けると良いね」

「ね! 他の街でもやるみたいだし、子供が育って落ち着いたら、その、小旅行もありかなって」

「あぁ、いいね」


 ツカサが想像して楽しそうに笑う姿にモニカはホッと笑い、ぎゅっと腕に抱き着いてきた。可愛い。

 大通りに辿り着けば、笑顔の人々が思い思いに楽しんでいる姿があった。屋台で買い物をして美味しそうに食べている人々、音楽に合わせて広場で皆が踊り、友達、知らない人、関係なく手を取り合っていくつかの輪を描いていた。花が売られ、それらが風に花弁を奪われて、ふわっと空を舞う。何もかもが祭りの一部として存在していた。

 

「うわぁ、すごい!」


 感激したモニカの声にそちらを見遣り、感動と興奮で桃色の頬に目を細めた。こほん、と咳払いして愛しい妻の視線を呼ぶと、ツカサは胸に手を当てて笑った。


「ではまいりましょうか、モニカ・アルブランドー」

「ふふ、はぁい! ツカサ・アルブランドー!」

 

 おなかが空いた、というモニカに合わせてまずは腹ごしらえだ。大きな肉串は男子心をそそられ、よく食べるようになったモニカも食べたいと言ったのでまずはそれを買った。野菜を串に刺したものもあり、バランスよく選んだ。次に甘いものだ。小麦粉を溶いたものを薄く焼いてくるりと巻き、そこに柑橘類を絞り、シロップを掛けたものを選ぶ。それから果実水。こういう時は空間収納に入れる無粋な真似はしない。買ったものを腕に抱えて歩くのも祭りの醍醐味だ。広場のあちこちに椅子や机が用意されているのも祭りならでは。空いているところを見つけ、モニカを日陰側に座らせて食べ物を広げた。


「ふふっ、ツカサが屋台物をいっぱい買ってきてくれるけど、私こうやって買うの久々かも」

「自分の手で選んで買うって、お祭りの味の一つだよね。食べようか」

「うん! いただきます!」

「いただきます!」


 二人で手を合わせ、肉串をがぶりと齧った。大きくて分厚い肉は牛肉、ミノタスだろう。二センチはある分厚い肉なのに柔らかい。むしっと噛み千切れば柔らかい繊維が少しだけ抵抗をした後に切れる。じゅわっと独特の甘みのある肉汁が唇をつやつやと照らした。噛めば口内で肉の赤身の味が広がり、唾液が溢れる。断面図からじわ、じわ、と肉汁が溢れ赤みを帯びた汁が垂れそうになっていた。それを零さないようにまた一口、もう一口。刺さっていた一枚をやっつける頃には、ツカサもモニカも頬がパンパンで、お互いに笑い合った。美味しかったので帰りに買って帰ろうという話になった。

 肉を食べたら野菜だ。焦げ目の付いた野菜、その香り、なぜこうも炭火で炙った野菜は美味しいのだろう。肉厚の黄色いパプリカは焦げ目から齧ればシャキっといい音を立て、抱え込んでいた水分を感じさせた。軽く塩が振られていて、ほんのりとそれを感じると野菜がもっと甘くなる。ヤングコーンのようなやさいはシャクシャク、ドライトマトはぎゅうっと旨味が濃縮されていてなんだか余計におなかが空いた。野菜串もぺろりと平らげたモニカが、んふ、と笑いながら言った。


「うーん、美味しいねぇ! 幸せ!」

「うん、美味しい! 足りなかったらおかわり買ってこようか?」

「大丈夫、休憩する時にどこかお店入って、そこで食べよ!」

「そうだね、それもいいね」


 あはは、とツカサも笑い、果実水で喉を潤し、甘いものを食べる。薄焼きの生地はくるりと巻いてあるのでフォークで刺しやすい。ぱくりと食べれば、パリッとした食感ではなく、しっとりした生地に沁み込んだ柑橘類の果汁とシロップがじゅわりと滲み出てきた。甘い、けれど、柑橘類の果汁のおかげでさっぱりといける。モニカも気に入ったようだった。エレナのお土産にしたいと言うので、柑橘系の香りはモニカやエレナには助かるのだろう。

 パクパクと食べきって小休止、今食べたものの感想を言い合いながら果実水のコップも空にした。ツカサは器やコップを買った店に返しに行き、またモニカと街を歩きだした。

 誰も慌てる人はおらず、のんびりと街を歩いている。お互いがすれ違う時にそっと体を離すくらいの余裕もあり、モニカの体に負担を掛けないで済んだように思う。街中の東西南北の大通りで催されているので、それぞれのエリアで違いもあるだろう。そうした違いも、また来年、再来年、見ることができればそれでいい。

 屋台でちょっとしたお菓子を、お土産の陶器や飾りを、モニカの髪にリボンを合わせて、本当に幸せな時間を過ごしていれば、ハッとモニカが真剣な顔でツカサを見た。


「ど、どうしたの? まさか体調が」

「ううん、違うの、でもすごいことに気づいたの」

「何?」


 モニカは落ち着いて聞いてね、と前置きしてから言った。


「子供って、お母さんが食べてるものを好きになったりとかするんだって。子供が求めてるからってお医者様が言ってたけど、もしかして、この子、すごい屋台好きになっちゃうんじゃ……」


 あぁ、とツカサは頷いた後、笑った。


「ねぇモニカ、それ、俺たちの子供って時点でそもそも屋台好きだと思うよ」


 アズリアの王都での、貧しかった時の食べ歩き。あの頃からツカサとモニカは屋台が好きだ。キョトンとした後、モニカは花がふわっと開くように笑った。


「それもそっか」


 あはは、と笑い合う二人に、道行く人々の笑顔が添えられていた。




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