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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第一章 スヴェトロニア

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40:悪魔の国のはなし


 エレナがこの大陸(スヴェトロニア)に来たのはもう十年は前だった。


 夫婦で冒険者をしており、エレナが魔導士、夫はタンクでダンジョンを攻略するよりも世界を回る旅を楽しんでいた。

 スヴェトロニアに渡ってきてから驚いたことは、生活の水準が思ったよりも高くなく、衛生面が整っていなかったことだという。


「スカイは整っていたんですね」

「そうね、いろんなところを旅して思ったのは、故郷はすごかったのねぇ、ということだったわ」


 お茶は甘い紅茶だった。シナモンやカルダモンといったスパイスを感じて体がぽかぽかしてくる。

 

「なんで悪魔の国って言われているのか、そもそも知らないんです」


 素直にそう言えばエレナは頷いて、細かいことから教えてくれた。


 わずか二年程前、この大陸(スヴェトロニア)の一番の大国であるアズリア王国が、隣の大陸(オルト・リヴィア)の玄関口、スカイ王国に戦争を仕掛けたことがきっかけだった。

 前アズリア国王が急病により逝去、そのあとを継いだ王太子が己の即位パーティで宣戦布告したのだという。それも各国の王族、代表者、それどころかスカイ王国の王代理で王子が来ているその場で。

 それから詳しいことは知らないが、戦争は起こった。幸運なことに海を隔てての戦のためお互いの国が、大陸が戦火に巻き込まれることはなかった。

 結果として、アズリア王国が誇る海上戦艦は無残にも沈み、スカイは規定通りの賠償金を求め戦争は終結した。新アズリア王は責を問われ分家に王座を譲り、現在どうなっているかジェキアまでは聞こえてこない。


「なんというか、余程自信があったんですね」

「そうね、私も噂や商人から聞いただけでそれ以上はわからないけれど」


 ヴァロキアはアズリア王国から遠いため、その話が届いたのも終結して半年後だったらしい。冒険者ギルドに届いたものが正式に貼り出されたことで噂は真実になった。


「でも悪魔の国っていう割には全然そんな印象ないですよね。仕掛けたのはアズリアで、スカイはそれを受けただけで。しかも規定通りの賠償金ってことは無理難題は吹っ掛けなかったんでしょ?」

「えぇ、そうね。ただこの戦争が一日で終わったとなったら、アズリア王国側はどう思うかしらね」


 戦争というものが一日で終わるのだろうか?

 ツカサの疑問に気づいたのかエレナが立ち上がり、引き出しから紐でくくられた本のようなものを持ってきた。


「故郷を離れると、戦争の結末の話だろうと気になってね。取ってあるのよ、これはギルドのボードから書き写したものなの」


 文字が読めることを確認され、紙を見せてもらう。


 ―― 情報 戦争報告 ――

 アズリア王国がスカイ王国へ宣戦を布告

 火竜の月 十日 海上にて開戦

 火竜の月 十一日 アズリア王国にて終戦を締結

 スカイ王国は既定の賠償金にて譲歩

 アズリア国王 退位


 冒険者ギルドとして変更はなし 以上


「本当に一日で終わったんだ」

「それを見て、スカイ王国を悪魔の国というようになったのよ」


 つまり、海上戦艦をあっという間に潰せるほどの強さを持ち、迅速に戦争を収めただけの手腕を恐れられているのだ。


「でもね、私は元々スカイの人間でしょう?あちらの大陸も知っているから思うのだけれど、随分無謀だったと思うわ」

「それはアズリアのやり方が?」

「えぇ、そうよ。お代わりはいかが?」

「あ、いただきます。美味しいです、これ」

「よかった。これは暑い地域を回った時に飲んだもので、気に入って作り方を習ったのよ。本当はミルクがあればもっと美味しいのだけれど。今日は在庫がなくてごめんなさいね」

「いや、十分美味しいです」


 チャイかな、と思いつつお代わりを頂く。

 実はあまり得意ではないお茶の種類だったのだが、ラングのハーブティーに慣れたせいだろうか。香辛料の香りも最近は好きになってきていた。


 テーブルの上にあった石板のようなものからポットを持ち上げツカサのティーカップに注いでくれる。それなりの時間話していたが冷めた様子が無い。


「保温性がいいのかな」

「あら、あなたいろんな言葉を知っているのね。これは定温器のおかげなのよ」


 ポットを戻したその下にある石板を指差してエレナは少しうきうきした様子で話してくれた。

 

「これは冒険者をしているときにも助けてくれたのよ。スカイで買ってずぅっと旅を助けてくれたわ。くず魔石で稼働もするし、燃費が良いの。ポットを乗せておくと一定の温度を保つように、熱を入れてくれるのね」


 コンロとは違うが、どうやら熱を加えてくれる辺り似たようなものらしい。卓上で使えるのも良い。


「スカイ王国はね、こういった魔道具に溢れているの。それに、たくさんの軍隊を持っているわ」


 エレナが語ることは国民なら全員が知っていることなのだという。

 スカイ王国には魔導士が生まれることが多く、それがそのまま戦力にもなっている。加えて【理使い(ナーラー)】が多い。


理使い(ナーラー)って?」

「精霊の力を借りる人のことね」


 この世界には精霊がいる。精霊と語り力を借りられる人を総称して理使い(ナーラー)と呼ぶ。

 ラノベを知るツカサにはなんとなくわかってきた。海上での戦争は、アズリア王国にとって不利以外のなにものでもなかったのだ。

 そう伝えるとエレナはゆっくりと頷いた。


「そう、だからね、スカイ王国は建国以来、自国から戦争を仕掛けたことはないわ。アズリア王国のように仕掛けてくる国は多々あったけれど、その全てに勝利しているのよ」


 それは故郷を離れてもスカイ王国民としての誇りある声だった。

 様々な角度から見ることの大切さを学んだ気がした。


「あなたがもし興味があるのなら、ぜひスカイへ足を延ばしてほしいわ。美しい青空、風は柔らかく吹いて気候は穏やか、春の新芽の季節も、夏の生命力あふれる木々も、秋の黄金に実る麦や食材、短い冬の僅かな雪…、とても良い国なの。それに、様々なものが国民のために解放されているわ」


 うっとりと語るその言葉の中で四季があること、豊かであることがわかる。だからこそ領土を狙われるのだろう。


「そういえば、エレナさんはどうしてここで石鹸屋を?」

「そうねぇ、旦那とジュマのダンジョンに行こうとしたら、迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)が起きてしまったの。なりゆきで防衛に組み込まれて、旦那はその時にね」


 壁に掛けられた剣盾を見遣る視線を追っていく。よく見たら細かい傷が多いそれは、経験を知らせるような気がした。


「それから、復興の時に怪我をそのままにする人が多くて、手当てするにしても洗わないとね…。手持ちの石鹸を提供したり作ったりしていたら、なんだか石鹸屋さんなんてやっていて」


 ここまで来ちゃった、と笑う姿に釣られてしまう。


「ここで出会えてよかったです」

「そう言ってくれると嬉しいわ、ありがとう、ツカサ」


 笑いあったところで一つ思い出した。世界中を回っていたのならもしかしたら知っているかもしれない。


「そうだ、もし知ってたら教えてほしいんですが。旅記作家のラスって人を知りませんか?」

「旅記作家?ジュマは時々商人が本を積んでいる程度で、あまり詳しくないのよ、ごめんなさいね」

「いえ、知ってたらと思っただけなので…」

「旅記作家ではないと思うけれど、ラスという名前は知っているわよ」

「え!?」


 思わず立ち上がって前のめりに食いついてしまった。少し驚かせてしまい、謝りながら座り直した。


「その人と知り合いなんですか?」

「知り合いというか、私も人から少し聞いたくらいなのよ」


 再び立ち上がって引き出しから手紙の束を持ってくる。

 冒険者ギルドにお金を払うと手紙を送る手段を利用させてくれるらしく、それを利用してアズリア王国、そこからスカイ王国へ船便でやり取りをしているのだという。

 年に二、三回来るかどうかの手紙が今は楽しみなの、とエレナは笑った。


「スカイ王国の一番強い軍の軍師が、ラスという名前なのよ」


 一通の手紙を開いて渡され、ツカサは礼を言いながら目を通す。


 序盤は近況の報告から。

 エレナが旦那と一緒に立ち寄った時の思い出話。

 また石鹸を送ってほしいといった親しいからこそのおねだり。

 紙を捲り二枚目。

 今のスカイの季節。

 庭で採れた果物を乾燥させているので、完成したら送ること。

 そういえば息子に嫁が出来たこと。

 紙を捲り三枚目。

 戦争があったこと。


 ここだ。


 ツカサはごくりと喉を鳴らした。


 ―――エレナならもう聞いてるでしょうけれど、アズリアとスカイで戦争があったわ。

 とはいえ、こちらの大陸には足も乗せられないで終わったみたい。

 それはそうよね!スカイには魔導士がたくさんいるし、船なら理使い(ナーラー)が風の精霊に力を借りれば自由自在。

 飛んでくる大砲の弾なんて魔導士の障壁を砕くことも出来ないんだから!

 捕虜をずいぶん助け上げたみたいよ。うちの領主も捕虜の保持のためのお金をある程度出したみたい。少しご機嫌斜めに街を歩いていたわ、誰も近寄らなかったわよ。

 なんせ王家がお金を出したんだもの、出さざるを得ないわよねぇ。

 まぁそんなわけでこちらの心配はしないで大丈夫よ。そちらでどんな噂になっているかわからないけれど、貴女が真実を知ってくれていたら、私はそれだけで十分だわ。

 そうそう、今回の戦争は【空の騎士軍】がやってくれたわよ!流石王国一の軍よね、ずっと変わらない名前と同じように、どの代の隊員たちも流石強いのね。

 中でも吟遊詩人が歌うのは前線で戦う軍師・ラス様のことね。

 あの方、戦地で直接軍を指揮するから、相手が追いつけないんですって。夫が褒めてたわ。

 アズリア王国にいつか行って、貴女のところに行きたかったけれど、こんなことになってしまったら行き難くなるわね。

 エレナ、死ぬ前にもう一度お茶会しましょうね。約束よ。


 ――貴女の可愛い妹、マリナ

 


 手がかりだ。

 初めて手がかりが手に入った。


「軍師、ラス…」

「その方が旅記を書いているかは知らないけれど、私が知っているのはそれだけよ」

「いえ、ありがとうございます!この【空の騎士軍】というのは?」

「スカイ王国は軍をたくさん持っているのだけど、一軍から十三軍まであって、一軍が【空の騎士軍】というのよ。発足から一度も名前が変わらず、一軍を譲らない軍なの」


 会おうとしてすぐに会える人ではなさそうだ。

 それでも、ラスという名を持つ人を見つけただけで大きい。

 問題は海を越えることだがそれはラングと相談をしよう。


「ありがとうございます、エレナさん。俺の旅に目印が出来た気がします」

「お役に立てて何よりだけれど、いったいどうしたの?」

「俺、旅記を読んでどうしても会いたくなってて、でもどこのラスさんかわからなかったから」

「軍師様が書いていると良いのだけれど」

「そうじゃなくても、本当に何もてがかりなかったから、ありがとう」

「どういたしまして」


 手紙を丁寧に畳んで返し、ツカサは何度も頭を下げた。

 もしスカイに行くことがあれば、とエレナは化粧箱に入れた石鹸と住所を書いたメモをツカサに渡した。


「妹のマリナに届けてほしいの。スカイで誰も知り合いがいないより良いでしょう?お手紙にも書いておくわ」


 その心遣いが嬉しくてツカサは快諾した。

 石鹸を大量購入したときにアイテムバックだと思われているそこに、失くさないように仕舞う。


 ジュマで過ごしたこの時間は、決して無駄ではなかった。





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