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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-43:私の転移と

いつもご覧いただきありがとうございます。


「ここ、どこ?」


 通学途中、朝、家を出て駐輪場に自転車を置いて、鞄を持って振り返っただけ。だというのに、目の前には草原が広がっていて、青い空があって、驚きながら振り返れば山ほどの自転車も灰色のコンクリートもなかった。困惑した。けれど、頬をつねっても腕をつねっても痛くて、スマホが圏外で、呆然とした。


「えぇ……? これなに? 神隠し? それとも、流行りの転移? 転生? 私死んだの?」


 だとしたら神様はどこだろう、と見渡したところで、随分とリアルな神様が現れた。馬に馬車を引かせた女性だった。


「あんた、ここで何してるんだい? 不思議な格好だけど、もしかして【渡り人】?」

「わぁー! すごい、言葉通じる! 日本語? え、ここどこですか? あの、もしかして神様ですか? 私何かスキルとか得られます?」

「ちょっとちょっと、なんだい忙しない子だね」


 女性は落ち着きな、神様じゃないよ罰当たりな、私は商人だ、と丁寧に誤解を解いた。それから街に運んでやるよ、と御者台に乗せてくれて、話を聞いた。

 ここがスカイ王国という国であること、この先のイーグリスという街に行くこと。自分のような不思議な格好をしていて、よくわからないことを言う奴は【渡り人】と呼ばれているということ。


「じゃあ転移なのかなぁ、こんな簡単にするもの? あんな駐輪場で……もっと劇的な何かがあるかと思ってた」

「来たばかりの【渡り人】を拾うのは初めてだけど、本当に意味不明なこと言ってるんだね」

「日付とかもどうなんですか? 時間とか」


 言いながらスマホの画面を見せれば、マジックアイテム? と女性は眉を顰めた。


「さぁね、イーグリスになら詳しい人もいるんじゃないか? でもあんた運が良かったよ。ほんの少し前まで【黄壁のダンジョン】が迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)してて、街道が危なかったんだからね」

「へぇ、そうなんだ」

「物怖じしない子だねぇ」


 あはは、と笑う女性の豪快な声を聞きながら、スマホに目を落とした。もう先にも進めず、後にも戻れず、開きっぱなしのウェブ画面。最近読んでいたウェブ小説のワンシーンがふと浮かぶ。


「勉強から解放されちゃった? 高校受験頑張ったのに。でもスローライフできるかな、何かスキルあるといいなぁ。あとかっこいい人との運命の出会い! せっかく異世界に来たんだもん、憧れたっていいよね」


 女性の案内でイーグリスに入り、須藤舞花はマイカとして【渡り人】登録を受けた。


 学生という身分、マイカは週四日も五日も働いたことはないが、ここでは働かないといけないらしい。登録をしてくれた男性が鑑定してみましょう、と手のひら大の水晶を出してきて、やれることを探してくれるという。どんなスローライフスキルがあるかとワクワクしながら手をかざせば、出てきたのは魔法の才能らしい。魔力がとても多いですね、誰かに師事した方がいいかもしれません、と言われ、どんなものかやってみたくなった。むん、と魔力出てこい、と軽い気持ちで念じてみれば、ぶわっとスカートが捲り上がり、慌てて押さえた。


「ちょ、ちょっと! いけません!」


 そのまま、魔力が止められなくなってしまった。自分の体が熱くて内側からじりじり焼けていくような感覚に、初めて怖くなった。悲鳴を上げて助けを求めればさらに加速して、死んじゃう、と思った。


「おい、何の騒ぎだ」


 それがパツンッ、とシャボン玉を弾けさせるように消えた後、マイカは床に倒れ、こちらに指を差し向ける銀色と黒色の影を見て、意識を手放した。

 次に目を覚ませば目の前に魔導士だという優しそうな顔をした人が居た。ルーンと名乗ったその人は、マイカの魔力について少しだけ説明をしてくれた。


「魔力というのは大きな力です。それを上手に使いこなし、付き合っていかなくてはならないんです。そうでなければ、先程君が経験したように、魔力暴走という形で君を殺してしまいます」


 近くにいる人も、と言わなかったのは、きっと、ルーンなりに来たばかりの【渡り人】を思ったからなのだ。マイカはその人から少しだけ、魔力の扱い方を習い、頑張って、と応援を受けた。マイカは魔力暴走しなければいいのだろう、と思い、教えてもらった自己鍛錬をサボった。

 マイカは火魔法を扱えるとあって、ちょうど結婚を機に退職した人が居るパン屋はどうかと紹介を受けた。住み込みで二食付き、売れ残ったパンも貰えるので若者に優しいと考えたらしい。マイカはよくわからないまま、わかりました、とパン屋へ引き取られた。この部屋を使って、と居場所が与えられたら急に家族が恋しくなって泣いてしまい、その夜はパン屋の女将さんが添い寝してくれた。

 パン屋は夫婦と子供が一人、家族経営の小さなお店で、いい人たちだった。元々女将さんが【渡り人】だったこともあり、混乱もわかる、まずは生活に慣れるところから、とすぐに働かせたりはせず、パンをご馳走し、店の商品を覚える時間を、お給料の前払いだけど、と金をくれ、街を見て歩く時間をくれた。

 綺麗な街並みだった。高層ビルや自動車などはないが、交通の便に不便を感じず、街は整えられて清潔。西門の向こう側で何かあったらしいが、もう終わっていることだというので気にするのをやめた。現在は軍人が事後処理を外でしているというので、街の外へ出るのはやめておこうと思った。

 マイカにとっては映画の撮影に使われるような光景もあった。故郷の日本に近い家屋、テレビで見たことのある歴史ある石造りの村に見るような家、横長住居に多種多様な屋台、店、見て歩くだけで楽しかった。

 貰った金が尽きれば他にも見て回りたいという目的が芽生え、仕事をやる気になった。朝早くパンを焼く夫妻の代わりに子供に食事を取らせ、子供が外に遊びに出れば店頭に立つ。まずは品出しから、パンのいい香りにおなかがぐぅぐぅ鳴ってしまったが、ひと月経つ頃にはそれにも慣れた。

 パンの種類と値段を掴み始めるとレジも任されるようになった。最初は金額や硬貨の違いにもたついてしまったが、元々客層の気質もいいのか逆に客から教えられることもあり、いい人たちに恵まれていると思った。住み込みなので家賃も掛からず、食事のほとんどはパンだったが休日に給料を握り締めて日本食を食べることもできた。

 弟がいたことはないが、いたらこんな感じか、と思える程度には夫妻の子供も素直でやんちゃ坊主で可愛かった。

 少しずつ季節が変わり初夏になるらしい。本当ならお祭りがあるのだが、西門の向こう側といろいろあってからお休みが続いているのだと女将さんが残念そうに言っていた。


「お祭りかぁ、好きな人と手を繋いでいったりできるかな。恋したいなぁ」


 ふふ、と配達用のパンを籠に持って歩きながら、来年は開催されるといいな、と軽くスキップ。やぁ、マイカちゃん、と声を掛けてくれる屋台のおじさんやお姉さまと軽い会話を楽しみながら、今日の配達先、鍛冶屋を目指す。あそこの人たち汗臭いんだよね、と失礼なことを考えながら石畳を踏んでいれば、突然ゴトゴトとそれが鳴り始めた。


「えっ、何? 何? 地震?」


 周囲のざわめきと自分の困惑が重なる。コト、と揺れるのをやめた石畳にごくりと喉を鳴らす。なんだったのだろう。ホッと胸を撫で下ろそうとしたところで、石畳が吹き飛んだ。そこに何か黒いものがあって、悲鳴を上げた。

 逃げていく人波にパンの入った籠を弾かれ、届けるはずだったものが落ちていく。あれは鍛冶屋のために塩を多めにわざわざ作られたものだ。


「あぁ! そんな! せっかく作ったパン!」


 待って、どいて、とマイカは自分を押し流していく人波を掻き分けようとしたが、無理だった。ある程度押し流されてからぶつんと切れた波から解放され、石畳に転ぶ。


「痛い……! なんなの……」


 ずるり、べちゃり、と粘性の音がして顔を上げた。黒い何かが黒いものを滴らせながらこちらを見ていた。一つ、また一つ、もう一つ、と地面から起き上がったものが、マイカを取り囲む。


「いや、待って、何? ホラーゲームじゃ、ないんだから……、そういうの実況だけでいいって……」


 来ないで、と叫び、マイカは後ずさる。立ち上がって逃げようにも足に力が入らず、何度も転んでしまう。転べば痛い、心が折れる。黒いものは腕のような何かを前に出してマイカに覆い被さろうとした。


「いやぁ!」

盾魔法(シードゥ)!」


 タタタッ、パキンッ、と音がした。黒い何かが全て白いものに丸く包まれ、マイカから離れていく。ザッ、と隣に駆けつけた姿が腕を振るえば、その丸の中で黒いものが燃えていく。炎の赤い色を輪郭に浴びたその人は、黒髪で、灰色のマントで、横顔がかっこよかった。


「怪我は!」

「な、ない、です」

「よかった、この道を真っ直ぐに行けば、あいつらを防げる手段を持っている人たちのところに行ける。立てる? 立って、動いてもらわなきゃ困るけど」


 差し出された手が力強くて、そっと掴めばぐんと引き起こされた。マイカの体についた土埃を軽く払い、ヒールと言えば全身の痛みが引いていく。人波から追い出されて擦りむいた腕が、すぅっと治っていった。顔を見れば、先程の勇ましい横顔とは違い、随分優しそうな人だった。右目が白くて左目が黒くて、不思議な雰囲気を感じた。目の焦点が合うのを待っていたのか、目が合えばにこりと微笑まれ、脳の奥がビリッと痺れたような感覚があった。


「さぁ、行って」


 そっと背中を押し出されて軽く走り始め、後ろを振り返った。灰色のマントを揺らしながら、全速力で駆けながら、あの黒いものを同じ方法で片付けていくその後ろ姿に足を止めた。マイカはドキドキと跳ねる自分の胸元をぎゅうっと握り締め、呟いた。


「運命の人だ……! あの人が、運命の人ってやつなんだ……!」


 灰色のマントが見えなくなるまで、後ろから駆けてきた冒険者に保護されるまで、マイカは恍惚とそこに在った。




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