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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活
408/465

1-42:異世界の距離感

いつもご覧いただきありがとうございます。


「ぇえ? ツカサ……先生のおうちですか? いや、まぁ、知ってますけど、なんでですか?」


 なぜ、と問われても、とマイカは首を傾げ返した。

 ツカサがこれから生まれてくる新しい命、新しい家族の準備に浮き足立ったり、いろいろあったが【真夜中の梟】と家族と食事を楽しんだりしている頃、学園では授業を引き受けたゲオルギウスがきょとんと目を瞬かせていた。

 魔導士科、騎士科、剣術科、護身術科と、ツカサが一人で引き受ける予定だった授業を分担し、各教員が引き受けている中、今日はゲオルギウスのクラスと合同だ。

 教員連中は教科課程を見て絶句していた。やれることの多い青年だとは思っていたが、学科を分けて教えていることを一人で叩き込むつもりだったらしい。多少、これは、巻き取った方が良いだろう、と教員内で情報連携され、ツカサの知らないところで調整が進んでもいる。ゲオルギウスは魔力の増幅と波長について、よい検体が増えるので喜びを覚えていたところだ。

 そんなことを思いながら、もしかしたら引き受けることになるかもしれない生徒の一人、マイカに視線を戻し、ゲオルギウスは眉を顰めた。


「なんでツカサ先生のおうちが知りたいんですか?」

「えっと、だから、お見舞い? 先生がちゃんと休んでるかなって」

「休んでいると思いますよ?」


 ええと、だから、とマイカと会話が噛み合わず、ゲオルギウスはロドリックとディエゴ、そこで手ほどきを受けていたアレックスを手招き、マイカは隣のメアリーと顔を見合わせた。コレットのように魔力を持たない生徒は、この時間、護身術科に参加している。ロドリックは魔法を専門にはしていないが、ツカサのように併用を希望し、少しずつ訓練をしているところだ。


「ゲオルギウス先生、なんですか?」

「いえね、マイカがツカサ先生のおうちにお邪魔したいと言ってまして。君たちの総意です? それとも彼女の希望ですか?」

「あぁ、まだ言ってたのか、マイカ」


 ロドリックはじろりとマイカを睨み、溜息をついた。


「休暇をとっている人の家に、邪魔をするなと言っただろう」

「でも、ロドリックくんは心配じゃないの? ツカサ先生、ふらついてたじゃない」


 ディエゴが鑑定を強請って、何を視たのかは知らない。ディエゴを問い詰めようとしたら不思議な契約があって話せないと言われた。なんだか魔法みたい、と思ったが、この世界には魔法があるのでそういうものもあるのだ。マイカは自分がいる世界の不思議に改めて困惑を覚えた。


「だから休暇を取ったんだろう?」


 そのために他の先生にお願いしたんじゃないか、とディエゴも首を傾げていた。認識にズレがあることはわかりつつ、それがどこなのかがわからず、全員から困ったような息が零れた。ゲオルギウスは一つ手を叩いた。


「後で話しましょう。今は授業中、魔力を扱う授業は集中力が大事です。今日の授業が全て終わったら、六人で私の教員室に来てください。寮じゃなくて教員室の方ですよ」

「六人?」


 ディエゴがそこにいる人数を数えて眉を顰めた。


「コレットですよ。君たち六人パーティでしょう?」


 だからパーティじゃありません、と異口同音、それぞれ違う勢いと感情で言われ、ゲオルギウスは目を瞬かせた。それはそうとして集中、とゲオルギウスは五人を再び鍛錬に戻らせた。


 各授業が終わり、魔獣騒動から未だ緊張感のある厨房から夕食を貰い、風呂も済ませてあとは寝るだけ、といった姿で学生たちは教員棟へ足を向けた。この棟、いつでも誰でも入れるわけではなく、きちんと教員が警備に話を通していなければ、生徒は入れない。イーグリス学園において教員と学生の距離感は確かな線引きがされているのだ。

 さて、そんな教員棟で本日足を踏み入れるのは、少し奥まった場所にある部屋だ。新任の教員であるツカサとは違い、ゲオルギウスは既に十年弱務めるベテラン勢。教員室もそれなりに奥にある。辿り着いたそこで、ゲオルギウスの教員室の扉を叩かされたのはロドリックだ。


「こんばんは、先生。冒険者クラスのロドリックです。……その他五名もいます」

「はいはい、どうぞぉ」


 緩い声で許可を得て扉を開く。中にはよくわからないものがたくさんあった。ツカサの教員室と同じ構造なのだが、ソファにもローテーブルの上にも書類が散乱し、教員机に座っているだろうゲオルギウスの頭が見えないほど本が積み上がっている。天井には多種多様なランタンが吊り下げられており、白やオレンジなど色が混ざり合いながら部屋を照らしていた。綺麗な紫の鉱石や透明な石、箱にごった返して突っ込まれているマジックアイテムらしき杖や布などがミミックの舌のように零れだしていた。本棚に入りきらなかった書物は雪崩を起こした跡もあり、入ろうとした足元にも紙束があって躊躇した。いつまでも入って来ない様子に一度席を立ち、状況を把握してゲオルギウスはすみません、と言いながら散乱した紙を拾い始めた。


「なかなか生徒なんて呼ばないものですから、ちょっと紙と本を寄せて、どうにか座ってください」


 皆でがさがさと紙をかき集め、言われたとおり、どうにか座るスペースを確保した。よくわからないことがたくさん書いてあった。へたくそな絵で恐らく人間だろうものとそれをぐるぐる円で囲い、まるで生贄のように胸の中心に一本線が書かれていたりと禍々しさもあった。几帳面なロドリックは雪崩れている本の山が気になったが、こちらもどうにか目を逸らし、ゲオルギウスを見遣った。そちらはそちらで座って話に備えたはずが、積み上がった本の壁で顔が見えず、諦めてソファに来て上座を片づけて着席した。


「さてさて、すみませんね遅い時間帯に。これでも、私も忙しくてですね。ツカサ先生のおうちの件でしたね」

「はい! お見舞いに行きたいんです。住所教えてください!」


 マイカはピシッと背筋を伸ばしてはっきりと言った。ディエゴがあのな、と額を掻いてから身を乗り出した。


「マイカ、前にも言ったけど、休暇中の先生のお見舞いなんて行ってどうするんだ」

「みんなは心配じゃないの? 先生顔色悪かったし。ディエゴくんは不思議な何かで話せないっていうし」

「心配だからこそ、休暇を願って実現したんだろう」


 何を言っているんだ、とロドリックは怪訝そうにマイカに首を傾げる。マイカは話が通じないと言いたげに、んもう、と少し不機嫌に唸った。コレットは肩を竦めて扇子を開いた。


「あれですわね、マイカはツカサ先生と故郷が同じですもの。それもあって心配なのですわ」


 んん、と少し濁しながらコレットが言い、そうそう、とマイカは同意を得たと嬉しそうに笑う。そこにズバリ斬り込んだのはゲオルギウスだった。


「あのぅ、素朴な疑問なんですけど、ツカサ先生に対しての敬意はないんでしょうかね?」


 ぽかん、と生徒たちはゲオルギウスを眺め、顔を見合わせた。様々な言いがかりや理不尽な苛立ちもあったが、それでも今はあの人の在り方に影響を受け、尊敬している、とロドリックは声を上げようとした。ゲオルギウスはぬるっと上げた手でそれを制して、んー、ともう片方で自分の唇を揉んだ。


「結構前から不思議だったんですよ。特に【渡り人】の生徒にありがちなんですけど、こう、教員との距離感が少し近いなと。ツカサ先生のお年が若いせいもあるかもしれませんが、()()は恐らく、幾度となく修羅場を越えている化け物ですよ? 私は同じ教員という立場で許されていますが、いや、何回か怒られてますけど、あれは、敬意を持って対応せねば、即座に見限られてしまうでしょう」


 ゲオルギウスの眼がちらりとマイカを捉え、心から疑問を浮かべた様子で首を傾げた。


「要は、自宅に押し掛けようという行動の原理が私にはわからないんです。敬意さえあれば、そういったことは思いつかないのではないかと。事前に連絡する手段を聞いたり、打診を願ったり、方法はあるでしょう? 君は、教員と、生徒、その距離感を間違えていませんか?」


 言われたマイカは困惑を浮かべ、小さな声で動揺を見せた。単純に善意で見舞おうとしていたのを、敬意がないと言われるとは思わなかったのだ。確かに、勝手に親近感は抱いていた。同じ日本人、年も近く、話を柔軟に聞いてくれて、と思い返しながら、マイカはもじもじと指を揉んだ。ゲオルギウスは即座に答えが返ってこないことに少しだけ焦れたのか、うぅん、と唸った。


「少なくとも、ツカサ先生から許可を得ていない今、私から住所を教えることはできません。何より、休暇というものは仕事を忘れてこそのものだと思いますからね」


 私も休暇の時は魔法のことだけ考えていますし、とゲオルギウスはうっとりした顔で言い、生徒たちの白い目に咳払いをした。ゲオルギウスは立ち上がり、生徒たちを廊下へ促し、取り繕うように言った。滞在、ものの数分である。


「今はしっかり、勉学と鍛錬に励むことですよ。アレックスはディエゴの協力もあって随分よくなりましたけど、マイカはまだブレることが多いですからね。そういった点で成長を見せてあげるのが、教員には一番嬉しいことです」

「はい……」


 マイカはしゅんとして小さく頷いた。少女のそうした姿にはさすがに居た堪れなくなったのか、ゲオルギウスはカスタードクリームのような色の三つ編みを前に持ってきていじりながら、ぼやくように言った。


「イーグリスの初夏祭りが近々ありますから、気分転換に行くと良いですよ。お祭りの日は外出許可も不要で、午後六つの鐘が鳴るまでに戻れば罰則もありませんし」

「去年、いろいろあってやらなかったですもんね」


 ディエゴが言い、そうそう、とゲオルギウスが調子を取り戻した。マイカは慰められたことにぺこりと会釈して、六人で教員棟を後にした。トボトボ歩くマイカの後ろで、魔力暴走からそれなりに静かになったアレックスがぽつりと尋ねた。


「マイカ、どうしてそんなにツカサ先生の家に行きたいんだ?」

「だから、お見舞い。パーティの人たちもいるだろうけど、先生がここに居る間、一度も顔を見せてないんだよ?」

「なんか、別行動しているんだったな」

「おうちで倒れてたらどうしようかと思って」


 あぁ、と心配の意図がわかり、メアリー以外から頷きが返ってきた。コレットが扇子をぱしりと手に叩きつけて視線を集め、胸を張り、ビシリと扇子を突きつけていった。


「それなら、初夏祭りの外出のどさくさに紛れて、探せばよいのですわ!」

「コレット……! 天才!?」

「オホホ、褒めても何も出ませんわよマイカ! さすがにお父様も情報の扱いには気をつけていますから、自力になりますわよ!」

「マイカ、メアリーも、手伝う……!」


 きゃぁっ、と楽しそうな女子の様子に男子は顔を見合わせた。


「ロドリック、止めた方がいいんじゃないのか、あれ」

「やめろディエゴ。ただのクラスメイトだ、パーティでもなんでもない、放っておけ、もう」

「でも、ロドリック、なんかこう、リーダーみたいな扱いだろ? あとで怒られないかな」


 リーダー、なぜだ、と尋ね返せば、クラスのまとめ役、なんだかんだやってるだろ、とアレックスが首を傾げた。ロドリックは眉間にぎゅっと皺を寄せ、深い溜息をついて肩を落とした。


「……当日、見張るぞ。ディエゴとアレックスも協力しろ」

「心配なのはわかるけど、野営とかの話聞いてる感じ、ツカサ先生が休み方をしくじるとは思えないしな」

「うん、なんか、そのへん、女子って考え方違うんだな……」


 男子三人はまるで自分たちとは違う世界を生きているかのような生き物、飛び跳ねる女子三人の後ろ姿を眺めていた。




Xの方でぼやいたのですが、指関節にガングリオンなるものができて、現在、在庫を出している状況です。

在庫が切れたら、更新はのんびりになると思いますので、遅くなったら「在庫なくなったか……」と思ってください。

負担を掛けないようにゆっくり書いています。

Xではいつ更新するかなどもお知らせしていますので、更新情報いち早く知りたい方はそちらをご確認ください。

(#処刑人と行く異世界冒険譚 で多分出ます。)


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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