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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活
405/465

1-39:腐れ縁を訪ねて

止まってはならない。


「よぉ、アルカドス」


 ジュマの冒険者ギルドには居ないはずの男に声を掛けられ、アルカドスは睨むように振り返った。王都マジェタでの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)が終息し、ホームであるジュマへ戻り、新人二人を抱えながら七十九階層の探索に本腰を入れ、一度帰還したところだった。砂漠、平原、森、一歩踏み出す先で気温も気候も日差しも違うエリアは、先陣を切る【銀翼の隼】でも攻略の難しい階層だ。後続が倒れないように準備だけはするよう、冒険者ギルドに声を掛けさせている。

 七十八階層のアイスドラゴンに対し、パーティメンバー十人になるよう協力し合い、徐々に攻略の定石が積まれ、七十九階層の攻略に取り掛かる冒険者も増えた。【銀翼の隼】が太く確かな幹をつくり、他の冒険者が枝葉を伸ばすように地図が広がっていっている最中だ。


 冒頭、掛けられた声に対し、アルカドスはジャシャルだけを残し、他のメンバーをパーティハウスへ帰還させた。王都マジェタの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)で無理やり経験を積ませたとはいえ、魔導士のタチアーナと癒し手のベルベッティーナは毎回疲労困憊だ。早いところ二人を育てなくては、その師匠であるミデラーが引退できない。後進を育てる楽しさはあるが、体がきつい、と爺のようなことを言うので、前線を引退し、パーティハウスの管理などに移ってもらう予定だ。

 引退してもこき使うつもりか? とミデラーは苦笑を浮かべていたが、今更他に居を移すのも面倒で、それもありかもしれないな、とぼやいていた。


「おい、聞いてるのか?」


 こちらもまた、ここに居てはならない男に声を掛けられアルカドスは牙を剥いた。


「どうしてここに居やがる。エルド、カダル」


 ジュマにしてみれば久々の金級冒険者の揃い踏みだ。かつて名物であった一触即発の緊張感、周囲のざわつきは熱っぽいものを秘めていて、憧れを前にした興奮が冒険者ギルド内に満ちていた。ジュマの冒険者ギルドマスターがこの事態を知らないわけではないだろうが、誰も出てこないことからアルカドスが戻る前に話を通してあるのだろう。ということは、こいつらは自分の帰りを待っていたわけだ。


「アルカドス、話がある。【真夜中の梟】と【銀翼の隼】でな」

「テメェらはもう、【真夜中の梟】じゃねぇだろうが」

「もう一度言うぞ、【真夜中の梟】と【銀翼の隼】で話したいことがある」


 含みのある言い方だ。ジャシャルが首を傾げつつ、アルカドスの腕を小突いた。


「話が進まない、注目も集めすぎてる。意味はわからないが行くしかないだろ」


 ッチ、と舌打ちが零れた。そうしてくれ、とエルドは肩を竦め、カダルが先導を始めた。その隣へジャシャルが出て、ひそひそ話を始める。なんだかんだ、斥候同士やりやすいものはあるらしく、あの二人はエルドとアルカドスを放っておいて情報共有をすることが昔から多かった。前線を退いてはいても、そうした姿を見るとすぐにでも冒険者に戻れそうで、戻ればいいとアルカドスは思う。ジュマはいつだって冒険者が足りていない。

 エルドとアルカドスは、ジュマのかつての迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)で恩人と仲間を失った際、【真夜中の梟】と【銀翼の隼】で合併するかどうかで暫く話し合ったことがある。だが、そのスタンスと目指すところの違いがあまりに平行線で、話は流れた。同じ場所で多少のいざこざを抱えながらもやって来られたのは、こうした斥候二人がお互いのリーダーの方針を正しく理解し、テリトリーを侵さないように注意し、本当に必要な情報共有は惜しまなかったからだ。

 【真夜中の梟】と組んでいたのなら、今の仲間は居なかった。そう思うと組まなくてよかったとも思う。アルカドスの背負うものをわかっていて、それでも隣に立ってくれる仲間たちは、今は、大事にしなくてはならないとわかっている。

 遅いかもしれないが、パーティハウスや中層を支えてくれていたサブメンバーを、人知れず偲んだ。多くを殺した身としては、死ぬまで全てを背負い、責任を果たすまでだ。


 案内されたのはかつての【真夜中の梟】の定宿、【グリフォンの寝床】だ。わざわざ貸し切りで宿を占拠しておきながら、使うのはたった一室だけ。そこまでしなくてはならないほどの話なのかと、アルカドスは階段を上りついていった。部屋に入れば食事と酒が大量に用意されていた。エルドが振り返ってアルカドスを指差した。


「先に言っておくが、暴れるなよ」

「テメェら、何の話をするつもりなんだ。ジャシャル、聞いてるなら簡潔に話せ」

「ビースト・ハウスがどうのこうの、とりあえず秘匿扱いらしいのはわかった。ギルマスはもう話が通ってるらしい」


 ビースト・ハウスは王都マジェタのダンジョンにある大量の魔獣が湧く部屋だ。ジュマには存在しないがそれがどうした、とアルカドスは入り口で立ち止まり、中に入るのを拒否していた。早く入れ、とジャシャルが促し、仕方なく足を踏み入れた。カダルが扉を閉めて鍵を掛け、四人、席に着いた。


「で、何の用だ。王都マジェタの冒険者ギルドマスターに、サスターシャ女王陛下の王配野郎がよ」

「直接話さないといけないことがあって来た。二つある」


 まず一つ、先程ジャシャルが口にしたビースト・ハウスの件だ。向こうの大陸(オルト・リヴィア)に行っているロナとマーシからもたらされた情報で、あれがダンジョンの抱えきれなくなった魔獣の排出口だと聞いて、アルカドスはすぐに理解ができなかった。カダルが、要は規模の小さな魔獣暴走(スタンピード)が常に起きている状態だと言った。そう言われれば危険度は伝わる。


「王都マジェタは特に冒険者が多い、迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)が落ち着いたとあってこちらにも冒険者が流れてきてるだろう。東のマイロキアに戻るついで、ジュマに立ち寄って、そのままここの攻略に入った奴も多いと、ギルマスから聞いた」


 だから、ダンジョンの活性化が進むのではないか、ということだった。近隣の洞窟や森、どこか民家の地下、ダンジョン内に、ビースト・ハウスにあるような不思議な床が現れたら注意しろという忠告だった。


「たったそれだけの話なら、ギルマスに手紙でも送って知らせておけばいいだろうが。そうすれば俺の耳にも入る」

「まぁ、わざわざ来る理由とは思えないな。……本題は別にあるんだな? もう一つの方か?」


 ジャシャルは水をコップに注ぎ喉を潤した。アルカドスもダンジョンから戻ったばかりで喉が渇いていたので、机に置いてあった酒瓶を選びそのままぐびりと呷った。エルドが言い淀み、カダルが咳払いをした。


「サスターシャに子供ができた。世継ぎだ」

「めでたいな、ヴァロキアは安泰だな。で、その王配殿がご懐妊された女王陛下の傍を離れてよろしいので?」


 嫌味を込めてジャシャルが嘲笑混じりに言えば、カダルはそれどころではないと言いたげに乗らなかった。王都マジェタの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)では顔を合わせる度に揶揄い、軽い喧嘩を楽しんでいたのだが、相手の様子から不穏なものを感じた。


「……女王陛下、思わしくないのか?」

「いや、サスターシャは健康だ。少し元気過ぎて、動き回るからこちらが不安ではあるが」


 じゃあなんだ、と【銀翼の隼】が眉を顰めた。エルドは思い切り酒を呷り、空にした瓶を置いた。


「エレナさんに、……子供が、できたそうだ」


 ごとん、とっとっとっ、と、落ちた瓶から酒が零れた。アルカドスが固まっていて、そこから落ちた瓶が酒を吐きながらごろごろと転がっていく。ジャシャルはアルカドスとエルドを交互に見遣り、とりあえず酒瓶を拾って戻ってきた。ジャシャルは恐る恐る尋ねた。


「……エレナって、あの石鹸屋の? ヨウイチの妻の? エレナか?」

「そうだ。そのエレナさんだ。【異邦の旅人】としてジュマを出て、スカイを目指したあのエレナさんだ」


 ジャシャルはそうっと隣のアルカドスを窺った。瞬き一つしないで固まっている親友を初めて見て、それにジャシャルは困惑した。


「おい、アルカドス、動けよ」

「あのババアにガキができた? どういうことだ!」

「暴れるなって言っただろ!」


 立ち上がり、拳で机を叩くアルカドスにエルドも席を立つ。カダルとジャシャルがそれぞれに飛びついて無理矢理座らせた。アルカドスは軋むような声でもう一度問うた。


「どういうことだ」

「ロナとマーシが向こうの大陸(オルト・リヴィア)に渡っただろう。それで、向こうで、スカイで【異邦の旅人】と再会してる。当然、そこにエレナさんはいたわけだが……」

「……奴ら、パーティが二分されたとか聞いていたが、全員無事だったのか」


 あぁ、とエルドが頷く。少し、喉を潤す時間が必要だった。アルカドスは空腹もあったはずなのだが、急に食欲がなくなった気がした。ちびり、ぐびり、酒や水を飲んで潤いを得た。ごとりと酒瓶を置いて、アルカドスは尋ねた。


「誰が相手だ」

「ラングだ」

「あのクソ野郎がぁ!」

「だから、暴れるなっつっただろ!」


 勢いよく立ち上がって罵りながら椅子を蹴倒し机を拳で叩き割ろうとするアルカドスを、ジャシャルが後ろから羽交い絞めにして止められず振り回され、エルドが真正面から拳を掴んでカダルが関節技を極めてどうにか大人しくさせた。いいか、暴れるなよ、と何度も言い含め、三人が手を離した。アルカドスはベッドにどすりと座り、怒りでふーふーと息を荒げ、赤い髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。


「心底気に入らねぇ、あのクソ仮面野郎の何がよかったってんだ、あのババア! 趣味が悪すぎるだろうが!」

「まぁ、お前みたいにババア呼ばわりは絶対にしない人だからな」

「ババアをババアっつって何が悪ぃんだ!」

「そういうところだぞ、アルカドス」


 とん、と肩を叩くジャシャルの腕を振り払い、アルカドスはぐしゃりと髪を混ぜた。エルドは苦笑を浮かべ、酒を啜った。


「まぁなぁ、俺らあの人に一目惚れして、速攻で撃沈したからな。ジュマじゃ見ないような別嬪で、強くて、口も達者でよ。どっちが落とすか、なんて話をし始めた矢先に、ヨウイチさんの妻だってわかってな」

「ヨウイチさんの腕が悪ければ奪い取る、なんて言ってた奴もいたな? なぁ? アルカドス」

「黙れ」


 空気が変わっていく。あの若い頃の記憶が蘇り、当時の苦い感情と関係性が久々に顔を出す。


「結局、ヨウイチさんは強かった。いい冒険者だった。それに、エレナさんのことを大事にしてた」

「エルドなんかは早々に諦めたのに、アルカドスがしつこかったんだよな」

「黙れ、ぶっ殺すぞ、カダル」


 ははは、と部屋の中で笑いが起きた。慰めるようにジャシャルがアルカドスの肩を叩き、振り払われ、酒瓶を差し出しながらエルドが同じ痛みを抱えた者として苦笑を浮かべた。


「いい時代だったよな、迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)が起きるまではよ」


 亡くした人を追悼をするかのように、諦めた恋心を慰めるように、男たちは昔話に苦い花を咲かせた。



詳らかに、しよう。

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