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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活
404/465

1-38:伝達竜の小さな牙

いつもご覧いただきありがとうございます。


 翌日は動けなかった。こういう時こそ鍛錬を怠ってはいけないと思いつつ、本当に起きられなかった。朝ご飯だよ、お昼ご飯だよ、お夕飯だけど、と声を掛けられたがその全てに対し、うぅん、と目が開かないまま唸った。三日三晩動き続けるアッシュも、ラングもアルも、やはりおかしかったのだと思いながらツカサは体を休ませた。


 そもそも、思い返してみればあちこちに魔法障壁を設置したり遠隔で器用に魔力を送り続けたりと、原因はそこなのだ。魔力を使うと眠くてたまらないのは当然のことだった。それに気づいたのはようやく動けて夜食にスープをもらう頃だった。しまった、シェイにブロリッシュレート商会に置いた魔法障壁を解いてもいいかどうか聞けばよかった。魔力の服に頑張ってもらおう。ツカサは寝続けてしまったので風呂でさっぱりして、魔力の服に着替え、スープを食べながらモニカに本当に大丈夫なのかと心配され、苦笑を浮かべて大丈夫と返した。


 渡していた手紙の確認が済んでいるかと尋ねれば、モニカは笑って手紙を差し出してきた。アルの書いたモニカとアーシェティア宛ての手紙はラングへの愚痴が大半だった。ツカサに送ったものはラングも中身を確認していたので大っぴらに書けなかったのだろう。こちらには思う存分書いたらしい。

 曰く、ラングが厳しいだの、言葉が難しいだの、ラングの面倒くさがりなところが前面に出ているだの、ぶつぶつと書かれていた。けれど、文字の勢いがよくて楽しそうなので、向こうの生活がどんなものであるかを教えたい気持ちも強いのだろう。

 交通の便などはこちらと違いよくないらしく、旅は時間が掛かるそうだ。それに、街道でも魔獣が居て、かなり危ないという。そこに賊も出るとなれば厄介だ。それが【赤壁のダンジョン】でラングの言った、基本的に街から出ない、に繋がるわけだ。モニカを連れてくるのは推奨しないと言ったのも、そういった理由があったのだ。

 皆で覗き込みながら感想を零し合い、それぞれ返事を書くことを楽しむことにした。エレナも二階から降りてきてそこに混ざり、その手紙に大変な場所ね、と感心していた。


「エレナ宛ての手紙にはなんて?」

「秘密よ」


 ふぅん、とニヤニヤ笑って返したら、ちょっと怒られた。


 その翌日は予定通りシェフィール商会へ行き、大歓迎とお祝いを受けた。エレナもという点でかなり驚かれたが、【兄嫁】と紹介をすればそれだけで相手がわかるのだろう、魔獣事変の際、ツカサに対応してくれた女性は心から祝福してくれた。それから腕を捲り、お任せください、と意気込んで様々なサンプルを運び込んでくれた。注文をすれば、家まで届けてくれる有難いシステムだ。

 ツカサは故郷でも何を用意すればいいかわからなかったので、女性陣の後ろから覗き込んでは感心した様子で頷くばかりだった。ベビーベッド、沐浴用の小さい風呂桶、寝間着、着替え、おしめ、ミルクや水をあげるための水差しのようなもの、他にもいろいろあるが、とにかくたくさんの用意が進められた。

 そっと、会頭にも伝えていいか、と問われ、大事(おおごと)にしなければいい、と答えた。一瞬目を逸らされたので不安が過ぎった。改めて念を押しておいた。

 シェフィール商会へはモニカだけではなく、エレナも妊娠しているとあって馬車の振動が怖く、ゆっくり、休憩を多めに徒歩で出向いたのだが、帰りは揺れの少ない良い馬車で送り届けてもらえて助かった。二人揃って馬車の中で眠っていたのでやはり疲れたのだろう。

 次に来る時は伝言屋を利用して連絡をくれれば、迎えを送ると言ってもらえた。伝言屋は街の中を走る人のことだ。伝達竜が遠距離と所定不明の人を対象とするのなら、こちらは街の中、住所がはっきりしている人限定だ。届け先に人がいなければ、玄関にメモを差し込んでおいてくれるという。次は利用してみよう。

 帰宅し、モニカはツカサが、エレナはアーシェティアがそれぞれ寝室に運び、シュレーンが用意してくれた軽食を挟んで夕食までもたせた。モニカを抱き上げた時、そこに確かに別の魔力を感じたので、子供は魔力を持って生まれてくるだろうな、とツカサは不思議な感動を覚えた。


 さらに翌日、伝達竜の嵐だった。

 【快晴の蒼】、シェフィール商会の会頭である王太子殿下、シグレ、【空の騎士軍】の副隊長の友達連中と、話が回りに回って山ほどの手紙が届いた。そしてそれぞれの伝達竜が返事を待ってツカサの前に並び、噛まれながら、尻尾で叩いて急かされながら、まるで夏休みの宿題を見張られる子供の心境でペンを走らせることになった。どの返事を先に書いても伝達竜たちに恨まれそうで、届いた順に書きます、と宣言してから書いた。そうすると一番最初の伝達竜は胸を張り、他の伝達竜は悔し気に鳴くので、やはり彼らは人間の言葉を理解しているのだろう。


 一通目は【快晴の蒼】、代表でヴァンから。まずは丁寧に戦女神ミヴィストと豊穣の女神ハルフルウストの言祝ぎが書かれ、読める者(リデラスタル)としての礼儀を示されていた。それから、直接お祝いに行きたいが、ツカサが家族水入らずにさせてほしいと言った点を踏まえ、もう少し時間が経ってからお邪魔させてほしい、と許可を求められた。シェイからエレナの相手がラングであると聞き、思い当たる不安や、懸念する事項があるのだとはっきりと書かれていて、理の属性であるヴァンの視点からも確認をしたいとのことだった。ラングが信頼している理使い(ナーラー)の師匠だ。断る理由はなかった。

 ラングやアルに手紙を届けられる件も伝わっていて、五人分まとめて別送するとあった。エレナに子供ができた件は、エレナが書くから書かないでね、と一応書いておいた。

 ツカサは魔獣騒動が終わったこともあり、ブロリッシュレート商会に置いた魔法障壁などを外していいか、ゲオルギウスの研究を聞いて、魔力の増幅や波長について聞きたい、ということもシェイ宛てに一通入れた。

 返送して、届いて即座にヴァンに頼んでくれたのだろう。夜に、解除していい、増幅や波長についてはまた今度、と風が短い声を届けてくれた。ツカサはあちこちに置いたものを解除し、ふぅ、と自分の体が軽くなるのを感じた。


 二通目はシェフィール商会の会頭である王太子殿下。これは王太子としてではなく、商人のフィルとして書いてくれていた。商会の者から聞いた、おめでとう、とお祝いの言葉の後、贈り物をさせてほしいと書かれていた。また宝物庫からくすねられても困るので、いらない、と書こうと決めた矢先、返品不可、と続いていたので手配済みだと気づいた。まったく困った友達だと思いつつ、嬉しくて顔が緩んだ。こうなったら何が届くのか楽しみにしておこう。結婚式でもらった【身代わりの指輪】はツカサの右手中指できらりと光っている。


 三通目はシグレ。どうやって知ったのか、と思ったが、もっとも近くにいる人なので知らないはずがなかった。むしろ、ツカサが知るまで連絡を待っていてくれたのだろう。すぐ近くに居るにもかかわらず、顔を出せなくてすまない、と詫びる言葉から始まり、二人ともおめでとう、と丁寧な文字で書かれていた。魔獣騒動の件や、それと併せて発覚した転移魔法陣の件の事後処理、加えて【旅人の温泉】の都市開発と案件が重なり、シグレはかなり忙しいらしい。アルの手紙を渡した時にも疲れが顔に出ていたのでツカサは心配していた。休みながら対応しているとはいうものの、その内のどれか一つでも起きていなければ、シグレはここまで来ていただろう。少し落ち着いてから顔を出させてほしいとこちらもまずは許可を求めてくれたので有難い。家族に確認し、事前に連絡をくれればいい、と許可を得た。これは近いからこそできるやり方だな、と思いながらツカサは返事を書いた。

 ついでに、アル宛ての返事は少々長くなりそうなので少し待ってほしいとあったので、そちらにも了承を返した。


 四通目、【空の騎士軍】の副隊長、友達連中、代表でフォクレットが書いていた。隊長たちから聞いた、おめでとう、と癖の違う四人分の文字で同じことが書かれていて、四人で回しながら書いたのがわかった。意外とスーの字が一番汚くて笑った。

 フォクレットは軍人として、スカイの者として、隊の仲間、友人に子供ができた時、慣習としてお守りを贈るのだと書いていた。ここまで生きてきた先達として、これから生まれてくる新しい命に対し、無事に生まれてきてくれ、健やかに、と願いを込めたお守りなのだそうだ。

 この世界が病気や怪我、思いもよらない事故など、故郷以上に危険が多い場所なのだと改めて胸に落ちてきた。だからこそ常としてそういった贈り物があるのだろう。

 準備でき次第送る、ラング殿の奥方にも贈っていいか、許可を得てくれ、と書いてあり、良い友人を持った、と思った。エレナは嬉しいわ、と微笑んでくれた。


 ただ、あっという間に回る情報に難色も示していた。それはそうだろう、食卓で零された不安は解消されないまま、皆が知るところになっているのだ。ラングの子であるとなれば、片鱗を覗こうと思う者もいるはずだ。

 ツカサは、みんな、絶対に守るから、と伝え、温かい眼差しに恥ずかしくなって手紙に向き直った。


 伝達竜を送り返し、モニカとエレナが昼寝に二階へ、ツカサがルフレンの世話を終えたところで来客があった。【真夜中の梟】だ。入って、と家に促せば自動ドアのように開き、シュレーンが綺麗なお辞儀をして待ち構えていた。


「メイド雇ったのか?」

「お手伝いさん、ちょっと人手が必要でさ」


 シュレーンに出迎えられて驚いた二人をリビングのソファに呼んで、先日の協力に対しての礼を伝えた。自分のせいで巻き込んだことなどを詫びれば二人はそれを笑い飛ばした。ジュマや王都マジェタでは恨みつらみ、嫉妬でそんなことは日常茶飯事だった、と言われ、二人の強さに感謝した。

 【青壁のダンジョン】でのことや、事態がどう収まったか、ここだけの話ではあるが、転移魔法陣の件などを話した。王都マジェタのダンジョンにはビースト・ハウスがある。知らない間にエルドやカダルに何かがあっても困ると思い、必要な場所にだけ情報を渡してほしいと伝えた。ロナは取り扱いには注意する、と深く頷き、マーシは、そういうの俺はよくわからないからとにかく黙っとく、と真面目な顔で頷いていた。

 ある程度報告が済んだ頃、昼寝からモニカが目を覚まし、水を求めて階下に降りてきた。許可を得てからモニカに子供ができたことを報告すれば、わぁ! と二人は自分のことのように驚いて、抱き合って喜んでくれた。


「おめでとう、ツカサ! すごいね、子供かぁ! もう性別わかるの?」

「うわー! 幸せの空気すげぇ! 吸っておいたら俺も幸せになれっかな? マジで出会いがないんだよな……。名前は? 考えたか?」

「ありがとう! 性別はまだ、生まれるまでわからないんじゃないかな。名前は、顔を見てから」

「ね! ラングさんが考えてくれた名前もあるし」


 そっかぁ、そうかぁ、と二人は目を滲ませて笑い、嬉しそうにツカサとモニカを見てくれていた。


「賑やかねぇ、混ぜてもらっていいかしら。楽しそうな声に釣られちゃったわ」

「エレナ、おはよう」


 ことり、ことりと降りてくるエレナの姿にロナとマーシが目を見開いた。言葉を失った後、ツカサに対して白い目が向いたので慌てて違う、と首を振った。


「違う、俺はモニカだけ!」

「そうよ、ツカサは違うわ。ラングよ」


 エレナがはっきりと告げたことに驚きを隠せなかった。あれほど言うのを嫌がっていたのに、【真夜中の梟】に対しては即座に告げた。それはツカサと二人の関係性を壊さないよう、エレナが配慮してくれてのことだった。銀色の毛皮は座り心地がいいらしい。ラングの席に腰掛け、エレナは二人を見た。ロナが胸に手を当てて丁寧に挨拶をした。


「お久しぶりです、エレナさん。おめでとうございます。あの、失礼ですが……おきれいになられましたね」

「久しぶりね、ロナ。ありがとう、理由はわからないのだけれど、不思議ね」


 えぇ、本当に、とロナは胸に手を当てて瞑目し、丁寧にお祝いを告げた。マーシはぽかんとしていて何度か目を擦ったり薄目にしたり、目の前の女性の変化が見間違いでないかを確かめていた。少しの間空気を読み合うような沈黙が続き、ロナが居住まいを正してエレナに向き直った。


「あの、エルドさんとカダルさんに、お伝えしてもいいでしょうか? お嫌でしたら、胸に秘めます」


 【真夜中の梟】と【銀翼の隼】に対し、エレナが激しい怒りを見せたあの日のことが思い出された。ロナは過去の迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)魔獣暴走(スタンピード)について聞いていて、何か、エレナと、エルドとカダルに対し、思うところがあるのだろう。

 エレナは少しの間考え込んだ。シュレーンが置いた水に礼を言い、それから言った。


「いいわ、ありのまま伝えて頂戴。私は幸せにしている、ってね」

「はい。お相手……ラングさんであることも、いいですか?」

「えぇ、そうね、伝えていいわ」

「わかりました」


 また僅かな緊張感、ツカサは咳払いをして視線を集めた。


「ロナたちも夕飯食べていくでしょ? 人数増えるし、屋台物を買い込んで広げちゃおうか?」

「ツカサ、それはまた今度お邪魔させてもらっていい? 今夜はカダルさんたちに伝えなくちゃいけないことができたから」

「そう、じゃあ、明日は空いてる?」

「うん、大丈夫。僕たちも食事を買い込んで、夜にお邪魔するね」


 ロナはするりと立ち上がり、本当におめでとうございます、とエレナとモニカに告げ、玄関へ向かった。マーシは頭を掻きながらへらりと笑い、その後を追う。ツカサも見送りのために外までついていった。門扉の前で立ち止まり、三人顔を見合わせた。


「俺、エルドさんとカダルさんと、【銀翼の隼】と、エレナの問題を詳しく知らないんだよ。迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)魔獣暴走(スタンピード)があって、ヨウイチさんが亡くなったのは知ってるんだけど」


 ロナは困ったように眉尻を下げて、頬を掻いた。


「僕が成人を迎えて、王都マジェタの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)が落ち着いてから、いろいろ、赤裸々に聞いたんだけど……」

「エルドも【銀翼の隼】のアルカドスも、エレナに求婚したことあるんだ」

「求婚!?」

「エルドははっきりと申し込む前に、カダルに殴って止められてる。が、アルカドスはずっと、言い続けてたみたいだ」


 自分のせいで旦那を失わせてしまったからこそ、責任を取る、ということだろうか。あの激情を見せたエレナが受け入れるとは到底思えなかった。実際、エレナは受け入れなかった。


「アルカドスさんはあれで変に一本気だから、その、一度、エレナさんを押し倒したこともあったらしくて」

「え……!?」

「いや、エレナさんが魔法を使って窓から吹き飛ばして、未遂。でも、だからジュマでは公然の秘密だったんだって。僕はジェキアに居たから聞くまで知らなかった。当時のギルマスから接近禁止命令も出たそうでね。当時のギルマスはヨウイチさんを前線に出して死なせてしまった後悔もあったみたいだし」

「俺も生まれは別の街だから、聞かされるまで知らなかった」


 いろいろ理由はあるだろうけど、聞いているのはこんな感じ、とロナは苦笑を浮かべた。ツカサは困惑を浮かべ、言葉が出なかった。マーシがガリガリと頭を掻いた。


「ツカサ、明日の昼間空いてるか? もう子供ができてガキじゃねぇし、聞いたことでよけりゃ、話してやるよ。エレナさんと、エルドとカダルと、【銀翼の隼】のこと」

「そうだね、その方がいいかもね」


 ロナも頷き、明日、前に一緒に食事を取った個室のある酒場で昼頃待ち合わせることになった。一先ず、おめでとう、と改めて祝われ、ロナとマーシは手を振って宿へ戻っていった。


「今夜はカダルさんに話したいから、ごめんね。明日は楽しい食事会にしようね」

「うん、そうだね」


 その前に胃が痛くなりそうだけどな、とツカサは二人の姿が見えなくなるまで見送った。



次回更新はストレス負荷高めだと思います。各自、気分転換用意しておいてください。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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