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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活
403/465

1-37:疲弊と安堵

いつもご覧いただきありがとうございます。


 シェイは本当に、任務の帰り道に顔を見に寄っただけだったらしい。ツカサが捕縛時に利用した【いかずちの魔法障壁】についての労いと、よくやった、真似させてもらう、と言いに来ただけで、ケイトのことにもたまたま巻き込まれたのだという。緊急家族会議にも巻き込まれはしたものの、それに深く首を突っ込むこともなく、ただエレナとモニカのことを不器用に労わり、祝福を告げ、またよくわからない魔力を圧縮したビー玉が増えた。シェイはアッシュが忘れて帰った、ツカサに渡していた【転移石】を回収していった。最大の目的は【転移石】の回収だったのかもしれない。滞在時間は三時間ほどだった。

 シェイの去り際、少しだけ二人で話した。家族会議の結果をヴァンたちに伝えていいかどうか、シュレーンと同じ種類の人間を早急に手配した方がいいだろう、手配を進めていいかどうか。勝手に対応しないでくれることが有難かった。


「頼んでいいですか? ケイトみたいなこともあったから、きちんとしたっていうとそれはそれで悪いけど、身元のしっかりしてる人を家に入れたいんです」

「あんなこともありゃ当然だろ。シュレーンはわざと用意しなかったんだが、ヴァンに話して、新任の分と併せてイーグリスの住居も含めて手配する。子供が生まれるなら部屋は必要だろ?」


 そうなのだ。家の部屋の数は決まっていて、大小それぞれ九部屋、ツカサの書斎、モニカの仕事部屋、夫婦の寝室、エレナ、アーシェティア、ラング、アル、シュレーンの仮住まいと既に八部屋は埋まっている。エレナがラングの部屋に移動し、空いた自分の部屋を子供部屋にと言ってくれているが、ツカサの子供の部屋も必要で、それを考えると余裕がない。このままシュレーンのような使用人やお手伝いさんを家に住まわせるのは相部屋でもなければ無理だ。広い庭に専用の家を、というのは、正直鍛錬できる場所が減るので嫌だった。

 シェイ曰く、使用人を一般家庭に住まわせるとなると、使用人に休日を与えにくくなってしまうので別居の方が喜ばれるという。ツカサが長期間家を空けたりする場合には要相談になるが、ツカサが夜、家にいるのであれば、使用人に自由時間を多く与えられるのはお互いの関係のためにもお勧めらしい。シェイ自身貴族であり使用人を多く抱えているが、彼らは交代で休暇を取れるので屋敷住まいでも問題がないだけで、使用人二人で大きな洋館を回すとなればそうもいかず、休日はまとめて取らせた方がいいだろうとのことだった。子供が生まれて状況が変われば交代で休ませるなど、相談次第でやり方は多いという。勉強になる。


「シェイさん、貴族なのに一般家庭のこと詳しいんですね」

「【空の騎士軍】だって子供がいる奴は多いからな。事例はよく知ってる。お前は家賃が払える程度、日用雑貨を買うのに困らない程度の給与をシュレーンと相談して決めればいい。そもそも一生働かなくてもいいくらいの金をきちんとヴァンが一括で支払ってるからな、安くたって文句は出ねぇよ」


 さすがは辺境伯嫡男というか、軍師最高司令官というか、金級冒険者というか。もっとも揉めやすい金銭の部分では十分な報酬を用意していたらしい。新任の分はシェイが出してもいいと言ってくれた。そこまで甘えていいものかどうか少し困り顔をしていれば、シェイは平然と言った。


「どうせ他に使うこともねぇんだ、個人資産は腐るほどある」


 そこまで言われれば使わせてやろうじゃないか、と言えば、シェイはくくっと笑い、引き受けてくれた。暫くゆっくりしたいので、子供ができたからと押しかけることはしないでほしいこと、もしラングたちに手紙を送りたいなら引き受けるので、伝達竜で届けてほしいことを付け加えた。


「あ、それから、相談したいことがあるんです。……俺の、スキルというか、祝福というか、呪いというか」

「ようやく自覚したのか? 込み入った話になる。今度ヴァンと邪魔するから、その時にしよう」

「はい」

「あいつからも、報告があるだろうからな」


 呟くように言ったシェイの言葉に首を傾げれば、気にするな、と肩を竦められた。


「諸々の手配をしておく。またな」

「はい、また。ありがとうシェイさん」


 シェイは軽く手を振りあっさりと去っていった。


 さて、家に入って改めて家族と顔を合わせ、久々の帰宅の実感がようやく湧いて、肩から力を抜いた。ツカサは正直、妊婦に対しての対応がわからず、まずどうすればいいのかを尋ねた。基本的に何も変わらなくていい、家のことはシュレーンに手伝ってもらう、ただ、食べ物については少しうるさくなるかもしれない、と言われた。体調に関してもそうだが、シュレーンの配慮は素晴らしいものらしい。


「わたくしはできることをさせていただいているだけでございます。ですが、お役に立てていたようでとても嬉しいです」


 褒められて心から嬉しそうにシュレーンが笑い、綺麗な礼を見せた。ではご報告を、と顔を上げ、丸渕眼鏡の奥で目がギラリと光った。


「エレナ様は眠りつわりが酷く、今もまだお昼寝が多いので、運動不足が否めません。一時期睡眠が優先されお食事が喉を通らず、ご苦労されておられたご様子ですから、軽い運動とちょっとしたお食事を合間に挟むようにさせていただいております。モニカ様はつわりなどはあまり見受けられませんが、今後症状が現れるかもしれません。その点で、一つ、可能性をお話させていただいてよろしいでしょうか?」

「ど、どうぞ」


 ツカサは圧倒されながら頷いた。そうか、エレナが眠くてたまらないと言っていたのは、その眠りつわりというものなのか。ツカサはなんとなく自分のイメージでつわりは吐くもの、と考えていたが、知識の少なさに焦りを覚えた。ここにはネットがないので、誰かわかっている人に聞いたり、情報収集をするしかないのだ。シュレーンはこほん、と咳払いをしてツカサの思案を呼び戻してから言った。


「申し訳ありませんが、旦那様、いざという時、わたくしは奥様方を優先いたします」

「それは、是非、そうしていただきたいです」

「ありがとうございます。では、モニカ様が拒否反応をお見せになられましたら、旦那様は家に入らないようになさってください」


 ぎょっとした。モニカも驚いている。エレナとアーシェティアは困ったように笑うだけだ。


「俺、また追い出される……?」

「理由があるのよ。私もお医者様から聞いて、そういうものなのね、と思ったのだけれど」

「私は故郷でそうした母親たちを見たりして、旦那連中を追い出す役目を引き受けたことがあるから、知っている。特にジャ・ティ族の女性はその傾向が強いのだ」


 どういうことかと首を傾げれば、要は、夫の子を胎内で育てているからこそ、近い遺伝子に拒否反応を起こすことがあるらしい。一時期エレナも、居ないラングに苛立ちを覚えてどうしようもなかったり、ラングと同じ性別というだけでツカサと顔も合わせたくなかったり、そんなことを思いたくもないのにどうにも止められず、大変だったそうだ。


「だから、アーシェティアはピリピリしてるとか、八つ当たりしたくないとか言ってたんだね」

「すまない、あの時は、話すわけにもいかずにあのような言い方しかできず」

「大丈夫、そっか、ううん、その時は、俺は確かに、できることなさそう」


 近寄るなと言われれば、辛い。学園に教員室という逃げ場があるのは幸運だったかもしれない。一先ず、ツカサはわかった、と頷いてシュレーンを見上げた。


「モニカやエレナからは言いにくいと思うから、悪いけどその時はシュレーンやアーシェティアが俺に伝えてくれる? その間、学園に泊まるなり、ダンジョンに行くなりするようにするよ。でも、その時は家のことをお願いしたい」

「もちろんでございます。モニカ様がそうならない可能性もございますので、臨機応変に対応させていただきます」

「ありがとう。そうだ、シュレーンの住む場所のことだけど、シェイさんが手配を引き受けてくれてる。わかったら教えるよ。ヴァンにも話が伝わるはずだから、元同僚、が来るんじゃないかな」


 承知いたしました、と質問も挟まずシュレーンは受け入れて礼をした。

 いろいろ話していてすっかり夜になってしまった。ツカサは買い込んできた食事をダイニングのテーブルに広げ、食事にしようと皆を誘った。久々の家族全員で囲む食卓だ。もちろん、シュレーンも一緒だ。使用人が旦那様と同席するわけには、と固辞されたが、ツカサがいない時には一緒に食事を取っていたと聞いて、そこは変えないでほしいと頼んで座ってもらった。エレナとモニカには食べられるものを食べてね、と声を掛け、ツカサのいただきますで食事を始めた。

 エレナは少しの量をゆっくりと食べていて、前より肉を選んでいるようだった。モニカはもりもりと種類を選ばず、アーシェティアに負けず劣らずいい食べっぷりだ。妊婦二人、こんなに違うのかとツカサは驚きつつ、酒を飲めないエレナの前で飲むのも憚られ、水を選んだ。

 やはり誰かと食べる食事は楽しかった。エレナにとっては苦労話だが、どんな経験をしたのかを聞いて勉強になった。ツカサと顔を合わせなかった間の様子や、学園のごたごたで居なかった時にモニカの妊娠がわかり、女三人でお祝いをした話には拗ねそうになってしまった。ケイトのことがなければ、こうして食卓を囲んだ和やかな空気の中で発表があったのだろう。


「でも、エレナ、どうして頑なにラングのこと言いたくなかったの?」


 夜這いは置いといて、と胸中で付け加え、ツカサは首を傾げた。仲がいいなとツカサも思うほどなのだ、言ってもらえれば、やはり、と納得するだけで終わった可能性が高い。エレナは呆れたように頬に手を当てて言った。


「ツカサ、ラングのシールドを見慣れ過ぎてるわよ。あの人の子供なの、あの人の片鱗も持って、この子は生まれるのよ」


 言われた意味がわからず、フォークを咥えたまま視線が泳ぐ。モニカが呟いた。


「私たち、ラングさんのお顔、知らないでしょ?」


 あ、と間抜けな声が出た。そうか、ラングとエレナの子供なので、誰も知らないラングの姿かたちも引き継いで子供は生まれるのだ。ツカサはそわりとエレナのおなかを見てしまった。


「ラング、常に顔を隠しているでしょう。だから言えなかったのよ。それだけ隠したいものを、少しでも暴く形になるの。ツカサにも見せていないものを、私が明かすことになるの。……そう考えると怖くて、秘密にすべきだと思ったのよ」


 エレナの懸念に気づき、ツカサはフォークを置いた。


「俺が知らないままだったら、どうするつもりだったの?」

「あの人から、不要だから、って大金を押し付けられているわ。それを使って、どこかに家を借りるなり、なんなりして一人で育てようと思ってたわ」

「エレナ、もしそうなってたら、俺は自分が許せなかったよ。ラングだって」

「わかってるわ、ごめんなさい。ただ、怖いのよ」


 ラングに伝えることが、だ。食卓は沈黙に包まれた。ツカサにしてみれば、ラングはそういった可能性もきちんと考えているだろう。その際、ラングがどうするのかはわからないが、自分の子供に危害を加えるようなことはしないはずだ。けれど、エレナはそれを危惧している。顔を知られるわけにはいかないと、まさか、手に掛けるなどと思われているのだろうか。


「ラング、普通に喜ぶと思うよ。……前に奥さん、亡くしてるし」

「えぇ、聞いているわ」

「とにかく、手紙に書いた方がいいと思う」

「考えるわ」


 エレナの硬い声に言葉を繰り返すこともできず、ツカサはうん、と頷いて返し、水を飲んだ。

 一先ず食事を終え、片づけをシュレーンが担ってくれたのでソファで食休み。エレナはラングの椅子に座り、そこに座っていた人を思い出すように背を預けていた。いったいいつからそういう関係だったのだろう。簡単に尋ねていいことかどうか、それもツカサにはわからず、お茶を啜る。


「そういえば、予定日っていつ頃なの?」

「私は潮騒の月(九月)の初めの頃が予定日と言われたわ」

「私は雪花の月(十一月)の後半。もしかしたら結婚式の日と被ったりして」

「月数そんなに変わらないなら、兄弟みたいなものになれるかもね」

「そうね、そうだとしたらいいわね。遊び相手もすぐ近くにいるし、有難いわ」


 これから新しい命が生まれてくるワクワク感、責任の圧し掛かってくる緊張感、そもそもまず何ができるかわかっていない不安感、言い知れないものは多いが、きっと、どうにかなってくれる。なんで、どうしては後にして、まずは動こう。離れろと言われれば離れるし、来いと言われれば来る、それでいよう。


「あ、そうだ。準備とかどうすればいいんだろう」

「あぁ、そうね、それも揃えなくちゃ。どこかいいお店あるかしら」


 うーん、と考え込む女性陣にツカサはコホンと咳払いをした。


「シェフィール商会に行かない? いろいろ、揃ってるからさ。エレナの運動ついで、モニカは家の時のお礼も兼ねて、赤ちゃん用品、探しに行ってみない?」

「それ、とってもいい! お店には一度もお邪魔しなかったもんね」


 じゃあ、明後日行こう、とツカサは一日だけ睡眠に費やす日をもらいたがった。学園でのことや、帰宅してからのこと、今まで事後処理に追われていたのもあって、気づけばどこかの軍師のようにヘロヘロだった。

 女性陣の苦笑を受け、ツカサは手紙を取り出した。明日一日、ゆっくり読んで、返事を来週までに貰えると嬉しいな、と伝えれば、エレナはラングの字で書かれた自分の名を指でなぞり、目を細めていた。

 モニカとアーシェティアにもアルからの手紙があったので二人で開いて笑いながら読んでいた。

 ツカサはその間に風呂を貰い、寝室に入るとすぐに眠りに落ち、朝までぐっすりと休んだ。隣に柔らかい温かいものが来て、抱き枕のように抱き寄せた。重い瞼が開かなかったが、ふふ、と笑うくすぐったい声に、何とも言えない幸せを感じた。




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