1-34:帰宅と捕縛
いつもご覧いただきありがとうございます。
いろいろ驚くこと、慄くことはあったものの久々の帰宅だ。手紙も渡せる、モニカにじっくり話したいと言われた時間もできた。お土産に甘いお菓子や食事などをたっぷりと買い込み、気分転換のできたツカサはご機嫌に街を歩いていた。
時刻はちょうど昼過ぎ。午後半休で帰る社会人はこんなに浮かれた気持ちなのだろうか。少し特別な午後になりそうな気がした。
そうだ、時間ができたら行こうと思っていた場所にも行ってみよう、と思ったのは、何かの予感だったのかもしれない。街の北西、自宅からは離れるが、今行こう。ツカサは乗合馬車で北西の墓地を目指した。
乗合馬車がのんびりと進んだこと、墓地へ向かうルートが少ないこともあって二時間は掛かった。帰りは繁華街まで歩いた方が早いかもしれない。かさりと紙を取り出す。イーグリス、墓地、西の十四、七十二、と書かれた場所がわからない。墓地の入り口に大きめの家がある。そこに管理人が住んでいるのか、聞いてみよう。ドアノッカーを鳴らせば初老の女性が現れた。じろり、と相手が悪戯でないかをよくよく探っているような厳しい視線だ。
「何か?」
「知人のお墓を探したい、お参りしたいんです。どこだか、わからなくて」
紙を差し出せば一瞬目が見開かれ、泳ぎ、それから溜息をついた。
「知人と言ったね、あんた、何者だい?」
「亡くなった人が俺の……師匠で」
ふぅん、と疑われながら、まぁいい、ついておいで、と女性は家から出てきて、バケツに挿してあった花を一輪手に持った。
石畳の道を進む。左右に広がる墓石。地面に嵌めこまれた形のもの、四角いもの、アーチ形のもの、半円型のもの、ただ石を積んだだけのもの、様々な種類が建っている。卒塔婆っぽいものが刺さっているのは日本人の墓だろうか。多種多様過ぎて景色はおかしいのに、ここが墓地であるからか、物悲しい風が吹いていた。
街の中にある墓地は遮るものがなく、区画を示す標識だけがぽつぽつと存在している。よく見たらライブやコンサート会場の座席のように、墓石の端に、西の十の三十、など位置を示すものが刻まれていた。これの、西の十四の七十二を見つけるわけだ。
女性は迷わずに真っ黒な小さい墓石に辿り着いた。一輪の花を差し出され、受けとる。そういえば墓前に供えるものを何も持ってこなかった。
「……ごゆっくり」
「ありがとうございます」
女性が立ち去っていくのを暫く見送って、ツカサは墓石の前に座り込んだ。一輪の花を置いて、飛ばないようにその辺にあった小石を茎に置いた。その横に空間収納から取り出した赤ワインの瓶を並べ、胡坐をかいた。
「久しぶり、ヴァーレクス。来るの遅くなってごめん」
答える声は当然ながら無い。暫くぼんやりと空を見上げ、ツカサはぽつぽつと語り始めた。イーグリス学園で教師になったこと、授業が思ったよりも大変で毎日が慌ただしかったこと。自分があの年頃の時、あんなに大人で居られたかどうか。魔獣騒動があって、すっきりとしないまま事態が解決とされていること。
「ジュマのダンジョンもそうだったな。セルクスと話して、二週間で戻るから、って言われて、そのまま出たんだ」
ゲームのようにバチッと終わるものがない。着地する、ということの形が、意味が、広いのだ。
「なるようにしか、ならないんだよね、きっと」
さぁっと風が吹いた。言葉を拾い上げるように空へ上がっていくそれに髪を揺らされ、そういえば少し伸びたな、目にかかる前に切ろう、と思った。イーグリスには鋏があるのでそれを使えばいいのだが、ツカサはナイフを使い続けている。
赤ワインのボトルの鈍い影が揺らめいた。それに動かされツカサは立ち上がり、胸に手を当てて一礼した。
「また来るよ、ヴァーレクス」
相変わらず答える声は無かった。
市街地まで走って戻り、市内馬車に乗った。やはりこちらの方が早かった。
買い込んだ食事は皆で夕飯に、と思い、家の近くの停留所で降りてまた追加で購入した。市場の人からも、屋台の人からも、少しじろじろと咎めるような視線でおかえりなさい、と声を掛けられ、首を傾げながらもただいまと返しておいた。
大きな洋館、自宅が見えれば小走りになった。辿り着き、家の門を開く。ぶるんっ、とルフレンが早速出迎えるように鳴いて、まずそちらへ挨拶に行った。首を抱くようにしてぽんぽんと叩けば髪をむしゃりと食まれ、ルフレンの気が済むまで撫でさせていただいた。アーシェティアには負担をかけたかもしれないが、世話はよくやってくれたらしい。ルフレンは足元にあった水用の桶を器用に前足で蹴り倒し、水をぶちまけて空になったそこにツカサが魔法の水を入れることを強請った。
「井戸の水だって美味しいんじゃなかったの?」
笑いながら水魔法を桶に満たせば満足気にルフレンはそこに鼻先を突っ込んだ。鬣を梳くように少しの間撫でて、家に向かう。誰か庭にいるかな、と覗けば、記憶にない洗濯物の干し方がされていた。そういえばお手伝いさんを雇ったのだったか。なぜだか緊張してきた。深呼吸、ドアノッカーを掴み、鳴らした。
「今行きます」
聞き覚えのない声に、これがお手伝いさんかな、と居住まいを正す。ぱたぱたと駆け寄る足音がして、鍵が開き、ドアが開く。出てきたのは肩より少し下まであるブロンド、目は淡い緑の女性。ふと記憶のどこかを何かが掠めた。ツカサが眉を顰めているとこちらを見た女性は、ひっ、と短い声を上げて、後ずさった。
「どうしたの? シャイナさん」
「シャイナ?」
モニカの気遣うような声に、ツカサは【鑑定眼】で視た。
名前はケイト、職業に偽造者、窃盗犯、横領、など様々な罪歴が載っている。
お互い、沈黙した。女、シャイナと呼ばれたケイトは真っ青な顔のままツカサとドアの隙間を何度も見遣り逃走経路を確認してるのがわかった。視界の端で透明な箱の中身がじわっと赤く変わるのが見えた。ツカサか、ケイト、どちらの敵意かといえば、両方だ。ケイトは緊張と恐怖耐えられなくなり、金切り声を上げながらツカサの横を抜けようと腕を振り回しながら突進してきた。振られた腕を軽く流して足を引っ掛ける。どさりと倒れて痛みに呻く間もなく立ち上がって逃げようとするケイトに大きく一歩追いかけてその首根っこを掴んだ。暴れる体を押さえるために、ツカサは膝裏を蹴って無理矢理膝を突かせ、腕を捻りながら後ろに引っ張り、肩を押さえて制圧した。鍛錬していた時、冷静でない時、自分がいつも極められるやつだ。こんなにスムーズにできるとは思わなかった。
そのままゆっくりと地面に胸をつけさせ、その腰に膝を置いた。バタバタと暴れこの短時間で汗をかいている相手の熱が気持ち悪い。
「ツカサ!? 何してるの!?」
「モニカ、アーシェティアはいる? 門兵と冒険者ギルドに人を呼びに行かせて」
「ツカサ殿!?」
「アーシェティア、門兵と、冒険者ギルドに、人を呼びに行かせて」
シャイナ、どうして、ツカサ殿、と困惑する女性たちの声を遮った。
「指名手配犯なんだよ! 早くして!」
「わたくしが参ります」
二人の奥から出てきた丸渕眼鏡の女性が略式の礼をして即座に走っていった。長いワンピースをものともしない足捌き、あれはあの格好で動き、戦うことに慣れた者だ。ちらりと視えたステータスに名はシュレーン、ヴァンの元家人、護衛、メイド、と記載されていた。あの人は信用していいだろう。ツカサの手の下でケイトが暴れ続けている。
「誤解です! 誤解です! 若奥様! アーシェティアさん! 信じて!」
「ツカサ! 説明して! お願い……!」
アーシェティアに支えられているモニカを肩越しに見遣り、ご近所さんがざわざわと野次馬に出てき始めているのにも気づき、ツカサは大きめの声で話した。
学園で魔獣が暴れる騒動があったこと。その計画犯の一人が行方不明だったこと。ケイトという名の元冒険者ギルドの職員で、書類を偽造していたこと。死んだ冒険者の冒険者証を不正利用し、もう一つの名を持っていること。
「シャイナって名前だ」
ツカサが言えば、ケイトは観念したのか抵抗をやめ、唸り声だけを上げていた。モニカはふぅっと眩暈をおこしてアーシェティアに支えられた。倒れたモニカに思わず立ち上がろうとしたツカサの手が緩み、ケイトはどこにそんな力があったのか、背中の男を押し退けるようにして拘束を抜け出して門へ走っていった。
「しまった、くそ!」
尻もちをつく前に体勢を整え、ツカサもその後を追おうとした。必死の形相で逃げてくる女に野次馬をしていた人垣が悲鳴を上げながら割れていく。その先に立っていた黒いローブの男だけが退かなかった。
「用事があって来てみりゃ、なんだこいつは」
どっ、と鈍い音がしてケイトが吹き飛ばされ、ツカサの前に転がされた。ゲホゲホと咽込み、腹を抱え、痙攣しているが生きている。内臓が損傷していては不味いのでさすがにヒールを使い、再び押さえ込んだ。
ローブのポケットに手を入れたまま、金の眼が不愉快そうにこちらを見ていた。銀の髪が風に揺れ、相変わらず機嫌の悪そうな顔でそこに立つ師匠の一人に、安堵と緊張が器用に混ざり合った声で叫んだ。
「シェイさん!」
あぁ、また波乱の予感、とツカサは再会の喜びよりも先に、がっくりと疲労を感じた。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。