1-33:久々の鑑定
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「本当に辞めるんだ」
地下水道で共に魔獣を討ち取った男に対し、ツカサは少し寂しそうに言った。誰かを見送るのはまだ慣れない。教師寮で生活していたから貯金はある、とコレットの実家ブロリッシュレート商会でアイテムポーチを購入し、軽鎧に帯剣が一本、腰にポーチという身軽な姿でジークは門に立っていた。
「生徒の命を危険に晒したんだ。少し注意すれば防げたことができなかった。あれだけの大きな失態をしでかしておいて残っては、示しがつかないからな」
「でも、情状酌量の余地はありますよ。魔獣商会も、ガスパールだってあんなことにはなっちゃいましたけど、騙そうとしてやったことですし」
「止めてやるな、ジークがいつまでも旅立てないだろう」
でも、とゲオルギウスはまだ続けたがったがジークの苦笑いを見て唇を噛んだ。ありがとうな、とその肩を叩くジークに、ツカサは尋ねた。
「どこ行くの? 決まってる?」
「一度地元まで戻ってみようかと思ってる。スカイの北側、ハーベル領なんだ。そこで、少しのんびりして、これからのことを決めるさ」
「そっか、気が向いたら手紙を冒険者ギルドに送ってよ。俺も返事を書くからさ」
あぁ、必ず、と答えるジークと握手を交わした。ズィールもまた同じように握手を交わし、長年の苦労を労い、居なくなることを惜しむ言葉を贈っていた。剣術科はジーク以外にも数人教員がいるので、ジークのクラスは分割してそちらに吸収されている。中には騎士科へ転向を考える者もいたらしく、先日の共同作戦は様々な影響を及ぼしていた。
ゲオルギウスはしょぼしょぼと項垂れて、泣きそうな声でぼやいた。
「惜しいですよぉ、イーグリス学園四学科、教員が組む冒険者パーティなんて面白そうだなぁって考えたところでしたから」
「俺以外、全員冒険者証ないでしょ」
「冒険者ギルドで登録してダンジョン行けばいいんでしょう!? すぐですよ!」
「甘い、すぐにダンジョンは無理だって。ちゃんと昇格のために点数があって、冒険者としてちゃんと活動できるのか、旅ができるのか、対処ができるのか、ってそういうの見ながらランクは上がっていくんだから」
「そこはツカサの力でどうにか!」
「そんな力ないから!」
ははは、と四人で笑い、改めてジークへ向き直った。
「ジーク、君の行く先に戦女神ミヴィストの高らかな笛が鳴るように」
「暖かい風とスカイの青空が広がりますように」
ズィールとゲオルギウスはスカイで別れの際に使われる励ましの言葉を贈った。ツカサはそういったものをよく知らない。だから、自分の知っている言葉を贈った。
「武運を」
ジークは三人の顔をしっかり見て、胸に手を当て頭を下げず、ただ、笑顔でそれに応えて背を向けた。街並みに消えていくジークの背中に、隠れて見送りに来ていた剣術科の生徒が駆けていき、その背に向かって深く頭を下げ、項を晒した。剣術科の教員ジークは、その日学園を去った。ツカサはなんとなく、また会えるような気がしていた。
事後処理もあと少しで終わりだ。机にかじりつく事務仕事は向いていない。日記を書くのとは違い、書式が決まっていて、おなじようなものを何枚も出さなくてはならない。ツカサはこういった作業は得意だと思っていたが、どうやら体を動かしている方が性に合うらしい。
今ツカサがやっているのは教科課程の組み直しだ。結局一か月弱まともに授業ができなかったこともあり、やることを削り、押し込み、調整をしている最中だ。
「一年でってやっぱきついかもな。来年もこのまま今のクラスを続けるなら、秋口には結論決めないといけなかったよね。来期の募集をかけるか、やめるかが関わってくるから」
考えることが多い、と机に突っ伏す。来週からは再開できるといいが、自宅にも帰りたい。伝達竜はやっぱり高くて怖い、と言われてしまい、文通の回数が減って寂しい。そんなツカサの項垂れた気持ちにノックの音が差し込まれた。廊下に人の気配が多いなと思っていたら、どうやら自分の部屋が目的だったらしい。どうぞ、と答えれば入ってきたのはロドリックたち六人と、ゲオルギウスとズィールだった。おかしな組み合わせにペンを置き、立ち上がった。
「どうしたの? なんか変な組み合わせだね」
「実は折り入ってお話が」
ゲオルギウスはいそいそと中に入り、すとんと座った。こいつの遠慮なさにも慣れてしまった。ズィールは生徒たちを促してツカサの前に並べ、こほんと咳払いをした。
「生徒たちからいろいろと相談を持ち掛けられたのだ。我々としても、新任の教師に背負わせすぎた自覚はあるのでね」
「ですから、協力しようと思いまして」
「何の話?」
「ツカサの休暇の話ですよ」
きょとんとし、ツカサは首を傾げて詳細を求めた。
諸々の処理は学園の上層部と統治者と冒険者ギルドのギルマスに任せてある。一教員ができることは終わった、授業だって再開しなくてはならない、前述のとおり、そのために現在組み直している最中だ。だが、冒険者クラスの生徒たちから他の教科の教員へ相談が上がったらしい。曰く、ツカサは少し休んだ方がいい、代わりに授業をやってくれないか。
よもやそんなことを言われると思わなかったツカサは唇を開いたまま色の違う両目をぱちりと瞬かせた。生徒たちは口々に言った。
「ずっと走り回ってたの見てましたから」
「先生、無茶苦茶なんです」
「ワタクシの実家だって働き過ぎには注意してますのよ」
「ツカサ先生がいろいろできるからって仕方ないんだろうけど、ちょっと見てて気が気じゃなくて」
「……マイカに同意」
「俺も、ちゃんとディエゴに習って自主練するから」
クラスの奴ら全員の総意です、とロドリックが締め括り、ツカサはズィールを見た。視界にゲオルギウスが割り込んできたが構わなかった。
「騎士科と魔導士科で、できる授業は引き受けよう。学園の外に中に奔走していた君のことだ。体力もあるだろうが、事件にしても、生徒のことにしても、授業にしても、どれも初めてのことばかりだろう」
「新任の教員ってそれで、気づかないで倒れちゃったりするんですよ。二年もすれば慣れるんですけどね、慌ただしい一年目に当たったようですし、一度しっかり休まれてはどうです?」
正直、とても嬉しい。家族にラングとアルの手紙を届けることもできるし、モニカに言われたじっくり話したいも叶えてあげられる。それに、事態が落ち着くまで宿を取り、街の散策をすると言っていたロナたちとも改めて話せる。ラングへの手紙の返信だって、単語帳だって作れる。
「いいのかな、いいなら、お言葉に甘えたい。ありがとう」
嬉しそうに笑うツカサに釣られ、それぞれが顔を見合わせて笑い合う。そうだ、とディエゴが一歩前に出てきた。
「先生、報酬を選んでいいって言いましたよね」
「あぁ、うん、決まった?」
「先生を【鑑定】させてください」
和んでいた空気が静まり返った。ツカサは自分の体をぱたりと叩き、尋ねた。
「武器? 装備?」
「先生自身です。前に……視ようとした時は【鑑定妨害】って出たので、許可を得たくて」
ずっと築き上げてきていたものが形になっていたのは嬉しかった。そういえば、もう随分と自分のことを【鑑定】していない。人の【鑑定】に自分がどう映るのか、興味もあった。しかし、言い触らされては困るスキルも、祝福もある。ちらりとディエゴを見た。
「言い触らさないと約束できる? 場合によっては俺がどうのというよりも、ディエゴの身が危ない」
「沈黙の誓いをしてもいいです」
「ロドリックにも話さない?」
「話しません。俺の実家の信用にも関わります」
ツカサは腕を組んで少しの間考え込み、うん、と頷いた。
「わかった、いいよ。でも、本当に、胸に秘めるんだぞ。どうぞ」
「ありがとうございます」
ディエゴの眼がじぃっとツカサの奥底を覗き込むような感覚がした。【鑑定妨害】が扱えるようになってから、覗かれるのはシェイ以来初めてかもしれない。ディエゴはぎょっとしたり口元を押さえたり目を擦ったりと何を視ているのか反応が慌ただしい。最後はガクガクと震えてへたり込んでしまった。本当に何を視たのか。
「ディエゴ? え、待って何、何を視たの?」
「せ、先生、視る術があるのに、自分のこと視てないんですか?」
「だって視ても面白いことないし……」
「視てください! 今すぐ!」
懇願するように言われ、ツカサは随分久しぶりに【鑑定眼】で自分のステータスウィンドを開いた。そして、驚き、言葉を失った。
確かに、あの事変は自分のことを変えたのだと思っていた。忠告をする者たちの言葉も重さを増し、楔の鋭さが増していたのもわかっていた。その理由がこれだったのだとしたら、当時のツカサはあまりにも鈍感だった。
【ツカサ・アルブランドー(21)】
職業:冒険者 駆け出しの新米処刑人 人間をやめかけた男 イーグリス学園教員
レベル:--
HP:--
MP:とてもたくさん
【スキル】
空間収納
鑑定眼
変換
全属性魔法
治癒魔法
オールラウンダー
鑑定妨害
時の死神の鎖
全ての理の神の許し
突っ込みどころが多すぎてどこから触れればいいのだろう。【鑑定眼】がMPのカウントを諦めていることに驚きつつ、ツカサは自身のことながらオロオロしてしまい、ディエゴに助けを求めた。視線を受けたディエゴはぶるぶると首を振り、ロドリックの手を借りて小鹿のように立ち上がった。
「無理です聞かれてもわかりません」
「軌跡が視えるディエゴの【鑑定】ならきっとわかるでしょ? 待って、これどうしよう」
「知りません無理ですやめてください俺を巻き込まないで! 俺は、俺はただの生徒です!」
「視たならもう逃げられないよ!」
「落ち着けディエゴ! 先生もなんですか! 何が、何が出たんですか?」
ロドリックの叫びにツカサもディエゴも目を逸らし、ツカサに至っては机に腕を置いて体の支えをそこに求めていた。
「大丈夫か?」
ズィールに肩を叩かれ、小さく頷く。ぐらりときた。わぁ、と慌てた背後の声に大丈夫、と答えて深呼吸し、振り返った。
「ごめん、しっかり休みをもらうよ。ちょっといろいろ確認したり、整理したいことができた」
「あぁ、それは構わない、そうしてもらうために来たのだから。では、今週ももういい、帰りたまえ。来週いっぱいゆっくりするといい。教科課程だけは一応もらっておこう」
「まるっと休んじゃってください、心配ですよ。顔、真っ青です」
大丈夫、ともう一度返し、帰り支度をするよ、と書きかけの教科課程をズィールに渡し、ツカサはマントを羽織った。最後にバチリとディエゴと目が合った。
「……秘密ね」
「……はい」
ディエゴは頷き、その場で沈黙の誓いをツカサに対して宣言し、口外できないように自身を縛った。少年であるディエゴがそれを諳んじることができるのだから、この世界ではよくある制約文言なのか、それとも、家の関係か。考えている間にディエゴはロドリックに支えられながら、マイカに質問攻めにされながら、六人で出ていった。ツカサはズィールとゲオルギウスにも礼を伝えて部屋を追い出し、気配がなくなってから詳細鑑定をした。
まずは職業。職業に入るにはおかしいものもある。
冒険者、イーグリス学園教員はそのままだから置いておく。残り一つは嬉しくて、残り一つは恐ろしい事実だ。恐ろしい方から視よう。
――人間をやめかけた男。体が変質しかけていた男。まだ人間。
まだ人間ってなんだ。人間が職業だというのか。では人間でなくなってしまった場合、なんと表記されるのだろう。落ち着け、最初から最後まで、俺は人間だ。いや、それはもうどうでもいい、人間ならいい。それよりもこっちだ。ツカサは嬉しい方を視た。
――駆け出しの新米処刑人。パニッシャー・ラングの弟子、立ち居振る舞いに気をつけている最中。
ラングの弟子としてきちんと形になっていることが嬉しい。お前には必要ない、とか、無理だ、とか言われてきたが、こうして記載があるとぐっと胸を張りたくなった。手紙に書いたら怒られるだろうか。怒られはしなくとも、何か言われる気はする。書いてみよう。
これに関しては足をぱたぱた言わせて見よう見まねでアルの披露した海賊の踊りを踊りたくなった。アルほどのキレの良さがなく、バタバタ暴れているだけのようになったので早々にやめた。
そしてここから、あまり視たくはないが、視ておかねばならないものがスキルに増えていた。【オールラウンダー】と【鑑定妨害】は割愛だ。全属性魔法や治癒魔法に、以前はあったレベル表記がなくなっているのも不思議だが、ツカサの中で魔法レベルという考え方が消失した影響だろうと思った。魔法は工夫次第で何にでもなると【いかずちの魔法障壁】で改めて気づいた。
深呼吸、ツカサは異彩を放つ二つを詳細鑑定した。
――時の死神の鎖。時の死神、セルクスの祝福であり呪い。僅かではあるが時を得られる。迷い子に幸あれ。死神は常に汝を見ている。
【変換】のことだろう。呪いが祝福になったラングとは違い、ツカサは祝福が呪いに変わっていた。優しいだけの神様とは思っていなかったが、知らない間に監視目的になっていたとは驚いた。ヴァンがあれだけ釘を刺してきた意味が、ようやく実感として全身を駆け巡った。
「使わないから、大丈夫」
そう、使わなければいい。ツカサは自分の胸を自分で叩き、鼓舞してからもう一つを覗き込んだ。
――全ての理の神の許し。全ての理の神の、許し。
いったいこれがなんなのかがわからない。詳細を視ようとしても何も出てこず、書いてあるままが表示されている。もう考えることに疲れてきた。いずれきっとわかると思考を横に置いて、教員室を出て、鍵を掛けた。
家に帰ろう。そうすれば、ゆっくり休めるはずだ。
処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚 ですから。
駆け出しの新米処刑人≪パニッシャー≫を、今後ともよろしくお願いします。




