1-31:誰にとっての真実
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君の力は素晴らしい、と褒めてくれて、冒険者証の取り方を教えてくれ、良い食事と良い部屋と高い給料をくれて、どうにか生きることができた。右も左もわからず困っていたのを助けてくれたこの人たちのために、できることは何だろう、と思い続けていた。恩返しになればいいなとこのスキルを高めていった。
ある時、自分と同じように異世界に来た人々、【渡り人】が集まる街があると聞いた。
世話になった身としてはここにずっと居たかったが、もしかしたら誰か知り合いがいるかもしれないと思うと、居ても立っても居られなかった。どうやって、どこに行けばいいのかもわからず、結局尋ね、甘え、行き方を教えてもらうしかなかった。
商会の主人は仕方なさそうに笑い、いつか君が行きたいと言うと思っていた、と優しく肩を撫でてきた。ちょうど、そちらの方で商談があって部下が行くところだ、乗っていきなさい、と言ってくれた。
今までは角ありウサギの毛皮を剥ぎ、一緒に肉も取るためにダンジョンからテイムして連れて帰ってきたり、商会の馬車が早く進むよう、馬型の魔獣をテイムしたりして手伝って喜ばれていた。
今回の旅も馬型の魔獣を操り、馬車の移動を助けてのことだった。その先に納得するものがなければ戻っておいで、と逃げ道まで用意してくれて、感謝しかなかった。見たら戻ろう、またあの人たちの役に立とう、と決意していた。
道中、盗賊に襲われた。隊商の馬車もバラバラに砕かれ、人は八つ裂き、馬型の魔獣も殺されて、気づいたら雨が降っていた。誰かの声がして、目を瞑った。
次に目を覚ませば暖かい室内だった。怪我の手当ても、汚れた服も替えられていて困惑した。女性が入ってきて、旦那様、目を覚ましました、と呼びに行き、救ってくれた誰かが来た。
「驚かせたかな、私はこの商会の主だ。覚えているかい、君たちは道中盗賊に襲われたようだ」
覚えています、他に生き残りは、と問えば、男の表情が曇った。首を振られ、そうですか、と呟く。気遣うような雑談が少し続けられて、その流れで自分は言った。イーグリスの街に行きたい、と。男は今は行かない方がいいと言い、その理由も教えてくれた。
曰く、今、自分と同じ【渡り人】がイーグリスの人々に弾圧されているらしい。居場所を奪われ、労働力を搾取され、ついに【渡り人】はそれに対し立ち上がった。男の商会はそれを援助するため、物資を届けに何度か隊商を出したそうだが、イーグリス側に奪われたという。
「不甲斐ないものさ、少しでも力になれればと思ったのだが」
くそ、と自身の膝を叩き、我に返って男はすまないと謝った。それから、実は、一つ考えていることがあるんだ、と言った。それは魔獣を捕獲し、イーグリスにぶつけるといった少々乱暴なものだった。自分にとって魔獣は危ないものではないが、他者からすれば恐怖の対象なのだということは、送りだしてくれた商会でよく言い含められた。その準備のために、アルゴ・コボルトという魔獣を人知れず捕獲したいのだという。
「俺なら、できます」
テイマーとしてのスキルがある。ある程度距離が近くないと難しいが、そのアルゴ・コボルトを操ってみせる、その作戦に協力する、と声を上げた。何も知らなかった。だから、自分が行こうとしていた街の【渡り人】たちが弾圧されていると聞いて、この力で助けなくてはと思った。使命感すら感じていた。男は驚きつつも嬉しそうに微笑み、右手を差し出してきて、強く握り返した。
男が用意してくれた隊商と護衛は、道中でいろいろと教えてくれた。イーグリスは【渡り人】に対して酷かった。近くのダンジョンを暴走させて、魔獣を溢れさせ、疲弊と殲滅を目論んでいるというではないか。目的のアルゴ・コボルトは暴走したのとは別のダンジョンだと言われ、少しだけ耐えてくれ、と苦渋の決断でまずは魔獣を集めることを優先した。集められさえすれば、起死回生の一助になれるはずだ。
十三頭、大きく、爪の鋭いこの魔獣をこれだけ集められれば、結構な戦力のはずだ。あの男からの実行指示を待っていれば、かなりの手練れが前線に出てきていることがわかったという。集めたものが無駄になってしまう、もっと確度の高いやり方に変えよう、と提案があり、わかった、と返した。
アルゴ・コボルトが回収されていき、自分のテイムの距離を出た後、どう保護されていたのかは知らない。再会した時にはかなり毛艶もよかったので、食事は与えられていたのだと思う。
男の言った確度の高い作戦、というのはなんなのか。まずは【渡り人】の中に入り込んでくれ、大丈夫、入る方法や匿って貰える場所は用意する、とのことで、指示された荷馬車に乗り込み、中に入った。
懐かしい故郷の光景の一つでもあるかと思いきや、街の中は荒れて、その日の食料を求めてどうにか戦っている、そんなひもじい光景が広がっていた。期待を裏切られたからか、怒りが沸いた。何に対してかはわからない。
自分を匿ってくれたのは、市議会議員の一員だという女だった。街の中腹、良い家、食料は例の商会からの援助もあって秘密ながら多少余裕があるらしい。軽い軟禁生活、けれど、街と【渡り人】の疲弊具合がショックで動けず、ちょうどよかった。
ある大雨の日、街が揺れた。遠くで響いた音に思わず外に出ようとしたが、雨に濡れるのが嫌で結局扉を閉めた。夜になって戻ってきた市議会議員の女が、明日は分水嶺になるだろう、と言い、自分にも見届けてほしいと真摯に頼んできたので、頷いた。
翌朝の台風一過、イーグリスの閉ざされた門が開き、冒険者の青年が変な仮面の男と戦い、とんでもない氷魔法を撃ったものの、敗れた。青年はそのまま向こう側に連れて行かれてしまい、また【渡り人】が傷ついた、と苦しみが胸を駆け巡った。
女はヒステリックになった。あれほどの戦力だと気づけなかったことが惜しい、ジェームズの鑑定がどうして通らなかった、イーグリスめ、イーグリスめ、と爪を噛む姿は恐ろしかった。女は何かを決意した顔で手紙を書き、小箱に入れていた。
数日してあの商会の男からようやく確度の高い作戦が届いた。暴走しているダンジョンから、スタンピードを誘導し、あの憎き西門に当てよう、ということだった。なるほど、暴れる魔獣に対し、行き先を誘導するくらいなら確かに自分が適任だ。君に死んでほしくない、誘導が終わったらうちの商会の者と一緒に、避難しなさい、とも書いてあって、心遣いに泣きそうになった。女は、君はそうしなさい、とあの狂乱が嘘のように落ち着いた顔で微笑んでいた。
決行日、真夜中。ダンジョンの入り口から溢れた魔獣、【渡り人】の街を目指すそれを、バリケードの流れに沿って進むようにこっそりとスキルを使った。上手くいったことに歓声が上がり、その結果を見届けたかった。けれど、避難しましょう、と連れ出され、それは叶わなかった。
上手くいったと思っていた。成功し、勝利したと思っていた。けれど、蓋を開けてみれば大敗だったという。魔獣をぶつけたが、被害があったのは【渡り人】の街の中だけ、あの晴れの日に大立ち回りをしていた冒険者の青年が、実はスパイで、こちらの情報を持って向こうに行くために、潜り込んでいたということを聞いて許せなかった。
顔を見てやる、と全てが終息してからイーグリスに赴き、その文明の高さに言葉を失い、また怒りが沸いた。これだけのものがありながら、どうして【渡り人】を見捨てたのか。冒険者ギルドに飛び込んであいつがどこの誰なのかを感情に任せて調べた。自分の対応をしたカウンターの女性は、その青年に怒りを抱く同志だった。後で話しましょう、と言われ、指定された店で彼女を待った。
話が弾んだ。自分が見てきた【渡り人】たちの姿を伝えれば彼女は同じように怒り、件のスパイや、その仲間の悪口で盛り上がった。彼女より後にこの世界に来て、偶然再会した友人はあちら側だったという。一糸乱れぬ動きの軍隊が制圧をしたらしいが、その後のあれこれでもうイーグリスには居られないから、と旅立ちの前に顔を合わせた時、口利きをするからと言っても頑なに固辞し、そして彼は去っていった。彼女は、その彼のことが好きだったのだろうとぼんやり思った。
安い宿を教えてもらい、故郷の食事が懐かしくて少しの間滞在した。腹が満たされると不思議と心も満たされる。そろそろ、命を助けてくれた商会の人に礼を言い、そして送り出してくれたところに戻るつもりだった。そこへ連絡が来た。前に捕獲したアルゴ・コボルトを使う時が来た、と。
「――それで、たまたま、ケイトがガスパールを連れてきて、こんな上手くいくなんて、きっと運命なんだ、って思って」
でも、ガスパールを殺すつもりは本当になかったんだ。
冒険者ギルドの地下、牢の中でルーが項垂れながら全てを告白した。最後、ツカサに縋りついた姿から、自害を警戒し、ルーには眠っている間に奴隷紋が刻んである。冒険者ギルドの中の誰よりも魔力を持つツカサにその役割が当てられるところだったが、ロナが立候補した。こういうのは部外者の方がいいから、と。
「それに、僕はエルドさんやカダルさん、女王陛下から、こういうこともあるだろうって、やり方を習ってるから。シェイさんのおかげで魔力総量も上がってるしね!」
むん、と胸を張るロナはわざとそうして明るく振る舞ってくれているのがわかり、ツカサは胸に手を当てて礼をした。
そうして、ロナが魔力を注ぎ、主人をギルマスとして奴隷紋契約を行い、ルーを起こし、自白させた流れだ。自白を聞き、ギルマスは眉間を揉み、頭が痛い様子でルーに話し掛けた。
「お前が見たものも事実、当時の渡り人の街の姿の一つだ。だが、もう一方であの西街がイーグリスの税と統治者様の私財が投じられて造られたんだと知らなかったのか? スカイ王国からの援助だって少なくはなかった。渡り人の街にも理由はあるだろうが、イーグリス側が抵抗する理由もあった」
ルーは発言に制限を掛けられていない。ただ自害を禁じられているだけだ。けれど、項垂れて沈黙を守った。思いつかなかったのだろうな、とツカサは思った。街がどう造られるのかなんて、ツカサも教えてもらわなければ知らなかった。ルーにとっての真実は【渡り人】が虐げられていたことであり、救われたことではない。ほんの少しだけ視点を変えられたなら気づけただろうが、共に計画を練っていたガスパールとケイトはまさしく救われた側だった。
「今となっては、何があったか話したところで、お前にとっては全てが後出しだろう。どれを信じていいかもわからんだろうし、これ以上は俺も言わないでおこう」
ギルマスはそこで一度切り上げ、話題を変えた。ガスパールが遺書で書いていた出資者という奴に関してだ。ルーは多くを知らないと言った。ただ、立派な荷馬車を出してくれていたり、イーグリスでの滞在費を持たせてくれたり、かなり金を持っているのは感じたらしい。学園での魔獣騒動の後、二度、三度連絡はあったが、その後途絶え、当初決めていた通り【青壁のダンジョン】の三十二階層で待つことにしていたそうだ。
ツカサはなぜその階層を指定したのかを考えた。ダンジョン自体は余程数が出なければ魔獣使いであるルーにとって怖い場所ではないだろう。遭遇したカニといい、攻略本に書かれた他の魔獣といい、種類が大事な気がした。ツカサはぽつりと呟いた。
「ドロップ品、調理が必要だった? 俺なんかは捌いてとりあえず身を醤油で食べるでもいいけど、慣れてないときついよね」
ツカサの発言にその場の全員が注目していた。ルーはこっくりと頷き、だから冒険者から食事を奪おうとしていたと肯定した。ロナが手を口元に置きながらなるほどと頷く。
「合流するために動くわけにもいかない。魔獣を倒してもナイフ一本、調味料一つ持たないでそこにいるのは食べることができないのと同じことだよね。三十二階層は砂地に足が取られるって、あんまり冒険者もいないみたいだし。だから穴場とは書いてあったけど」
「ってーとつまり、お前見捨てられてたんだな」
ズバリとマーシが結論を言い、ルーは絶望の表情を浮かべた。先んじて自害を封じておいて正解だったかもしれない。ルーは椅子からふらりと立ち上がり、後ろ手に縛られたままツカサの前に再び跪いた。
「お願いです、もう、助けてください……。何も考えたくない、何を信じればいいのかわからない、頭がおかしくなりそうなんです……」
何してたんだろう、俺、とルーはボタボタと涙を零し、ツカサのブーツにごとりと額を当てた。少しでも動けば蹴ってしまいそうで、ツカサは困ったようにロナたちを見た。ギルマスの指示で立ち会っていた腕利きの冒険者に引っ張り起こされ、ルーは焦点の合わない眼でツカサを探した。
「出資者なる者については別途調査をするとして、一先ず、こいつには法の裁きを受けてもらうことになる。奴隷紋契約は早々に警吏に渡すことになりそうだ」
「どうなるの? 俺あんまり法に詳しくないんだよね」
「このまま奴隷紋による懲役労働か、まぁ、死罪か、どちらかだろう。あとは軍にでも任せるさ」
そっか、と答えるしかなかった。ルーは両腕を掴んで連行されながら、ツカサを振り返って懇願した。
「待って、頼む、お願いだ、なぁ、終わらせてくれよ、なぁ、あんたが、あんたが! あんたのせいなんだ、だから、なぁ!」
バタンッ、と扉が閉まり、声が遠のく。ツカサの背中をロナが、肩をマーシが叩いて励まされ、小さく微笑んだ。ギルマスは書類をまとめて腕に持ち、皆で地下牢を出てからツカサと【真夜中の梟】に向き直った。
「一先ず、ご苦労だった。尽力に感謝するぞ。あとの報告は追って連絡しよう。ツカサの家か、宿か、学園か、どこに送る?」
「あぁ、生徒たちの安否も確認しなきゃいけないし、それ以外にも事後処理がありそうだから、学園で。ロナたちもおいでよ、俺の教員室でも、教員寮でも、お願いすれば借りられると思う」
お言葉に甘えて、と二人は笑い、ギルマスに挨拶をして地下を出た。階段を上がり冒険者ギルド、まだ厳戒態勢のそこを出て外へ、すっかり日が落ちていて、少し曇った空が鈍く光をこもらせていた。
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