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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新章 新しい生活

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1-30:それは罪という名の美味

いつもご覧いただきありがとうございます。


 いや、元々マーシは技術を持った、腕の良い剣士だ。単純にあの当時、ツカサの見ていた最高の剣士がラングで、あまりに強すぎただけだ。再会したあとも、どうしたって魔法障壁を使う同業のロナに目が行きがちで、マーシの戦うところを見られていなかった。

 王都マジェタの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)でマーシもまた、大きく成長したのだと知った。

 そんなツカサの感慨深い回想も知らず、マーシは落ちた()()を拾った。


「なんだこれ」

「あ、ほら、これあれだよ。イーグリスの街で食べたじゃない、()()だよ!」

「あぁ! あの焼いてあって美味かったやつ! なぁツカサ、ちょっとこれ空間収納入れといてくれよ!」

「あぁ、うん、わかった」


 預かって空間収納に入れ、他の魔獣がいないことを確認してツカサは冒険者二人を振り返った。未だ息を切らせて整う様子のない二人にロナがヒールを使った。ロナのヒールは元々が癒し手としてあったからか、怪我が治るだけではなく、疲れが軽減される。ほ、と脱力する冒険者たちを促し、近場の癒しの泉エリアへ入った。狩ろうとして失敗しただけならまだしも、いったい何があったのか。話を聞けば、彼らは自らあの大ガニに手を出したわけではなかった。


「冒険者には見えない奴がいたんだ。だから声を掛けたんだ」


 少し挙動不審だったものの、腹が減っているというので金を払うか素材を寄越すかすれば分けてやると交換条件を提示した。ここまでその軽装で来るのだ、余程回避重視の魔導士か何かかと思ったそうだ。そいつはじっと黙り込んで何も提示しなかったので、取り引きは中止だと思い、携帯食料で食事を取った。そいつは唇を噛みしめてこちらをずっと眺めていたので居心地が悪く、二人は早々に癒しの泉エリアを出たという。


「暫くして、後ろから何かくると思った」

「俺たちは今日この階層に来たから、初めての狩りだなって、振り返って」

「そうしたら、癒しの泉エリアで飯をたかってきた奴がいたんだ。それで……」


 食事を寄越せ、と大ガニを差し向けてきた、ということらしい。大ガニに応戦しようともしたが、こちらが攻撃しようとすると絶妙にガードを取られてしまい対処できず、動きがおかしい、と言っているうちに丸くなって追い回され、逃げていたという。途中、一度大ガニは元の形態に戻り、考えた込んだ後、再びこちらに気づいて追いかけてきて、ツカサたちが駆けつけた。

 操れる(テイム)範囲があるのだろう。ツカサは情報に感謝を伝え、それを助けた報酬としてもらうことにした。冒険者たちは疲れ果てて【離脱石】で帰ると言い、立ち上がった。


「あ、そうだ、もう一つ。【離脱石】もくれって言われたんだよ」

「こんな下層差し掛かりに【離脱石】も【帰還石】も持ってないってどういうことだろうな」


 ツカサはロナとマーシと顔を見合わせ、こちらも立ち上がった。


「情報ありがとう、助かったよ」

「こちらこそ。噂だけは聞いてたけど、あんたたち、さすがだったな。ありがとうよ」


 冒険者が帰るのを見守り、ロナがさっと地図を開いた。今いる場所を指差し、癒しの泉エリアを、さささ、と指し示す。


「どこが一番、匂いが広まるかな」

「ここが真ん中だね、ツカサの風魔法で呼び込んでみようか」

「じゃあさっきのカニ食おうぜ!」

「カニもだし、肉もだね」

「僕らも戻ったところにダンジョンだから、大きめのたらいにお湯を入れて、体も流しちゃおっか」


 三人、ニヤリと悪い笑みを浮かべ、目的の癒しの泉エリアまで移動した。


 ――おなかがすいた。ひもじい。

 くぅ、きゅるる、と切ない音を立てる腹を撫でて泉の水を飲む。こんなもの、全然満たされない。援助してくれていた商会とも連絡が取れない。魔獣に襲われることはないが、このダンジョン、ドロップするものが生もので、調理する必要のあるものばかりだった。魚が落ちたり、貝が落ちたり、ナイフもないので捌くこともできない。切り身が落ちれば齧るが、生魚が続くのはきつい。

 この階層は魔獣の数もそう多くないため、冒険者も少ない。そもそも海のあるこの国ではダンジョンだけに頼る必要もなく、間引きと呼ばれるパーティと、本当に海鮮が好きな者しかここには来ない。あとは、商会の求めるドロップ品がある階層へ直接向かう者ばかりだ。

 この階層までは引率があった。イーグリスの地下水道に魔獣を放つため、大きなワニだったり、鋭い剣の鼻を持つ魚だったりを捕獲するため、一緒に来た仲間だ。ある商会の手練れたちで強く、自分は無駄な戦いをせずにすんだ。魔獣に対し愛着もないので魔獣同士殺し合いをさせてもいいのだが、やってくれるなら任せるに限る。そうして【転移石】なるものに記録し、渡され、それがあるからこうして逃げ込めている。ここは合流場所なのだ。

 しかし、出るための石がなかった。出てしまうと合流ができない。別の階層に行って冒険者を脅し、食料を奪うことも考えたが、一度やって失敗した。上に戻るにつれて魔獣が弱くなるせいだ。脅しにもならなかった。

 それに、この階層で一人、殺した。

 贖罪の気持ちではなかったが、なんとなく後ろめたさがあって移動できなかった。少しビビらせてやるつもりで魔獣を操りあいつが逃げ込んだ袋小路近くに置いておいた。少し時間を空けて戻ろうと思い、不思議な泉の傍で少しうたた寝している間に死んでしまった。見に行った時、大ガニがその鋏で器用に臓物を摘まんでいるのを見て吐いた。びちゃびちゃと滴る音に振り返った大ガニをテイムし、それを連れながら泉に戻った。大ガニは泉には入れないらしく、スキルの届く距離で待機させ、膝を抱えてガタガタと震えた。殺したわけじゃない、勝手に死んだんだ、と自分に言い聞かせ、守り続けた。


 自分にとって魔獣はこちらを攻撃してこない、攻撃の手段だった。保護してくれた商会では馬型の魔獣を操り、移動の手助けをしたりと人のために使っていた。けれどこれは、人を、殺せるのだ。乾いた笑いが零れた。ケイトが連れてきた学園の職員だという男は、正義感が強くて、それでいて本人は無自覚に人間関係の希薄さに嘆いていた。それに弱かった。だから、扱いやすかった。学園に連れて行けと言ったら遠い場所に案内され、テイムが届くかどうかのギリギリ、でかい奴をどうにか操る横でうるさかった。邪魔だな、と思った。


「……それでも、一緒に計画してきた仲間だとも思ってたよ」


 ごめんな。そんな懺悔も空腹を訴える音で掻き消される。生きようとする自分の体に抗えない。

 考えごとをしていれば冒険者が入ってきたので食事を強請った。交換条件を持ち出され、自分が何も持っていないことに気づいて沈黙していれば、目の前で飯を食べ始めた。せめて【離脱石】をくれと言えば、それもまた交換条件。奴らはがめつくて情けと善意というものがない。大嫌いだ。

 だから奴らが出ていったところで待機させていた大ガニを連れ、この不思議なセーフティーエリアに入れないところでけしかけてやった。既に一人殺しているのだ。二人になろうが、三人になろうが知ったことではない。可笑しくなって、ふひひ、ひひひ、と笑ってしまい、なのになぜか涙が零れた。

 また違う泉のエリアで膝を抱えた。ひもじい。ひもじい。さみしい。

 ふわっと風が流れてきたような気がして、鼻がひくつく。食事の匂いだ。ふらりと立ち上がって泉のエリアから道を覗く。どこからだろう。ふあ、と顔を叩かれた気がしてそちらへ足を向けた。


「わぁ、さっぱりした! やっぱりお湯は偉大だねぇ」

「石鹸ありがとうな! これ嫁さんの?」

「そう」


 賑やかな声が、良い匂いが泉のエリアからしていた。ふっと流れたハーブの匂いもまた気持ちを楽にさせた。そっと中に入れば一人が座って料理していて、一人はタオルで髪を拭い、一人が下着を履いているところだった。


「おっと」


 へへ、と笑いながらテキパキと着替え、慣れた手つきで装備を着けていく。綺麗な透明な剣が腰に収まるまで見守ってしまい、口を開けっぱなしで立っていた。鍋を掻き混ぜている男が首を傾げた。こちらは軽装、マントは無いが胸当てやショートソードを装備している。タオルを首に掛けたままの優しそうな青年の向こうに大きなたらいが二つ、湯気が立っていた。視線に気づいた優しそうな顔の青年が微笑む。


「あぁ、ごめん、体を洗ってたんだ」

「風呂……」


 そういえば、入っていない。体が温かい湯を求めてそわりとした。料理をしている青年がじゅわっと肉も焼いてその匂いに限界だった。


「頼む、食事をくれないか、頼む」

「おなかすいてるんだね、俺たちのことを助けてくれたら、肉もあげるよ」


 助ける? 魔獣を操ってできることなら、と思い、何かと尋ねた。


「実はこのダンジョンの【転移石】がなかなか出なくて困ってるんだ。譲ってもらえたりしない?」


 ここまで来てるんだし、あるんじゃないか、と問われ、迷わずに差し出した。透明の剣を腰に下げた剣士が【転移石】を受け取り、確かに、と笑う。料理をしている青年がスープをよそってくれて、器を震える手で受け取った。久々の温かい食事だ、我慢できなかった。熱いとわかっていても冷ますのもまどろっこしく、口の中にたくさん流し込んでしまった。口全体が熱い、痛い、けれど、塩のしょっぱさと香ばしい出汁と、混ざっていたネギが喉を流れていって、少し貼り付いて、火傷したのはわかるが、美味しい。


「う、うまい」

「よかった」


 スプーンを差し出されて中に入っていた香味野菜と白くてふわふわした身をガツガツと掻っ込む。顔を撫でる湯気の香りすら食べてしまいそうな勢いで一杯を空にして、おかわりを強請った。青年は器を受け取ってくれた。はぁはぁと食事をするだけで息を切らせながら、少しだけ満たされて尋ねた。


「こ、これ、なんのスープ?」

「さっき討伐した大きなカニからドロップした、()()


 ひく、と口端が引き攣った。カニ? と問えば、カニ、と返ってくる。


「大きなカニに追われてる二人組の冒険者を助けてさ、その時に倒した奴」


 それは、つまり、このスープの具材になっているカニは、ガスパールの臓物を摘まんで、と考えたところで吐いた。三人はざっと引いてから、一人が、どうした、アレルギー? と恐る恐る手を伸ばしてきた。後ずさりながら叫んだ。


「なんてもん食わせるんだよ! あのカニは、あれは、ガスパールの死体を喰ってたんだぞ! なんでそんなもん食わせるんだよ! なんで!」

「マジかよ、あぶねぇ……。知ってて喰いたくはねぇな……」


 透明な剣を下げた男が顔を青くして呟く。優しい顔をしていた青年からは笑みが消え、料理していた青年はゆっくりと姿勢を戻してこちらを見据えてきた。口を開いたのは料理をしていた青年だ。


「殺したのか」

「違う! 違う、殺すつもりなんてなかった! ちょっとビビらせてやるだけのつもりで! 勝手に死んだんだ!」

「ここに連れてきたくせに?」

「仕方ないだろ! どうすればいいかわからない、怖い、って何するかわからなかった!」

「自首があったでしょう?」

「そんなの、そんなの……!」


 お、思いつかなかった、と頭を抱え、ふ、と冷静になった。なぜこいつらは会話が嚙み合うんだ。


「どんな目的があったか知らないけど、お前たちのやったことは、許されることじゃない。異世界だって法があってモラルがあって、マナーがあるんだよ」


 青年はどこからか取り出した灰色のマントをふわりと羽織り、こちらを真っ直ぐに見た。灰色のマント、童顔、黒髪、白い右眼に、黒い左眼。【渡り人(仲間)】を追い詰めたイーグリスのスパイ。だが、噂に聞いていたのとは違う。なんて悲しそうな顔をするのだろう。感情を表に出さないように努めているのはわかる、けれど、優しさが滲んでいるような、そんな表情。

 助けてくれると思った。笑いが零れた。視界が揺らめいて頬を熱いものが流れ落ちて、肺がしゃくり上げて、ふらりと足を前に出して、灰色のマントの前で膝を突いた。まるでついに神を見つけたと言わんばかりの震え方でそのブーツに両腕を絡め、懇願した。


「こ……殺して……、殺して……! なにがただしいのか、もう、も、わからな……い……! 怖いよぉ……!」


 灰色のマントの青年、【異邦の旅人】のツカサは静かに呟いた。


「正しい正義なんて、どこにも無いよ」


 どっ、と頭に重い衝撃を受けて、男は自らブーツに口づけをした。




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