1-29:心強い友人たち
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こういう時、ルフレンがいればいいのにといつも思う。市内馬車に乗るよりも走る方が早いことに悲しさを覚えながら、ツカサは冒険者ギルドに辿り着いた。直行便などがあれば重宝するのではないだろうか。息を整え、汗を拭い、空間収納から取り出した癒しの泉エリアの水を飲んで喉を潤し、体力を回復。それから中に入った。
冒険者ギルド内は非常に慌ただしかった。ガスパールの遺書が開かれ、地下水道に魔獣がいるとわかり、市街地の水路にそれが現れるかもしれない危機感に冒険者たちは配置決めをしたりと喧々諤々している。地下水道に降りていくパーティもそうだ。誰に声を掛ければいいのだろう。ツカサはとりあえず外してそのままだった灰色のマントを羽織った。それが目印になったらしく、二階から名を呼ばれ、ギルマスと合流した。
ざっと話を聞いた。先日、ツカサが魔獣捕獲依頼について話を聞いたことが切っ掛けで冒険者同士の間で協力し、情報連携する関係性ができてきたらしい。その甲斐もあって皆が皆、イーグリスの街中で被害を出さないように知恵を絞っているという。嬉しい話だ。
「ガスパールの遺書、どこで見つかったんだろう。海っぽい、湿ったにおいからして【青壁のダンジョン】?」
「そうだ。……残念ながら遺体はもうなく、残った衣服から、あの遺書を抱きかかえるようにして死んだのだろう、と発見者は言っていた。左足や腹部が食いちぎられていたようだから、魔獣に喰われてもいたようだ。せめて、死んだ後に喰われて、痛みがなかったことを祈るばかりだ」
二人で数秒の沈黙、ツカサは顔を上げた。
「丸一日は経ってるってことだね。まだ中に、魔獣使い、ルーって奴がいるかどうか」
「恐らくいるだろう。だいたいこの辺のダンジョンで活動する奴らってのは良くも悪くもお互いに顔と特徴を覚える。見慣れない奴がいたら首を傾げるもんでな、該当が一人いた。【旅人の温泉】の件もあって見張っているのが功を奏したな。マントを深く被った奴と一緒に、半ば無理矢理通ったそうだ。連れがガスパールだったんだろう」
ダンジョン入り口を見張ってる今の体制に不満な奴も多いから、その類だと思い、止めなかったそうだ、とギルマスは彼らが中に入れた理由を述べた。一つ問題が起きると迷惑を被ったり、割りを食うのはいつだって真面目に規則を守っている人々だ。
差し出された紙を受けとる。人相書き、目元も隠れるマッシュヘア、唇を噛みしめるような不服そうな口元、ダンジョンに行くにはあまりにも軽装過ぎる、ただの衣服。胸鎧一つなかった。魔獣使いであれば魔獣をすり抜けて進んだり、魔獣を操って自害させたりといろいろできるのだろうか。カイルワェンをどういう手法で連れ帰ったのかがわからないが、あれはそれなりに下層の魔獣だという。こちらも監視体制ができる前にやったことか。考え込んでいればギルマスの疲れた声が続いた。
「本当ならダンジョンを人海戦術でさらうべきなんだが、地下水道の件でそうもいかなくてな」
地下水道に魔獣がいることがわかった、ルーが【青壁のダンジョン】にいることがわかった。捕縛はしたいが今現在出てこないのであれば、先に街を守りたいのがギルマスの考えだそうだ。【帰還石】や【離脱石】を使って出た場合、ダンジョンのすぐそばに出る。ならば、見張らせたまま置いておいて、ツカサへ先に知らせた、ということらしい。ツカサは良い判断だと思った。
「じゃあ、俺は【青壁のダンジョン】に行ってくるよ。何も知らないで中にいる冒険者を襲って、食料を奪うことだってできるはずだしね」
「ソロで行くのか?」
「他に頼れる、信頼できる冒険者って、その、いないし」
むぅ、とギルマスは心配そうに腕を組んだ。力量は知っているものの、統治者お気に入りの冒険者にもしもがあっては困ると考えているらしかった。ツカサは権力者との繋がりがそういう懸念を抱かせるのだと初めて知った。
ツカサは大丈夫だと言ったが、ギルマスはしかしな、と譲らない。その時、ざわつく一階から声を掛けられた。
「おーい、ツカサ!」
まるで緑茶のCMのようだ。振り返って声の主を探せば、二人が手を振ってくれていた。階段を駆け下りて飛びついた。ダンジョン帰り、少しにおいは気になるが皆まで言うまい。汗だくになってここに来たツカサも人のことは言えないだろう。お互い様だ。それはそうと、嬉しい再会だ。
「ロナ! マーシ! おかえり!」
「ただいま! どうしたの? なんだか難しい顔でギルマスと話してたみたいだけど」
「それに、なんか土産話披露する空気じゃないよな? なんだよこれ?」
首を傾げるロナと、自分の背景を親指で指すマーシを連れてギルマスの元へ戻った。【真夜中の梟】に事の次第を搔い摘んで説明すれば、腕を組むマーシと手を口元にやって考え込むロナが出来上がった。
「そういうわけで、俺はこのまま【青壁のダンジョン】に行くところ」
「うーん、僕はギルマスの懸念もわかるよ。ヴァロキアで僕たちはまさしくツカサと同じ立場だったからね」
「最後の方、どえらい気を遣われてたよな」
ヴァロキア、ロナとマーシ【真夜中の梟】が元々冒険者として活動していた国だ。ダンジョンが多く、冒険者による攻略が活発だった。元リーダーのエルドは王都の冒険者ギルドのギルドマスターに、元副リーダーのカダルは王女に見初められ、今や王配だ。それもあり、周囲からいろいろと配慮がされていたそうだ。
あの二人がなぁ、と懐かしいことを思い出していれば、ロナがマーシを振り返った。
「ねぇ、マーシ。僕、ツカサについて行こうと思う」
「奇遇だなロナ。俺も同じこと考えてた」
ツカサは顔が緩むのを抑えきれなかった。自分で両頬を叩いて引き締めた。戻ったばかりの二人をまたダンジョンに連れて行くのは少しだけ申し訳ない。けれどツカサが何かを言う前にマーシが手を前に出して止め、ロナがゴソゴソと鞄から冊子を取り出した。表紙には【青壁のダンジョン、攻略本】とある。目を瞬かせていればロナがにこりと微笑んだ。
「僕たち、【黄壁のダンジョン】の後、【青壁のダンジョン】に挑むつもりで、攻略しながら予習してたんだよ」
「情報何も持たないで行くつもりだったんだろ? だったら、予習できてる俺たちと行った方が安心ってやつ! それにさ、久々にツカサと冒険したいぜ? ……あ! そんな状況じゃねぇんだっけ?」
悪い、と頬を掻くマーシにツカサは首を振った。ギルマスがホッと息を吐き、ツカサの肩を叩いた。
「それなら俺も安心できる」
じゃあ、その、とツカサはもじもじと右手を差し出した。
「ロナ、マーシ、臨時パーティ、組んでくれる?」
ガシッとロナとマーシが掴み返してくれた。
「もちろんだよ!」
「見せてやるよ、俺とロナの魔法剣!」
もうそれは勘弁して、とツカサはここ数日で久々に心から笑った。
「――【青壁のダンジョン】で出るカイルワェンは三十二階層。ダンジョン自体、最下層が四十階層だから、まぁまぁ下層だね」
冒険者ギルドが出してくれた馬車の中で一夜漬けのような情報共有を受ける。ガスパールの遺体が見つかった場所も三十二階層。ということは、ルーという人物は【転移石】を持っているのか。
「外に出る分には、外にいる奴らが捕まえてくれるんだろ? じゃあ俺たちは【転移する】を唱えさせないようにしないとだ。全層追いかけっこになるのは面倒だぜ。まぁ、ツカサもいるし、遠距離はお任せあれ、だろ?」
「頑張るよ。それで、ダンジョン自体の傾向としてはどう?」
「足元に水が溜まっている場所と、それがない場所もあるみたい。よくわからないんだけど、攻略本によると、二十レンブくらいの浅い水なのに、出てくるのは全長二ロートルもする、身の分厚い魔獣だったりして、頭がおかしくなりそうになるから、あんまり冒険者も行かないみたいだね。それもあって、挑戦したいねって、次のダンジョンに決めてたんだ」
水の中を移動するスキルなどがダンジョン内ではバフとして掛かるのだろうか。罠はなく、その分そうした魔獣の襲撃自体が罠のようなものらしい。一度でも攻略本に目を通している【真夜中の梟】が一緒に来てくれて本当によかった。
道中【転移石】への登録も済ませた。登録後、【快晴の蒼】から預かったものだと言ったところ、二人からもっと早く言えと真面目に叱られた。どうやらツカサが合流するまでの間、ラングとアルが使っていたものだと思っていたらしい。謝っておいた。
ラングとアルといえば、あぁ、しまった、手紙、とツカサは馬車の天井を仰いだ。あまりに強く言いすぎたかと気を遣われたが、手紙の件を話せば二人から喜ばれた。彼らもまた、ヴァロキアにいる元メンバーとやり取りができる安心感を知っているのだ。
少しの気分転換に花を咲かせていれば【青壁のダンジョン】にはすぐに着いたように思えた。イーグリスの南西、馬車を降りればそこは目の覚めるような青で囲まれた場所だった。木の幹も葉も青く、ここだけ水に浸っているような、なんだか変な気分になった。
ダンジョン入口を警護している傭兵団と騎士団がツカサと【真夜中の梟】に礼をし、出てくる者に注意している、と言ってくれた。後を任せて青い入り口を潜って階段を降りていった。
他のダンジョンと違い、雨の降り始めた地面のような、湿ったにおいが奥から吹いてくる。なんとなく、切なくなる、そんなにおいだ。一階層に足を着け、トーチ、壁も何もかも青であることを確認した後、感想を零す暇もなく三人で三十二階層へ転移した。
空気が違う。これはガスパールの手紙から感じたにおい、潮の香りだ。壁は青、足元は石畳ではなく白い砂地、どこからか滲む水は寄せて、引いて、まるで海そのもののようだ。
「ダンジョンって本当に不思議だね、草原があったり、森があったり、砂漠があったり、こうして海もあるんだね」
「今、ロナと同じこと考えてた」
「俺も」
三人でふふっと笑い、ここからは隊列を組む。【真夜中の梟】はいつもならマーシが前、ロナが後ろで動くが、ツカサが増えたので位置を変えた。先頭で斥候、遊撃手を務めるのはツカサ、水からの魔獣の襲撃に備え、癒し手であり魔導士のロナは真ん中、殿にマーシだ。
「懐かしい、エルドさんとカダルさんがいる時の位置だ」
「カダルが居なくなってから、まじで先頭の大変さ思い知ったもんな」
「俺もだよ、先頭ってすごい神経使うよね」
緊張感を持ちつつも雑談を楽しむだけの余裕がある。なんてやりやすいのだろう。しかし気をつけなくては。砂地は砂利以上に足を取られる。一歩進めばブーツが一センチは沈む。それが短い距離ならばきつくはないが、続けば足が重くなってくる。泥のように靴底にくっつかないことだけは救いだ。
「逃げ込んでんなら、癒しの泉だよな。とはいえこの階層にも結構あるからなぁ」
「どこか目星をつけて動いた方がいいかもね。ツカサ、どうする?」
地図も担うロナの質問に、一度足を止めて警戒はそのまま、ツカサは小さく唸った。さて、どうするか。ツカサが考え込んでいると向こうの方からザクザクと何かが走ってくる音がした。魔獣か、いや、この音はブーツか。そのさらに奥の方からいくつもの細い何かが砂地を走る音がした。ツカサは感ずるものを抜き、構えた。マーシが剣を抜いてロナが魔力をそこに込め、こちらも備えた。
「冒険者が来る、けど、その後に何か続いてる」
背後でロナとマーシが頷いた瞬間、ひぃ、助けて、と微かな声が届いてツカサは走り出した。マーシが続き、そちらはロナと離れすぎないように速さを調整していた。
まず駆けつけたツカサのトーチを見て、冒険者二人は泣きそうな顔で最後の力を振り絞り、こちらへ走ってきた。その背後に大きい鋏を振り回す青色の、硬そうな甲羅を纏う巨大なカニがいて、ジョキン、と何度も冒険者を仕留めようとしていた。横走りしているわりに速度が尋常じゃない。よく見たら脚が普通のカニよりも多い。
「灰色の! 助けてくれ!」
「前に跳んで、頭を下げろ!」
ビーチフラッグよろしく、二人が全力で跳んで頭を庇う。ツカサは感ずるものを前に出し、走りながら銃で弾丸を撃つように氷魔法を放った。螺旋を描いた細く長い、硬い氷柱。アイシクルランスを連続で撃ちだす。バキッ、といくつかカニの表面に突き出ている棘が折れ、余波で凍った甲羅に何か思ったのか、ぎゅうっと鋏や腕を器用に折り畳み、急に丸くなった。そのまま、どん、と砂地を飛んで転がり始め、先程飛んだ冒険者たちの悲鳴が上がる。ツカサはアイシクルランスを撃ち続け、カニの回転を止めるアイデアに注力した。信頼できる守り手がいるからだ。
「魔法障壁!」
白く輝く魔法障壁が冒険者たちを守り、そこにぶつかったカニが弾き飛ばされる。再び向こうで着地したカニは中途半端に細い脚を出して向きを直すと再び助走をつけて跳び、転がってきた。
「早く! こっちへ!」
ロナの魔法障壁に守られながら砂地を立ち上がって駆けてくる冒険者の後ろから再びカニが来る。回転をどこかに引っ掛けて止めなくては厄介だ。
「ごめん、お待たせ! ツカサ、マーシの剣に魔力を!」
「わかった!」
ロナが言うのだ、意味がある。マーシの氷の剣に魔力を注げば、パキパキと氷の響く音がした。
「見とけよ! これが、魔法剣だ!」
だからそれやめて! と叫びたくなったがツカサはカニの回転を止めるために壁に氷魔法を走らせ、鋭い棘をいくつも創りだした。棘と棘がぶつかり合い、失速、カニがひょこっと脚を出したところにマーシが剣を差し込み、スラッ、と斬った。
氷纏う剣を直接当てたことで部位が凍り、剣がその場所を柔らかく滑ったのだ。氷の剣、それは氷属性というだけではなく、氷を斬れる剣なのだ。凍らせることさえできれば、何でも斬れる。凍る速度と斬る速度が合っていなければできない芸当だ。かなり高等な技術を要求される。実際、マーシの動きは緩やかに、滑らかに見え、けれど速かった。
斬られた場所から体液も零せず、ギィィ、キチキチ、と甲羅を持つ生きものらしい音を立てながら後退しようとしたカニを逃がさず、マーシは脚を、鋏を、触覚をスパスパと斬り落とし、最後にど真ん中に剣を縦にして刺し、ぐるりと真横に向け、一刀両断した。返す刃でさらに刻み、カニはざらりと砂になって魔石とカニを落とした。ツカサは驚きのあまり声を失っていた。
マーシがめちゃくちゃ強くなっていた。
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