1-24:次の調査
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朝食、アッシュとゲオルギウス、ジーク、ズィールと食堂の端っこで合流した。少し遅めの時間にしたので、生徒はいない。今日の献立はスクランブルエッグにソーセージ、ベーコン、ワッヘル、そこに野菜スープがついたよくあるモーニングセットだ。ワッヘルにはシロップを掛けることもできるが、ツカサはほんのり甘いワッヘルにしょっぱいソーセージなどを組み合わせて食べるのが好きで、プレーンでもらった。
おはよう、いただきます、と簡単に挨拶をしたあと、暫し食事、不思議なことにここでも議長はアッシュで進んだ。
「昨日、商会であったことの連携は必要か?」
「いや、ゲオルギウスの報告書で掻い摘んで知っている。またツカサが化け物じみた行動を取ったらしいことはわかった」
「やっぱり報告する」
ズィールの発言にツカサが報告をし直した。スーと出会ったことなどは隠し、襲撃者は確保、憲兵に引き取ってもらい、あとの調査は任せたと締め括った。ジークは難しい顔でツカサを見て、ぽつりと呟いた。
「十分におかしいと思うぞ、ツカサ。それは単独でやれることじゃない」
「そんな」
スーの存在を隠したことが裏目に出た。とはいえ話すわけにもいかないので仕方なくワッヘルをナイフで切った。そこにカリカリに焼かれたベーコンを載せてぱくりといただく。ざく、としたワッヘルの歯ごたえとじゅわっと広がるベーコンの脂と塩味。焦げた部分のコリコリした香ばしさがまた美味しい。燻製の風味もまたいい、鼻から息を抜けば独特の燻されたものを感じた。軽く塩だけで味をつけられたスクランブルエッグはいっそさっぱりとしていて口直しになる。ごくりと飲み込んでからツカサは尋ねた。
「で、そっちは?」
「逃走経路について少し調べてみたのだが、一つ可能性を見つけた」
ズィールが既に食べ終えているお盆を腕で寄せ、紙を開いた。何かの見取り図のようだ。ツカサとアッシュが覗き込んでそこに書かれたものを指でなぞる。食堂、廊下、教室の名前、男子寮、女子寮、おおよそ脳内で自分が見た景色を上から見る形に置き換えた。
「学園の地図? こういう詳細なのは初めて見るかも」
「へぇ、すごいな、設備情報まで……」
ツカサはアッシュの眼がささっと動いて全体を具に把握しているのを横目に確認し、もう一度地図に視線を落とした。
「あぁ、ガスパールの逃げた経路を確認しようと思ってな、教務課から学園の見取り図を借りた。警備室からも異例ながら警備配置とその巡回経路を教えてもらった」
それで、ここだ、とズィールは一か所を指差した。裏庭の方、今は人の寄り付かないあたりだ。ツカサも行ったことがなく、何があるかを把握していない。眉を顰めながらズィールを見れば説明が続いた。
「地下水道の維持保守で使う入り口がある。門兵も知らない、傭兵も知らない、冒険者も知らない。ならば、地下を通った可能性があるのではないか?」
「確かに、地下は思いつかなかった。俺がここの地下水道をよく知らないのもあるけど、通れるものなのかな」
「維持保守がされているから入れることには入れる。この入り口は随分前に使われなくなったらしいがね。今日、ジークとゲオルギウスとそれを確認してくるつもりだ、それでだ」
「えっ、私も行くんですか? 地下水道ってローブが汚れそうで嫌なんですが……」
そこは着替えて来い、とズィールは容赦なく言い、ゲオルギウスは机にぱたりと倒れた。その首がぐるんと動いてツカサを向いた。面倒な委員を言いつけられた生徒のように救いを求めている視線にスープを飲んで誤魔化した。
「ツカサも来ますよね?」
「悪いけど俺もやりたいことがあるから無理。学園外のことは頑張ってるんだから、学園内のことは頼むよ」
ゲオルギウスは一気にやる気を無くして変な姿勢でワッヘルを切り刻み始めた。それをちまちまと口に運んでいるので食べ物で遊んでいるわけではないらしい。それなら構わないでいいだろう。
ツカサは今日何をするのかとジークに尋ねられ、御馳走様でした、と手を合わせてから答えた。
「ちょっと預かりものがあるから、それを伝達竜で送って、それと同じ理由で一度家にも帰りたいんだよね」
「できれば明日に回してほしいが、急ぎか?」
申し訳なさそうなジークに首を傾げ、ツカサは理由を問うた。ジークが言うには、地下水道に入るにはいくつか条件があるらしい。トーチを使える魔導士が居ること。冒険者が護衛につくこと。責任者として教員が居ること。なるほど、冒険者という点でツカサが必要らしい。
学園の非常事態であっても手続きを大事にするのは、前例を作らないためだ。柔軟に対応すればよいと言う者もいるだろうが、教員でそれを許してしまえば生徒の規則破りが簡単に行われるようになるだろう。手早く、かつ、規則を守る、そのためにそこにあるものを利用するのは道理だ。
「それなら、俺が行こうか?」
アッシュが空気を読んで名乗りを上げてくれた。有難いことではあるが、アッシュにも頼みたいことがあった。檻の調査だ。そんな簡単に壊れるのだろうか、と疑問に思ったことを、斥候であるアッシュならば調べられるのではないかと考えた。そちらを対応してもらっている間に地下水道をツカサが調査する、それなら効率も良い気がした。手紙を代わりに伝達竜で送ってもらうことも浮かんだが、自分が信頼されて預けられたものをよろしくと渡すのは何か違う気がした。
「檻の調査か、それは構わないけど、それが魔法関連だったら俺痕跡わからないけどいいのか?」
「魔力がないから感じるものもあるんじゃないかなと思って。それに、連絡来るかもしれないし」
「あぁ、それもそうだな」
ヴァンやスーからの連絡を考えると、アッシュはソロで居た方が動きやすい。学園の内情を調査するのも同様にソロである方が良いだろう。わかった、指示に従うよリーダー、と揶揄うように言われ肩を竦めておいた。ゲオルギウスの期待の眼差しに気づきたくなかった。
「御一緒できますね、ツカサ!」
「なんだったらゲオルギウスは別のこと調べててもいいよ、俺トーチも使えるから」
「酷いです! 傍に居させてください! 魔力を嗅がせてください! 吸わせてください! 調べたいよぉ! 血をもらうとかできます!?」
ゲオルギウスを放置して集合場所は先程ズィールが指差した辺りにさくりと決まった。教員二人のあまりの放置ぶりに一応聞いてみたところ、ズィールとジークからすれば昔からゲオルギウスはこういう感じらしく、見慣れているらしい。それでも腕の良い魔導士、かつ、教え方の上手い教員としての信頼があるのでそれなりの尊敬を持って対応しているという。確かに、ツカサもゲオルギウスの研究狂いな一面を見るまではいい奴だと思っていたのだから然もありなん。
兎角、ゲオルギウスは着替えるように言いつけられ、渋々一度自室に戻っていった。ズィールとジークは装備を整え、鍵をもらい、先に行っているというのでそちらはそちらで任せた。ツカサは食堂に残されたアッシュと少しだけ二人で話した。
「魔獣の檻の鍵がそんなに簡単に壊れるとは思えないんだよ。ゲオルギウスはちょっとあれだけど、ああいう腕の良い魔導士だってここにはいるし」
「だな、まぁ、あと、俺を一人で残してくれるのは正直有難い。さっきの見取り図にも違和感があったしな」
ツカサは驚いて目を見開き、そっと顔を寄せて声を潜め、どういうことかと尋ねた。アッシュは先程見た見取り図でおおよそ学園の構造を覚えたという。なるほど、ラングがアッシュを苦手だという理由が増えていく。こういった種類の人間は地図などの図面読みも上手く、覚えるのも早いのだ。
アッシュは学園の構造に隙間があると言う。図面上の違和感なので寸法に微々たるズレがあるだけかもしれないが、建造物を建てる際にそういったものは排除されるのが常。ある程度の遊びを持たせる職人もいるが、石を組むならば正確に建てる方が持ちがよく、その代わり衝撃や重みを分散する手法はきちんと取り入れなくては長く耐えられない。その点で一部、もやっとした違和感を感じたという。
「学園にも時計台があるだろ、あの辺りに無駄な工数がかけられてるように思えたんだよな。学園を建てた時の職人の遊びなのか、そこに何かあるのか、ちょっと興味ある」
「無茶しないでよ? 前に黒焦げになって戻ってきたから少し不安なんだけど」
「大丈夫! 今回はシェイの魔法障壁もついてる」
ツカサはじっと目を凝らし、そこに薄っすらとした美しい青と金の輝きを視て驚いた。これほどまでに薄く隠しながら硬くできるのか。ツカサもそうだが、ゲオルギウスもこれには気づけず、だからこそ騒がなかったのだ。さすがはシェイだ。シェイといえば、ツカサが捕縛した奴らはどうしたのだろう。噂をすれば影、ふっと無理矢理いかずちの魔法障壁が解除される感覚があり、使用魔力量が減った。それがさらに続き、十三の魔法障壁が解かれ、合流したのがわかった。ツカサはちらりとアッシュに考える素振りを見せるようにして口元を覆い、報告した。
「スーがシェイさんと合流した」
「うん、食後の紅茶も美味しかったな、上出来」
【黄壁のダンジョン】から帰還した際、渡り人の街と対峙した時、ラングに唇を読まれることを指摘され、それを覚えていた。アッシュもまた冷静に答え方を食事に擦り替えるのはさすがだと思った。お盆を持って立ち上がるアッシュを見上げればパチッとウインクされた。
「そしたら、俺は檻のことを調べておくからな。終わったら食堂でゆっくり紅茶を飲んでるよ」
「わかった、よろしくね」
ツカサも食器を返却し、ズィールたちが居るであろう裏庭の入口へ向かった。
イーグリス学園はそれなりに広い、加えて、ショートカットできる道も少ないので建物の中を通り、外に出て、連絡通路を行き、時に用務員に道を聞きながら辿り着いた。既に鍵を手にそこで待っていた二人に軽く挨拶され、駆け寄る。ゲオルギウスはまだいない。軽鎧を着けたジーク、ズィールも鍛錬中よりは装備が多く体の半分ほどの高さの盾を持っていた。何かあった際に備えているのがわかる。ツカサは常にフル装備なので変えようがないが、今日の武器をどうするか、というくらいだ。水のショートソードは地下水道で扱うには少し水っぽい気がして、炎の短剣に差し替える。右腰には感ずるものを選んだ。このショートソード、かなり使い勝手がいいのだ。ひょいひょいと装備を変えるツカサにジークは興味深そうに唸っていた。
「剣術士、いわゆる剣士というのは基本的に得物を変えないものだ。手に馴染むようになる、使い慣れるという点で頻繁な交換は推奨していない。だが、ツカサはいくつかを入れ替えて使うんだな。それは魔導士だからなのか?」
「いや、単純にラング……師匠の影響だと思う。短剣、ショートソード、長剣、っていろいろ使いこなせる人で、俺はその人から生きる術を教わったから。それ以外にも教えてくれた人たちがいるしね」
「一つを極めようとするなら、よそ見はするな、という師匠や教員が多いんだが、そうではなかったんだな」
確かに、言われてみれば不思議な育ち方をした。とはいえそれらがツカサを生かしたのは間違いない。ゲオルギウスを待つまでの間、剣の銘や出土についての話題になり差し支えない範囲で話した。感ずるものに関してだけは、贈り物なんだ、という言葉に留めた。
いつまでもゲオルギウスが来ないので少し焦れてきた。そこへ伝達竜が舞い降りて、今日の手紙が届いた。奥方からか、とジークに微笑まれそっと手紙を開いた。
手紙には、新しいお手伝いさんが来た、ヴァンさんの紹介だっていうから一応そのまま居てもらうことになったけれど、どういうことか、と書かれていた。昨日の今日での手配、有言実行は知っているがさすが早い。了承すら見込んでの行動はいっそ恐ろしいまである。しかし、これに対してどう説明したものか。ツカサは段差に座り込んで返事を書き始めた。
今回のことはそう多くを隠さないでもいいだろう。学園での魔獣騒ぎも既に市街に回っている。その原因の調査に駆り出されていて、ヴァンたちも協力してくれているのだと書いた。家に来たお手伝いさんはヴァンなりの礼なので、そのまま雇ってほしいと続けた。それが護衛であることなどは書かない方がいいだろう。なるべく早く解決して家に戻るから、今まで以上に身の回りには気をつけてほしいことを書いて伝達竜を飛ばした。
「あ、しまった、ラングの手紙のこと書き忘れ……!」
待って、と言ったところで伝達竜は戻ってこない。あぁ、と空に伸ばした腕が空しい。
「どうしたんですか?」
ゲオルギウスが短い丈のローブで合流し、首を傾げた。ツカサは遠く青空へ羽を広げて飛び立つ伝達竜を見送って振り返った。
「なんでもないよ、それじゃ、行く?」
「そうだな」
ズィールが小さな東屋のような場所、下り階段の見える鉄格子の錠前に鍵を差し、がちゃりと回した。む、と違和感にズィールは唸った。
「鍵が掛かっていないだと」
「誰かが使った、という雰囲気だな」
ジークが鍵が掛かっているように見せかけて引っ掛けられていた錠前を外した。錆びた鉄格子、ギィ、と軋む音を立てて開いたそこから湿った暗い空気を感じ、ツカサはすんと鼻を鳴らした。なんだか嫌な予感が首筋を撫でた。その感覚を大事にしながら、促され、先頭を行くことになった。
なんでだよ、という呟きは胸中で嘆きとなって消えていった。
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