1-21:自らに返るもの
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いかずちの魔法障壁に捕まえた総勢十三名の襲撃者たちは、意識を取り戻すたびにいかずちを走らせ、その意識を奪った。死なないか不安だったのでそっと治癒魔法を入れながら耐えさせていれば、スーから鬼畜の所業と言われた。なぜだ、優しいだろうが。
文句は一旦飲み込んでおいて屋根の上で短い会話をしたところ、やはりこの件、国がらみの問題でもあり、【空の騎士軍】が王命で関わっているらしい。話していいのかと確認をすれば、よいと言われているとスーは笑った。
「ツカサが【離脱石】に目をつけてくれたおかげで、黒幕は絞れたんですけどね。最後の追い込みが、なかなか」
「誰が犯人かわかってるの? 結局何がしたくて魔獣騒動なんて。学園の教員としても、冒険者としても、本当に迷惑な話なんだけど。【真夜中の梟】の名前も使われてるしさ」
ビリビリッ、バチッ、うぅ、と音がする中での会話、スーは城郭に貼り付けられた襲撃者をツカサが器用に回収するのを見ながら答えた。
「イーグリスが美味しい街なのはよく知っていますね? 意外とこの街は緩いんですよ。統治者殿は権力者による襲撃や、貴族、国からのことには強い。けれど、商人に対しては甘いんです。そこから大きな税が取れる、というのも、理由でしょうが」
「だから、魔獣商人が手を出した?」
「軍師殿は……、ツカサは魔獣商人についてどこまで理解していますか?」
ツカサは魔獣の捕獲と畜産を可能としていること、ドロップ部位以外の納品を目的としていること、また、実技演習など学園や騎士団に納品をしているらしいことを話した。スーはゆっくりと頷いた。とろとろと太陽が沈み始め、微睡のオレンジが屋根を照らし始めていた。
「一つ、試みが行われているようだと掴みまして。魔獣の使役、【渡り人】の言葉を借りるなら、テイマーというらしいですが」
あぁ、ツカサも思い至っていた言葉だ。魔獣と心通わせ、もしくは、強制的に言うことをきかせる。そうした話をすれば、スーは糸目をすぅっと開いた。
「魔獣の使役が可能になれば、戦争が変わる。兵士の消耗がなくなり、敵国の各地で魔獣を暴れさせれば、それに軍も、冒険者も、傭兵も手を奪われる。魔獣を使っての攻城戦であろうと、そうでなくても別件に手を取られていれば、その間に攻め落とすなど容易になる。……と、軍師殿は危険視されておられる」
軍人として事に当たっている意味が理解できた。そうか、実技演習の場所や対象がどうのではなく、方法が確立されてしまえば、実績になれば、戦争という観点で厄介なのだ。それを潰すために軍師は動いた。
先日、猫のように日向ぼっこするんだ、と休暇をもぎ取っていたにもかかわらず、また忙しくしているだろう姿が浮かんで、なんとなく瞑目した。目を開き、尋ねる。
「それはそうとして、どうして【真夜中の梟】が巻き込まれてるんだ? ピンポイント過ぎる」
「その点に関して、軍師殿から一つ伝言を預かっています。見ます?」
いつもの糸目になってにんまりと笑い、スーは手紙を取り出した。嫌な予感しかしないが好奇心が勝り、そっと手を出せば素早く載せられた。封を破って中から紙を取り出し、目を通した。
――【異邦の旅人】 リーダー ツカサ
【空の騎士軍】 軍師 ラス・フェヴァウルより協力依頼
依頼内容 暴れろ
以下内容を確認の上、伝令へ返答求む
この時点で一度紙を閉じた。スーが首をゆるりと振って、ツカサの手を握り、無理矢理開かせた。仕方なく読み進めた。
――今回の事件、国の軍人としての懸念も大きいが、貴殿にとっても関係のある話である。
いくつか前置きをする。
渡り人の街とイーグリスの軋轢が生まれるより前、【渡り人】冒険者が激増した。
その後、関係が悪化。
増築以前、場所の空きがないなどの理由から、渡り人の街もイーグリスも出ていた【渡り人】冒険者、また、商会を興した者などが、様々な噂と【渡り人】当事者からの話で、結末を把握。
結果、最後の話し合いの日に目立っていた君と、その友人だと知られている【真夜中の梟】が今回、狙われたと見ている。
現状、魔獣の矛先を暴動や混乱に向けてはいないが、もし魔獣使い、テイマーというスキルが事実であるならば、今後、そちらへ転向する可能性は否めない。
また、そうしたスキルを持つ者が自身を売り込んでの暴動や、彼らを奴隷にするなどして他国が利用価値を見出しては困る。
よって、当方は該当の魔獣使いの捕縛、及び他国の牽制に動いているのが現状である。
「そうか、俺、すっかり商会が相手だと思っていたけど、魔獣商人って騙っているだけで個人ってことも、ただの集団ってこともあるんだ。ヴァンはそっちだと考えてるんだね」
「そうです。これもまた君の行動が繋げた結果ですよ。【離脱石】の販路を追ったところ、個人が売り先でした。その個人に協力する商会があったのも事実です」
「暴れろってどういうこと?」
「それは続きをどうぞ」
――貴殿に目が向いているうちに、背後から回り込むようにして黒幕を捕縛したい。
魔獣商人として商会の名を貸したものは、商人カードの偽造をしていたことを掴んでいる。
これは他国の工作員であったので、我々が対応する。
君にはイーグリス内の解決に協力してもらいたい。
「暴れろってそういうこと? イーグリス内で犯人探してるぞ、まだ黒幕には気づいてません、って顔をしてろってことか」
「そうです。まぁ、こうして私も隊長も出張っちゃってますけどね。おっと、続きをどうぞ」
――アースを向かわせたのは、イーグリス学園の内情を探るためだ。
あそこは、貴殿が思っている以上に秘密主義で、時折講師をするラダンも、私も、制限が掛かる。
ゆえに、貴殿を起点に学園内部の情報を集めさせてもらいたい。
アースならば問題なく情報を集めるだろう。
同時に、派手に動いてます、という体を装ってほしい。
貴殿が目立てば目立つほど、我々が動ける。
報酬は信頼のおける、腕の立つお手伝いさんの手配でどうだろうか、費用はもちろん、私が持とう。
君の自宅に今いるお手伝いさんには悪いが、君にとっては良い条件ではないだろうか。
【渡り人の街事変】の際、君やイーグリスそのものに矛先が向かわないよう、
最終的に我々が表立ったのだが、結論よりも過程を重視する声が多かったようだ。
想定とは違う結果に、君や【真夜中の梟】には申し訳ないことをした。
不明点があれば伝令とアースに尋ねてくれ。
この後、私は少し潜る。連絡はアースへ。
―― ラス・フェヴァウル
ツカサは紙を閉じて腕を組んだ。ここまで調べたことを共有しながらも、依頼であって要請ではない。報酬についてもツカサの現在に寄り添われている。絵図を描いた時点で逃げられないんだ、と言われたことはあるが、本当にそうだ。とはいえ、確かに悪い条件ではない。ツカサは腕を解き、手紙を封筒に戻した。
こちらで大きく騒いでいれば、向こうが犯人を捕まえてくれる。なんなら、結果としては住んでいる場所の安全すら、国ごと守ってくれる。ツカサは友人の疑いも晴らせるし、休講状態の授業も再開できる。願ってもいない解決策ではあるが、この手で犯人を捕まえられないことだけが惜しい。ふと、耳にラングの声が蘇った。
――直接戦わなくとも結果が手に入る、それを幸運だと思え。早い者勝ちの目的ではないのだから。
あれは、ファイアドラゴンの鱗を求めてダンジョンに降りた時だ。それに、上手く使えと言われたことも思い出す。上手く使って、結果を得る。
『問題は、学園長の言う、君たちの考える解決をどう説明するか、だな。犯人を任せていいなら、せめて共犯者だったガスパールだったっけ、職員はどうにか見つけたい。あとは冒険者ギルドとまともな納品先を見つけて、再契約かな』
「本当に何を言っているのかわかりませんね、その言葉」
スーに言われ、ハッと顔を上げた。こほん、と咳払いをして、ツカサは胸に手を置いた。
「引き受ける、と伝えてほしいな。暴れてみるよ」
にこ、とスーは笑い、片手を上げた。するすると屋根の上に何人も上がってきて驚いていれば、いかずちの魔法障壁をつついて触れることを確認していた。
「預かります。この魔法、どの距離までいけますか? それによっては尋問の位置を考えなくては」
「どこまででも、魔力だけはあるからね」
「素晴らしい。解除は我らが魔導士様に依頼するので、そのままでお願いしますよ」
「わかった」
では、とスーがまた片手を振ると、会釈をして皆がいかずちの魔法障壁をそっと押していく。ゴロゴロと家の隙間に落としていく姿には驚いたが、とにかく遠隔で魔力を送り続けた。それをそのままにして、ツカサは明かりの灯り始めたイーグリスの街並みの黒とオレンジの海を眺めた。人の動きが明かりを隠したり、表したり、波間に揺れるように見えてさざ波すら聞こえてきそうだ。
自分の行動が、自分に返ってくる。それだけではなく、周りにいる人を巻き込んでいく。その行動の結果だろ、と叫んだことだってあった。それがついに自分にも降りかかってきたのだということだ。
「……俺の、せいか」
あの日、ラングと対峙したことを思い出す。それから【黄壁のダンジョン】を停止し、戻った際のことを思い出す。あれを恨み、話す人がいる事実が胸に広がり、不安を滲ませていく。自分に降りかかるのならば払うだけだ。だが、それがもし、モニカやエレナ、アーシェティアに振りかかったら? 戦う術のない、モニカに何かあれば。
急に胃が痙攣するような痛みを覚えた。じくじくと内臓が痛み、嫌な予感に心臓がギシギシと軋む。
「そうか、だからラングは、そういう小さな懸念を全て潰して、排除してきたんだ」
ラングは実際に人を殺されている。ツカサだって、モニカたちが同じ目に遭ったなら、相手の血縁も、ちょっとした関係者も、全員を殺す自信が今ならある。まずそうならないように、守るんだ。提示された報酬はその観点でツカサの心を掴んだ。
「嫌な軍師だなぁ」
この言葉もきっと届くだろうが、それでいいと思って呟いた。さわりと耳の横を風が通り抜け、少しだけ笑われた気分だった。
再び屋根を駆けて戻ればすっかり夜だった。窓から戻ったツカサに対し、アッシュが片手を上げて迎えてくれた。きょろりと見渡し、部屋の中がそれなりに荒れていること、血痕があること、そこにアッシュ以外にいないことに顔を青くして尋ねた。
「ゲオルギウスとコレットは? この部屋の惨状は?」
「親父さんがここにいるよりも学園のが安全だろう、って、ゲオルギウスが引率で連れて帰った。部下もつけた。ツカサが飛び出して行った後、二人窓から入ってきたから応戦した。余裕なくて仕留めたけどな」
そっか、とツカサは頷き、自分でコップを取り出し、水を入れて飲んだ。いろいろ考えて胃の痛みが酷い。相談したい兄に会えないのが不便で仕方なかった。アッシュはツカサの胸をどんと拳で叩いた。それで正気に戻される。
「ざっと、マジックアイテムで聞いた。俺から話せなくて悪かった」
「二人きりになるタイミングがなかったし、二人で話したいって言いだせる空気でもなかったから、わかってる」
苦笑いを浮かべ、アッシュは首を摩ってから真面目な顔になった。コレットの父、ブロリッシュレート会頭のことを尋ねれば、しっかりとアッシュが事情聴取を済ませていた。どうやら、【離脱石】の売り先、恐らく今回の首謀者の一人である人物に値切りと、今後の優遇を要求され、受けるしかなかったらしい。良い取引をし恩を感じさせた後、その人物は背後の商会の力の大きさを盾に、言うことを聞かないと冒険者の中で悪評を広め、店を潰してやるぞと脅されていたそうだ。商売相手ということもあり、冒険者の噂の早さを知っているからこそ、商人として悪評が広まることへの恐怖に怯えていたところだったらしい。自分の商会に何かあって、潰れても大丈夫なように、コレットに冒険者クラスを勧めたのだという。入学できるかは賭けだったらしいが、両親は様々な覚悟を決めていたようだ。
「あの襲撃者は? 動き的に、暗殺者に近かった」
「金で雇える裏の奴らってのも存在はしてる。あれは多分、会頭が死んでもよし、生きてもよしの脅しだろうけど。奴ら、まさか追われるとは思わなかっただろうな!」
アッシュはケタケタと笑ってツカサの肩を叩き、そのままグッと握り締めた。
「あの暗殺者を雇ったのが商会側だとしたら厄介だ。それだけ豊富な資金源を持ってる証明になる。そうでなくて個人だとしたら、かなりガッツリ、ツカサのことを潰したがってるってことだ。学園の初っ端が押さえられてよかったかもしれない。それができてなかったら、ツカサの悪評を広めながら、あちこちで魔獣騒動があったかも」
「そこまで恨まれるのもちょっと、納得がいかないけど」
「上手くいっている奴ってのは、上手くいってない奴からしたら、それだけで殺したくなるもんさ」
ぽん、と肩を叩かれ苦い顔をする。
「ツカサからの返事はもう届いてる。明日にでも報酬は先払いで届くから、頑張って暴れような」
「なんかすごい疲れちゃった、学園の大浴場でゆっくり手足伸ばしたいかも」
「お、いいな、俺も一緒に行きたい。あれ気持ちいいよなぁ、泡がぼこぼこしてるやつ。本当贅沢な学園だよな、俺ラダンについてって入ったことあるんだけど、最高だった」
ジャクジーのことか、ツカサはわかる、と笑った。それと同時、風呂にまでお邪魔しているのにヴァンがアッシュを信じて送り込んできたということに、改めてこの人もおかしい部類なのだろうなと思った。
その時、何かむずりとした。体の底で何か違和感があって、思わず腹を撫でた。
「どうした? 腹減った? 腹痛い?」
「いや、なんだろう、えっと……」
ツカサは空間収納の中でいくつも引き出しを創るイメージでものを収めているのだが、その引き出しを強制的に創られたような、そんな違和感があった。どこだ、何が起こった、と空間収納の中をあさっていれば、覚えのない封筒を見つけた。なんだこれ、と裏を見て、表を見て、ヒュッと息を吸った。変な息の吸い方をして咽込んでしまい、アッシュに慌てて背中を叩かれる。
「どうしたどうした! なんだ、手紙?」
「てっ、ゲホ! グッ!」
「落ち着け! 吸って、吐いて!」
騒ぎに店の者が駆け込んできて、ツカサはアッシュに封筒の表を見せた。そこには、ずっとずっと気にしていた二人の名前が署名してあった。
―― ラング アル
「ラングとアルからの手紙! こうやって届くんだ! 本当に届くんだ!」
わぁ! とツカサの歓声が店中に響いた。
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